三 ~ 幻影の笑み ~
どうして?
笑うな……。
笑わないでくれ……。
町が死にかけてから、どれだけの時が流れたかは分からない。
すべては鬼のせい。
鬼のせいで恋人は命を絶たなければいけなかった。
もちろん、納得なんかしていない。
恋人の命を無駄になんかしたくない。
だからこの場所に来た。
月の瞬きが照らすなか、体が固まり、彼女の不敵な笑みが……。
そのとき、彼女の足元に横たわっていたものが、ぎこちなく動いた。
それは死体だったのか、人形じゃなかったのか。
恐怖が息を奪っていくなか、ゆっくりと立ち上がり、バキバキと、まるで外れていた関節をはめていくような音を軋ませる。
うなだれるように起き上がった人影。
彼女と同じ赤いドレスを着た後ろ姿。細く華奢な腕と足。それが女性であると直感する。
肩の辺りまで伸びていた髪を乱暴に揺らすと、唐突にこちらに振り返る。
全身に巡っていたはずの血が一気に固まったみたいに、熱が奪われてしまい、視界が霞んでいく。
そこに現れた恋人の姿に。
死んだはずの恋人の姿に。
時計の針止まってしまった。
あのとき、恋人を喪ってから。
なんで恋人は死んだ?
町のため?
人のため?
つまらない問いかけが胸をざわめかせる。
そこにいたのは恋人。
そうじゃない。
恋人はもういない。
目に見えているのは幻なんだ、と止まりそうな心臓に言い聞かせる。
なぜなら、そこにいる恋人は、感情を捨ててしまったみたいに蒼白であり、焦点が定まっていないのか、遠い場所を眺めている。
そのとき、こちらの動揺を悟ったのか、口角を吊り上げて笑みを作り上げた。
感情の死んだ顔に浮かぶ笑みが、より恐怖を誘い、背筋を冷やした。
恋人は目を逸らさず、肩を揺らしてすっと動き出す。
まるで操り人形みたいなぎこちない動きで彼女の前を横切ると、彼女の座る椅子の後ろにゆっくりと回った。
笑みを崩さない彼女を、後ろから抱きしめるように細い腕を胸の前に伸ばし、彼女の顔の横に自分の顔を並べた。
こちらを挑発するように、胸にやった腕を彼女は掴み、より目を細める。
すると恋人も目を細める。
刹那、命が芽吹いていたころの恋人の笑顔がそこに甦った。
胸の奥を掻き乱す二人の笑顔。恋人との思い出さえも踏み潰されているみたいな、不快感が全身を裂いていく。
彼女の唇が動く。
彼女の言葉が心を嘲笑った。
ーー そうか、恋人は殺されたか。
幻……。 幻なんだと痛感していても、分かっていても……。
それでも……。
辛さは変わらない。




