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第五十六話 マルビーク領3


 無事に牢屋から出られたカインはエリックと共に屋敷にむかった。

 一緒に歩いているエリックは先ほどの牢屋に入っているカインのことを思い出しながら笑っている。


「それにしても、カインくん。相変わらず抜けてるよねー、貴族証はすぐに出せるようにしておかないとだめだよ? 下手すれば相手に迷惑がかかるから」


 たしかに、平民と接しているつもりでいたら、実は貴族の当主であったとならば問題も出てくる。今回は悪い意味でいい例だった。


「本当は、転移魔法の拠点のために来ただけなんですけど、温泉が見えてどうしても入りたくなって……」


 カインは頭を掻きながらエリックに説明をする。


「カインくん、温泉が好きなのかい? それなら宿よりも屋敷のほうがいい温泉が湧いているよ。入っていくかい?」


「本当ですかっ!? 是非!!」


 エリックの少し後ろを歩きながら、カインは両手を上げ喜んだ。


「そこまで喜ぶなんて、期待して待っていてよ? すぐに用意させるから」


 エリックは笑顔で屋敷に向かう。

 屋敷はさすが公爵家というべきだろうか。屋敷というより城だった。王城にはさすがに及ばないが、白い壁で出来ており、その大きさに圧巻された。

 屋敷のホールには執事をはじめ数人のメイドが既に並んで待っていた。


「カイン子爵を客間にお通しするように」


 エリックが近くにいるメイドに声を掛けると、言われたメイドは丁寧に頭を下げ、「こちらになります」とカインを案内する。


「少しやることがあるから、客間で待っていてもらえるかな? 用を済ませたら部屋に行くからそれまで寛いでいてくれ」


「はい、わかりました」


 カインはメイドの案内で客間に通される。

 華美な装飾配置されている家具もシンプルながらも部屋の雰囲気に合う落ち着きのある品揃えで高級感が漂っている。さすがは公爵家の客間と言うべきであろう。座ったソファー一つにとってもフカフカで柔らかく、お尻が沈むほどである。


「今、紅茶をお淹れいたします」


 部屋の端テーブルではメイドはポットからカップへ注ぐ。用意された紅茶からはいい匂いが広がり、カインは喉を鳴らす。


「ありがとう」


 カインはメイドに一言礼を言い、カップを手にとり口に運んだ。


「――美味しい」


 自分の屋敷で飲む紅茶も美味しいと思っていたが、それよりも香りが心地よく、口の中に爽やかな味が広がっていく。


「当領地で採れる最高級の茶葉でございます。お気に召していただいてありがとうございます。閣下はもう少しでお見えになります、それまでお待ちください」


 メイドは丁寧に一礼したあとに扉の脇に控えている。

 そして程なくエリック公爵が部屋に入ってきた。

 エリックはカインの対面に座る。メイドは何も言わずに紅茶をまた淹れ始め、エリックの前に置く。


「待たせてすまなかった。今回の話を聞いてきた。デリータ達も同席させるけどいいかな?」


「はい、構いません」


 カインはエリックの言葉に頷く。

 エリックは頷いたあとメイドに部屋に入れるように伝え、開けられた扉からは、二人の男性が入ってきた。一人は言うまでもなくデリータだ。そしてもう一人はデリータより少し年上に見える文官タイプの男性だった。

 二人はエリックのすぐ後ろに控える。


「カイン子爵には改めて紹介するよ。長男でここの代官をしているノエールだ。そして知っていると思うが次男のデリータだ」


 エリックの紹介に合わせて二人は順に頭を下げた。

 カインも立ち上がり自己紹介をする。


「カイン・フォン・シルフォード・ドリントルです。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げ挨拶をし、席についた。


「今回の件だが……カイン子爵、申し訳なかった」


 エリックは座りながらだが、テーブルに手をつき頭を深々と下げた。


「えっ、父上!?」

「父上!?」


 後ろに控えている二人は目を見開き驚いた。貴族でも最高位に位置し公爵である父親が、まだ子供の下級貴族である子爵に対して頭を下げたのだ。普通ではありえないことだ。

 カインも同様に驚いた。いつのもニコニコと冗談を言う雰囲気とはまったく違ったからだ。


「エリック公爵!? そんな、頭を上げてください!」


 焦ったカインがエリックに声を掛ける。

 カインの言葉でやっとエリックは頭を上げた。


「助かる。いくら公爵の子供だとしても、貴族の証を見せなかったとしても、今回の対応は間違っていた。カイン子爵が不敬罪を言い渡せば、デリータは処分されてもおかしくない。王が今回の事を知り、カイン子爵が望めば、たとえ公爵家の子供だとしても不敬罪で処罰されることを許可するだろう。だから当家の代表として、そして父親として謝罪させてほしい」


 いつもの和やかにしているエリック公爵とは違い、真剣な顔つきだった。


「謝罪を受け入れます。僕も忘れていたとはいえ、早々に貴族の証を見せるべきでした。それは僕の失態です。将来、義兄になる方ですし、こちらこそ申し訳ありませんでした」


 カインも謝罪し、頭を下げた。

 カインが顔を上げると、先ほどまでの真剣な顔つきが和らいでいた。


「カインくん、ありがとう。どうだ? これがシルクの婚約者だ。文句はあるまい? ただ、今回の罰だ、デリータ、お前は一ヶ月の謹慎だ」


 エリックは後ろにいる二人にも話しかける。エリックの問いに二人は頷いた。


「わかりました。カイン子爵、この度は申し訳ありませんでした」


 デリータが頭を下げる。


「それにしてもまだシルクと同じ十歳とは思えません。当主をしているというのも納得できます。シルクには勿体ない位です」


 長男であるノエールも感心している。


「もちろん、腕も立つぞ? すでに近衛騎士団長のティファーナ殿より強いからな? 冒険者としてもすでにAランクだ」


 近衛騎士団長といえば、戦闘狂としてこの国の騎士の中では有名だ。同じ騎士であるデリータは驚きを隠せない。


 エリックの言葉にデリータは唾を飲み込む。


「――それでだ。本題に入ろう。カインくん、なんでこの街に来たんだ?」


 エリックは唐突に素朴な疑問を投げかけてきた。

 先ほど拠点登録のためとは説明しているが、それだけでは納得できるものではなかった。

 カインは後ろで控えている二人に視線を合わせる。その視線に気づいたエリックは二人に退出するように命じた。もちろんメイドにもだ。

 ノエールとデリータは再度頭を下げた後、メイドと共に応接室を退出した。

 カインはエリックと二人になったことで、説明を始めた。


「――実はですね、夏休みにシルクとテレス、テレスティア王女殿下とこちらの街へ来る予定でしたが、今回、聖女様のお相手をすることになったことで、この街に来ることが出来ないことを残念がっていたので、僕の『転移』で少しの時間だけでもこの街に来ることができればと思って、転移するための拠点登録にきました。一度行った所でないと転移することが出来なかったので……」


「そうだったのか……それにしても、休みはこの二日間だけだろう? どうやって来たのだ? 私の馬車を追い抜かされた記憶はなかったが……」


「あ、空を飛んできました。その方が早いので」


 カインの説明にエリックはいつもの笑顔を浮かべる。


「クックック、そうか空か、その発想はなかったな。本当にカインくんは無茶苦茶だな。常識外のことをしてくれる。国王がいつも愚痴っているのが良くわかるよ」


 カインは国王が愚痴をマグナ宰相に言っているところを頭に思い浮かべた。


「そこまで悩ますようなことをした記憶はないんですけどね……」


 カインは頭を掻きながら答える。


「そうだ、カインくん、温泉だよね? もう用意出来ているはずだ。入ってくるといい。この屋敷の温泉は期待していいよ。入ったら一緒に夕食にしよう」


「本当ですかっ! 是非に」


 話を終わらせエリックはテーブルに置いてある鈴を鳴らす。すぐに扉がノックされ、許可をすると先ほど紅茶を淹れてくれたメイドが入ってきた。


「カインくんが温泉を所望だ。案内してあげてくれるかな」


 カインはエリックに頭を下げ、応接室を退出する。そしてメイドの案内で脱衣室に向かった。


「こちらになります、脱ぐのをお手伝いいたします」


 カインの洋服を脱がそうとするメイドを手で止める。


「一人で脱ぐから平気だよ。それよりも一人にしてくれるかな?」


「チッ――わかりました。では失礼して外で待たせていただきます」


(何か舌打ちしたぞ……このメイド)

 カインはメイドが脱衣室から退出したのを確認してから、服を脱ぎ始めた。脱いだ服はアイテムボックスに仕舞う。タオルを取り出し、浴室の扉を開けた。


「おぉ! すげぇ!」


 目の前に広がるのは、数十人が入れそうなほど広い浴槽だ。そして、外まで続いており露天風呂まである。

 カインはその風景に感動した。


「出来るだけこの街にいたい……」


 思わず本音を呟きながら、桶に湯を汲み身体を清めたあとに浴槽に身を沈めた。


「おぉ……気持ちいい……」


 身体に染み渡る気持ちよさを感じながら足を伸ばし寛ぐ。

 露天風呂にも移動し、同じように寛ぐ。


「本当にサイコーだ……」


 日本人の記憶を持つからこそ、大きな温泉に浸かれる、この束の間の幸せを感じていた。

 カインが湯船に浸かっていると、脱衣室からの扉が急に開かれた。

 音に気づき後ろを振り向くと、そこには――薄手の湯着を着た先ほどのメイドが入ってきた。


「カイン様、お背中をお流しいたしま――」


「ストーーーップ!! いいから!! 一人でやるからいいから!!」


 カインは必死にメイドを止めた。薄手の湯着ともあって、身体のラインが良くわかる。出るところがでていて、とても官能的だ。

 だからこそ必死に止めた。


「それではエリック様に叱られてしまいます。せめてお背中だけでもお流しして――」


「いいから!! 本当にいいから!!」


「――残念です……わかりました」


 残念そうな顔をしたメイドは、カインに一礼し、脱衣室に戻っていった。

 カインはため息をついた。さすがに前世は高校生ということもあり身体は欲情しなくても頭の中は違う。



「ほんと、勘弁してよ……」


 カインはそのまま口のラインまで湯船に沈んだ。


いつもお読みいただきありがとうございます。

ネット小説大賞受賞後一発目になります。本当はこの話でマルビーク領は終わらせる予定でしたが、思ったよりも長くなってしまったので次話まで続きます。

まだまだ未熟な作者ですので、これからもご指導よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] このメイドは玉の輿狙いか?それともショタコンか?どっちにしろ羨ましいけどちょっと怖い
[一言] 空を飛んで来るのも悪くはないが、 ハクやギンに乗るという事で召喚獣の登場機会を 増やして欲しかったかも。
[気になる点] 「そうだったのか……それにしても、休みはこの二日間だけだろう? どうやって来たのだ? 私の馬車を追い抜かされた記憶はなかったが……」 「あ、空を飛んできました。その方が早いので」 …
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