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episode3-Last Page

 銀河には、人間としての感情がないと思っていた。


 ふとした時に笑いはするけれど、それは面白いからではなく、面白い話を聞いたから場の空気を呼んで笑っているような、とってつけたような笑顔だな、と俺はいつも思っていた。

 だから、十一月の終わりごろ、昼休みに銀河から好きなやつができたと聞いた時、俺は凄く驚いたけど、同時に凄く嬉しかった。というか、ホッとしたのを覚えている。


「翔、僕好きな人が出来た」

 顔色一つ変えずにそう報告してくるところが銀河らしいけど、俺には何処か、はしゃいでいるようにも見えた。

「まじ? 誰だよ、教えろよ」

 興味津々で囃し立ててみたけど、やっぱり銀河は恥ずかしがる素振り一つ見せなかった。


「安藤茉奈美」

「へえ……え!?」

 意外だった。安藤茉奈美は、同じクラスの同級生で俺の幼なじみだ。銀河ほどではないけれども、茉奈美もかなり人間味のないやつで、正直、二人が仲良く話をしたり歩いたりしているところは想像出来なかったけど、それはそれでお似合いなのでは、とも思った。


「そうだったのか……。おい、告白すんのか」

 クラスの誰かと誰かが付き合っているなんて話はなんとなく聞いたことがあったけど、それは多分、どっちかがどっちかに「好きです」と言ったのだろう。それはきっととても勇気のある行動だと思う。銀河も、そうするつもりなのだろうか。


「まだ言わない」

「まだ?」

「うん。だって僕は、まだ安藤さんについて何も知らないから。だから、まずは友達にならないといけない」

 真面目くさった銀河の表情からは、告白する勇気がないからとりあえず逃げの一手をうった、というような感じをまったく受けなかった。多分、心の底からそう思っているのだろう。

「そっか。じゃあ、まずは仲良くなるのか」

「うん。そこで、翔に相談があるんだけど」


 彼女と仲良くなるにはどうしたらいいか、というのが銀河からの相談だった。

「あいつは小説が好きだよ。お前も読むんだから、それをネタに話しかけてみたら?」

「彼女が小説を好きなのは知っている。でも、彼女が読んでいるのはかなり古い本みたいで、僕とは多分、あまり話が合わないと思う」

 古い本、というのは、アクタガワとがダザイとか、そういう人の本のことだろうか。兄貴が買ってくる漫画しか読まない俺にはよく分からなかった。


「そうだ。今度のサッカーの練習、連れてこようか。途中でアイツも混ぜて、一緒に遊ぼうぜ」

 一緒に汗をかけば、自然と仲良くなるものだ、と兄貴の漫画に書いてあった。


「……彼女がサッカーなんかやるとは思えないけど」

「う……」

「それにもしも来たとして、僕のへたくそなサッカーを見てもらって、何か効果があるのかな」

「……」

 ぐうの音も出ない。確かに銀河はスポーツが苦手だが、サッカーに関しては特にそれが顕著で、ドリブルするという概念がないのか、来たボールを来た方向へ思い切り蹴飛ばしてしまうのだ。そんな様子に見かねて、俺が半ば無理矢理、月曜日のサッカーの練習に連れ出しているのだ。


「他に何かないかな。例えば動物が好きとか……」

 銀河がぼんやりと呟いた。

「動物? お前、動物好きだっけ」

「うん。彼らのこちらが予期しない行動をとる様はとても興味深いと感じるよ」

 ……本当に大丈夫か、コイツ。


 でも、今の言葉で名案が閃いた。そうか、動物か。動物……。よし、連れて行ってみるか。

「銀河、今日の放課後、空いてる?」

「うん。水曜日だからね」

「よし、じゃあ、うちの近くの公園の、雑木林に来てくれないか」

「雑木林? もしかして、彼女は木が好きなのか」

「違うよ。とにかく来い。わかったな」

 曖昧に頷く銀河。その目は微かに不安そうな色を滲ませていた。



 そして放課後。俺は一足先に自宅へ戻り、そのあとで例の雑木林に向かった。学校から家までの帰り道、途中に二股に別れている道があり、そこで俺は右、銀河は左に別れるのだが、公園は俺の家の方の道を行った先にある。銀河にとっては家から遠ざかることになるが、その辺りは勘弁してもらおう。


 俺が目的の場所について数分で、今度は銀河が姿を見せた。

「早いな。一緒に行こうと思ってたのにさっさと行っちゃうんだから」

「悪い悪い。実は一回家に帰って、これを持って来たんだ」

 そう言って、俺は手に持っていたビニール袋を銀河に差し出した。

「これは……パンと牛乳? あ、皿も入ってる」

「そ。パンは給食の残りだけどな」

「こんなもの、どうするんだ」

「まあ待てよ。もうすぐ来ると思うから」

「来るって、誰が……あ」

 銀河が小さく声を上げた。見ると、ピンクのランドセルを背負った安藤茉奈美がこちらに近づいてくるところだった。


「……もしかして、そのパンと牛乳は安藤さんへのプレゼントか」

「そんなわけないだろ。あいつだって給食喰ってんだから」


 そんな話をしているうちに、茉奈美は俺たちの近くまでやってきた。

「なに、こんなところに呼び出して……それに、岡部君も」

「あ、いや、僕にもよく分からなくて」

「いいから、二人とも、ちょっと来てくれ」

 俺はそう言って、雑木林に足を踏み入れた。


「え、中に入るの?」

 茉奈美が嫌そうな顔をした。そう言えば、コイツは虫とか蛙が嫌いなんだっけ。

「大丈夫だよ。ちゃんと道もあるし、虫もあんまり出ない、と思う」

 多分まだコウロギがいるけど、黙っておいた。実際、目的の場所までそんなに距離はない。


 草むらを無理矢理切り開いたような道を進むこと五分。目的の場所が見えてきた。

「ほら、あの箱だよ」

 俺が指差したのは、草むらの影に隠れた小さな段ボールだった。

「なにあれ」

「ま、中を見れば分かるよ」

 二人はその中をのぞくと、同時に小さく声を漏らした。


「……猫だ。まだ小さい」

 そう、箱の中には小さな子猫が三匹入っていたのだ。

「どうも捨て猫みたいなんだよ。一昨日ぐらいに偶然見つけたんだけどさ」

 突然現れた三人の人間に驚いたのか、子猫たちはまだ小さな目を目一杯広げて、辺りをキョロキョロと見回している。

「……かわいいね」

 茉奈美が笑みを浮かべて言った。その様を、銀河がさりげなく、横目で見つめている。


「ああ、さっきのパンと牛乳は、もしかして……」

「そ、この猫たちにあげるためだ」

 俺は皿を取り出して牛乳を注ぎ、その中に小さく千切ったパンを放り込んで箱の中に置いた。子猫はクンクンと匂いを嗅いだあと、小さな赤い舌で牛乳を飲み始めた。


「翔君、この子たちの世話をしているの?」

「うん。昔飼っていたし、本当はこいつらも飼ってやりたいだけど、うちは無理だから。妹が猫アレルギーで」

「そっか……。うちも無理かな。インコがいるし。岡部君は?」

「うちはマンションで、ペット禁止なんだ」

 二人は申し訳なさそうな顔をしているが、別にどちらかに飼ってもらおうと思って二人を呼んだわけではない。


「なあ、三人で、ここで世話をしないか」

「え?」

「だからさ、餌とかは三人で出し合って、こいつらが大きくなるまで面倒を見るんだよ。俺一人じゃ、時間がない日とかもあってどうしようかと思ってたんだ。でも、三人ならできるんじゃないかな」 

 俺の申し出に、二人は困惑しているようだった。


「先生に相談した方がいいんじゃないか? 僕たちだけじゃ限界があるし、何かあっても責任が取れないよ」

「大人に相談するのはまずい。飼い主が見つかればいいけど、最悪保健所に連れて行かれて、殺処分だ」

「さ、殺処分……」

 この子猫たちをどうしようかと悩んでいたのは本当だった。銀河と茉奈美を仲良くさせるために利用するのは正直気が引けるが、一石二鳥というやつだ。子猫は無事に成長し、銀河と茉奈美の距離も近くなる。


「私……やる」

 茉奈美がそう言ったので、不安げだった銀河も首を縦に振った。

「よし。じゃあやるからには、大人には絶対にナイショな。保健所に連れて行かれても困るし、第一、野良猫に餌をやると怒る人たちもいるみたいだ」

「わかった。私、何があっても喋らない」

「うん。僕も」

「よし……じゃ、せっかくだから名前でもつけようぜ。ちょうど三匹いるから、一人一匹ずつ」


 箱の中には、薄い茶色いのやつと真っ黒なやつ、それに三毛猫の三匹がいる。おそらく同じ親から生まれたのだろうけど、ここまで色が違うものかと感心した。


「じゃあ、私はこの子にする。三毛猫はメスだって言うし」

 茉奈美は、両手で三毛猫を優しく包んで持ち上げた。

「僕はコイツにするよ」

 銀河が選んだのは、一番体の小さい茶色の猫だ。

「じゃ、俺はこの黒いやつだな」

 茉奈美に習い、俺も小さな黒猫を抱き上げる。見よう見まねといった様子で銀河も続く。


「……よし、決めた。コイツの名前はクロだ!」

「安直だなぁ」

「もうちょっとちゃんと考えた方がいいんじゃない?」

 ……くそ、ボロクソかよ。

「いいから、お前らもさっさと決めろよな」

「もう決めたよ。この子は三千代」

「ミチヨ? 人間みたいな名前だな。やたら古くさいし」

「小説の登場人物なの」

 ああ、銀河の言っていた、例の古い小説か。

「岡部君は? もう決めた?」

「うぅん、チョコ、なんてどうかな」

「わ、かわいい。凄くいいと思う」

「なんだよ。お前だって安直じゃねぇか」

 そう文句を言ったが、心の中では別のことを思っていた。ミチヨと、チョコ。字面が少し似ていると思うのは俺だけだろうか。


 その時、銀河と茉奈美が同時に悲鳴を上げ、猫を箱の中に落としてしまった。

「痛い、引っ掻かれたみたい」

「僕も」

 二人の手の甲には、お揃いの赤い傷がつけられていた。

「ああ、猫の抱き方ってコツがいるからな。慣れるまでは何回かやられるかもしれない」

「本当? 帰ったら消毒をしないと」

「いいけど、親に見つからないようにな。その傷を見られたら怪しまれるかもしれない」

 俺の言葉に、銀河が笑った。

「そうかな。このくらい平気だろう」

「いや、親って結構、俺たちのことを見てるぞ。特に、怪我なんかしてたらなおさらだ。気をつけていた方がいい」



 こうして、三人には子猫をここで育てるという秘密が生まれた。このことは誰にも知られてはいけない。見つかったら殺処分だと、俺はもう一度二人に言い聞かせた。

 バレてはいけない理由は、それだけではない。もし、俺たちが何かしているところを同級生に見られたら、きっと面倒くさいことになる。それが万が一、銀河と茉奈美が二人でいるところだとしたら、二人が不必要なからかいの的になってしまうかもしれない。それで二人が嫌な思いをするのは、どうしても嫌だったし、俺は、不器用で真面目すぎる親友の恋を潰してしまいたくなかった。


 だから、この子猫のことは何があっても絶対ばらさない。例え、俺がどんな目にあったとしても、だ。




episode3 完


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