出会い④ 検定試験
「行ってきます。」
僕は眠たい目をこすりながら家を出た。もう6月の下旬に差しかかっているのでかなり暑さを感じるようになっている。梅雨真っただ中だけど、今日は雨が降らずに珍しく晴天だった。六城さんに会える喜びと、今日の検定試験への不安とが入り混じった気持ちで、六城さんと待ち合わせのM駅に向かった。早めに家を出たつもりだったが、駅の改札に着くと、そこにはもう六城さんが待っていた。
「おはよう。何か緊張するね。」
六城さんが声をかけてきた。初めて見る六城さんの私服姿に僕はドキドキした。いつもは、なびかせていた髪を今日はポニーテールでくくり、スカートは清楚な感じのする水色のフレアのロングスカートだった。それに合わせるように白い半袖の可愛らしいブラウスを着ていた。
「おはよう。」
ぎこちなく、僕もあいさつを返した。
「昨日はあまり眠れなかったよ。緊張したのかな?」
「あははは。私もあまり寝てないよ。やっぱ、緊張するよね。」
「うん。寝坊しなくてよかった。」
「そうね。じゃあ会場に行こうか。」
僕たちは会場であるO大学へと向かった。電車の中では二人とも参考書を開いていたが、僕は集中できず、ただページを開いているだけだった。そして、会場に到着した。
「うわぁ、たくさん人がいるわね。」
六城さんが周りを見渡して言った。
「うん。みんななんか参考書見てるし賢く見えるね。」
「本当ね。なんだか自信なくしちゃう。」
「僕らも頑張ろっか。えーと、教室は一緒かな?」
僕は受験票を取り出した。六城さんも受験票を取り出して見比べた。そしたら、同じ教室だった。
「良かった。同じ教室だったね。」
六城さんは言った。
「同じ簿記の講座から申し込んだからかな?」
僕も言った。
僕と六城さんの席は前後の並びだった。六城さんが前で僕が後ろ。ちょうど六城さんの後姿を見る格好になった。後ろから見た六城さんはとても緊張しているように見えた。しばらくすると試験官が入ってきた。一通りの注意事項を言った後、問題が配布された。僕はいよいよだなと思った。中学入試の時もだいぶん緊張したが、今日はそれ以来の緊張感に包まれているような気がした。学校の中間や期末などの定期テストではほとんど緊張しないのだが・・・。
「それでは、はじめ。」
試験官が試験開始の合図をした。問題を解いている途中は、問題に集中していた。いざ始まると自分でも意外に冷静に取り組むことができた。分からない問題はなく、時間との勝負になり、見直しがあまりできなかったので、計算間違いがないことを祈るのみだ。
「はい、終了です。やめてください。」
試験官や担当の係の人が問題と答案用紙を回収していった。こうして、講座開始からおおよそ3ヶ月に渡った簿記3級への挑戦が終わった。結果が来るまでしばらく時間がかかるが楽しみに待つとしよう。検定試験はこれで終わったが、僕にはまだ終わっていない、これからの大きな問題があった。そう、六城さんのことだ。講座も終わり、検定試験も終わったから六城さんとの接点はなくなってしまうが、僕はこのまま六城さんとの関係を終わらせたくはなかった。
「終わったわね。桧室君どうだった?できた?」
六城さんが尋ねてきた。
「うん。問題は解けたけど、見直す時間がなかったから計算間違いしてないか不安だよ。」
僕はそう答えた。
「私も同じだわ。問題はそんなに難しくなかったんじゃない?」
「うん。そんな気がする。」
今日の試験の出来栄えの話をしながら僕たちは校舎を後にした。校舎を出たところで僕は思い切って六城さんに声をかけた。
「この後どうする?一緒にお昼ご飯食べに行かない?」
言いながら僕の心臓はバクバクしていた。
「あら、いいわね。このあたりに何かあるかな?」
「難波駅まで戻って、駅の周りでお店探そっか?」
「そうしましょう。その方がいっぱいお店もあるしね。」
僕は心の中でガッツポーズをしていた。六城さんがすんなりOKしてくれるとは信じられない気分だ。生まれて初めて女の子を食事に誘ったが、こんなに緊張するもんなんだと思った。さっきの試験の何倍も緊張した。
「さて、何を食べようかしら?」
六城さんは笑顔で言った。その笑顔がとても眩しかった。
「六城さんは何食べたい?」
僕は聞いてみた。
「うーんとね、私は何でもいいなあ。どこかゆっくりできるお店がいいな。」
「何かあるかな?とりあえず行こっか。」
僕たちは難波駅まで戻り、昼食の店を求めて繁華街を探して歩いた。ファーストフード店やラーメン店などが軒を連ねている中で、僕たちは店外にもテーブルの置いてある小洒落たカフェを見つけた。
「あっ、あそこのお店かわいいわね。喫茶店風だしゆっくりできるかも。」
六城さんは言った。
「そうだね。あそこのお店に入ろっか。」
僕たちはそのお店に入った。店内のテーブルも空いていたので店外のテーブルはやめて、店内のテーブルに向かい合って座った。もちろん女の子と二人で食事をするのは初めてなので、さっきから緊張し続けたままだ。ふと、六城さんはどんな風に感じているんだろうかと思ったりした。
「いらっしゃいませ。」
店員がお冷とお手拭きとメニューを持ってきてくれた。僕たちは一つのメニューを二人でのぞき込むようにして見た。そして僕はカツカレーのセットを注文し、六城さんはパスタのセットを注文した。
「いい感じのお店ね。」
六城さんがお手拭きで手を拭きながら言った。
「そうだね。あんまりこんなお店入ったことないからよくわからないけどお洒落だね。よく、こういうお店に来るの?」
僕が聞いた。
「そんなには来ないけど、友達と来たりママと来たりするわよ。」
「ふーん。僕は外で食べるのはファーストフードがほとんどかな。」
しばらくして注文した料理が運ばれてきた。
「うわあ、おいしそう。いただきまーす。」
「うん。僕のもおいしそうだよ。いただきます。」
「私、男の子と二人でお食事するの初めてなの。桧室君はどう?」
「もちろん、僕も初めてだよ。なんせ田舎の男子校だからね。」
「私たちって周りからどんな風に見られているのかな?カップルかな?」
「うーん、どうだろう。姉弟には見えないと思うけど・・・。」
会話の内容に僕はドキドキした。カップルだったらと思うと胸が高鳴った。この後のことを僕は思い切って聞いてみることにした。