永遠の絆
私たち三人はいつも一緒に行動してた。
怒られる時も三人で、褒められる時も三人一緒。
一人が学校を転校することになっても、連絡を取り合ってその絆を守ってきた。
あまり遠くはないけれど、やはり学校が違うと会える機会も減った。
でも、私たち三人の絆はとても深くなかなか会えなくともそれは変わらない。
しかし…。
今度は、一人が外国に行かなければならなくなった。それはあまりにも急でそして遠い。二人も驚きを隠せなかった。
戻ってくるのは二〜三年後
小学校から絆を保ち続け、もうすぐ中二となる私たちでさえも、この絆が終わってしまうかもしれない恐怖。
「行かないで」
何度も思った。
されど仕方のないこと。
私たちはお別れパーティをして、三人でこう言った。
ー…さよならじゃない、きっとまた会える…ー。
二〜三年後には私たちは高校生になる。
たとえ、高校生になっても忘れずに一人を待ち続ける。
また三人揃って、馬鹿みたいにはしゃいで、怒られたり褒められたりして、今度は思いっきり遠出をしよう。
三人揃った時には高校生なのだから。
そして、
またね
と言って私たちは別れを告げた。
また逢うその日まで。
外国へと旅立った一人の親友を思いながら、中二となった今、三年生は引退して私たち中心の生活となった。
特に部活動。
一人は吹奏楽部、一人は帰宅部だった。
「千世ー!これどうやって教えればいいかなー?」
千世はフルートという楽器のパートリーダーをしていて、今や中二のリーダー的存在となっていた。
「若葉〜!帰ろ!」
若葉はクラスメイトと仲良く遊んだり、時々イラスト部という部活に遊びに行ったりしていた。
私たち二人はあまり話す機会も少なくなったが、絆は薄れてはいない。
なぜなら、私たちは廊下ですれ違うたびにいたずらをしあって遊んでいたから。
クラスは違ったが、運良く隣のクラスで千世のクラスと若葉のクラスのみんなは千世と若葉の絆の深さを全員知っているほどだ。
遊ぶ機会は減ったが、今でも時々遊ぶことがある。
そして、外国へ行った悠希の話をし、逢える日を待ち望んでいた。
しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。
中二の冬、三人の絆が絶たれる危険が訪れた。
11月上旬の頃。
その日はごく平凡な一日だった。
千世はいつもと同じように部活を終え、友人と帰っているところだった。
そして、別れ際千世が信号を渡っている時
凄まじい音を立て、大きな車が信号を無視し猛スピードで走りこんできたのだ。
ドンッ
鈍い音が辺りに響き渡る。
車は止まり、その少し先にはもはや人にはみえない血まみれの千世が横たわっていた。
不幸中の幸いで目撃者は多かったためすぐに救急車で運ばれたが、車は大きく、そしてすごいスピードで接触したため傷口は深かった。
止まった車は千世を轢いてしまった事で恐怖を抱いたのか一目散に走り去った。しかし、ナンバーを見ていた人が警察に話してくれたためすぐに捕まった。
容疑者は一人の中年のおじさんで、
飲酒運転をしていたらしい。
そして、千世は右腕の神経を切り、両足骨折、そして右の頬に深い切り傷を負った。
足は完治するが、頬の傷は消えなくなり、右腕はもう二度と動かないと言われた。
千世にとって右腕が動かなくなったというのは自分の命を半分奪われたのと同じ事。
幸いなことに千世は左利きで物を扱う時には問題はない。
しかし、
楽器は二度と吹けなくなる。
そして、長い間やっていたサッカーもできなくなってしまったのだ。
クラスメイトや、若葉がお見舞いに訪れても千世は笑顔になることはなかった。
一ヶ月半という長い病院生活を終えた千世は部活の顧問に退部届を提出し、中学校から入っていたサッカーチームにも別れを告げた。
千世はたった一人のおじさんに幸せを奪われてしまったのだ。
その日から、千世は人とあまり喋らなくなり笑顔も見せなくなり、一人で黙々と勉強に励んだ。
そのおかげで、中一から1位だった男子を抜き、ダントツ1位となった。
五教科の合計点数が500満点中490点台が当たり前というもはや天才だ。
そして、これで終わりだと思っていた不幸は、更に過酷なものへとなっていく。
千世の事件から約半年ほど経った時。
五月の中旬頃、
若葉が誘拐されたのである。
幸い、一ヶ月と経たないうちに見つかったが犯人は捕まらなかった。
身体中に暴行の痕が残ってあり、精神的ダメージは凄まじく悲惨なものだった。
そして、左手の手の甲にはナイフで思いきり突き刺されたのか大きな傷があり見つけられた時にはまだ傷口が塞がっていなく、生々しいものだったらしい。
見つかった時すぐに病院に行ったが医者に、左手は傷は消えない、そして動かせないと言われた。
若葉は人間不信となり、家族や千世を含む数人の友人としか話すことができなくなった。
遂には若葉からも笑顔が奪われてしまったのである。
ある日のことだった。
千世が若葉の家を訪れた時、二人は悠希の事を話していた。
「悠希元気かな。」
「あいつのことだから元気に過ごしてるんじゃない?」
「悠希が戻ってくんのいつだっけ。」
「あと、1年ぐらい?来年の3月ぐらいじゃないかな。」
「それまでにはうちら元気にならないとね。」
「そうだね。これはどうもしょうがないけどさ」
と千世は右腕と右頬を指差す。
「うちも。」
若葉は左手を見せた。
「びっくりするよね。悠希。」
「だね。」
そんな時二人にはある不安を抱いた。
「ねえ、悠希大丈夫かな」
「うちも思った。うちら二人とも怪我した、それも1年経たないうちに。」
「不吉だね。」
「うん、大丈夫だといいけど。」
悠希の身に何も起こらぬよう、二人は祈る事しかできなかった。
中三になり、私たちは受験シーズンに入った。
部活をやめて暇になった千世と、最近やっと人間不信が治まってきて学校に来るようになった若葉は二人で勉強をするようになった。
千世は元からまあまあ頭が良く、しかもあの事件後からずっと勉強ぐらいしかしていなかったため、志望校は超名門校だったが、多分楽勝だった。
しかし、若葉はあまり頭は良くなく勉強もあまりしていなかったため、勉強のことに関してスパルタの千世に教えてもらうことになった。
「うーんと…」
「さっき教えたでしょ。ここはこうして…」
千世は厳しいが、教え方は上手で勉強の苦手な若葉もわかりやすいらしい。
一時間ほど勉強した後、少し休憩がてら遊ぶことになった。
「どこ行く?」
「ゲーセン」
まずは定番のゲーセンへ。
「相変わらずうるさいね。」
「何すんの?プリクラでも撮る?」
「うちら笑わないのにプリ撮ったって怖いだけじゃん。」
ごもっともなツッコミを千世がして、若葉も納得。
「確かにね。そうかも」
結局、ゲーセンにはやれないものばかりで他の場所に行くことにした。
「どこ行きたい?」
「本屋」
千世の意見で本屋へと向かう。
本屋へ着くと、千世は早足で分厚い本の場所へ行く。表情には出ていないが足取りは明らかに軽そうだ。
「続きまだ出てないのか。」
最近千世がはまっているファンタジーの本は翻訳が遅れ、少し残念そうだった。
そして、本があんまり好きではない若葉はマンガコーナーにいた。
長い小説は嫌いだが、漫画は大好きなのだ。
「おっ、続き出てる。買おっと」
次々と呼んでいる漫画の続きを手にとる。
「これくらいにしとかないとお金がなくなっちゃうかな」
そう呟くとレジへと向かった。
すでに新しい本を何冊か買った千世は若葉が大量に漫画を購入しているのを目にし、ボソッと呟く。
「あれが小説だったらあいつももう少し国語の成績が良くなるのに。」
本を買った後、二人はぶらぶらと歩いていた。
すると、どこからか楽器の音が聞こえてくる。
その音の方へと吸い寄せられるように千世は音が聞こえる方へと歩いていく。
そして、外へ出るとそこでは自分が入部していた吹奏楽部が演奏していた。
懐かしい吹奏楽部の音を聴いて、楽器を吹きたいという思いが溢れ出してきた。
心の奥にしまい込んだ自分の願いが溢れてたまらない。
しかし、その願いは叶うことは永遠にない。両腕が使えなければ楽器は吹けないのだから。
千世はやめてしまった部活の演奏を聴きながらただ涙を流していることしかできなかった。
早足で歩いて千世が行ってしまったため、若葉は急いで向かう羽目になってしまった。
そして、まるで金縛りにあったかのように立っている千世を発見すると千世が泣いていることに気づいた。
理由はすぐに分かった。
吹奏楽部で楽器を吹き続けたいのだろう。
しかし、今の千世の右腕ではその願いは夢物語に過ぎない。
これ以上、辛い思いをさせたくなかった。
若葉は千世の手を取ると音から逃げるように歩き出す。
「若葉?」
不思議そうに千世は言ったが、それには答えず若葉は歩き続けた。
小学校の頃は若葉も吹奏楽部だった。中学校では顧問が嫌で吹奏楽部には入らなかったが、吹奏楽部自体は好きだった。
顧問がもし嫌じゃなかったら喜んで入部しただろう。
しかし、その願いも、もう叶わない。
若葉も、左手が使えないのだから。
だからこそ、千世の思いがよく分かった。
同じ気持ちだからこそ、若葉もあそこにはいたくなかったし千世に泣いて欲しくはなかった。
自分の気持ちに嘘をつき続けていたがもう嘘はつけない。
若葉も吹奏楽部で楽器を吹きたいと思っていたのだ。
それがわかった瞬間、若葉の目からも涙が零れ落ちた。
そして、音が聞こえないところまで行き、二人とも落ち着くとふぅと同時に息を吐いた。
「真似しないでよ。」
「いやいや、そっちこそ。」
などふざけて言い合った後、二人の口元からは笑みが零れ落ちている。
涙目ではあったが、二人にとっては本物の久々の笑顔だった。
それからというものの、若葉と千世は二人でならよく笑うようになった。
他人から見れば僅かな変化でしかないが、私たちにとってこれは大きな進歩と言って良いものだった。
しかし、まだ二人だけの時以外に笑顔になることは二人にとっては難しい。
まだ多人数では笑うことはできないしかし、確実に良い方向へ向かっていると思っていた。
悠希もきっと楽しくあっちで過ごせていることだろう。そう思っていた、
しかし、この幸せな時間はただの悪魔のいたずらに過ぎなかった。
ある日、千世と若葉はまた勉強をしていた。
その時、ふと千世は呟くように
「片思いって辛いよね…」
と言ったのである。
「は?」
いきなりの言葉に唖然と若葉。
自分が呟いたことに気づいた千世は顔を真っ赤にさせ、あたふたとしながら
「あ、えっとその…。」
と、何とかやり過ごそうとしていた
すると、若葉は何かを察したように
ニヤリ
と笑った。
「ふーん…。誰が好きなの?」
「え、同じクラスの…柊 隆聖って人…」
と千世は顔を真っ赤にさせたままかろうじて聞こえる声で言った。
そして、勉強は何処へやら
千世たちは恋バナに花を咲かせていた。
「告白してみれば?」
「無理!絶対振られるから…!」
「わかんないじゃん」
「で、でも…」
「じゃあ、賭けをしようよ。」
「どんな?」
若葉は千世に告白をさせるため、ある賭けを提案した。
それは
【若葉が来週に控えているテストで80点以上を二教科以上取ったら告白する】
というものだった。
「いいよ。」
千世は案外すんなりと賭けを受けた。
その言葉を聞いた若葉は火がついたかのように勉強を貪るように始めたのであった。
そして、時は過ぎテスト当日…。
一日目は国語、理科、社会
二日目は英語、数学
だった。
若葉の苦手教科は二日目に集中している。
よって、若葉は一日目のテストに賭けていた。
そして、テストは始まり若葉は問題用紙をながめた。
ながめた時、若葉は驚いて声を上げそうになった。
なぜなら、問題の答えがすぐにわかったのである。
これは若葉にとって史上初の出来事であったため、驚きで1分ほど停止していた。
はっと我に返り、賭けに勝つため問題を解き始めた。
そんな頃、千世は賭けのことは放ってテストに集中していた。
いつも通り、問題はスラスラと解ける。国語は特に得意教科のため、100点は間違いなしだ。
わからないところもなく、始まって20分ほどでテストを解き終わり、30分経たぬ間に見直しも終わらせた。
ここからは暇な時間だ。
そんな時、前なら千世は趣味でしている小説のネタを考える。
しかし、最近はそれ以外に隆聖のことを考えることも多くなった。
隆聖のことを考えていると幸せな気分になれたし、時間はあっという間に過ぎるのだ。
そして、隆聖は千世にとって時々笑顔を見せられる極少数のかけがえのない人であった。
隆聖のことを考えていると、ふと若葉との賭けを思い出した。
(若葉が80点以上なんて無理。大丈夫。)
少し不安になりながらも若葉の今までの頭脳を考えてみれば無理だとすぐわかる。
しかし、千世は知らなかった。
千世の教え方は教師以上にわかりやすいため、馬鹿な若葉でもわかるほどだった。そして80点以上は大いにあり得るということを。
長い二日間が終わり、テストが返却された。
千世と若葉は学校終了後、一緒に遊ぶことにした。
「何点だった?」
と千世が聞く。
すると、若葉は驚きを隠せないようだった。
「全教科80点以上…だった、みたい」
このカミングアウトに千世も驚いた様子だった。
「はい?全教科80点以上…?」
「う、うん。自分でも驚いちゃった。」
「え、じゃ…」
千世はうろたえた様子で若葉に言った。
そして、若葉はニッコリと笑って言ったのである。
「はい、私の勝ち!告白、頑張れ♪」
大丈夫だと安心して受けた賭けを受けるべきではなかったと実感した千世は呆然と若葉を見つめていた。
「ちなみに千世は何点だった?」
「うち?全教科の合計がマイナス5点。まあまあってところかな」
そして、若葉は千世の頭の良さに呆然とするしかなかったのであった。
賭けに負けた千世は若葉に告白の日程を決められ、今日告白しなければならない状況になっていた。
(心臓破裂して死ぬかもしれない)
などと思っている間に長いと思っていた一日は過ぎ、あっという間に告白する放課後になってしまった。
(やらなかったら殺されるよね…)
約束を守らなかった時の若葉の恐ろしさは学校中が知っていることだった。
そして、千世は勇気を振り絞って隆聖に声をかけてみた。
「あ、あの隆聖…」
「んー?」
千世が話しかけるのは珍しいからなのか、少し驚きながらも隆聖は返事を返した。
「今ちょっと時間ある?」
「ああ、あるよ。今日は部活ねえしな」
隆聖は剣道部のエースで、後輩によく好かれているのである。
「あのさ…。」
(伝える…!)
「うち、隆聖のことが好きです…!」
震えながらも精一杯声を振り絞って言った。
「…え?」
隆聖はいきなりの告白に驚きを隠せないようだった。
「も、もし、良ければだけど…!付き合ってもらえません…か?」
自分でも顔が赤いとわかるだろうなというほど千世は赤面状態だった。
いきなりの告白に隆聖の答えは…。
「ごめん。俺、お前の事嫌いじゃない。だけど、俺まだ付き合うとかわかんねえんだよ。ごめんな」
隆聖は心底悪そうな顔をして言った。
千世は
「ううん。ありがとう。いきなり変なこと言ってごめんね。」
今すぐ泣き出したいのを精一杯堪えて笑顔でそう言った。
「いや、嬉しかったよ。ありがとな!」
と隆聖も笑顔で言う。
「ううん。一つ聞いてもいい?」
突然の質問に少し驚いた様子だったが隆聖は
「おう。なんだ?」
と言った。
「うちさ、やっぱり隆聖の事諦められないと思うんだ。だから、絶対に振り向かせて見せるからまだ好きでもいい…?」
隆聖が唖然な顔をしていたので千世は絶対に嫌われると思い、目をつむった。
しかし。
「別に構わないぞ。」
という言葉が聞こえてくる。
「…え?」
思わず耳を疑い聞いてみる。
すると、隆盛は頬を赤らめ
「何度も言わせんなっ…別に俺は構わないぞって言ってんの!てか、頑張って俺のこと振り向かしてみな。楽しみに待ってる。」
そうニヤリと笑って走って行ってしまった。
「あの笑顔本当反則だよ…」
力が抜けたようにへにゃへにゃと座り込む。
(良かった…嫌われなくて。)
不安で仕方なかった。
「千世〜?」
ひょっこりと教室のドアから覗く人影が見える。若葉だ。
「若葉、待たせちゃった?帰ろうか。」
「待ちくたびれました。」
「ごめんごめん笑」
「嘘だよーん」
「な⁈」
二人で笑い合う。
しかし、そんな幸せも長くは続かない。
一ヶ月ほど経った頃。
悠希から手紙が届いた。
「何だろ?」
少しワクワクしながら封を切る。
「…え?」
学校へ着くなり、若葉の元へ。
「若葉!」
すると若葉はすぐに気づき千世の元へやってくる。あの表情は若葉の元にも来たのだろう。
「千世…!悠希が!」
「うん。やっぱり予感はしてた。けど…これは…。」
手紙は悠希からではなく、悠希の母からだった。
「千世ちゃんお元気ですか?
いきなりの手紙驚いたと思います。ですがどうしても千世ちゃんに知らせたいことがあったの。
悠希が、こちらで事故に遭い、記憶喪失になってしまいました。
幸運な事に家族などの事は憶えていたのですが、なぜか千世ちゃんと若葉ちゃん、二人だけの記憶をなくしてしまったようです。そんな事もあり、悠希と私だけ少し早く帰国する事になりました。会うことで何か思い出す事もあると思うので悠希に会いに来てもらえませんか?
帰国次第、また連絡しますね。」
(悠希が…?)
記憶喪失。私達三人の記憶だけが全く残っていない。
思い出全て、いや、出逢った事さえ悠希の頭にはなかった事になってしまっている。
悠希に会わなくては。
手紙を読んだ瞬間そう思った、しかし。
あったところで悠希は憶えていない。
もし、あの悠希に知らない人扱いをされたら私は一体どうすれば良いのだろう。
そんな事になったら私は遂に壊れてしまう。悠希や若葉の絆のおかげで私は保たれているのに。
何もかもなくなってしまう。それが怖くてならなかった。
若葉にも同じ手紙が送られてきた。
(千世に言わなくちゃ)
まずそう思った。三人の思い出全て悠希は憶えていない。
信じられなかった。信じたくなかった。だけどこの手紙に嘘が書いてあるわけがない。
受け止めるしかないのだろうか。記憶は戻らないのだろうか?
もし、会いに行って知らない人と認識されたら千世が危ない。
千世は今支えとなる人が少ないのだから。私もそうだ。私達二人が危ない。
二人はお互いに悠希と会う事を怖がり、「会いに行こう!」などは口に出さなかった。
だが、決して「会いたくない」とも言わなかった。
会いたい気持ちはある。いや、本当は今すぐ会いに行きたい。だけど、悠希の反応を考えるとどうしてもそこから前に進めない。
そんな状況の中、悠希の母から手紙が届いた。
「先日、無事帰国しました。あと一週間ほどしたらすべきことは大体終わるので、お二人が暇な時来てください。」
二人はどうせいつも暇だった。
だが、決して一週間が経っても行こうとはしなかった。
そして、更に日は過ぎ一ヶ月ほど経った頃、千世と若葉は覚悟を決めた。
「悠希に、会いに行こう。」
「うん、いい加減覚悟決めなきゃね。」
「悠希はきっと思い出してくれるはず。だっていつも一緒だったんだから。今すぐにとはいかないけど絶対に。」
「そうだね。」
そんな会話、いや励まし合いをしながら、悠希の家へと向かう。
もう大丈夫、怖くないといえば嘘になる。だけど行かなければ何も変わらないのだ。
「行くよ。」
千世は頷き、悠希の家のインターホンを鳴らす。
「はーい。千世ちゃん?若葉ちゃん?いらっしゃい!」
すぐに悠希のお母さんが出てくる。
「久しぶりね〜!上がって上がって!」
「はい。」
「お邪魔しまーす…」
そして、ようやく悠希のお母さんは千世と若葉の怪我に気付いたらしい。
「まあ!どうしたの二人ともその傷!」
「ちょっと…ね。」
「そうそう。ちょっとありまして…。」
苦笑いを浮かべる。
「そう…。まあともかく悠希に会ってあげて!まだ思い出してはいないんだけどきっと喜ぶわ〜。」
にっこりと笑って悠希のお母さんは言う。
そして、千世と若葉は悠希の部屋へと向かった。
コンコンッ。
「はーい。どうぞ」
懐かしい。悠希の声は全く変わっていなかった。
ドアを開け部屋へと入る。
「…?あなたたち…。」
不思議な顔をして悠希はじっと私達を見ている。
悠希は右足に傷跡らしき痕が残っていたが、他は何も変わっていない。
思わず涙が出そうになる。
そして、悠希は何か納得したように口を開いた。
「よく思い出せないけど私あなたたちの事よく知っているはずだわ!だって見た瞬間思わず泣きそうになっちゃった。」
そう言って悠希はふふふと笑う。
そうだったんだ。
悠希は私達の事を忘れていても完全に忘れてはいなかったのだ。
三人のいつも一緒に居た思い出が悠希には少しまだ残っていた。
「もっと早く、会いに来れば良かった。」
「本当。そうだね。」
そう言って二人は涙をこぼす。
いきなり泣き出した二人を見て悠希はうろたえた様子だったが優しく笑って言った。
「何だかわからないけど、会いに来てくれてありがとう。二人の事ちゃんと思い出す。ううん、思い出したい。」
顔をあげると悠希の目からも雫がこぼれ落ちていた。
三人でたくさん泣いた後、思いきり笑った。
事件があってから初めてこんなに笑えた。
私達は同じ高校へ入学した。
部活ははいらなかったが、新しい友達もでき、すごく充実した日常をおくれた。
クラスは別々だったが登下校はいつも三人でした。
悠希は少しずつ私と若葉の事を思い出してきているらしい。
そして何より、私と若葉は前と同じように笑顔が絶えない日常に戻った。これも悠希のおかげだろう。
そして、高校二年生の夏、私達の物語は大きな変化を遂げた。
夏休みは悠希が戻って来てからというものの毎年のように私達は悠希の家でお泊まり会をしていた。
今年もそうだった。
夜は思いきり夜更かしをして、ふざけた後朝起きると一人悠希が起きていて泣いていたのだ。
「悠希⁈どうしたー。」
「全部…」
「え?」
話し声で目が覚めたのかいつの間にか若葉も身体を起こしている。
「全部…思い出した。」
「も、もしかして悠希、記憶を…?」
若葉が恐る恐る聞くと悠希はこくりと頷く。
「ようやく思い出せた。全部。思い出も。何もかも。」
その言葉を聞いて思わず涙が溢れでる。
「…良かった。思い出して良かった。本当良かった。」
悠希も若葉も泣いている。
「ごめんね、こんな大切な記憶を。一番かけがえのないこの記憶を忘れて。思い出せて良かったずっと忘れたままじゃなくて良かったぁ…。」
「うん。謝る必要なんでないよ悠希。思い出してくれてありがとう。本当に本当にありがとう…!」
その日は涙が止まらなかった。
そして、私達は無事高校を卒業した。
勉強があまり好きではない若葉は就職。
悠希は専門学校へ。そして私は小説家という夢を叶えるため文学を学びに大学へ、一人一人の道を決めた。
高校を卒業した春、私達は約束通り遠出をした。場所は沖縄。みんなですごいはしゃいだ。
時が経つのは早い。いつまでも続いてほしいと思うこの時もいずれは終わらなくてはいけない。
それぞれの道へ。昔のように遠く離れてしまっているわけではない。だが会える日は格段に少なくなるだろう。
またいつ何が起こるかわからない。だけど私達はもう平気なのだ。
悠希に若葉と二人で会いに行ったあの日気づけたから。
三人で、いや、大切な人と過ごした時間はたとえ何かがあってその記憶がなくなってしまったり、会えない日が多くなって記憶から消えていってしまっていたとしても。
必ず、どこか記憶の奥底でその大切な記憶は全てではないが残っているのだ。残っている量は人それぞれだ。だけど、絶対に残っていないということはないと思う。
だって、かけがえのない大切な大切な思い出を完璧になんて忘れられるはずないのだ。
だから大丈夫。別々の道を歩んで行ったって私達の絆は絶対に消えない。そう信じてる。
この物語は少し、私の友達、私自身をモデルにして作りました。
フィクションですが、ノンフィクションのところももちろんあります。
この物語を読んで、皆さんが絆の強さを知っていただければなと思います。
皆さんも友達は大切にしてくださいね。
かけがえのない友情を。