五 ~ 誘いの手 ~
なんのために?
誰のために?
どうして?
崩れていきそうな心。
進むべき先を失ったとき……。
恋人はどうして死んだ?
恋人はなんで殺された?
そこにいるのは恋人ではない?
彼女の後ろで妖艶な笑みを浮かべる恋人の顔に直面すると、不安が積もる。
彼女らの足元に横たわる四人の姿。それはこれまでに生贄として命を絶たれた者の姿。
この姿は人間の業によって殺されたのか?
ならば、恋人を殺したのは……。
心の迷いを見透かしているのか、彼女は八重歯を見せる。
そして、白く細い右腕を差し出した。
何を誘っているのか。
胸に竦む敵意はどこに向ければいいのか?
そう問われているみたいで胸苦しい。
刀を握っていた手に力がこもる。
恋人を殺したのは誰なんだ?
分かっている。
だが、納得できなくて心の奥底に押し留めている自分がいる。
そこに彼女の笑みが忍び込んでくる。
恋人の笑顔がさらに心を揺さぶる。この笑みは助けを求めているのか。
ーー どうした?
彼女の囁きが頭のなかで浮かび、暴れている。
ーー お前の望み、力を貸してやろうか?
迷いが恋人の姿を捉える。こちらに向けられている笑みが、今は幼く見えてしまう。
恋人の無垢な笑みを奪ったのは……。
人間の業?
納得なんてできない。そんな抽象的なものではない。現実的に奪ったのは……。
奪われたくなかった。
抵抗もした。
敵わなかった。
自分一人の力は、大勢の圧力に屈してしまった。
自分の未熟さが問いただす。
恋人を殺したのは……。
手にしていた刀が床に落ちる。全身から力が抜けていき、どこか宙に浮いてしまっているみたいな浮遊感が心地いい。
そのとき、どこかで大きな鐘が響いた。
それは心の叫び。幾重にも重なる鐘の音がバラバラに崩れていた感情を繋げていく。
怒り、悲しみ、苦しみ。
それらが一つに群がっていく。
彼女は首を傾げる。
唐突に静まった鐘の音。
そこで右足が一歩、動き出す。
右手が上がる。
手が宙を彷徨い、彼女の手に伸びていく。
指先が触れようとした瞬間、恋人から笑みが消え、目がうつろになると、崩れるようにその場に倒れた。
激しく音を立てて倒れた恋人は、人形みたいに動きを止めた。
恋人を殺したのは……。
ーー 町そのもの。
町の人が恋人を殺した。
倒れる恋人に視線を奪われながらも手が伸び、彼女の手の平に触れた。
恋人を殺した町の人々を許せない。
膨れ上がる殺意。
恨み、復讐心。
ーー 手を貸してやろうか?
彼女の誘いが息を詰まらせる。
迷いはない。
彼女の手を握る。
彼女は屈託なく笑う。その温もりに気持ちは奪われたとき、目を見張る。
バサッと大きな音とともに、彼女の背中に大きな影が入る。
大きな漆黒の翼。
鳥の翼とは違う雄大な黒い翼。
黒い羽根が宙に舞う。
その誘いは……。
墜ちていく。
それでも……。
「人間、お前は面白いな」
了
彼女の手に触れた先、どうなってしまうのか。
どうも中途半端な終わり方になってしまいました。すいません……。
それでも、この先がどうなるのか、と想像していただけると嬉しいです。
短い話ではありましたが、読んでいただき、ありがとうございました。




