寒い冬空の下に
北海道の冬はとにかく寒い。
朝起きたら玄関の鍵が凍っていることなど日常茶飯事。天気予報で最高気温がプラスと表示された日にはアイスが食べたくなってしまう。
小さい頃からここに住んでいるので自分にとってはそれが普通だと思っていたが、その思い込みこそが、北海道の寒さは控えめに言って異次元レベルだと言われる原因でもあった。
「さ・・・、さむいねぇ・・・・・・」
そんな中、電車に乗り遅れて無人駅に取り残されてしまった俺たちは手足をさすりながら次の電車を今か今かと待ち望んでいた。
もう一度言うが、北海道の冬は異次元レベル。現地の人でさえ遭難することだってあり得るのである。数メートル先でさえ満足に見えないほどの猛吹雪ならなおさらだ。そんな中でも電車が平然と動き続けていることに感謝である。
ありがたいことに、この無人駅には石油ストーブが設置されていた。
普段は時間を気にしているので電車に乗り遅れることは早々ないが、もし電車を逃してしまったときにはここで寒さを凌ぎながら次の電車を待っている。
今までにも何度かこの部屋を使わせてもらったことはあったが、実咲と二人きりでこの部屋を使うことになったのはこれが初めてだった。
「ごめんね、弘文まで巻き込んじゃって。私が忘れ物なんかするからこんなことに・・・・・・」
「別に気にするな。俺も学校に用事があったんだから、どうせ一緒だ」
それに実咲だけ残していくのも心配だったからな。という言葉は心の内にだけ留めておく。
まさか電車に乗り遅れて駅に放置されることになろうとは思ってもいなかったが、なおさら実咲を一人にさせなくてよかったと、心の底からそう思った。
「ほんとごめんね。もう少しでお母さんが迎えに来てくれると思うから、それまで我慢だから」
「だから気にするなって。・・・・・・それよりも寒くないのか、そんな格好して」
「へ? ・・・・・・あぁこれね。まぁ少しは寒いかな。いくらタイツが最強の防寒具だっていってもこの猛吹雪ですからね。明日はもう少し厚めのタイツ履いてくるよ」
「ほんと、よくそんな恰好していられるよな。見てるこっちが寒い」
「女の子には目の前の暖かさより大切なことがたくさんあるのですよ。こんな寒さぐらいすぐに慣れ・・・・・・っくしゅ」
「ほら言わんこっちゃない。明日も学校あるんだし、もっと近づいとけ」
実咲はいつもそうだった。実咲は昔から寒いのが苦手で、寒さに慣れたことなんて一度もなかったのにすぐに見栄を張り始める。
それなのに無理するから何度も風邪をこじらせて俺に看病されているというのに、全く懲りる様子がない。
寒いならもっと暖かそうな服を着ろといつも言っているのに、実咲の着る服はいつも寒そうである。筋金入りの馬鹿だ。
だから俺はもっとストーブに近づいて風邪を引かないように温まっていろと言ったつもりだったのだが、彼は違う風にとらえてしまったらしい。
実咲は少しためらいながらも俺の隣にちょこんと座り、肩と肩が触れ合うほどに二人の距離は近くなっていた。
「あの、その……、これは……」
「弘文のためなんだからね。私はこのぐらいの寒さどうってことないんだけど、弘文がどうしても寒そうだったから仕方なくこうしてるわけであって、弘文に言われたからこうしてるわけじゃないんだから」
「そ、そうですか……」
「…………いやだったら離れるけど」
「いや、とかではない……です」
「そう。……じゃあもうちょっとだけこうしとく」
そう言って、実咲は寄せてきた体をさらに密着させ、静かに寝息を立て始める。
いきなりの出来事に思考が停止した俺は実咲の親が迎えに来てくれるまでその場から一歩も動けず、二人の体は信じられないほどに火照っていた。