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大学生活  作者: 彼樹成
四月
2/6

二話

 食堂はさすがにお昼時ということもあり、かなり混雑していた。この食堂は医学部の学生しか来ないため、それほど広い造りではない。その上建物はかなり古びていて、まるで指でチョンとつつけば崩れる絹豆腐のようだ。つまるところ、地震が起こったら心配だ。

 あたりを見回すと、いるのは上の学年の人がほとんどなようで、見知った同級生の顔はない。みんな大学の近くにある飲食店街に繰り出しているのかもしれない。奥の方に進むと、亮介と真紀ちゃんが座っているのが見えた。俺は手を振りながら二人のもとに駆け寄った。

「よし、じゃあ買いに行きますか」

 亮介が言うと、真紀ちゃんも腰を上げた。

 食堂の入り口付近に券売機が設置されていて、そこで買った食券をカウンターまで持っていく仕組みになっている。俺はラーメンの食券、亮介と真紀ちゃんはA定食の食券を買った。カウンターで並んでいると、色んな人が目につく。金髪の人や虹色の髪の人、アニメキャラのコスプレをした人や、全身真っ赤な服装の人もいた。同級生には茶髪の人が何人かいるが、さすがにここまですごい人はいない。この人たちもみんな、将来は真面目で立派な医者になるのだろうな。そう思うと俺はなんだか可笑しくなって笑ってしまった。

「あの虹色の人、すごいよな」

 すぐ後ろで並んでいる亮介は小声で俺に耳打ちした。目につくものはみんな同じなんだな、と思う。

「案外、俺らも学年上がったら垢抜けてあんな風になっちゃうかもよ」

 俺は少しふざけた調子で言った。

「いや、それはねえだろ。それに、あれは垢抜けてるというより、どっちかというとネジが一本抜けてる」

 確かに。俺と亮介はこそこそ笑った。亮介の後ろにいる真紀ちゃんはボーっとしていた。そんなことを言い合っているうちに、俺のラーメンがカウンターに置かれた。


 全員のご飯が揃ったところで、俺らはようやく食べ始める。

「さっきね、部活の勧誘について話してたんだよー」

 真紀ちゃんは口調はおっとりしているものの、表情はどこか興奮気味だった。さっき、というのは、俺が来るまでの間のことだろう。そういえば、長いこと待たせてしまっていたことを謝ってなかった。でも今はもうそれを言い出すタイミングではない。俺は心の中で『スマン』とだけ唱え、真紀ちゃんの話に「お、いいね」とやや大げさにリアクションを取った。

「明日から色んな部活の勧誘が始まるらしいんだよ。拓未はさ、どこの部活入んの?」

 亮介も心を躍らせているようだが、実のところ俺はあまり部活に乗り気ではない。今でさえ勉強についていけてないというのに、部活を始めてしまってはますます勉強に時間が取れなくなると思ったからだ。

「部活は厳しいかな。サークルとかはないの?」

 俺の質問に、真紀ちゃんは速攻で首を横に振った。長い髪が揺れていい匂いがする。

「甘いなあ牧本君は。サークルなんて一つもないよ。医学部は部活命なんだよ! 部活なくして学生生活は始まらないよ!」

 真紀ちゃんは「チッチッチ」と舌打ちしながら人差し指を立てて左右に振る。いやいや、学生生活は既に始まっているだろう、とツッコミたかったが、止めた。やはり、部活はしないといけないんだろうか。

「そうだぜ、拓未。部活やっとかなきゃ勉強の資料とかも手に入んないぞ」

 お世辞にも部活に向いているとは言い難い体格の亮介までもが説得してくるとは。ただ、勉強の資料という単語には引っかかる。もちろん、欲しい。

「あんまり運動とかしたくなかったら、文化系の部活にすればいいよー。牧本君、運動できそうだけど。亮介君とは違って」

「ちょっとー、真紀ちゃん、それはあまりにもハッキリ言い過ぎじゃない? そりゃ、僕は今まで勉強しかしてこなかったけどさ、これから変わるんだよ。サッカーとかしてさ、青春を謳歌するんだよ。でさ、拓未、明日サッカー部の勧誘一緒に行かない? 一人だとなんか行きにくいじゃん? 行くのはタダだしさ、しかも焼肉連れてってくれるらしいしさ。おーい、拓未、聞いてる? もしもーし」

 二人の会話を聞き流しながら、俺はあることを考えていた。そうだ、何も運動部に入ることはないんだ。俺は高校までずっとサッカー部に入っていたから、部活はしんどいものだとばかり思い込んでいた。文化部だったら、部活をしても体力は減らない。家に帰ってそのまま寝てしまうなんてこともないだろう。それに、資料だって手に入る。勉強も教えてくれるかもしれない。いける、これならいける。

「おーい、拓未、行くの? 行かないの?」

「え? ああ、うん」

「よし、行くな。じゃあ、明日の授業終わったら速攻グラウンド行くからな!」

 俺は急に言われて状況をうまく掴めていなかった。どうやら、亮介に明日のサッカー部の勧誘に行く約束を取り付けられてしまったらしい、と気付いた時にはもう遅かった。まあいい。行くのはタダだ。焼肉だけご馳走になろう。


  午後からの授業を終え、アパートに帰宅した俺は、しばらくの間床に横たわっていた。テレビもラジオもないこのアパートは、いつでも静寂に包まれている。そのせいか、最近では家にいるときに独り言が増えた気がする。

「こうやって見てみると、部屋が狭い割には意外と天井は高いんだな」

 ほら、思ったそばから独り言だ。

 一人暮らしを始めてからまだ三週間ほどしか経っていないが、もう随分昔から住んでいたような気さえする。ここに越してきたばかりの頃は何をやってもぎこちなく、いくら時間があっても足りなかったが、今では炊事・洗濯・掃除全ての時間を合わせても一時間あれば事足りるようになった。こうしてボーっとしていられるのも、この慣れの早さのおかげだ。

 俺は寝転んだまま、窓の方に目を遣った。二つのフォトフレームが並べて置いてある。どちらも実家から持ってきたものだが、俺はそのどちらの写真を見ても胸が痛む。

 一つは中学校の時からの親友の浩太との写真だ。中学の時はほとんど毎日一緒に遊んでいた。中学卒業と同時に俺は親の都合で東京から大阪に引っ越したが、高校に入ってからも夏休みや冬休みになると、俺はよく東京まで会いに行って遊んだ。浩太の病気が発覚したのは高校三年の春だった。入退院を繰り返し、次第に入院期間も長くなっていった。そして去年の十二月、とうとう浩太は意識不明の状態になってしまった。いまだに意識を取り戻したという連絡は無い。

 もう一つはアイツとの写真だ。今は、あまり思い出したくない。二つとも実家に置いてきてしまえばよかったのに、俺はそうすることができなかった。忘れてはいけない、目を背けてはいけない、そんな気がしたからだ。


 眠りにつく前、今日も俺は教科書を開いてみた。でも、やっぱり何もわからない。昔から勉強だけは苦手だった。中学の時には浩太に、そして高校の時にはアイツにいつも教えてもらって、何とか試験を切り抜けていた。そんな俺がどうしてこの先、医学部でやっていけるというのか。

 医学部のレベルは、俺が想像していたより遥かに高かった。授業のレベルはもちろんだが、何より周りのみんなのレベルの高さには驚かされた。亮介も真紀ちゃんも、顔色一つ変えずに授業や教科書の内容を理解する。そしてまるで子供のころから知っていましたとでもいうように完璧に記憶している。

 やはり、ここは俺なんかが来るべきところではなかった。俺はまたため息を吐く。そして並べて置かれたフォトフレームに向かって呟いた。

「やっぱり、修二が医学部に行くべきだったんだよな。浩太もそう思わないか?」


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