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出会い① 六城彩音さん

 200Ⅹ年5月、世間でいうゴールデンウィークも終わり、少し夏の兆しが漂い始めたころ、僕は机に向かって座っていた。

「隣いい?」

咄嗟に何も返事のできないでいる僕の横に座ってきたのは、この地域では有名なお嬢様学校の制服を着た少女だった。背中まで髪を伸ばした目のくりっとした少女だった。

「前から気になってたんだけど、あなたはどうしてこの講座を受けてるの?」

「えーと、その、何かやりたくて、探してたらこの講座見つけたから受けてみようかなって思って・・・。」

実は僕も制服姿のその少女のことが前から気になっていたのだ。

「ふーん。私も同じような感じかな。毎日が何か退屈で面白くなくて、クラブもやってないから、何かしようかなって思って。」

少女はそう言って髪をかき上げた。

「あなたのその制服、私立の上陽館(じょうようかん)中学校だよね?」

「うん。」

「私は帝明学園(ていめいがくえん)中学校なんだ。あっ、私、六城(ろくじょう)っていうの。よろしくお願いします。」

そう言って六城さんは微笑んだ。

「あっ、僕は桧室(ひむろ)といいます。」

もっといろいろしゃべりたいんだけど、緊張して言葉が出てこない。

そんなことを思っていると、また六城さんから話しかけてきた。

「何年?」

「2年。中2です。」

「そうなんだ。私は中3なの。受験生だから親に無理言って受講させてもらったの。学校の勉強はきちんとするって条件でね。受験って言っても中高一貫校だからそんなに気にしなくてもいいんだけどね。」

そういって六城さんは笑った。

「あっ、そろそろ始まるかな。」

六城さんがそういうと講師の先生が教室に入ってきた。

「はい。みなさん、こんばんは。今日は前回の続きの売掛金のところから始めます。テキストはP24を開いてください。」

こうして今日の講義が始まった。僕たちが受講しているのは簿記3級の講座だ。3級でなおかつ仕事や学校終わりの時間帯なので受講生自体は少なめだ。私語をする人もいないので受講するには快適な環境だ。


 僕のことを少し紹介したいと思う。名前は桧室大河(ひむろたいが)。さっき六城さんと話していた通り私立の上陽館中学校に通っている。現在2年生だ。この学校は中学校と高等学校が一貫性になっている学校で、世間では一応ぼっちゃん学校として通っている。大学進学についても、トップクラスの私学と比べれば落ちるが、一応全員が大学進学希望ということになっている。そんなんだからクラブ活動も盛んではなく、活動している生徒は4割程度で、あとはみんな帰宅部だ。そういう僕も帰宅部の1人だ。先生からは、「勉強、勉強。大学、大学。」と呪文のように毎日繰り返しそればかり言われている。私立だから進学実績が大事なのは分かるが、中2の段階でそんなことばかり言われてもまだピンとこないし、正直うっとうしいし、反発しかない。そんな毎日に嫌気がさして、何かしようかなと思っていたら、この簿記3級の講座を見つけたという訳だ。今のところ簿記を取ってそういう方面の仕事をしようという気は今のところはない。かといって将来なりたい夢があるわけでもないが・・・。


「はい。じゃあ本日の講義はここまでです。みなさん忙しいとは思いますが資格取得に向けてしっかりと復習をしておきましょう。」

今日の講義が終わった。学校の授業とは違った充実感のようなものがある。勉強していることに変わりはないのに、不思議と次も頑張ろうと思ってしまう。

「今日も終わったわね。」

六城さんが声をかけてきた。

「桧室君はどこから来てるの?」

「僕は南海高野線のK駅です。」

「そうなの。私はM駅なの。じゃあ途中まで一緒に帰らない?」

「はい。」

 やはり言葉が出てこない。男子校の性ともいうべきか、同年代の女性に免疫がなく、ものすごく緊張してしまう。本当はもっと話をしたいんだけど。でも同じ路線で途中まで一緒に帰れるので、そこまでは一緒だ。そう思うと無性に嬉しくなってきた。ちなみにこの講座をやっているのは大手の簿記専門学校で、校舎のビルが南海電鉄のターミナル駅の難波駅近くに立地している。


「じゃあ難波駅まで行こっか。」

「はい。」

「ふふふ。ねえ、一つお願いがあるんだけど、敬語使うのやめてくれない?」

「えーと・・・。」

「私たち学校も違うし、ここでは同じ受講生だし普通に友達感覚でいたいな。」

「分かりました。」

「あっー。また敬語使ってる・・。」

「慣れるまでちょっと時間かかるかも・・。」

「分かったわ。早く慣れてね。」


 僕たちは校舎の外に出た。外はもう暗い。学生服を着た人の姿はなく、会社帰りのサラリーマンやOL達が家路に急ぐ姿が見られる。この光景もこの講座に来てからすっかりおなじみになった。学生服姿の僕たち2人は場違いな感じでそこにあった。

「なんか私たちだけだね。学生服でうろついているの。」

まるで僕の考えを見透かしたかのように六城さんは言った。

「遅くなるとママやパパに叱られるから急ぎましょう。」

「厳しいんだね。」

「私、女の子だし夜も遅いから心配なんだと思うの。」

「僕はあんまり何にも言われないけどな。」

「それはきっと男の子だからだよ。でも心配はしていると思うわ。」

「携帯は持ってないの?」

「持ってるけど、学校へ持ち込み禁止だから持ってきてないの。だから、駅に着いたら公衆電話で電話して駅まで迎えに来てもらうの。」

「携帯の持ち込み禁止はうちの学校と同じだね。こっそり持ってきている子はいるけど、僕も持ってきてないよ。」

 

 そんなことを話しながら僕たちは難波駅へと急いだ。日が差している時間帯は半袖でも過ごせるかという陽気ではあるが、日が沈んでこの時間帯になると5月の初旬はまだ肌寒い。駅に着き、お互いに切符を購入し、駅に入った。駅には8番線まであり、それぞれ行き先が異なっている。僕たちは電車に乗った。ちょうど帰宅ラッシュの時間と重なってしまうこともあり、車内は混んでいた。僕たちは吊革に手をやり並んで立った。

「ふう。間に合ったわね。やっぱりこの時間帯は混んでるわね。」

六城さんはそう言ってほほ笑んだ。

「私、混んでる電車にあまり乗ったことないの。普段は各停しか乗らないから、結構空いてるの。混んでる電車ってたいへんね。何か息苦しい感じがするわ。」

「僕は毎日、電車とバスを乗り継いで通学してるけど、いつも混んでてたいへんだよ。」

「へえ、それは大変なのね。学校まで結構かかるでしょ?」

「うん。乗り換えとか入れて1時間半くらいはかかるよ。」

お互いにそんな話をしていたら、あっという間に六城さん降りるM駅に電車が到着した。

「じゃあ私はここで降りるね。桧室君また次の講座来るでしょ?」

「うん。もちろん行くよ。」

「じゃあ。次の講座でね。バイバイ。」

「バイバイ。」


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