七夕にて
「おとうちゃんは彦星様で、おかあちゃんは織姫様なんだよ」
父親は、また一つ、娘に嘘をついた。
「そうなの」
「そうだよ。だから、七夕にならないと、おかあちゃんに会えないんだよ。」
「ちいちゃんも、いっていいの」
「いい子にしていたら、一緒に天の川まで行こう」
娘は、ぱあっと太陽のような笑顔を向ける。手には娘の好きな水色のクレヨンと、願いを書きだした短冊が握られている。ひらがなは覚えたてで、ときどき逆さまの暗号や象形文字がちらついていた。
自分の家では毎年七夕に、一人一つ短冊を用意するのが習わしであった。習わしとはいっても、妻に出会ってから始まったものだ。付き合って初めての七夕では、お互いが「好きな人が幸せでありますように」なんて書いたことに吹きだして、六畳一間のワンルームが温まったものだ。
「ちいちゃんねちいちゃんね」
「なんだい」
「このあいだね、いろがみをね、はなたばにしたの。もっていってもいい?」
「もちろん」
娘は、学童で妻が好きなヒマワリを作ったという。上手にできたヒマワリを、ほめてもらう日を待ち望んでいるのだ。
「だからさ、ちいは、違うことを願うんだよ。」
「なんで」
「おとうちゃんが、もうちゃんと願ったから。二人で一つのこと書いちゃあ、もったいないだろう」
「やだ」
「いやなのかい。イルカさんに会いたい、とかでもいいんだぞ」
娘はイルカに乗るのが夢だとよく話していた。
「やあだ。いやっていったら、いや」
「じゃあ、しょうがない」
そう言って笑って、二人で同じ願いをのせた短冊を窓に貼った。娘の作ったヒマワリも添えた。その日はよく晴れた夏空で、排気ガスにまみれた東京からでも星が見える夜だった。
その日は、すてきな夢を見た。星が浮かぶ海に、娘の大好きなイルカが泳ぐ。海には妻の好きなヒマワリの花びらが浮かび、自分らを照らすのだ。その上を、娘と二人でたどる。ふいに妻を見つけて、おかえり、と言ってその手に触れようとしたところで、目が醒めた。
七月八日の朝、朝の陽ざしに照らされるのは二人の思いをのせた短冊と、娘のヒマワリであった。