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他人事だと思ったら

他人事だと思ったら

作者: 藤田カナオ

 明けましておめでとうございます。

 初投稿となりますので、何かとご容赦ください。

 

 ※悪役令嬢の断罪理由が王道ものと少し違う上に主人公が悪役令嬢を非難する描写がありますが、作者は悪役令嬢もの好きです。ジャンルそのものを非難する意図は一切ございませんので、ご了承ください。

◇01

 建国記念日を迎えた真央国の王都は、その日とても賑わっていた。国内だけでなく諸国からも身分を問わず大勢の人々が集まり、街では大規模な祭が、王宮では華やかな祝賀パーティーが催されていた。

 真央国の青年貴族・ヨシュアは、パーティーに招かれた一人だ。

 辺境伯家の嫡男で、第三王子率いる紅玉騎士団の部隊長を務めるエリート騎士で、加えて容姿も整っている彼は、多様な意味で有望株だ。浮いた噂一つないヨシュアに向かって、未婚の令嬢達は熱い視線を送っている。

 しかし、ヨシュアはそんな彼女達に目を向けることもなく、手に持ったワイングラスを揺らしながら物憂げな表情をしている。とても建国祝いの席でするような顔ではない。

「おい、宴の席でそんな顔をするな。ただでさえ"例の件"で不穏な空気が見え隠れしている……建国の宴をこれ以上汚したくない」

 見かねた別の青年貴族・ファムールが声をかける。

 ヨシュアと同じ騎士団所属で、王立学園時代からの友人だ。敵に一切容赦しない男だが、国を優先させる志という点において意気投合し、浅く広い交友関係を築いているヨシュアにとって気心の知れる数少ない人物である。

「……考え事をしていただけだ。なんだ、花姫様絡みか?」

「財務次官を、新たに味方につけたそうだ。これでシュザ殿下の政策が通りやすくなったな」

 ヨシュアは頭に一瞬痛みがよぎるような感覚を覚えた。シュザ第二王子と、その婚約者であるメアリー・パリエット男爵令嬢――通称・花姫が中心となっている第二王子派は、現在様々な政策を打ち出している。斬新かつ庶民に寄り添った政策の数々は、一見すると興味をそそられるものだったが、国の伝統や現存する秩序を無視したり、いざ実現となると現状とのずれが生じたりして、悪い面の方が目立ってしまっていた。

 今までは現実的な視点を持った家臣達が彼らを抑えていたが、第二王子派はめげることなく徐々に発言力を強めている。最大の要因は花姫だ。彼女は一見ふわふわとした美少女であったが、思いのほかやり手だった。


 彼女は男爵家の庶子であったが、王立学園で大変優秀な成績を修め、更に独特のサロンを企画して下級貴族や平民出の生徒を中心に幅広い人脈を作っていた。

 そのことで当時学園に在籍していたシュザ王子の目にとまったのをきっかけに、シュザ王子と側近候補の男子生徒達と交流を重ねていくようになり、瞬く間に彼らを魅了していった。

 当時から第三王子派に属し、第三王子が卒業後立ち上げる予定の新設騎士団の準備に忙しかったヨシュアには、メアリー嬢の魅力というものはよく分からなかった。ヨシュアは自分の意志を強く押し通そうとする女性は好みではなかったし、一度だけ会話をする機会があった時の、ヨシュアのことを理解しているかのような――実際はどこかズレている――話しぶりは不快感しかなかった。

 ただ、少なくとも彼女の信奉者となった男子生徒達にとっては、それまで婚約関係にあった良家の令嬢達より心惹かれる存在だったのだろう。婚約者をおざなりにして、あろうことかメアリー嬢に愛を囁き始めたのだ。

 面白くないのは婚約者を奪われた形になった令嬢達だ。有形無形の嫌がらせをメアリー嬢にしていったが、彼女はそれらを逆手にとって、令嬢達に反撃していった。その度に味方を増やし、信奉者の心をより一層惹きつけ、少しずつ敵対する令嬢側の勢力をそぎ落としていった。

 しまいには、令嬢達が怒りのあまり、自分達のリーダー格で、シュザ王子の婚約者でもあるアイリーン・マーズレン公爵令嬢を既に王族であるかのように敬い、肝心の王族であるシュザ王子を蔑ろにするような発言をしている証拠を公にしてしまった。

 彼らの婚約破棄の一部始終を、友人達と共に見物する羽目になったヨシュアが抱いたのは、「あの女やるな」という思いだけだった。

 マーズレン公爵の父親は先王の実弟で、公爵夫人は南星国の王女。血統は王家と遜色なく、一家全員才能豊かで国民から根強い人気を誇った一方で、時折王家に対して礼儀を欠く一面があった。特にシュザ王子の婚約者となったアイリーン嬢は、自分が完璧な淑女と呼ばれているが故に、幼少期はおとなしい性格であったシュザ王子を「劣っている」と勝手に判断したあげく、自身を溺愛する家族や、自らの派閥にいた令嬢達とそろって彼の欠点ばかりをあげつらっていた(そもそもアイリーン嬢が最有力の王妃候補と呼ばれるようになったのは、正妃の子であるシュザ王子と婚約したからだというのに)。

 メアリー嬢がその非礼を糾弾したのをきっかけに、マーズレン公爵家の態度を非難する声が目立つようになっていた。他の男子生徒達も「王族に非礼を働いた者を妻にはできない」という大義名分の元、次々と婚約破棄をしていった。国王と重臣達、そしてマーズレン公爵は当事者達が学園を卒業した後も幾度となく話し合い、シュザ王子の婚約破棄は正式に認められ、アイリーン嬢は母親の祖国である南星国の王弟と新たに婚約することとなった。そして、周囲からその才能と忠誠心を認められたメアリー嬢が「花姫」と呼ばれるようになったことに由来し、一連の騒動は「花姫騒動」と呼ばれたのだった。

 ヨシュアと父親のアレジオン辺境伯は、この一件を中立派という立ち位置で傍観に徹した。仮にシュザ王子が後継に選ばれずとも、第一側妃の子で優秀と名高い第一王子がいたし、ヨシュアが支持する第三王子は王位を狙う野心よりも国の安寧を優先する人物だ。そんな第三王子に忠誠を誓っていたヨシュアにとって、花姫とアイリーン嬢の争いに口を出すということは、一介の辺境伯子息でしかない己だけでなく、母方の出自故に立場が弱い第三王子にも火の粉が降りかかりかねない行為だった。父親はもちろん、第三王子派の友人達とも話し合い、ヨシュア達はこの件に関わらないと決めたのだ。それにヨシュアの個人的な感情で言えば、シュザ王子達にも非があるとはいえ、あくまで臣下の身分でありながら無礼な態度をとっていれば王子から愛想を尽かされるのは当然の結果であり、他の令嬢達の件も自業自得としか思えなかった。

 学園内では彼自身の周辺に大きな変化は無かったこともある。ヨシュアにとっては、自分とは関わりの薄い王族の婚約者が変わっただけの、早い話が他人事だったのだ。

 花姫騒動による国内の勢力図の書き換えだけは細心の注意を払ったが、それだけだ。ヨシュアは学園でも、入団した騎士団でも、与えられた職務を全うし、家に帰れば次期当主として王都にある辺境伯家の屋敷の一切を切り盛りし、忠誠を誓った国と王族に公私共に尽くす、貴族として騎士として「当たり前」の日常を、ただただ送っていた。

 ――どこを後悔するべきなのかは分からない。それでも、当時では信じられないような後悔の念を、ヨシュアが今現在抱いているのは事実だった。


「今でも思うよ。私は何を間違えたのだろうな」

「……一応聞くが、それは今の話題についてだな?」

「他に何がある?」

「……第二王子派が花姫様発案の政策を次々と強行採決させようとしていることだよな? その強引さを危惧した者や花姫様に反発する者が第一王子派に合流して、派閥争いが大きくなってきていることだよな? 実は花姫様の母親が高貴な血筋ではとの噂が宮中や王都で広がっていることだよな? アイリーン嬢が婚約破棄されてマーズレン公爵家が立場を危うくし、南星国との国交が気まずくなっていることだよな?」

 普段感情を表に出さない友人が一体何を言いたいのか、ヨシュアにしては珍しく分からなかった。

 別に確かめるようなことではなく、王政に携わる者や情報に敏い者なら誰でも知っている、花姫騒動によって近年発生した政治問題を確認するように並べるファムール。彼はそれらを告げるたびにヨシュアの反応を伺い、そして、とうとう最後まで避けていた話題を口にした。

「そなたの妹が、ヒィナが、アイリーン嬢の護衛騎士として南星国に赴いていったことでは、間違ってもないよな?」

「何を言うのだ、ファムール」

 初めて心外だと言わんばかりの表情をしたヨシュアを見て、ファムールが安堵したのも束の間。

「全部に、決まっておろうに」

 忌々しげに吐き捨てるヨシュアに、深いため息をつくファムール。

 ヨシュアは政争の火種が芽吹きかけている事実に、表面化するまで気付かなかった自分を恥じていた。そしてそれ以上に、それまで第二王子派に抱いたことすら無かった嫌悪の感情を向けている最大の要因は。

 ――彼の最愛の妹が、彼の企てていた人生設計を実行に移そうとしていた真っ只中に、外国へ赴任してしまったことだった……。



◇02

 ヨシュアの妹・ヒィナは、アレジオン家の分家筋にあたる騎士の娘として生を受けた。しかし、彼女が6歳になったばかりの頃、両親が事故で亡くなり、アレジオン辺境伯が養女として引き取ったのだ。

 辺境伯の妻は、夫妻が亡くなる一年前に他界していた。子供はヨシュア一人だけ。万が一のために、という言い分の元に引き取られたヒィナだったが、「実は辺境伯の庶子では」という噂は、当時の社交界でまことしやかに囁かれた。ヨシュアの母親でもある辺境伯夫人が、社交界では貞淑な良妻として名高かったことや、あのマーズレン公爵夫人とも親しかったこともあり、隠し子の存在を疑われた辺境伯は、夫人の友人達や親類縁者からずいぶん非難されたらしい。

 そして、それは夫人を慕っていた使用人達も同じだった。館のあちこちで主人や、まだ姿を見せない娘に対する悪意を囁き、夫人の遺児であるヨシュアを哀れんだ。

 だが、周囲の予想と反して幼いヨシュア自身は父親への理解を示していた。父親を責めることもなく、彼の話す「説明」を事実として扱い、周囲の冷たい視線にさらされて縮こまっているヒィナに悪感情を抱いたことは、ただの一度もない。

 ヨシュアは母親が嫌いだった。いや、憎悪していたと言っても過言ではない。

 自分だけ逃げた父親も。自分の気持ちも知らずに上辺でしか判断しない周りの大人達も。ヨシュアにとって、不信感の対象でしかなかった。

 だからというわけでもないが。

『はじめまして。ヒィナです……』

 急激な環境の変化により憔悴しきっていたヒィナの面倒を、ヨシュアは積極的に見た。

 騎士の家と辺境伯家では、施される教育がまるで違う。事実、ヒィナは騎士の娘としては十分躾がなされていたが、上流階級の子女としては無知同然の状態だった。養子でも庶子でも、それが許される言い訳にはならない。

 最初は姿勢から始まり、教養もマナーも処世術も、剣術や騎士道でさえ甘やかすことなく徹底的に叩き込んだ。

 服や身の回り品は、ヨシュアの趣味が色濃く反映されていたが、上等なものを選んで手配した。ヒィナのデビュタントのドレスも装飾品も、全てヨシュアのオーダーメイドだ。

 社交場に出る際は常にヨシュアがエスコートして、妹への悪意を大小問わず見逃さないように目を光らせた。

 自身の勉強が順調すぎたヨシュアにとって、妹の世話は家族の領域を超え、もはや趣味や生きがいの領域に達していたのだ。

 そうやって手塩にかけて育てたヒィナは、ヨシュアのことを「兄様」と呼び慕い、不器用ながらも期待に応えようと努力してくれた。幼少期の境遇から内向的になってしまったが、ヨシュアの言うことに従順で、謙虚さと誠実さを常に忘れない、ヨシュアが理想とする貴族女性の鑑に育ってくれた。そして、剣術の才能を見出されてからは自信がついたのか、騎士でいる時は堂々と振る舞えるようになっていた。

 いつしか「辺境伯は娘の才能を見出していたから養子にした」と評されるようになり、辺境伯の不名誉は今やほぼ回復したと言ってもいい。更に、学園で騎士科に入学した時も、卒業後に紅玉騎士団に入団してからも目覚ましい活躍を見せ、周囲の人望を集めたことで、ヒィナを「不義の子」と蔑む者はほぼいなくなった。

『兄様、学園から合格通知が届きました。兄様と同じ、騎士科に通えるんです!』

『今日の試験試合、男女混合部門で一位になりました』

『紅玉騎士団に内定が決まりました。兄様、またご一緒できますね!』

『警邏部隊の隊長を拝命いたしました。今後とも、ご指導お願い致します』

 何かしらの成果を上げたと嬉しそうに報告してくるヒィナを、あからさまに褒めることは無かったが、ヨシュアにとって、彼女が自慢の妹であることに変わりはなかった。

 令嬢として、騎士として、してやれることは全部してやった。後は、ヒィナの結婚相手を見つけてやるだけ。

 紅玉騎士団が成果をあげ始め、シュザ王子の周辺事情が落ち着いた頃。辺境伯はヨシュアに、「ヒィナの使い道を考えろ」と指示を出した。

 ヒィナを政略結婚の駒として、どう扱うか。その裁量をヨシュアに任せたのだ。単に後継者教育の一環としてとらえたのか、娘の嫁ぎ先より仕事を優先させたかったのかは判断しかねるが、ずっと頭の中で温めていた計画を実行するには、妹の婚約交渉を自分が担う必要がある。これ幸いとばかりに、ヨシュアは準備をし始めた。

 そして、候補者は既に幾人か決めてあった。彼らの素行や能力、家柄を徹底的に調べ上げ、これはと思う人物に、ヒィナを売り込んでいた矢先だった。

『護衛騎士……? お前が?』

『はい! 総団長直々に内示をいただきました。アイリーン様の護衛として、南星国に同行せよとのご命令です』

 ヨシュアはその話を告げられるまで、あれほど顔をほころばせたヒィナを見たことがなかった。顔を赤らめ、目を輝かせ、声も何時になく弾んでいた。

 護衛騎士とは、姫君が他国の王族に嫁ぐ時、国が派遣する騎士のことだ。姫君を相手国まで護衛し、後宮では姫の立場が盤石なものになるまでの間お守りする役目を担っている。性質上、女性騎士が選ばれることが多く、女性騎士にとっては自国の女性王族を守る近衛騎士に選ばれるのと同等の栄誉を得られる大役だ。騎士の誇りを大切にしている妹が喜ぶのは、当然と言えば当然だろう。

 だがしかし。護衛騎士に選ばれたことを、これほど喜ぶ者は少ないだろう。理由は簡単、「婚期が遅れるから」だ。

護衛騎士となった以上、任務中は私用での帰国は有り得ない。場合によっては任期が年単位になることもままあるため、期間中は婚約者や夫と完全に離れ離れになってしまう。侍女ならば結婚のために戻ることも可能だが、護衛騎士はそれができない。そんな女性と結婚を考える者はまずいないので、護衛騎士は必然的に「行き遅れ」予備軍となってしまうのだ。

 つまり、アイリーン嬢が嫁ぎ先の南星国で落ち着かれるまで、ヒィナの婚約交渉は中断せざるを得ないということだ。しかも、国内での活動を前提とした教育をしてきたヨシュアにとって、ヒィナを国外に出すなど完全に想定外だった。

 そうは言っても護衛騎士の内示は王命に等しく、異議を唱えることなど立場的にも心情的にも論外な話だ。内心嘆きながら、南星国について知りえた限りの情報を与えて長期滞在の準備をし、「任を全うしろ」とだけ告げて、ヒィナを送り出すしかなかった。

『兄様、行ってまいります』

『ああ……ヒィナ』

『はい』

『お前はアレジオン家の娘であると同時に、真央国の騎士だ。それを忘れるな』

『……はい、ヨシュア隊長。ヒィナ・レミカット・アレジオン、ただいま出陣いたします』

 貴族令嬢としてだけでなく、騎士としての挨拶も済ませ、ヒィナは颯爽と出発していった。そのしゃんとした姿勢は、かつてヨシュアが教えたものだ。彼女は一度も振り返ることなく、新たな任務へ赴いていった。

 花姫騒動から、三年の歳月が流れようとしていた。



◇03

 ヒィナがアイリーン嬢の一行と共に旅立ってから一年後の現在。

 アイリーン嬢の婚約は、成立したのが急だったことやそれに至った経緯などにより、成婚まで少し時間がかかり、その後も苦労は絶えなかったそうだ。南星国にもヨシュアと同じ考えだった者は少なからずいたらしく、アイリーン嬢は王族にふさわしいか、その資質を改めて試されていたと聞いている。

 それはつまり、ヒィナの在任期間も必然と伸びるというわけだ。真面目な妹は筆まめに手紙を送ってきたが、宮廷内のことを詳しく書くことはせず、南星国の文化や自己鍛錬の結果報告といった、差しさわりのない内容ばかりだった。情報保持の観点から言えば妥当な判断だろう。だが、これほど長い間、妹を監督下に置けなくなっている事実は、ヨシュアに思いの外ストレスを与えていた。

 ヒィナが護衛騎士の任を命じられた後、彼女の管轄である警邏部隊をヨシュアが隊長代理という形で兼任し、指揮することになったのだが、そちらの任務で捕縛した犯罪者に対して(職務規定に反しない程度に)度々八つ当たりをしたり、自身の元々の管轄である情報戦略部隊では、どんなに些細な噂話程度の問題でも情報網に引っかかれば担当部署に回すようになっていた(これは各隊の隊長から個人的に苦情が来た)。

 ヨシュアの心が荒みつつある一方、国内の情勢は微妙な均衡状態を保っていた。

 シュザ王子はアイリーン嬢と婚約破棄をした後、正式に花姫と交際を始め、アイリーン嬢が出立すると同時に正式に婚約者となった。今までアイリーン嬢と比較され続けて卑屈になっていたのが嘘のように、堂々とした風格を見せるようになり、王太子最有力候補と噂されている第一王子に引け目を感じて遠のいていた帝王学や政にも意欲的に取り組み、次々と政策を打ち出すようになっていた。

 側近達は未だ婚約者がいない状態だが、王子と花姫のために日々精力的に働いているらしい。ヨシュアは騎士団の総団長子息しか直接の面識は無いが、騎士団に入団した彼もまた、学園時代とは違って生き生きとし、同じく騎士の道を選んだ花姫の元取り巻き達と共に、婚約したての花姫のために王子妃親衛隊を旗上げして父親である総団長から呆れられていた。

 こうして第二王子派は花姫を中心にまとまり、一時期は破竹の勢いで人材を確保していったが、婚約がまとまって体制が盤石なものとなった現在は、そうした動きも多少は落ち着きを見せていた。……その全てが良い方向に行っているとは言い難い状況ではあったが。

 一方の第一王子派は、学園での騒動や花姫の身分を気にしているようだが正攻法だけでは解決できそうにない。

 なにせ婚約破棄の一件は令嬢側に非があると公にされており、下手な反論は王家側が不利になってしまう。件の花姫は人脈作りに天賦の才を持っている上、国民からは「高圧的な令嬢によってふさぎ込んでいたシュザ王子を立ち直らせた」実績を称えられている。うかつに手を出せば、先に彼女を潰そうとした令嬢達の二の舞になりかねない。

 そうした諸事情により、国は水面下で争いながらも表向きは平穏であった。シュザ王子が政務に精力的になったために、むしろ良くなったのではと言う者も少なからずいたし、近隣諸国との外交も、一部を除いておおむね良好であった。

「とにかく、もうすぐ国王陛下のご挨拶があるのだ。それまでに、そのしけた顔を何とかしておけ」

「……私がそれしきのこと、できないとでも思ったか」

「ならば今すぐ何とかしろ」

 ひねくれるヨシュアだったが、ファムールはいつものことと受け流す。一呼吸おいて、ヨシュアが会場を見渡していると、とある集団が目に留まった。シュザ王子と花姫、そして彼らを取り巻く第二王子派の側近達だ。相変わらず場をわきまえないほどの相思相愛ぶりを見せる二人は、まさに物語の主役を飾るに相応しい。……それが国民達の「計算された」誤解を加速させる一因でもあるが。

 ヨシュア達から憂いの原因として話題にあげられ、今も注目されていることなどつゆ知らず、心からパーティーを楽しんでいるようだ。

 ――しかし、シュザ王子がとある人物を見とがめ、表情を一変させたことで状況は変わった。視線の先にいたのは……。

「おい、あの方はアイリーン嬢ではないか」

「確かに……招待されてたのか」

 そこに立っていたのは、アイリーン・マーズレン――南星国王弟妃殿下であった。あのような騒動の渦中にあったせいか、このような場で姿を見せるのは、本当に久しぶりであった。少なくとも真央国の社交界では。

 アイリーン嬢は、相変わらずの美しさと気品を漂わせていた。いや、結婚してより一層洗練されたと言っていいし、どこか大人びたように感じられたのは、他国へ嫁いだことが大きいのかもしれない。その目には、かつてあった傲慢さは感じられなかった。

 ひょっとして、シュザ王子と和解するために帰国されたのかもしれない。二人とも、新たな人生でやり直せたということならば、あの騒動も無意味ではなかったことになるし、四年経った今なら当時のことを「思い出」扱いできるだろう。その上、二人の和解は南星国との外交を回復させる、絶好の大義名分になる。

 ヨシュア達がそう納得しかけた、まさにその時だった。

 シュザ王子と花姫と仲間達は、ややご都合主義な思考をしていた二人の目を一気に覚まさせてくれたのだ――。



◇04

「アイリーン! 貴様が何故ここにいる?! ここは、お前のような無礼で悪辣な女が来る場所ではない!!」

 やらかした、とヨシュアは顔を青ざめながら思った。シュザ王子はその場にふさわしくない怒鳴り声をあげ、アイリーン嬢を非難し始める。自国で問題を起こした公爵令嬢とは言え彼女は一応他国の王弟妃となられたのだから、例え因縁ある人間であったとしても、あの言い方は外交問題にだってなりかねない。

(迂闊であった……! ここに来て、ご自分の首をしめる真似をなさるなど!)

 ヨシュアとファムールは顔を見合わせ、即座に動き出した。ヨシュアは万が一のために当事者達の元へ赴き、ファムールは第三王子にことの次第を伝えに行った。しかし、ヨシュアと王子達の間には招待客という垣根ができていたし、会場は王宮一広い場所を使っている。第三王子だけでなく、国王達が事態を知ってその場に来る場合も、時間は相当かかるだろう。

 ヨシュアが何とか向かおうとしている間にも、シュザ王子は癇癪を起し続けていた。婚約破棄の場で伝えきれなかった恨み辛みを言い切ろうと言わんばかりの態度に、最初は冷静に応対していたアイリーン嬢も口数が減ってきている。今回ばかりは、彼女の目に宿る失望の色を咎める者はいないだろう。どう考えても王子側が悪い。

 そして、とうとうシュザ王子は致命的な過ちをやらかした。衆人環視の前で抜刀し、アイリーン嬢に矛先を向けたのだ。王族が式典などで帯剣している儀式用の剣であったはずが、何を間違えたのか真剣に代わっている。

 会場内の至るところで悲鳴があがった。花姫も側近達もシュザ王子を宥めるが、王子の憎しみが籠った視線は一向に鎮まらない。それほどまでにアイリーン・マーズレンを憎んでいたのだろうか。

「……っ! どいてくれ!!」

 動揺したヨシュアが声を荒げてしまった、その時だった。

「殿下、お戯れはそこまでにしてくださいませ」

 凛とした声がヨシュアの耳に届いた。つい一年前まで毎日聞いていた、懐かしい声。――ヒィナだった。

 妹はアイリーン嬢を庇うようにシュザ王子の前に立ちふさがる。相手が相手だけに抜刀こそしていないが、あの態勢ならアイリーン嬢を庇うには十分だろう。

(何故あいつがここに? ああ、護衛騎士なのだから当然か。知らせが無いとは無粋な。いや、自分は警護担当では無かったし、今は任務で来ているだけだから、私用で会うのをはばかっただけか。それにしても髪が伸びたな。顔立ちも姿勢もまた綺麗になって……)

「って、そうじゃない! 何をしているのだ、あいつは!!」

 一時の現実逃避から我に返ったヨシュアの叫びは、他の招待客達の新たな悲鳴にかき消された。シュザ王子が、ヒィナめがけて斬りかかったのだ。

「ヒィナ!!!」

 ヨシュアは焦った。妹を失う恐怖をまた味わうことになるとは、夢にも思っていなかった。一瞬、血の気も失せた表情で倒れこむ妹の姿が頭をよぎる。

 必死に手を伸ばすが、間に合わない。そう、思った時。

 金属同士がぶつかり跳ねる音がして上を見上げると、シュザ王子の剣が空中に舞い上がっていた。慌てて視線を戻すと、何者かが同じく抜刀して王子の剣を防いだようだった。

「無礼者、何者だ!」

 シュザ王子が喚いているが、無礼を最初に働いたのは彼である。彼は国王陛下の指揮する警備の兵によって拘束、連行されていった。

 彼を諌めきれなかった側近や花姫も同行を求められた。去り際に花姫が深く頭を下げ、アイリーン嬢も目だけでそれに応えた。かつて一人の王子を巡って争った二人の令嬢は、互いに無言で意思疎通をできる程度には通じあうものが育っていたのかもしれない。

 ――周囲がざわめく中、ヨシュアの視界は、他の人々と少しずれた場所に焦点があたっていた。

 王子の剣をはじいた男は、服装からして南星国の騎士だろう。正当防衛とはいえ抜刀した行為を素直に国王やその隣にいる南星国の王弟に謝罪している。非はこちら側にあるため、国王はその謝罪を受け入れた。

 そこまでは良い。問題は――謝罪してすぐに、ヒィナに顔を寄せて何か囁く騎士である。

 なんだ、あの状況は。一瞬呆けていたヒィナも我に返って彼から離れると、アイリーン嬢の無事を確認する。無表情だったアイリーン嬢も、ヒィナには笑みを見せ、自身を庇って斬られかかったヒィナを気遣うようなそぶりを見せた。

(アイリーン嬢は、まだ良いとして……何なんだ、あの男は)

 頭の中で警鐘が鳴り止まない。そして、ヨシュアが何とか普通の声の届く範囲に行きつくと、彼はとんでもないことを言っていたのが分かった。

「ヒィナ、大丈夫か? 無茶をしないでくれ。何せ君は――私の恋人なんだから」

 ――こいびと?

 ヨシュアは彼の言っている言葉の意味を理解できず、ヒィナがしかめっ面をして反論していたことも、そんな二人(特に騎士の男)を苦々しい表情で見る男がいたことも、戻って来た友人が彼の肩を気遣わしげに叩いたことも気付かなかった。




 そしてヨシュアはこの後、自分の想像以上の事態が、自分のあずかり知らないところで起こっていた事実を初めて知ることになるのだった……。


「他人事だと思ったら(妹の身辺がとんでもないことになっていた)」


 乙女ゲームや悪役令嬢もので断罪が行われる場合、他の登場人物は作品上は背景ですが、彼らにも影響は出てくると思います。

 今回は、そうした影響によって人生が変わってしまっただろう、とある兄妹の物語となります。気力次第では別視点や前日談・後日談も書かせていただきたいので、何卒よろしくお願いします。


8/21 申し訳ありません。登場人物の矛盾点が発覚したため、マーズレン公爵が宰相、という設定をオミットしました。今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] シリーズ化を予定されているそうなので 楽しみに待っています~!
[良い点] 面白く拝読させていただきました。 別視点・後日談などもあるとのことで、各キャラクターの感情の動きなどがわかるかと、今から期待しています。 [一言] 登場人物の家名が、どれも身体に良さそうな…
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