第十二話「臨戦」
これから毎週月曜投稿なので初投稿です。
大方の準備を終え、そろそろ旅立とうかというときに、宿を引き払っていないことを思い出した。ジルのおっちゃんがやっている宿はまとめて金を先払いすることができる。それをすることで普通より安値ですませられるし、払った分の滞在期間を満了する前に出たいと言えばその分の金を返してもらうことができる。いい顔はされないが。俺は先日一か月分まとめて払ったばかりだから若干心苦しいが、背に腹は代えられない。あのおっちゃんも俺の境遇を知っているし何も言われないだろう。
とにかく、ささっと終わらせよう。
「………どこいくの?」
「ああ。俺が今まで泊ってた宿を引き払いにな。すぐ終わらせてくるよ。」
「………私も行く。」
「へ? まぁいいけど…。来ても何もないぞ?」
「………あなたほどの人がどんな宿に泊まっていたのか少し気になった。」
「「あなたほどの人が」で始まる言葉でこんなにうれしくない言葉があるんだな。」
絶対いい意味じゃないんだろうな。
そんなことを考えているといつの間にか宿に到着していた。…なんだか雰囲気が物々しいような。気のせいか?
「………あなた、いつもこんな雰囲気の宿に住んでるの? 強心臓?」
「いや、いつもはこんな感じじゃないような…。」
コイツも似たような雰囲気を感じ取っているようだ。つまり、俺の気のせいじゃないのか?
だが、入らないわけにはいかない。金が惜しいのもそうだが、こうなっている理由を知りたい。一応お世話になってた宿だし、ジルのおっちゃんに何かあったのかもしれないし。
「………開けるぞ。」
そういいつつ、俺はなじみの玄関をソロっと開けた。
「あれ? なんもないじゃねーか…!?」
刺すような威圧感がビリビリ伝わってくる。俺らに向けられる明確な敵意を鮮明に感じられた。顔から一気に血の気が引き、脂汗が吹き出て、体は無意識に戦闘態勢に入っている。それはアイラも同じようで、瞬間的に腰を低くしいつでも回避ができるような体勢を整えていた。なんだこの殺気は!?誰から発せられているんだ!
俺は嫌な予感がする方へと視線を向けた。
「ジルのおっちゃん!? なんなんだ!?」
目線の先にはこの宿屋を仕切っている初老の男がいた。いつもの朗らかな顔は見る影もなく、ただただいかめしい顔つきがそこにあった。
「…。」
俺の質問には一切触れず、瞳は俺らから離すことはない老人に、俺は恐怖すら抱いていた。明らかにまともじゃない。ありえない。この人は一体どうしちまったんだ!?
「お前さん、なにもんだ。なんでここに来た。」
殺気の源から声が発せられる。その目は俺ではなく、アイラに向けられていた。声色には厳しさと一緒に緊張も含まれていた。よく見ると、おっちゃんの額には汗が見える。なんだ。この人には何が見えてるんだ?
「………アイラ。ここには彼が泊まっている所を見てみたくて来た。」
アイラは緊張状態を保ったまま受け答えする。おそらくコイツのこの宿に対する評価は最低まで落ちただろう。こんなに明確に敵対されるとは思ってなかったはずだ。
「ルーカス。お前、このガキンチョとどこで知り合ったんだ。お前さんの彼女ってわけじゃないだろ?」
「ねぇよ! …依頼をコイツに誘われてやった。そこでだよ。」
この場面でボケるジルのおっちゃんにツッコミつつ、コイツと知り合った経緯を端的に説明する。
「依頼を? 誘われて?」
物珍しそうに俺を見るおっちゃん。確かにクランを抜けて以来ソロでやってたし、あまり考えられないのだろう。
「ああ。コイツ小さいけどB級冒険者なんだよ。」
「………小さいは余計。」
俺にジト目を向けてくるアイラ。小さいのはホントじゃん。現実見ろって。な?
「B級冒険者? コイツが?」
疑わし気な目を向ける老人。だが無理もない。この華奢な体でB級になるための依頼をこなすのは難しいと思っているのだろう。確かに俺もこの目であの身のこなし、あの腕を見なければ信じられていないだろう。それに関しては説明するわけにもいかないので、何とか話題を変えようと話始める。
「そうなんだよ! あ、そうだ。俺さ、これからコイツと一緒にカサンドラに向かうんだ。だから金返してくんね?」
「は!?」
めちゃくちゃ驚かれた。まぁ普段の俺を見ていればあり得ないと思うよな。この宿に泊まっている時点で他国に行く余裕がないことは証明されている。そんな俺が突拍子もなく「行くわ。」と言ったらそりゃ驚く。
「なんでまた突然行く? 観光か?」
「ま、そんなもんだ。」
本当の理由はごまかしておく。俺レベルのやつがウィザード最高峰のやつに会いに行くなんて言ったら問い詰められるに決まっているし。
「…そうか。ルーカス、ちょっとこっちこい。」
厳しい顔つきのままおっちゃんは俺を近くに寄せた。そのままアイラには聞こえないくらいの声量で俺に話しかける。
「お前さん、なんかアイツに関して隠してることあるだろ。」
「え!?」
鋭いところを突かれて動揺してしまう。なんでバレたし。
「なんもないよ.。俺がそんな嘘ついてなんの利益があるんだよ。」
「…まあいい。1つ忠告しておくが、アイツに気を許しすぎるなよ。」
「え?」
「何かまではわからないがアイツの中には尋常じゃない何かが眠っている。ワシの鈍った冒険者の勘に引っかかるくらいの何かが。だから俺はあそこまで緊張状態だったんだ。」
「…。」
このじいさん、ホントに鋭いな。あの腕を見ていたんじゃないかと思うほどだ.。
「わかってるよ。」
俺はあいつの秘密を知っているし、そこのところは問題ないだろう。
「ほんとにわかってんのかね…。」
そう言っておっちゃんは受付に戻り、払い戻しの金を持って帰ってくる。素泊まりの安い宿だしそこまで高いわけではないが、俺にとっては非常に重要だ。なにも言わずにポンと返してくれるのはありがたい。
「気をつけて行ってきなよ。」
「ああ!」
激励の言葉をしっかり受け取りつつ俺らは宿を出る。コイツには気を許しすぎるな、か。
俺はおっちゃんの言葉の意味を考える。受け取り方として一番自然なのは「コイツがあの腕について嘘をついている」ということだが、俺としては考えづらい。先にコイツの心の叫びを聞いているからだ。そうなるとコイツは何も知らないが、裏に誰かの思惑が隠れているということか?
「………何してるの?」
「ん?」
「もう着いたけど。」
「え? あ、ホントだ。」
色々考えている間に馬車を借りるところに着いていたようだ。危ないあぶない通り過ぎるところだった。
…今は考えを巡らせてもしょうがないか。情報はほとんどないし、考えたところで的外れな考察になる可能性が高い.。コイツとはある意味ビジネス的な繋がりしかない。コイツが何か隠し持っていた場合信用なしとして切ればいいだけだ。今の所問題はないはず。
「………さっさと行こう。」
「おう。行くか。「水の都」によ。」
そういって俺らはチャーターしていた馬車に乗り込む。さて、コイツの秘密の一端を知っているかもしれない奴に会いに行きますか。
読んでいただきありがとうございます。良ければ感想や評価お願いします。