オオカミがウサギを美味しく頂くまで
はじめまして。ノリと勢いで生きております、なっこと申します。
そして同じくノリと勢いで書き上げた短編ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
ざわめく教室。…というかむしろ学園内がざわめいている。
何がなんだか私にはさっぱりわからない。が、話の中心にいるのは、今まで幼稚舎から始まり、初等部中等部、そして高等部二年九ヶ月――つまり昨日までは地味の代名詞、目立たないことこそ平穏、をモットーに生きてきたこの私、青島李兎であった。
なにを隠そう私には、友人が二人しかいない。幼稚舎から持ち上がり同系列の学校に十年以上も通っているにも関わらず、である。
そしてその唯一の友人二人がまだ学校に来ていない中で、私は胸の前にぺったんこのスクールバッグを両腕で抱え込み、夥しい視線にガラスのハートをハンマーで打ち砕かれ、木端微塵に叩き割られる思いを味わいながら学園までの道のりを歩んでいた。
どうして、どうしてこうなった…!
***************
時は遡ること、十六時間と少し前。つまり昨日の放課後。授業がすべて終わり、私は友人二人に別れを告げ、図書館に本を返しに行ったその直後。教室には私と、もう一人のカバンしかなかったことに始まる。
「にに日直、ですか……」
「そう、今日の当番がさ、二人して帰っちゃったらしくて。俺明日なんだけど、今日やったら明日やらなくていいって言われたんだ。青島さんしかもうクラスメイト残ってないんだけど、ちょっとだけ、手伝ってくれないかな?」
「う、え、あああああの、私でよければ…!」
「ふふ、うん、あと日誌と戸締りだけなんだけどね、ちょっとだけよろしく」
「はははひ…!よろしくお願いしましゅっ…#$%#&!?」
まともに喋れないぃ…! そして噛んだ…! それも今までで一番ぐらいの恥ずかしい噛み方ああああ! あああどうしよう消えたいいいい!
しかし私がこんな阿呆のような噛み方をするのは、相手にも原因があるのだ。
大神葵…くん、私のクラスメイト。
しかしお話するなど滅相もない。方や学園の人気者、方や人見知りの地味っこは、そもそも会話をする機会もないのだ。
さて、彼がどんな人物像であるかというと。
「大神葵? 人間じゃないわね。眉目秀麗、品行方正、文武両道、智勇兼備、質実剛健、聖人君子、八面玲瓏、沈着大胆、博識多才、明朗闊達ってとこね」
「大神くん…? いい人だしすごい人だけどねぇ、なんか怖いよねぇ? りぃちゃん気をつけないとねぇ」
と、これは唯一の友人NさんとAさんによる話である。のんちゃ…Nさんは難しくて最初の方しかわかんなかったし、あいちゃ…Aさんは私に何を気を付けろ、って言ってるのかわからないなぁ。
そして、その眉目秀麗、品行方正…………え、エトセトラな彼と、初めて会話したのが、先ほどの間抜けなものになってしまったのだ。物凄い羞恥である。人生の汚点である。ああ今すぐに成仏したい。きっと来世ではもう少しマシな人生を送れるだろう……(遠い目)。
「おーい青島さん? 青島さん? …李兎…………ちゃん?」
「ハッ!」
いけない。うっかり飛んでしまった。……というか、今大神くん、私のこと呼び捨てで呼んだ…? いやまさか…。
と、知らぬ間にガン見していたらしい。苦笑いした大神くんは、私の目を隠すように手のひらを当ててくる。見えなくなってしまったが、苦笑いも素敵です。
「青島さん…そんなに見られたら穴があくよ」
「ご、ごめんなさいぃ」
そうですよねまさか彼のような人が私ごときの下の名前など知りませんよねごめんなさい調子乗りましたもうガン見しません、というつもりで震える唇で謝ったのに、大神くんはなかなか手を放してくれない。
「あの、大神くん…?」
「あ、ああごめんね、ふふ、もう大丈夫かな?」
「ごめんなさい大神君に穴はあけません!」
「え、穴…? ふは、青島さんやっぱいいね。そうだね、でも大丈夫。俺は突っ込む方だしね」
「は?!」
え、なに、なんか今…ド下ネタがこの麗しい唇から聞こえた気が…え!? ええ?!
「ふふ、どうしたの青島さん、なんか俺変なこと言った?」
「え、あの…え、今…あ、いや、なんでもない…です…」
いやまさかだよね、こんな爽やかな笑顔で突っ込むなんてそんなこと、さらっと言わないよね……ね!?
とは思うものの、先ほどガン見で注意された身としては、確認するわけにもいかず…そもそも彼はきっとそんなこと言わないに違いない、この爽やかな少年と私のポンコツの耳など、聞く前から勝敗は明らかである。よってこの耳を不信任とする!!
「さあ、じゃあささっとやっちゃおうか、青島さん」
馬鹿な討論が頭の中で開かれていたが、大神くんの微笑みによって現実に引き戻される。
「そそそうだね! 日誌だっけ、私書くよ!」
「ふふ、ありがとう。女の子の字の方が読みやすいだろうからね、助かるよ」
何をおっしゃいますか! 先日の書道コンクールで入賞してたのはあなたでしょう、大神くん!!
大神くんは私の前の席の椅子に跨るようにして座り、その背もたれを抱きしめる。にこにこと笑うその姿は、本当に眩しい限りである。眼福眼福。
「き、今日は何があったかな、時間割り…」
「ふふ、何だろうね」
「え、あの……あ、そうだ大神くん、時間大丈夫なの? もし急いでるなら私が一人で…」
「ああ、大丈夫だよ。用事なんてないし、もしあったとしても、青島さん一人にやらせる訳ないよ。イくなら一緒に…ね」
ひいいいいいいいいいいいい!!!!!
やっぱ変! なんか絶対にどうしてか変!!!!!
さっきからなんか目線が艶やかな大神くん。どうしたのフェロモン出てるよ。サービス? サービスなの? 生まれてこの方彼氏どころか男の子の友達が幼馴染み以外にいたことのない私への応募者全員大サービスなのおおおお!?? いや応募してないけれども!! あなたのフェロモンは村人AどころかCいやもはやDポジションの私には手に負えないいいいいい!!
「ええええええっとそうだ大神くんっておうちどの辺なの!?」
「ふふ、話を逸らせたね。焦らすなぁ。家? どこだと思う?」
「いやまったく皆目見当もつかない有様でござります、はい!!!!!」
流し目!! 流し目が怖い!! それを含めてこの人が怖い!!!
「そっかあ、あ、大丈夫、青島さんの家は知ってるよ。今日は一緒に帰ろうね、送るからね」
「いいいいいいえ結構ですお願い食べないでええええええ!!!!」
「ふふ、食べるのはまだだよ。もっと熟さないと…ね?」
「#$&%#%&&’$##?!」
青島李兎、もはや声にならない絶叫で涙目である。気絶寸前。だってこの人怖い!! さながら肉食獣のような目をしている!! 腹を空かせた肉食獣の前にポンと放り出されたガゼルの気分である。ああ死んだふりがしたい。それは熊か。
そんなこんなで全身を震わせながら文字通り死ぬ思いで書き上げた日誌。ああなんで今日に限って遅くなっちゃったんだろう私…。荷物を持ってさりげなく逃げようと試みる。さりげなく。
「あ、じゃあ日誌出すから大神くんは先に帰っていいヨ!!」
さりげなくない…! なんで裏返ったの声帯のポンコツううう!!
引き攣った笑みを浮かべる私の手をしっかりと握って(!?)、大神くんはにっこりと笑った。目が、目が笑ってません先輩!!!
「さ、じゃあ帰ろうか」
聞こえないフリ!! コノ人聞コエナイふりシタヨ!!
私の手を痛いほど(ここ重要)握りこんで、二つしかない教室のカギを施錠。そのまま難なく職員室まで辿りつき、手を繋がれたまま(ここも重要)日誌を提出。うちの学校は靴を履き替えないので、そのまま帰路につくわけだが。
「あああのなんで私の家を知っているのでしょうか…!」
そう。どっち? など聞かれることもなく。さっきそういえば私のおうちを知ってるようなことを言っていたけど、そもそも話したこともないあなたがどうしてわが家を知っているのでしょうか!
すると大神くん、にっこり笑って、一言。
「学級委員だからかな」
違うでしょ?!!! 学級委員は佐藤くん、っていう真面目な人でしょ!! あなた委員会入ってないでしょうううううう!!! ああああはやく家に着いてええええええええええ!!!!!
「もう着いちゃうね。もっと遠くに引っ越させる…いやいっそ一緒に住むか…」
「ひいいっ!」
思わず悲鳴が漏れた。不穏なこと言わないでくださいいいい!!
だめだ疲れた。学校から家まではほんの十分である。しかしこの十分で私の寿命は十年縮まったに違いない。将来は非常に短命であろう。
そして待ちに待ったわが家に到着である。一刻も早く安全な家の中に逃げ込みたい私は、未だ繋がれたままの手をぶんぶんと振って逃れようとする。
「ああ、着いちゃったね…」
とても惜しそうに言う大神くんだが、私の抵抗をさらに強く手を握りこむことで防いでいる。くっそ私が大男並みの怪力を持っていたら…!
「送ってくれてありがとう大神くん! もう帰るね! ね!?」
「ふふ、そんなに慌てないで青島さん、じゃあ、ね? また明日」
ちゅ。
唖然。である。むしろ気を失わなかったことを褒めてほしい。
白目をむく私を放って、ご機嫌にも鼻歌を歌いながら颯爽と去っていく大神くん。あんなにナチュラルにファーストキスを奪われるとは思わなかった。どういうことだろう、遠慮がない。いや外国では頬にキスが挨拶、ということはわかる。だがしかし、ここは日本であり、たった今彼が唇で触れたのは頬ではない。私の唇である。マウストゥマウスである。どういうことだ、本当に。
放心状態のまま、なんとか家に入り、私の理解の範疇外の彼の行動のせいでキャパオーバーで思考を放棄した私は、そのままベッドにダイブ。朝まで深い眠りについた。
一晩掛けて考えて(熟睡したとも言う)、出した答えは"気のせい"。多少強引な気もするし、無理があると頭の中でも警鐘は鳴っているが、逃避という方向で片が付いた。さて、朝風呂を爽快な気分で浴び、今日もいつものように学校へ向かおう………向か………む………。
***************
さて、時を戻して。
学校から家まで十分、というのは、利点も欠点も存在する。まあ、それは今回に限ったことではないのだが、それは置いといて。つまり、なにが言いたいのかと言うと、昨日手を繋いで下校し、あまつさえ家の前でさようならのキス(周りにはそう見えたらしい。なるほど私が第三者でもそう見える)を交わした私たちは、たちまち時の人となったのだ。いや彼はもともと時の人であったから、私が無事仲間入りを果たした、ということだろうか。迷惑である。平穏求む。
「おはよう、李兎。今日迎えに行くって言ったこと忘れてたね?」
「#$&$#%’!!!!!」
声にならない悲鳴を上げる。後ろから突然頭にポン、と置かれた手に驚き、方が大げさに跳ねた。さらにそれだけでは済まない。現在、そのままがっしりと頭を掴まれている。痛い、ミシミシ何かが軋む音がする。頭蓋骨が誤って粉砕してしまいそうである。だが振り向けない。振り向いたら何かが終わる。だってほら、「ねえ、昨日の…」「ええ! やだぁ!」「うっそ、本当だったの!?」という声が聞こえる。耳に入ってくる。ごめんなさいごめんなさい二度と話しませんから許して…!
しかしそれを許さないのは私の頭を鷲掴む大きな手を持つお方。
「李兎? どうしたの、挨拶は、大事、だよねぇ?」
なぜ細かく刻みながら言うのか!! この言葉のようにお前も細かく刻んでやろうかそして湯煎するぞということなのか!?
「おおおおおおおはようございます」
「嫌だなあ李兎、そんなに他人行儀にならないでよ。昨日みたいに可愛く葵って下の名前で呼んで…?」
グイっと首がそのままポロンと取れそうな強さで振り向かされる。そのまま振り返った先には満面の笑みの大神くん。いやだいやだ助けて誰か!!
ちなみにここは学校の玄関ホールである。生徒は必ず通る場所である。ああ、私終わった…。明日から学校行かないでおこうかな。むしろ辞めるか。
「李、兎?」
にっこり。
漫画ならばそう書いてありそうなわかりやすい満面の笑み。だが背後にはブリザードが見える。言うこと聞かないなら今ここでひん剝くぞコルァ、という顔である。おそろしやおそろしや。
「……わかったよ、李兎、残念だけ」
「ああああああああ葵くん!!!!!!!」
「ふふ、今日も元気そうだね」
あああ危なかった…! 危うく時間切れになるところだった…!
「せっかくだし教室まで一緒に行こうか」
「いいいいえ遠慮しま…」
「李兎?」
「はいいいいいいいい是非にいいいいいい!!!!!」
こうして、哀れなウサギはオオカミに捕まったのであった。
鬼畜が出来上がった…!
こんなはずじゃなかったのに…!