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episode3-2.5

 

 十一月末。二学期の交流会が開かれてから、一週間が経った。


 埃っぽさに咽せそうになりながら、跳び箱に腰掛けて静かに彼を待っていた。服が汚れるので本当はこんなところにいたくはないのだが仕方がない。体育館に備えられているこの体育倉庫は授業中でない限りいつも閉められているし、放課後に外で遊ぶ奴らは校庭にある倉庫の遊具を使う。すなわち、人目につかない、というわけだ。


 重い扉を開ける音とともに、薄暗い体育倉庫に光が差し込んだ。ようやく来たか。待たせやがって。


「こんなところに呼び出して、何の用?」

 ふん、遅れてきたくせに生意気な。まあいいや。直にそんな口、利けなくしてやる。

「うん。実は、ちょっと見てもらいたいものがあってね」

「見てもらいたいもの? 俺に?」

「そうだよ。これなんだけどさ」


 そう言って、彼の死角に隠していたある物体を持ち上げる。そしてそれを見た瞬間、彼の表情が一変した。

「あ、チョコ!」

 チョコと言っても、お菓子のチョコレートを見せた訳ではない。チョコレートのような色をした、一匹の子猫だ。

「そう。お前が大事にしている猫だよ。最も野良だけど。へぇ、チョコっていう名前なんだ」

「お前、なんでチョコを……」

「昨日、偶然見かけてね。お前が偶然、この子に餌をやっているのを。通学路の途中にある薮の中。そうだよね、翔君」


 少年、木村翔は、こちらをキッと睨みつけてきた。

「おい、チョコを離せ。一体何のつもりだ」

 そのとき、木村翔の声に反応したのか、子猫がニャア、と鳴いた。

「うるさい、鳴くな」

 そう言って、左手で猫を跳び箱の上に押さえ付け、右腕でその細い首を絞めた。

「やめろ!」

「大きな声出さないで。本当に殺しちゃうよ?」

 何かが詰まった排水溝のような音が、猫の喉から漏れる。誤って首の骨を折らないように加減しながら、更に力を加える。猫は、大きな丸い目を更に見開く。まるで、こちらを呪うように。


「や、やめてよ。本当に、し、死んじゃう……」

 木村翔の言う通り、このまま続けていたら本当に死んでしまう。まだまだ苦しめたかったが、仕方がないので、右手の力を抜く。咄嗟に逃げようとする猫を、左手で押さえ込んだ。


「お前、どういうつもりだ。どうして、チョコをいじめるんだ」

「あはは、翔君、それは違うよ。猫なんかいじめたって何のストレス解消にもならないからね」

「じゃあ、どうして……」

 木村翔は怯えきった表情を浮かべている。ふふふ。いいね。ゾクゾクする。

「この猫はね、人質だよ。あれ、この場合、猫質、なのかな?」

「……なんだっていいよ」

 強がっちゃって。かわいいねぇ。


「ま、簡単に言えば、コイツを殺されたくなかったら、こっちの言うことを聞けってこと」

「……お前の言うことを……か?」

 当たり前だろ。他に誰がいる。

「そういうことだね」

「ふざけんなよ」

「ふん。まずは口の利き方を改めろ。ため口は許さない。敬語だよ」

「てめえ……」

「あ?」

 もう一度猫を押さえつけ、首を絞める。途端に、木村翔が慌て始める。

「や、やめろって!」

「ん? やめろ?」

「あ、い、いや、やめて、くだ、さい」

「……ふん、まあいいか」

 猫の首から手を離す。


「言っておくけど、人質にコイツを選んだのは単に持ち運びが便利だからだ。今後のお前の態度次第で、これがお前の友達になったり、かわいい妹や弟になったりする。だから、気をつけてね?」

「どうして、どうしてこんなことするんだ……するんですか。俺、お前の……あなたのこと、信じてたのに」

 信じてたって……ふん。クサイ奴。


「なんでだろうね。頭が良くて優等生だと、それだけで親とかは褒めてくれるんだけどさ。でもそれだけじゃ、ねぇ。満足出来ないんだ。こうやって誰かを痛めつけて、ストレス発散しないと」

「い、痛めつける?」

「あ、安心して。別に君のことを殴ったりする気はないんだ。傷が残ってバレたりすると困るからね」

 体に証拠は残さない。悪事をするときの鉄則だ。暴力は極力振るわない。その上で、どうやって相手を屈服させるか。それが最大の課題であり、やりがいだ。


「じゃあ、とりあえず裸になってくれる? あ、パンツも靴下も、全部ね」

 木村翔の顔が凍り付く。

「な、なんで、裸に……」

「いいから言う通りにしろ。コイツ殺すぞ」

 そう脅すと、木村翔は青ざめながらも、震える手で一枚一枚、脱衣していった。

 全ての衣服を脱ぎ終えた木村翔は、生意気そうな目でこちらを睨んでいた。しかし、怒りよりも羞恥心が勝っているのはその表情から明らかだった。


「お、いいねぇ。じゃ、写真取るからじっとしてね」

「この、変態……」

「おい、口の利き方には気をつけろって言っただろ。それに、別にお前の裸になんか興味ないし。でもね、こういうのが好きな大人っていうのが、結構いるんだよ」

 

 隠し持っていたデジタルカメラのシャッターを押す。シャッターの光が羞恥心を刺激するのか、木村翔は何度か体を手で隠そうとするので、その度に猫を一発ずつ殴った。猫にも最初のほうは噛み付かれたりもしたが、だんだんと大人しくなっていった。


「よし、こんなもんでいいかな。いいよ、服着て」

「こ、こんなことして、許されると……」

「分かってると思うけど、このことを他言したらこの猫を殺す。それに、お前の友達や家族にだって手を出す。そこんところ、忘れないでね。それに、教室ではいつも通りの自分を演じること。ちょっとでも怪しまれたりした時にも、コイツ殺すから。それに、この写真も、モザイクなしでばらまく。いいね?」

 恐怖に怯えた目で、木村翔はコクリと頷いた。


「じゃ、もう帰っていいよ。塾とかに遅れると怪しまれるからね」

 そう言うと、木村翔は逃げるように体育倉庫から飛び出していった。彼の姿が見えなくなる寸前、彼にこう、声をかけた。

「翔君、また遊ぼうねぇ」

 


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