悪役令嬢が魔王になるまで。
————ああ、どうしてこんなことになってしまったのかしら。
————私は、これでもあなたに期待していたのよ? なのに……。
目の前に広がる光景は、もう見飽きるくらいに見ていた、乙女ゲームのクライマックス。悪役令嬢、プラナスの断罪イベントだ。主人公を虐め尽くした彼女は、ついに公爵家という立場も、王子の婚約者という立場も、盾にならないところまで来ていた。
だから、第一王子によって、こうして断罪、のちに婚約破棄をして、プラナスは大罪人として流刑になるのだ。
————しかしここはもう、既にゲームではない。キャラクターだって生きているし、物語通りに進むとは限らない。現に私は主人公、アンナを虐めていない。
自作自演かしら。それとも擦りつけられた? ……まあ、そんなことはどうでもいいわね。
問題は、私はやっていないということ。……本当に調べたのかしら。まさか、周りの言うことを鵜呑みにしてなんか、ないわよね……?
「————お前は、公爵家という立場でありながら、こんなにも罪を重ねているのだ!」
ひとしきり私がやったことになっている罪を羅列して、彼は熱量たっぷりに言い放った。……だけど私はやっていないわ。私だって、公爵家としての矜恃を持ち合わせていないわけじゃないのよ?
「だんまりか? ……ああ、それとも認めたくないのか? こんなに追い詰められているということを」
何を思ったのか、彼は突然、嫌味ったらしくそんなことを言う。発言を許可されていないのに、勝手に喋れるわけないだろうと心の中で悪態をついて、ゆっくりと手をあげる。王子はなんだと問うと、こちらを睨む。
……そんなに彼女が気に入ったのかしら。大体、彼女も彼女だわ。婚約者でもないのにベタベタと。本来なら、男爵令嬢風情が王子の許可も得ずにそんなことをするのは、御法度なのよ?
「私はやっていませんわ、そんなこと。大体、証拠はあるのでしょうか」
私がそう聞くと、王子はしてやったりとでも言うように笑い、高らかに言う。
「証拠を聞くということが、もうお前の犯行を物語っているのだ! 大体、お前でないなら誰がやったというのだ! ……嫉妬したのだろう? アンナに。お前は俺の婚約者だからな」
聞く耳を持たない上に、全く見当違いの返答。
————話にならない。婚約者というのは、あくまで親同士の取り決めであって、私自身に愛があるかと言われれば、そうでもないのよ?
ため息を吐きたくなるのを必死で堪えて、前を見据える。
「お前を流刑に処す! ……本当なら死刑にしてやりたいが、この国に死刑制度は存在しないからな」
俺の温情に感謝しろなんて副音声が聞こえてきそうな顔で、なんて残酷なことをするのだろうと思う。しかし、これが王子の暴走だったとしても、こんなに大勢の前で宣言されたのだ。ある意味、命令である。従うしかない。
————結局、どれだけ足掻いたとしても、大筋はゲームの展開通りになっているのだと心中で呟く。
流刑なんて、実際は死刑と大差はない。孤島で、サバイバル。食べ物はあるだろうが、魔物だってもちろんたくさんいる。しかも、孤島の魔物は、ここより、一回りも二回りも強いのだ。王族に断首されるか、魔物に食い殺されるかの違いでしかない。
しかし、残念だったわね。そんなことを思っているだなんて、微塵も感じさせない顔で、心の中で不適に笑う。
————だって記憶があるのだもの。私が、私になる前の、全く違う世界の記憶。
————記憶、人格、感情。どれもが私で、私じゃない。でも、ちゃんと私の糧になってる。
————まあ、だから何が言いたいのかって言うと、生き残れると思うのよ、私。あの凶悪極まりない孤島で。
————ついに島についた。公爵家という矜持や、他人からの目線、プレッシャー。全てから解放された私は、軽やかな足取りで上陸する。送りの船が逃げるように去っていったのを確認してから、私は魔法を発動する。
ゲームによくあるインベントリ、そして魔物に襲われないようにと、結界。
————魔法に必要なのは、しっかりとした、明確なイメージ。しかし誰もがそれを知らない。イメージの構築の助けでしかない詠唱を、誰もが暗記し、詠った。だから、時の経過とともに認識は薄れ、もはや無詠唱なんて物は存在しない。……ってファンブックにあるのよね。本当、ファンブック様様だわ。
インベントリには、もしも流刑になってしまった時用に、かなりの物資が入っている。中身は水、食糧、文房具や暇つぶしなど、一年は引きこもっていられるのではと言ったぐらいだ。私の努力が杞憂で終わればいいと思ったのだが、悲しいことに役立ってしまったようだ。
————島についてから数日後、私は違和感を覚えていた。魔物に遭遇しないのだ。……まるで、魔物の方が私を避けているかのように。
魔法で、ソナーのように風を揺らして、地形情報と魔物の位置を覚える。
瞬間移動で、この島で一番強い魔物のところに飛んで、魔法で拘束する。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。……いいかしら?」
それはもはや質問とは言えないくらいの圧。目の前の魔物は、王者の余裕を見せる暇もなく、ぶんぶんと首を縦に振る。
それを見て、プラナスはクスリと笑い、拘束を解除する。
「じゃあ聞きたいのだけれど……、私に手を出さないのは、なぜかしら?」
魔物はキョトンとした後、胡乱げにこちらを見やると、ため息を溢した。
「なぜも何もだな……、貴様が我より強いからに決まっておろう」
「魔物の強さなんてわかるわけないでしょう。…………そんなに強いのかしら」
「何を言う。……ああ、無意識なのだな? 強者にはオーラというか、覇気みたいなのを纏っていてな。……お前は、戦闘経験こそないだろうが、それを省みても有り余るほどのパワーを持っている。……下手に近寄ろうなんて思わないだろうよ」
魔物は呆れたように言う。
————覇気、ねぇ……。もしそれが事実なら、そうね。私が悪役令嬢プラナスだからと言うしかないでしょうね。
————ゲームにおいて、プラナスはありえないくらいの力を持っていたのだ。メインともいえるバッドエンドは二つ。そのうちの一つは————破滅エンド。
プラナスが怒りに任せて、国ごと消滅させる————そんなエンド。
一応、この国は大国と呼ばれるくらいには大きいのだけれど……。それを一瞬にして滅ぼすんですもの、強いはずよね。
「ああ、ねえ、そうだわ。あなた、私の部下にならない? 大切にするわよ?」
それは急な思いつき。しかし、私にはこれがいいもののように思えたのだ。
だって、魔物は私の庇護下に、言うなれば私が外敵からの盾になる。その代わりに、魔物は私に忠誠を誓うのだ。
魔物は、少し考えて、首を縦に振る。
「ふむ、まあ、それも面白そうだ。契約をするのだろう? 好きに名を付けろ」
「え、契約? ……えーと、名前をつけるのよね。わかったわ。うーん……レオン! あなたの名前はレオンよ! 私はプラナス。よろしくね」
まさか契約なんてものがあると思わず、口約束だと思っていたプラナスは少し狼狽する。
名前をつけると、レオンは暫し名前を反芻して、微笑む。
「レオン、レオン……。うむ、了解した。これからよろしく頼む」
月の光で、レオンのたてがみが碧く煌く。————それは海のように深く、力強かった。
————人間と魔物は、初めて、けれど確かに繋がったのだ。
————それは、魔王への第一歩。数多の魔物を従え、魔王となるプラナスの物語は、ここから、始まるのだ。