episode1-14
「それ、本当なの?」
突然こんなことを言われれば誰だってそう聞き返すだろう。事実、先ほどの私がそうだったのだから。
やはり、御子柴昌を一人で説得するのは無謀だと判断し、私はある人物に相談を持ちかけた。最初は道元先生に話そうかとも思ったのだが、御子柴美織との約束を破ることがどうしても躊躇われた。かといって、私一人では荷が重い問題であることは明らかだ。仕方なしに、私はまた、この先生を頼りにしてしまった。
二人以外誰もいない会議室で、私は亘先生に、御子柴美織から相談されたことを話してしまった。御子柴美織はモデルになりたいわけではなく、それは御子柴昌が押し付けた夢であること、御子柴昌を説得してほしいと頼まれたこと、無理なダイエットを強要されている可能性があることなどを伝えた。
「本当、だと思います」
「でも、確かではない……」
「亘先生は、どう思いますか?」
うーん、と亘先生はうなり声をあげる。
「子供のことを何よりも想っている母親だと思っていたけど、実際は違ったのかもしれない……」
「……彼女は子供を思っていたのではなく、操ろうとしていたんでしょうか」
さすがに亘先生にも、明確な答えは浮かばないようだった。しかしもしもそうだったとしたら、御子柴昌はモンスターペアレントではなく、正真正銘のモンスターだったということだ。
「でも、どうして今になってそんな相談を君にしたんだろうか」
「どういうことですか?」
「モデルになりたくないって話だよ。今までは、言い方は悪いけど彼女は母親の言いなりになっていたわけだろう。それがどうして、今になってそんなふうに思ったんだろうと、少し気になってね」
「うーん、やっぱり昨日のことが原因じゃないですか? 自分の話を聞こうともしない母親に、反発したくなったとか……」
無条件に、そして無理矢理に娘の非を認めようとしない母親を見て、御子柴美織はどう思っただろう。彼女は、自分が母親に支配されつつあることに気が付いたのではないだろうか。
「それで、道元先生には話したの?」
「……いえ、まだです」
「まだ?」
意外そうに亘先生が聞き返した。
「どうして。僕よりもまず、道元先生に話したほうがいいんじゃないか?」
やはり、普通はそう考えるだろう。というか私だってそう思う。しかし、道元先生に話せば御子柴未折戸の約束を破ることになるし、第一、彼女が道元先生を信頼出来ないと言ったその真意も気になった。
そのことも話してみたが、亘先生はそれでも、道元先生とよく相談するべきだと言った。
「あの先生は、まあ、確かに少し軽いところがあるけど、それでもとても優秀な先生だよ。僕よりも遥かに。まして道元先生は四年三組の担任だ。知らせない道理がない」
「……私もそう思います、けど……」
「けど、なんだい」
ずっと、心にひっかかっていた。物事を真剣に捉えようとしない道元先生。御子柴美織を傷つけた児童に対する冷静すぎる反応、そしてそのことにショックを受けた様子もなかったこと。自分たちの案を通すため、独断で白井先生を抱え込み、裏工作のようなことまでしたこと。そうした、ほんの小さなひっかかりは、いつしか、彼女に対しての不信感となり、私の心の中に住み着き始めていた。彼女は信用していいのか。もしかしたら、御子柴美織も同じようなことを思っているのではないか。いや、それ以上に、彼女を信用してはいけない理由を、はっきりと掴んでいるのではないか。
「どうして御子柴さんは、道元先生に相談したくないんでしょう」
そもそも、担任の道元先生ではなく、副担任でペーペーの私に相談してくることが既におかしいのだ。そしておかしいということは、そこに何らかの理由があるはずだった。
「……確かに、不思議だ。相談事がしにくい先生ではないし」
「御子柴さんは、話をちゃんと聞いてくれなさそうだったから、と言っていましたが……」
御子柴美織は道元先生に不信感を抱いている。果たしてそれは何故か。そしてそれはいつだったのか。
「……そういえば、御子柴さんが大森君を突き飛ばしたとき、道元先生は御子柴さんから話を聞いていたね」
亘先生に言われて思い出した。道元先生は理科室で、明石綺羅、伊野熊遊来、そして御子柴美織の三人から話を聞いていたではないか。
「もしかして、その時に何かあったのでしょうか。御子柴さんが、道元先生に不信感を抱くような何かが……」
「分からない。道元先生と長く接してきた上で抱いた疑念かもしれないし、本当にその時に何かがあったのかもしれない。でもどっちにしろ、やっぱり僕は道元先生に相談すべきだと思うよ」
やはりそうか。御子柴美織との約束を破ってしまうことになるが仕方がない。これも彼女のためだ。
私がそう決意したとき、軽快な木琴の音とともに、校内アナウンスが流された。
『えー、道元先生、それから麻倉先生。保護者の方がお見えです。至急職員室にお戻りください。繰り返します……』
スピーカーから聞こえる教頭先生の声がどこか強ばっているように聞こえたのは考え過ぎか、はたまた凶報の前触れか。もしも後者だった場合、来客の正体は大体想像出来る。そしてそれは亘先生も同じだったようだ。
「もしかして、御子柴さんか?」
「そうかもしれません。でも、一体なんで……」
「とにかく、職員室へ行こう。僕も一応付いて行くよ」
私たちは会議室を出て職員室へ急ぐ。最近になって何度も感じていた、渦巻くような嫌な予感を胸に抱えながら。




