表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/49

episode3-4


「ほら、私の言った通りじゃない」

 道元先生が得意げな顔をしている。確かに、問題はないだろうと予想した僕や亘先生、麻倉先生に対し、道元先生だけはちゃんと調べるべきだと主張していた。正確には、久茂先生もだが。


「私は、翔君の身に何かが起きているって思うわ。やっぱりちょっとでも違和感を感じたならば、注意して調べるべきよ。とりあえず様子を見るなんてことはしないで」

「え、ええ。道元先生の言い分はもっともなんですけど……」

 僕は困惑気味に、辺りを見渡した。

「……それで、この集まりは一体なんなんですか」


 現在、僕たちが集まっているのは職員室ではなく、なんと会議室だった。それも僕と道元先生だけではない。亘先生と麻倉先生、それになぜか久茂先生まで集まっている。放課後に話があるから会議室に来てくれと道元先生に声をかけられたのは五時間目終了の時だった。しかし、これは一体……。


「何って、木村君がいじめられているかもしれない問題の調査会よ」

 ちょ、調査会?

「いや、あの、ちょっと意味が分からないんですけど……」

 困惑気味に異議を唱えたのは亘先生だったが、多分道元先生以外の全員が心の中で首を傾げていることだろう。


「あら、亘先生。児玉先生の話を聞いてなかったの? 児玉先生はさっき、翔君と茉奈美ちゃんの様子がおかしい気がすると……」

「いや、そうじゃなくて、この集まりは一体どういうことなのかと……」

「だから調査会よ。木村君がいじめに合っているのかもしれないから、それを私たちで解決しちゃおうってこと」

 少年探偵団かよ、と心の中で突っ込んだ。


「あの、僕だってヒマなわけじゃないんですよ?」

「何言ってんの、麻倉先生のときも久茂先生のときも首突っ込んどいて」

「や、あれは心配で……」

「あら、じゃあ木村君と児玉先生のことは心配じゃないの?」

「いや、そういうわけでは……」

 亘先生が答えに窮する。


「おいおい、ちょっと待ってくれ。俺には何のことだかさっぱり分からないんだが」

 ここで、久茂先生が口を挟む。

「いじめとか木村と言う児童とか、一体何の話だ」

 確かに、道元先生たちと相談した時には久茂先生は会話の輪の外にいた。なぜ彼もが、この場に収拾されたのか。


「あら、ご存じないの? 今朝、児玉先生と仲良くお話ししてらしたのに」

「な……」

 僕と久茂先生は、同時に絶句した。

「ごめんなさいね、わたし、あなたたちのすぐ後ろを歩いていたんだけど、全然気が付かないものだから」

 本当に、誰が見ているか分かったものではない。久茂先生は、驚きを通り越してもはやあきれ顔だ。

「なんだったかしら、あんたには、俺みたいに後悔してほし……」

「ああもう! わかった! わかったからそれを言わんでくれ!」

 あの久茂先生でもこの人には敵わないのか。そういえばいつだったか、日焼け止めの持ち込みについて議論された時にも言いくるめられて……いや、あれは白井先生だっけ?


「でも、その件について調べるなら、朝の会議とかで先生全員に知ってもらった方がいいんじゃないですか」

 二人がノックアウトされた中、今度は麻倉先生がもの申す。

「まだいじめがあるって決まったわけじゃないわ。『いじめはないと思う』から、『いじめはあるかもしれない』に変わっただけ。それに、あまり大事にすると犯人が警戒して、尻尾を見せなくなっちゃうわ」

「でも、警戒していじめをしなくなるかもしれませんよ」

「それじゃダメよ。一度逃げ切ってしまえば、その子は味を占めて何度も同じことを繰り返すわ。だから、今ここでとっちめないと」

 麻倉先生も閉口した。やはり、道元先生は理屈を並べ立てるのが上手い。


「あの、すみません。『いじめはあるかもしれない』と言っても、木村君や安藤さんの様子がおかしかったとか、そんな根拠しかないんです。木村君のお母さんからもあれ以来は特に何も言ってきてないですし……」

「様子がおかしかったのは立派な根拠よ。あなたが彼らと直接話してそう感じたんだから、何かあるに決まっているわ」

「……はあ」

 僕が感じた違和感。それは、木村や安藤が見せたちょっとした逡巡、または動揺だ。しかし、僕の感性なんか当てになるのかどうか……。


「だが、俺もその安藤って子の反応は気になるな」

「あ、久茂先生もそう思いますか」

「ああ。『何か知ってるの』なんて、自分が何か知っていると言っているようなものだ。多分、彼女は何か知っているのだろう。そしてそれは、彼女では抱えきれないほど大きいものだ」

「どうしてそう思うんです?」

 亘先生が興味津々といった様子で乗り出す。

「彼女の発言は、言い換えれば『私は何かを知っています』という、児玉先生に向けた吐露だろう。彼女が自分で解決出来ることなら、わざわざそんなことを聞いたりしない」


「彼女の手には、猫の引っ掻き傷のようなものがあったんですよね、児玉先生」

「え、ああ、はい。猫かどうかはわかりませんが、何か引っ掻き傷のようなものが」

「茉奈美ちゃんは、何か動物を飼っているのかしら」

「さあ……さすがに子供たちのペット事情までは……」

 過去の作文や何かでそのことに触れられているかもしれない、とも思ったが、本人に聞く方が早いだろう。


「翔君も、腕の痣について尋ねたら、おかしな様子をとったんですよね」

 どうでもいいことだが、道元先生と麻倉先生は児童たちを下の名前で呼ぶんだな、と思った。

「はい。あと、このことは誰にも言うな、と」

 考えてみれば、すでにこの四人には話してしまっている。ほんの少しの罪悪感を覚えた。


「それ、そのままの意味で受け取っていいんですかね」

 そう唱えたのは亘先生だった。

「どういうこと、亘先生」

「『誰にも言わないで』って、言葉通りに受け取れば、この秘密を誰にも話すなってことですけど、それってどうしてなんだろうって。単に恥ずかしいからって理由かもしれませんけど、もしかしたら、木村君は誰かの耳に入ることを恐れたんじゃないですかね」

「そっか、翔君は、先生に告げ口したと思われて、犯人に報復に会うのが怖かった」

「そういうこと。やたら早く帰りたがっていたらしいですが、もしかしたら、先生と話しているところを見られたくなかったのかもしれません」

「ということは、やっぱりいじめはあるんでしょうか。それに、亘先生の話を考慮すると、犯人は、彼の身近にいる人物のような気もしますが……」

「もしもいじめがあるのなら、多分そうでしょう。それにおそらく単独か、少人数によるものだと思います。児玉先生から聞いた様子では、クラスぐるみとは考えにくそうですし」


 となると、やっぱり犯人は岡部か。それとも……。


「……茉奈美ちゃん、っていうことはないです……よね?」

 麻倉先生が、まるで独り言のように呟いた。

「え?」

「茉奈美ちゃん、児玉先生が何か勘づいているんじゃないかと恐れて、『何か知ってるの』って聞いたんじゃないですか?」

「そ、そんなまさか。安藤さんは女の子だし、とても小柄なんです。柔道を習っている木村君をいじめるなんて……」

「別に、暴力だけがいじめじゃないでしょう。脅しとか、弱みを握ったり……」

「ちょっと待って。いじめの犯人って言ったって、小学生ですよ。脅しとか弱みとか、そんなこと……」

 亘先生が反論したが、今度は道元先生が口を挟んできた。


「ありえるわよ。小学生と言っても、もうそれくらい頭のいい子はいると思う」

 頭のいい子。またも、岡部の顔が頭を過る。

 

 というか何だかいつの間にか議論が白熱してしまっている。亘先生も久茂先生も最初は戸惑っていたのに、まるで彼女につられるように……。いや、それは僕もだ。


「……あ、あの、もうこのくらいにしませんか。いじめいじめって、まだあるかもしれないって段階じゃないですか。それなのにこんな議論……」

「でも、手遅れになったら……」

「だったら、僕がもう一度木村さんの家に電話して、異常がないか尋ねてみます。岡部君からも話を聞いてみますし、木村君にももう一度聞いてみます。ですから……」

 一体、どうして道元先生がここまで熱くなっているのかが分からなかった。それに、正直、何だか少し不気味でもあった。


「まあ、児玉先生がそこまで言うなら……」

 亘先生は納得してくれた。

「確かに、まだ何かあったと決まったわけじゃないですから。ここは一旦、担任の児玉先生に任せましょうか」

「任せるも何も、俺は初めから何かを背負った覚えはないぞ」

 久茂先生がぶつぶつと文句を言う。


「うーん……そうね。今日の所はそうしましょうか。でも、何かあったら必ず知らせてね、児玉先生。一人で抱え込まないで」

「……はい」


 道元先生の一声で、場は解散となった。久茂先生、麻倉先生、道元先生が出て行き、僕と亘先生が残された。

「あの、亘先生……」

「はい、なんですか」

「道元先生、一体どういうつもりなんでしょう」

 正直に言って、困惑していた。まだ何か事件が起こったわけでもないのに、こんなに大勢の先生を集めて、彼女が何をしたかったのか、今ひとつ掴めなかった。それに……。

「むかつきました? 道元先生のこと」

「え?」

「終わりの方、完全にそんな顔してましたよ。明らかに苛ついてました」


 さすがだ。亘先生の言う通り、僕はあの場に激しい嫌悪感を覚えていた。

「……なんだか、いたずらに煽っているような気がしたんですよ。大袈裟と言うか、なんと言うか……。それに、子供たちのことを疑うのは、僕はどうも……」

 正確には、何度も岡部や安藤の顔を思い浮かべてしまった自分に腹を立てていた、のかもしれない。

「道元先生が、キャリアも長くて、素晴らしい先生だっていうのは分かっているんです。でも、なんだか釈然としないんです」


「……道元先生は、本当に凄いですよ」

「え?」

「物事を本当によく見ているし、何より鋭い。彼女が何かするときは、一見意味のないように見えても、実は深い理由が隠されていたりする。だから僕は彼女を信頼しています。今は意味が分からなくても、決して無駄なことではない。だから今回の場も、道元先生なりの意味があるんですよ、きっと」


 そういう、ものなのだろうか。道元先生と今までほとんど関わってこなかった僕には分からない。でも、亘先生が道元先生を信頼していることは理解出来た。


「……もしかしたら道元先生は、児玉先生の味方を作りたかったのかもしれなせん」

「味方?」

「少なくとも、今日この場を設けたことで、もし何かがあっても僕たちに相談しやすくなったんじゃないですか? 道元先生はもしかしたら、そんなことを考えていたのかもしれません」

 味方……。確かにさっきまでは、誰かに相談したいが相談相手がいない、なんて考えていた。でも今は……。


 もしかしたら、僕のそんな考えを、彼女は読み取っていたのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ