ノエルの過去/魔王の最期
二本立てです。ノエル視点と魔王視点です。
私が住んでいた村はとても小さな村だったらしい。そんなこと、命令で街に出るまでは全くもって知らなかった。
私の住んでいた村は、外の街との交流が一切無かった。村での一大ニュースといえば、20年ほど前に村の少女が成人と同時に家出した…とかくらいだ。まず私が生まれてから、大ニュースという大ニュースも無い。それくらい閉鎖的で平和な村だった。
「ノエルー!ご飯できたわよー!」
「はーい!」
思い出すのは優しい母の声。
「ノエル。また炎で山を焼いたのか?いくら土魔法でお父さんが直すからといって、何回も繰り返すと生態系が崩れてしまう。今度、お父さんが詠唱を使わない魔法の使い方を教えてあげよう。詠唱有りよりは、ノエルも魔法を抑えやすいだろう」
魔力が強すぎて制御出来ない私を見捨てず、根気よく魔法を教えてくれた父。
「まぁノエルちゃん。アメちゃんでもいるかしら?その大事な異空間のポッケにしまっておくのよ」
「おう!ノエルちゃん!今度お母さんに料理を教えてもらうらしいな!ノエルちゃんなら、きっと美味しい料理がつくれるようになるよ!」
「ノエルちゃん、この前はありがとな!ノエルちゃんが雨雲を風魔法で飛ばしてくれたお陰で、うちの婆ちゃんの腰痛がマシになったよ!」
気さくで優しい近所の人たち。
みんなみんな大好きで、このゆったりとした時間の流れを愛していた。
もうすぐ、あの日から一年が経つ。間違い無く、私の人生が一変した日だ。
夜、いつもと同じように眠っていた時。最初は気づかなかったけれど、周囲の様子がいつもと違うことに違和感を覚えた。
目を覚まして確認してみると、家の中も外もざわざわしている。
私はあの日、何が起こったのか外へ確認しに行くべきではなかった。出来ることなら、父と母と共に地下室へ逃げてじっと耐えて置くべきだった。
外は村の人が大勢集まっていた。ざわざわと話し込んでいる。
「何があったのかしら?」
「魔物が出たらしいぞ」
「いつもと同じじゃない?」
「いや…いつもより、かなり厄介らしい」
「守衛さん達、帰ってこないわね」
どうやら厄介な魔物が出て、それを討伐しに行った守衛さん達が帰ってこないらしい。いつもなら皆、夕暮れまでには帰ってくる。こんな深夜にまで帰ってこないと言うことは今まで無かった。
村の広場に集まり、話を聞いていると父と母も出てきたらしい。私を見つけるとそっと近くに体を寄せ、私を守るように立ってくれた。
帰ってこない守衛さん以外の村のみんなが集まったであろうその時、一斉に家が燃え出した。そして火の向こうから飛び出して来たのは…大量の魔物。数え切れないほどの魔物に私たちは取り囲まれた。
村の人の悲鳴が聞こえた。私もパニック状態に陥っていた。とりあえず魔物を退けようと氷魔法で魔物を家ごと凍らせる。すると凍った魔物の上からまた新しい魔物がやってくる。次は光魔法で魔物を浄化した。魔物の泥まで浄化し切っても魔物はまだまだ減っていない。何時間魔物を処理していたかは分からなかった。気がつくと、魔物も村のみんなも居なくなっていた。
「あれ…?お父さん?お母さん?…おばさん、おじさん……?」
私が周囲を探していると、人影が見えた。
「お父さ…!……誰?」
その人影は見知った顔の人物では無かった。
「貴女がこの魔物達を蹴散らしていたのですか?」
不意に地面を指さした男にそう聞かれ、「そうよ」と答えた。
「成程…。ああ、私はこの魔物達の所謂上司みたいな者でしてね。ただの村を滅ぼしに行ったら苦戦していると聞いて驚きましたよ。たかが小娘一人に押されていたとはね」
フフッと笑うその男に殺意が湧いた。私の村をただの村呼ばわりして。
「ああ、怒らないで下さい。貴女に良い取引を持ちかけに来たのですよ。
ここの村の人たちは今、私の城に連れて行っています。そこで惨殺して遊ぼうと思っていたのですが…気が変わりました。貴女が私の仕事を手伝ってくれるのならば、村の人たちは生かしてあげましょう」
私に与えられた選択肢は一つしか無かった。
「…その仕事と言うのは一体?」
「近いうちに勇者が生まれます。それを殺すことです。勇者候補のリストは常々送ります、貴女はそれを見つけて殺すだけ。
どうです?これが飲めないならば私は貴女の家族を…大切な友人を…一本一本骨を折りながら、悲鳴でも聴いて暇潰しでもしましょうかねぇ」
つまり、家族を殺されたくなければ手伝え、ということらしい。
「…分かった。私がそれをしている間はみんな生きていられるのよね?」
「勿論。約束は違えません」
「なら、一つ条件があるわ。その勇者候補とやらを一人殺す度に家族に会わせて。変な小細工でもしたらあなたの城ごと丸焼きにするわ」
「魔王相手に強気ですね…。面白い、良いでしょう。最初に全員殺しておいて無闇に人を殺していたと分かった時の貴女の顔も見たかったのですが、諦めましょう。契約成立です。あとは…防火壁でも準備しておくべきですかね…」
この人は魔王だったのか、などとノエルは半ば現実逃避していた。
そして魔王が差し出す手を取り、魔王城へと共に転移する。こうして、ノエルは魔王の手先となったのだった。
◇◇◇
悪党も寝静まる新月の夜。ノエルは魔王から伝えられた勇者候補を処理していた。
「ノ、ノエル!悪かった!!騙したことは謝るからその手の魔力を俺に向けないでくれ!!」
「…私を襲おうとしたことですか?安心して下さい。元々アナタがそれをしようがしまいが、アナタを消す事に変わりは無かったので」
「…っ!俺を騙したな!!!この売女めっ!お前にはいつか天罰が下る!!泣いて詫びるんだぁッッガァアア"ア"ッ!!!」
激昂していた男を無表情で見つめるノエル。男が息絶えたことを確認すると、ぽつりと呟いた。
「はぁ…私も死にたいな……」
その呟きは誰に聞かれることもなく、夜の闇へと溶けていった。ノエルは転移魔法を使い、魔王城へと戻った。
「ン?ああ、ニンゲンか。もう勇者候補を殺してきたのか?」
「はい。これが証明です。…家族に会わせてもらえますか?」
ノエルは城で働いている知性がある魔物に、先程持って帰ってきたゴミを渡した。ちなみにこの魔物は少しだけ偉いらしい。興味は無いが。
「おー、今回も仕事が早いな。そこで待ってろ、魔王様にこの首渡してきてから連れてってやるよ」
「毎回毎回連れて行って頂かなくても、一人で行けますよ?」
「あ〜、魔王様によ、アンタが変な気起こさないように見張ってくれって言われてるんだわ。まーすぐ戻ってくるから待っといてくれや、その分、長めに面会の時間はとれるようにするからさ」
魔物はそう言い残して去って行った。そして数分程待っていると魔物は戻ってきた。
「よ!待たせたな!んじゃー行こーか」
「はい」
捕まった村の人たちは魔王城の地下に集められていた。薄暗い地下の廊下を連れられて歩くこと十数分。少し広めの薄暗い部屋の中に村人達は監禁されていた。
「お父さん!お母さん!!」
「…ノエル。怪我はないか?」
「無いよ。大丈夫」
ノエルは両親と抱擁を交わしながら、今回の命令について話した。
「…ノエル。私たちのことはもう良いから、ノエル一人で逃げなさい。
このままだと私たちより先にノエルの心が死んでしまう。村のみんなと話もした。もうみんな、少しの寿命を得るための代償にノエルの心を傷つけたくないんだ」
「ノエル。お母さんからもお願いよ。
私たちのことはもう忘れて逃げて。ノエルなら大丈夫よ、幸せになれるわ」
村の人たちは皆、ノエルが自分達のために人を殺している事に心を痛めていた。ノエルはこの村で一番年の若い娘だ。皆、ノエルに苦しい思いをさせるくらいなら、自分達のことは忘れてノエルだけの人生を歩いて欲しいと願っていた。
「お父さん、お母さん、何を言ってるの?
私は大丈夫だよ!殺してきた男達も、罪悪感が全く湧かないクズばっかだったもん!そんな男達を殺しても何の問題も無いよ!」
「ノエル……」
ノエルの両親はとても辛そうな顔をしている。ノエルはその理由を理解していたが、分からないフリをした。
「おーい、そろそろ時間だ。戻れ」
ノエルの監視をしていた魔物が面会時間の終わりを告げた。
「ノエル…」
「また来るね、みんな」
◇◇◇
勇者候補を殺しては、家族に逃げなさいと言われる日々が一ヶ月程経った頃、ノエルは新しい標的のリストを確認していた。
「また殺すのか…何人目だろう……。
(…次はミナト街のトム…頑丈そうな見た目をしているから手っ取り早く体を両断しようかな……その次はハジマリ国のリト…ひょろそうな見た目ね。気弱な子でも演じて……)」
そして、トムを処理した後…暗殺対象から何故か泣き落としをクリティカルに喰らったノエルは、リトの旅に同行するのだった。
◇◇◇
「…っ!てえぃっ!!!」
何故かリトの旅に着いてきていたノエルは、リトが魔物と戦う様子を眺めていた。ちなみに魔物はノエルのことを格上の存在と認識しているらしい。全くもって襲ってくる気配は無かった。
(あの人が勇者だと言うことは分かったけど…あんなに弱っちくて大丈夫かしら?あれくらいの魔物なら、風魔法で身体を半分に斬れば良いのに…)
突如、強い風が吹き荒れる。そしてその風は魔物の身体を分断するとそよ風に形を変え、遥か彼方まで走り抜けて行った。ノエルの風魔法だ。
(ああっ、またやっちゃった…!イメージするだけで魔法が発動するのも悪い癖よね…直さなきゃ……てか、あの人にバレたかしら?戦っていた魔物を分断したら流石にやばいわよね…)
「はぁっ、はぁっ…!なんとか倒したぞ…!」
(気づいてない…!!気づいていないわあの人!!自力で倒したと思っているわ!!)
「ノエルー!魔物は倒したからもぉ大丈夫だぞ!」
ノエルは、自力で魔物を倒したと勘違いしているリトのことを、何だか放っておけないように感じた。しかも、リトの方がボロボロになっているのに何故か毎回ノエルの事を心配してくる。それがノエルには可笑しくて堪らなかった。
そんな時にリトがノエルにこう言ったのだ。確か、ノエルが料理を作っていた時だったか…
「なあノエル、ずっと思ってたんだけどよぉ…料理で火を起こすのは大変じゃねえのか?
俺ぁあんまり料理とかしねぇから口出しするのもどうかと思ってたけどよ…毎日毎日料理をご馳走してもらってんだ、何か手伝えることはねぇか?」
なんとこの男、私に気を遣っているらしい。色々と勘違いし過ぎていて面白い。面白すぎる。
ノエルには、笑いを通り越して少しの罪悪感が芽生えた。雑魚勇者でお人好し。なんだか村の人たちに似ているなぁ。
…私はこの人を騙しているのか……。
ノエルは久々に芽生えた負の感情を振り払うため、笑顔で適当に返しておいた。
この日、ノエルの中で勇者リトは「あの人」から「リトさん」に昇格したことをノエル自身も気づいてはいなかった。
◇◇◇
勇者リトの旅に着いて行ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。リト達は魔王城まであと半分というところに差し掛かったらしい。
ちなみに、ノエルは毎日「美味い!!ノエルの料理は最高!!ノエルも最高!!!」と言われ続け、リトに陥落していた。
ノエル達が宿屋に滞在していた時のことだ。コンコンとノエルの居る部屋にノックが響く。扉からのノックでは無い、窓からだ。窓を開けると、見覚えのある魔物が佇んでいた。
「よー、ニンゲン。元気か?久しぶりだな!
なんかよぉ〜。魔王様が、そろそろ新しい勇者の首を持ってきてくれないなら、ヒマ過ぎておめーの家族ぶち殺しちまうかも〜って言ってたぞ。
まあ今日中に勇者の首を持っていったらいーんじゃねーか?じゃあなー」
魔物は言うだけ言って去って行った。ノエルも分かっていなかった訳では無い。いつかはこの日が来るとは分かっていた。ただ問題を後回しにしていたことが、今日片付けなければならないだけ。
リトを殺すか、家族と村の人を見捨てるか。……彼を殺すくらいなら、私が死ぬ方がマシだ。それに、彼なら急げば家族を助けることができるかもしれない。
今までのことを順々に振り返ったノエルは、ふう、と息を吐いた。あとはリトがどれだけ頑張ってくれるかだ。
宿屋から出てきたリトとその他二人を確認したノエルは、その他二人を吹き飛ばした。
次に強固な結界を、リトとノエルを囲うように展開する。結界内では、ノエルの魔法以外の魔力を打ち消す効果、互いの力が時間経過毎に増幅する効果を付与している。これでリトが力不足でノエルを殺さないと言う事態は起きないだろう。
あとはノエルが、リトのHPを1だけ残すように調整するだけ。うっかり殺してしまってはいけないので、一番得意な火属性の魔法を使う。
そうそう、魔法には属性魔法と無属性魔法がある。大体の魔法は属性魔法に分類されるが、異空間を用いたり結界を張る魔法は無属性魔法だ。
ノエルの猛攻でボロボロになったリトがノエルを斬りつける。結界のお陰で深いところまで入ってくれたようだ。ノエルは死を直感した。成功だ。
朦朧とする意識の中でノエルは願った。
勇者リト様、どうか私の家族を助けてー。
------------------------
ここは魔王城。この城の主人である魔王は、勇者に斬られ息絶えようとしていた。
「ケっ、少しの間だが、ノエルと黄泉で仲良く過ごすんだな」
暗い表情に加え、目がギラついた勇者が嗤う。魔王にはノエルという人が一体誰か分からなかったのだが、少し考えてあの恐ろしい魔女のことかと察した。
(そういえば…前に彼女が勇者に倒されたと聞いたので、不必要になった彼女の家族を毎日一人ずつ嬲り殺しましたね…あまり楽しめませんでしたが。
彼女が人の子で助かりましたね…家族を人質にすれば、彼女の持つ力を存分に使ってもらえましたし…。アレがただの化け物なら、魔王は私ではなく間違いなく彼女だったでしょうね…。
彼女を倒した勇者…このニンゲンも相当おかしな奴ですね……。こんなニンゲンがこの世界には多く居るのでしょうか…。
はぁ、私が魔王として人間界を滅ぼすなんて夢のまた夢ですね…)
ふと、魔王は初めて知った魔女の名前を口にしてみる。すると、自分を見下ろしていた勇者の眉がぐわっと釣り上がる。そしてその手に持っていた剣で核を貫かれ、魔王はその短い生涯を終えるのだった。
---------------------
♪ハジマリ国王の楽しい国家機密ノート♪
ふぉ、ふぉ。単純な魔力とパワーでは、圧倒的にノエルの方が魔王よりも強いようじゃな!ちなみに、ノエルの村の人たちは魔王より弱いぞい!じゃが、ノエルの御父上だけは魔王を倒すことができる実力は持っておるようじゃな!
魔王を倒すと魔物は皆泥と化して消えることは、勇者学の第一章で学ぶ初歩の初歩じゃったな!ノエルがこれを知っていたら、魔王はワシらの知らないうちに倒されて、世界平和が訪れていたようじゃの!
魔王もそれをノエルに知られる事を恐れて、初対面の時以来ずっと顔を合わせないようにしたらしいの!賢明な判断じゃ!
さて、これを見ている国民達よ。そろそろ次のループを観察しに行く時間では無いか?
なーに、心配はいらんとも!わしがちょうど良いところまで送ってあげるからの!
じゃ、達者での〜!