出会い② 簿記講座
こうして、六城さんと初対面の日が終わった。この簿記の講座に来ているだけでも何か冒険じみた気分になっていたのに、さらに女の子の知り合いができてとても嬉しかった。六城さんが降りてからでも何か夢見心地で、今でもドキドキしている。次の講座は3日後だ。今から楽しみでしょうがない。六城さんと知り合えたことは、何か自分だけの秘密ができたみたいで優越感みたいなものも感じていた。そうしているうちに僕の降りる駅に着き、僕は電車を降りた。ここからは自転車だ。この駅から家まで自転車でだいたい15分ぐらいかかる。自転車を漕ぎながらずっと六城さんのことばかり考えていた。気が付いたら家に帰り着いていた。
「ただいま。」
玄関を開け、家に入った。
「おかえり。」
と母親が言った。
「今日も面白かったよ。」
「面白いのはいいけど、学校の勉強もしっかりやらないといかんよ。」
「はいはい。分かってるって。」
「もう遅いから、早く着替えてごはん食べなさい。」
「はーい。」
急いで着替えて、晩ご飯を食べた。それから、続けて風呂に入ったが、今日の六城さんとの出会いが衝撃的過ぎて、心ここにあらずといった感じだった。その夜はなかなか寝付けなかった。
それから3日経って次の講座の日がやってきた。学校の友人には、講座のことは言っているが、六城さんと知り合ったことは黙っていた。冷やかされたり、「誰か女の子紹介しろ」などと言われるのが嫌だったからだ。そして何よりも六城さんのことは自分だけの秘密にしておきたかったからだ。講座へ向かう道中も気分は高揚したままだった。そしていつもより早く教室についた。教室内を見渡したが、六城さんはまだだった。少し残念な気もしながらいつも座っている席に座った。テキストを出して目を通してみるが、集中力がまるで出ない。入口が開くたびにそっちの方を見てしまう。そんなことを繰り返しているうちに六城さんがやってきた。
「あっ、桧室君、もう来てたんだ。」
そう言って六城さんは僕の隣に座った。
「うん。ちょっと早く着いて、ゆっくりしてた。」
「今日も頑張ろうね。簿記の復習ってやってる?」
「うん。少しはやってるつもりだよ。」
六城さんの出したテキストや筆記具を横目に見ながら言うと、六城さんが
「うん?何かある?」
「いやいや。何でもないよ。六城さんの下の名前なんていうのかなって思って。」
「私の名前?そういえば言ってなかったわね。私、彩音っていうの。字はね、彩りに音楽の音。」
「桧室君の下の名前は何ていうの?」
「僕は大河。桧室大河。大きな河って書くんだ。変わった名前でしょ。」
僕はそう言って照れ笑いした。何より六城さんの名前が聞けて嬉しかった。
「別に変じゃないわよ。大河ってカッコいい名前だと思うよ。」
「ありがとう。」
「彩音さんも可愛い名前だね。」
ドギマギしながら僕は言った。
「ふふ。ありがと。そろそろ時間だね。先生来るかな?今日はどの先生かな?」
そう言っていると、今日の講師が入ってきた。この講座は講師の先生が固定されているわけではなく、シフト制みたいな感じで講師の順番が回っているみたいだ。といってもそんなに毎回変わるわけではなく、ほとんどの回は同じ講師で、たまに違う講師の先生が教えてくれる形態だ。今日はいつもの講師の先生だった。
「みなさん。こんばんは。そしたら本日の講義を始めます。みなさん、復習はちゃんとできていますか?検定試験には頑張って合格しましょう。」
こうして本日の講義が始まった。日一日と検定試験も迫ってきているし、六城さんが隣にいることも相まって、ものすごく集中して実のある勉強ができた。
「はい。じゃあ今日はここまでです。みなさん、検定試験に向けてしっかりと復習をしておきましょう。」
「今日も終わったね。あー疲れたー。桧室君、すっごい集中してたね。」
そう言って六城さんは軽く伸びをした。
「うん。なんか今年一番集中して勉強できたかも。」
「このままいったら合格するんじゃない?私も負けてられないな。」
教材を片付けながら六城さんは言った。
「今日も一緒に帰ろうか?」
「うん。」
2人並んで教室を出て、難波駅まで歩き始めた。外の風景はいつもと変わらず、会社帰りのサラリーマンやOLが行き交いしている。
「桧室君、なんかのど乾かない?ジュースでも飲まない?」
おもむろに六城さんが言った。
「うん。いいよ。どこかに自販機ないかな?」
僕たちは周りを見渡し、自販機を探した。少し先に並んで設置してあるのを見つけ、そこで何か飲むことにした。
「何飲もうかな?私は炭酸にしよっと。」
そういって六城さんはオレンジの炭酸ジュースを買った。
「桧室君は何飲むの?」
「うーんと、僕は紅茶、レモンティーにするよ。」
「ぷはー。あーおいしい。でも、こんなところ先生に見られたら怒られちゃうわ。私の学校、買い食い禁止だから。それに、桧室君と一緒にいるところも見られたら先生怒り狂うかもしれないね。」
「そうだね。僕のところも買い食いは禁止だよ。やっぱり帝明学園って校則厳しいの?」
「うん。とっても厳しいよ。買い食いはダメだし、男女交際も禁止だから、こんな時間に桧室君とジュース飲んでいたら、それだけで大変なことになっちゃう。」
「反省文とか?」
「それで済んだらいいけど、親の呼び出しとかありそう。」
そう言うと六城さんは周囲をキョロキョロと見まわした。
「先生いないわよね?って桧室君に言ってもうちの先生の顔知らないもんね。」
「大丈夫だよ。こんな時間は先生も家に帰ってるよ。」
「それもそうね。あーおいしかった。スッキリした。桧室君ももう飲んだ?」
「うん。飲んだよ。」
「そしたら行こっか。」
空き缶をゴミ箱に入れ、僕たちは駅に急いだ。
「今日はまた一段と混んでいる気がするわ。」
ターミナルにあふれる人々を見て六城さんは言った。
「いつもこんなもんだと思うけど。今日は金曜日だから少し多いのかも。」
何にせよ混んでいることには変わりはなく、座席に座ることはできない。先日と一緒で僕たちは電車に乗り込み並んで立った。
「ねえ、桧室君って何で上陽館中学に行ったの?」
「親に私立に行けって言われたから。本当は地元の公立中学に行きたかったんだけどね。」
「ふーん、そうなんだ。私も同じような感じだわ。私も友達がいる地元の中学に行きたかったわ。ところで、桧室君って兄弟いるの?」
「姉がいるよ。2つ上。」
「ふーん。私はお兄ちゃんがいるの。私のところも2歳年上でS高校に通ってるんだ。」
「僕の姉はO高校に通っていて頭いいから、いつも比べられる感じがして肩身が狭いんだ。」
「そんなこと気にすることはないよ。桧室君は桧室君でお姉さんはお姉さんなんだから。」
そんな話をしながら電車に揺られていると六城さんの降りる駅に電車が到着した。
「今日も頑張ったね。バイバイ。」
「バイバイ。」