機械の時間A
23
八時、五分前。私は時計を確認し店先に看板を出した。今日もよく晴れている。
「ロイルちゃん。今日も可愛いね」
「毎朝ありがとう。けどサービスはしませんよ」
朝の常連客さん達が店に押し寄せる。火を点しておいたサイフォンから珈琲をカップに注ぐ。各席に珈琲を置きながら注文を取っていく。カウンターに戻ってサンドイッチやベーコンエッグをこしらえる。毎朝の賑やかさ。この忙しさで私は朝を実感する。
「ロイルちゃん。今日はウィルの張り紙は無いのかい」
「最近来てないんですよ。来たらそれとなく催促しときます」
ウィルはこの店を伝言板代わりに使う。作った機械の受取人探し、機械の修理をここに貼ればウィルがふらっと修理しにいく。町外れに住むウィルとの貴重な連絡手段になっていた。お客さんの中にはこの伝言板目的で来る人もたくさんいる。わいわいと賑やかな朝が過ぎ、客足が落ち着いた頃ウィルが来た。相変わらずぼさぼさな髪に油臭い服。ウィルは伝言板を確認し数枚の張り紙をし数枚の張り紙を懐にしまった後、カウンターの席に座る。
「何日寝てないのよ」
「三日、珈琲くれい」
私は呆れながら珈琲を淹れた。珈琲と一緒に野菜を多めに挟んだサンドイッチも出してあげた。
「、頼んでないぞ」
「いいから食べなさい。ここに来なかった間ろくな物食べてないんでしょう。この前看板直してくれた。そのお礼よ」
ありがとな。そう笑顔で言いながらウィルはサンドイッチを頬張る。相変わらず食べるのが綺麗だ。ウィルは日頃の野暮ったい態度からは考えられないくらい綺麗に食べる。初めてアルさんが連れてきた時も、こんな風に綺麗に食べていたなと思い出しているとウィルはサンドイッチを食べ終わり珈琲を飲んでいた。
「それで、その子は何。まさかアンドロイドまで作っちゃったの」
「いや、これから作るらしい」
ウィルの言った言葉をうまく噛み切れなくて少しの間が空いた。その時、ウィルの後ろに立っていたアンドロイドが一歩前に出て一礼した。
「セシルです。美味しい珈琲のお店だと聞いています。今後ともよろしく」
人と同じような立ち振る舞いに少し驚いたが行儀のいい大人の女性という印象を持った。
「セシルにも珈琲淹れてやってくれんか」
ウィルがニヤニヤ笑いながら言った。アンドロイドが珈琲を飲めるのか。そもそもなんでアンドロイドがいるのか。それにさっきウィルなんて言った。思考がぐるぐる回ってまとまらない。頭は回らなくとも珈琲を淹れる手は動く。考えがまとまらない内にセシルの前には珈琲が置かれていた。
「いい香りです」
静かにそう言った彼女に視線が吸い込まれる。珈琲をアンドロイドが飲んでる。よくわからない状況にセシルの反応を待った。
「苦味の中に酸味と甘味が程よいです。どの味も仲良くされています。これが美味しい珈琲ですか、これを飲んでしまうと博士の淹れた珈琲は暖かい泥水に感じてしまいます」
くくくっと笑うウィル。
「ウィルの淹れた珈琲ってそんなにひどいの」
「少なくとも私は人体に有害だと判断しました」
そう真顔で答えるセシルに少し笑ってしまった。ウィルは珈琲を飲み終えると足早に店を後にする。きっと伝言板にあった修理の依頼を片づけに行くのだろう。店を出る前にセシルが「美味しい珈琲をありがとう」と一礼した。見事に女性らしい優雅な振る舞いに少し溜息が出た。
45
慌しいお昼が過ぎゆったりした時間を楽しんでいるとセシルが店に来た。ウィルの姿が見当たらない。何度かウィルと来てくれていたけどセシルだけ来るのは初めてだ。
「どうしたの。一人でなんて」
いつもと違う状況に大袈裟な対応になってしまった。
「珈琲の淹れ方を教えてくれませんか」
静かな店内。真顔のセシル。そしてスッキリとした物言い。私は「わかった」と何か重要な要求を受ける様に答えてしまった。
「何度やっても頂いた珈琲の様にならないのです」
セシルの表情は分かりにくいけど、そう言ったセシルの表情は少し寂しく感じた。私はセシルと一緒に珈琲を淹れる事にした。セシルはサイフォンや豆を興味深そうに観察している。何か分かるのだろうか、けれどその様子はどこか可愛らしく少し楽しくなってくる。お店に出す作り方をセシルに教えながら作る。サイフォンに落とす間にサンドイッチも作ろうと提案する。サイフォンをじっと見つめるセシルの表情が明るくなった様に思う。
「嬉しいです。やっぱりサンドイッチもロイルさんの造った物の様に美味しくならないのです」
「もしかして全部ウィルの為に作ってるの」
「ええ。けれどどれも駄目でした。サンドイッチは”パンに何かをはさんだ物”という評価でした。成分は同じはずなのに美味しくないようです」
話すセシルからは不甲斐ない自分を責める表情が読み取れる。ああ、なんていじらしいのだろう、守ってあげたくなるような、そういえばそんな女の子がモテると聞いて、その時は分からなかったけど今なら分かるかもしれない。何でもしてあげたくなるような表情。私は彼女の手を取っていた。
「できるよ。一緒に作ろう」
試しにセシルにサンドイッチを作ってもらった。ウィルの評価は正しいのかもしれない。タマゴサンドを作ったのだろう、ゆで卵がサンドしてあった。パンに何かをはさんだ物がそこにあった。ウィルはこれでもちゃんと食べたんだろうな、子供だけどそういうものを簡単に受け入れる所だけは大人なのかもしれない。それでもこれは想定外だった。これでもこの店を仕切る私はサンドイッチとは何たるかを熱弁しながらセシルとタマゴサンドを作る。もちろん珈琲は落ちきっていて冷めていた。セシルは冷めた珈琲でも美味しいと言ってくれ、タマゴサンドはウィルのお土産だと包んで渡した。
「本日はありがとうございます。また教えて欲しい事があれば来てもいいですか」
「そんな物無くてもまた来てね。セシルと料理するの楽しかったから」
「ではまた来ます」
晴れやかな表情で挨拶をするセシルを見送る。楽しかった。
「さて、夜も頑張るか」
こんな楽しい気分は久しぶりだった。友達って呼んでもセシルは嫌な表情をしないだろうか。
56
ウィルが来た。後ろにセシルもいる。私が目配せするとセシルが微笑んでくれた様に思う。ウィルはいつもの様に伝言板を漁った後カウンター席に座る。
「珈琲と、タマゴサンドくれい」
日頃は自分から食べ物を頼まないのに今日は注文が出た。はいはいと調理を始めた私にウィルが言った。
「セシルに何か教えたな。あれからサイフォンを作れと言われるし、毎日タマゴサンドが出てくるぞ」
私は笑いながらウィルの前に珈琲を置く。
「けど、あいつの友達になってくれたんじゃろ。ありがと」
言い様の無い笑みが溢れそうになるのを押えきれずタマゴサンドをウィルの前に出しながら誤魔化した。
「私も楽しいからいいのよ」
ウィルが少し優しい表情になりながら、いつものように綺麗にサンドイッチを食べ始める。
「実はですね、」
いつの間にか隣にいたセシルが耳打ちする。
「博士はここのサンドイッチが大好きなんですよ。ロイルさんが造るサンドイッチは優しいのだそうです」
いきなりの隠し事のない称賛にびっくりして顔が火照る。
「何じゃあ」
サンドイッチを食べ終えたウィルが不思議そうにこちらを見る。
「友達同士の秘密のお話です」
なら仕方ないといった顔でウィルは珈琲を飲む。
「ちなみに珈琲もだそうで」
ウィルを見るセシルは優しい笑顔でそう言った。