進撃の変態 ~Attack on Hentai~
7作目
ジリジリと照りつける日射し、打ち水は涼を作らずむわっとした風となって襲ってくるほど暑い八月。
いつもなら溜まった宿題を気にしつつ遊び呆けるのだが、今日は母親によって半強制的に申し込まれた補習を受けるため学校に行かなくてはならない。
「……この暑さで学校もメルトダウンしねぇかな……しねぇよなぁ」
言うまでもないが鉄筋コンクリートの校舎が猛暑とはいえ高だか35、6度で溶ける訳もなく、申し込み用紙を八つ裂きにしておけばよかったと後悔しつつ登校するしかないのだ。
せめて学校に何かイベントでもあれば多少はモチベーションも上がろうというものなのだが。
たとえば――
駐輪場に自転車を止め、しっかり鍵をかけた事を確認してから生徒玄関にむかうと校門に差し掛かったあたりで見慣れない太った男が校内に入ってきたのが見えた。その男は一言で言えば変態だった。
脂ぎった体に伸ばし放題の髪と髭、眼鏡をかけているが度が合っていないらしく目を細めている。下半身は黄ばんだトランクスのみで、ゴムが伸びているため尻が1/3ほど見えている。上半身は半裸の魔法幼女がプリントされた半そでのTシャツで、こちらは素材の白さを保っているが心なしか魔法幼女の顔の辺りがカピカピしているような……深く考え無いようにしよう。
男は何かを探すように辺りを2、3度見渡すと僕のいる方へ近づいてくる。遠巻きに取り囲んで写メを撮っていた生徒達がモーセの海割りのように左右に分かれていくので、僕もそれに合わせて自然に変態から離れようとするがなぜか変態が僕を追いかけるように進行方向を変えるため一向に距離が開かない。
「僕に何か用ですか?」
逃げられそうに無いので観念して話しかけて見た。変態と会話したくはないがもしかすれば大人しく帰ってもらえるかもしれないし。
「お、お前に……何がわ、分かるって言うん…………見下しやがって……許さない、許さないぞ……」
たしかにお前のことは何一つ知らないが見下した覚えはない。あとなんとなく帰ってもらえそうにない事と会話できそうに無い事は分かった。
しかし、取り巻きがやけにざわざわしているような気がする。皆一様に変態の腰を見ているが、前からだとTシャツの下にベルトをしているらしい事ぐらいしか分からない。
「ぼ、僕を……見下した事ッ……後悔させてやるよおおおぉぉぉぉぉ!」
そう叫ぶと変態は右手を腰にやってから大きく振り上げ、同時に取り巻きから悲鳴が上がる。そこに握られていたのは恐らく一番身近な刃物――包丁だった。
僕はとっさに肩から提げていたエナメルバックを掲げて盾にするとともに腰を落として衝撃に備えるが、変態の攻撃は予想よりずっと軽かったため少し戸惑いながら後ろに下がって間合いを取る。
縦に走ったバックの傷と変態の包丁の握り方を見て衝撃が少ない理由が分かった。変態は包丁を順手に握って切りつけてきたのだ。
ダガーやナイフの主な用途は刺突だという認識があったため、逆手に握って突き刺してくるものだと思ったが、変態は刃物は切るためにあるとでも思っているのだろう。さらに言えばバックは大きく傷ついているが、切り裂かれているのは表面のみでかなり浅い。
つまり、まったくの素人。
僕も武術は体育で習った程度で他人を素人呼ばわり出来るほどでは無い。しかし、級友相手の実験により人体の急所は熟知しているし、多少は喧嘩慣れもしている。
いける。
重いバックを投げ捨ててファイティングポーズをとり、こちらから踏み込んでいく。変態も慌てて包丁を袈裟懸けに振りかぶるが遅い。振りかぶることで空いた右脇に滑り込みながら右手でラリアット。その右手を掴み、足をかけて投げながら手を緩め、変態の右腕を両手で抱くようにしてしっかりホールド。地面に叩きつけられた変態の鳩尾を踏み、自分を押し出すようにして後ろに倒れこむことで一息に腕をへし折る。ついでに左足を持ち上げて悲鳴を上げている変態の喉に踵落としをくらわせてやる。
「グガッ、ゴ……カヒュッ……」
変態は悲鳴も上げられず、体を丸めて震えるだけとなった。
――なんて風に暴れられたら面白そうなもんだが、やったらやったで後々面倒な事になりそうな気がする。
結局のところは憂鬱な気分のまま学校に行き、黙って補習を受けるしかないのだ。茹だるような暑さにうなだれながら自転車に跨った。