出会い③ 初めてのメール
こうして、六城さんと会った二日目が終わった。これからはしばらくの間、こんな感じで講座のたびに六城さんと会った。並んで受ける講義、何気ない会話の全てが僕にはたまらなく嬉しかった。時には前みたいに帰りに自販機でジュースを飲んで話をした。会う回数を重ねるたびに、六城さんとだんだん打ち解けていく感じも嬉しかった。そうしているうちに季節も梅雨に入り夏の色も濃くなってきたころ、講座の最終日を迎えた。
「あっ、桧室君、今日も早いね。」
「うん。今日で最後の講義だね。」
「そうだね。あっという間だったわね。」
「検定試験は2週間後かあ。一緒に行かない?」
「いいわよ。どっかで待合せよっか?」
「うん。また後で決めよっか。もう先生が来る時間だよ。」
僕がそう言うとちょうど今日の講師が入ってきた。今日もいつもの講師だった。最後の講義だったので、いつもの講師で何か安心した。
「はい、みなさん、今日が最後の講義です。今日は本番に向けた演習問題を中心にやりたいと思います。本番まで後2週間です。みなさん、頑張りましょう。」
今日は、講義というよりもテストみたいな感じだった。検定試験への不安や今日で講座が終わるという残念な気持ちとが相まった時間だった。それでも、一生懸命に問題に取り組んだ。ちらりと隣に目を向けると、六城さんも真剣な表情で問題に取り組んでいた。あっという間に最後の講義も終わりの時間になった。
「はい、みなさん、今日までお疲れさまでした。今まで頑張ってきたことを本番の検定試験で存分に発揮して、ここにいる全員が合格することを祈っています。まだ2週間あるのでしっかりと勉強して万全の状態で臨んでくださいね。質問はいつでも受け付けますので、空いている時間に講師室まで来てくれればお答えします。あと、検定当日に受験票などの忘れ物がないように注意してください。」
こうして、講座の最終日が終わった。
「終わったね。桧室君、帰ろうか。」
「うん。何かさびしい感じがするね。僕だけかな?」
「私も何かそんな気がしてたの。検定試験が目的だったけど、桧室君と会えてとても楽しかったよ。」
「うん。僕も、まさか友達ができるなんて思っていなかったからとても楽しかった。」
そう言いながら教室を後にして駅に向かって歩き出した。
「そういえば検定の日のこと決めないといけないわね。今日は講座の最後の日だし、ジュース飲んで行こっか?」
「うん、いいね。」
そう言って自販機まで行き、お互いにジュースを買った。
「さて、どうしよっか?検定試験の会場はO大学だから少し遠いわよね。あっ、そういえば私、大学の中に入るの初めてかも。」
「僕もだよ。外からは見たことあるけど中ってどんなんだろ?」
「検定試験は緊張するけど大学の中に入れるのは嬉しいな。」
「そうだね。で、待ち合わせだけど、M駅でどうかな?」
「M駅?いいわよ。改札にする?それともホームにする?」
「改札の入ったところにしよっか?」
「いいわよ。時間はちょっと早いけど7時半にしよっか?」
「うん。分かった。遅刻する訳にはいかないもんね。」
こうして検定試験当日の約束ができた。
「さあ。待ち合わせも決まったし帰ろっか。」
六城さんはそう言ってジュースの空き缶をゴミ箱に捨てた。僕も飲み終わっていたので、六城さんに続いて捨てた。
「ちょっと話過ぎたね。いつもより遅くなっているから急ごっか。」
「うん。大丈夫?怒られない?」
「ちゃんと連絡すれば大丈夫よ。」
少し早足で僕たちは難波駅に急いだ。難波駅はいつものとおり混んでいた。乗る電車がいつもより遅くなってしまった。
「いつもより遅い電車になっちゃったね。」
「そうだね。でも、電車の込み具合は変わらないね。」
「桧室君はどう?検定試験合格しそう?」
「合格したいな。あと2週間あるから出来るとこまで頑張ってみるよ。」
「私も頑張ろうっと。」
「そういえば携帯の番号聞いてなかったね。教えてもらってもいい?」
僕はずっと聞きたかったことがようやく聞けた。
「いいけど、学校には持っていってないし、桧室君のこと親には言ってないから、家でも電話で話せないわよ。」
「それでもいいよ。メールは大丈夫かな?」
「メールは大丈夫よ。私の番号はこれね。」
六城さんはメモに電話番号とアドレスを書いて僕に渡してくれた。僕もあわててメモに自分の番号とアドレスを書き、六城さんに渡した。
「やっぱり男子と電話してると怒られる?」
「うん。多分ね。バレるともうこんな講座とか自由に受けられなくなっちゃうと思う。」
「分かった。電話はせずに、メールだけにするよ。」
「ごめんね。メール待ってるわね。」
いろいろ話しているうちにあっという間に六城さんの降りる駅に着いた。
「じゃあね。桧室君。検定試験の日、7時半にM駅の改札入った所でね。」
「うん。分かった。じゃあね。」
六城さんが降りると今日はものすごく寂しかった。なんとなく空虚な感じで僕は帰宅した。
「ただいま。」
「おかえり。遅いし電話すれば迎えに行くのに。自転車は置いといても大丈夫やのに。」
と母は言った。
「別にいいやん。今日で講座終わったから。あとは本番の検定試験だけ。」
僕は着替えながら言った。
「大丈夫なんか?合格しそうなん?」
「あと2週間あるから頑張ってみるよ。」
「学校の勉強もあるからほどほどに頑張りや。」
「はいはい。」
と言いながら、ご飯を食べ、ほどなくしてお風呂に入った。2週間も六城さんに会えないと思うと何か憂鬱な気分だ。いつの間にか六城さんと会うのが当たり前になっていたし、一目惚れとまではいかないが、六城さんのことが好きになっていた。検定試験の日は六城さんに会えるが、その後どうやって六城さんと会うか考えていた。連絡先は聞けたが、電話はできず、メールだけだ。でも、特に用事もないのにどんなメールを送ればいいのか、果たしてメールを送ってもいいのかなどと考えていた。結局いろいろ考えたが、どんな内容のメールを送ったらいいか迷っていると、数日後に六城さんからメールが来た。
〈元気にしてる?メール待ってたのに来なかったね。〉
僕は飛び上がらんばかりに嬉しかった。そして、メールを送れなかった自分が情けなくもあった。僕はすぐに返事を返した。
〈うん。元気にしてるよ。メール送れなくてごめんね。なんて送っていいか迷って送れなかったんだ。〉
〈そんな気にしなくてもいいのに(笑)。勉強頑張ってる?〉
〈うん。そこそこかな。絶対に合格したいしね。〉
〈私も合格したいよー。お互いに頑張ろうね。じゃあ、おやすみー。〉
〈おやすみなさい。〉
この日をきっかけに六城さんとのメールのやりとりが始まった。他愛のない内容だけど、僕にとってはメールの一つひとつが嬉しくて何度も読み返した。そして、検定試験の当日がやってきた。前日の夜は緊張が強かったのか、あまり眠れなかった。