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花のように、のあこだいです。


宰相様が書きたくて、我慢できず、花のようにを差し置いて書いてしまいました。


かなり亀の不定期更新。


ですが、何卒、よろしくお願いいたします。

「ここ、どこ…?」


少女は突然のことに呆然とした。


橘あこ、17歳。女子高に通う、少しばかり箱入り娘の、でも極々普通の日本の女子高生。

あこは何時もの様に学校に行き、そして帰宅し、家族皆で夕食を囲み、何時ものように風呂に入り、そして、就寝しようと自室のドアを開けたら、そこは見知らぬ部屋だったのだ。


あこは、ドアから一歩入ったところで、呆然と立ち尽くしていたのだが、数分の後我にかえり、


「お、お母さん!なんか、わた、しの、へ、や…」


と、とりあえず母親に助けを求めようと振り返ると、そこにはドアがなかった。いや、正確にはドアがないのではなく、見知ったドアではなく、見知らぬ閉ざされた扉が、そこにはあった。


「え?え?どういうこと!?」


一瞬でパニックになったあこは、扉を開けようとすると、以外にも簡単に扉は開いた。しかしそこはあこの自宅ではやく、何やら赤い高級そうな絨毯のひかれた広い廊下であった。無論、あこの自宅は一般の一軒家であり、この様に広くはないし、絨毯ではなく、普通にフローリングだ。


扉を開いたあこだが、思わずそぉーと再び扉を閉める。


「……………………訳がわからない。」


あこの現在立っているその部屋は、ブラウンで調度品を統一された、落ち着きのある、しかし素人目でもその一つ一つが高級品であることがわかる、豪奢な部屋だった。部屋の中央にはテーブルと座り心地が良さそうなソファーがあり、定かではないがおそらくリビングルームのようなものだろう。そしてその先には更に他の部屋へ続くであろうドアがあった。


半ば呆然としながらも、あこはリビングルームを一通り見回した後、ゆっくりとそのドアへ向かい、ドアノブへ手をかける。すると、


「きゃあ!」


反対側から勢いよくドアが開けられ、あこは前方へ倒れそうになる。しかし、あこの小さな華奢な身体は床に打ち付けることなく、しかし、乱暴に両手を後ろ手に拘束される。


「¢£%#&*!」


静かな、そして聞いたことのない言葉。優しさなど微塵も感じられない冷たい、低い声が耳元で響く。


「あ、あ…」


さて寝るぞ、と自室のドアを開けたらこの様な事態だ。混乱と恐怖で声が出ない。しかし、今のあこに出来る自分の身を守る手段は、この訳のわからない自分の状況を説明する他、ありはしない。どうやらここはこの声の主、おそらく男の部屋らしい。そして、男は自分の自室に突如浸入、まあ、きちんと正面ドアからの入室だが、してきたあこという不審者を拘束し、「何者だ」的なことを言っているのであろう。


「わ、わたし、自分の部屋のドアを、開けたら、ここにいて…あ、貴方の、話している言葉、わからないっ」


あこの言葉が途中から嗚咽に変わる。自分で自分の状況を説明しているうちに、今の自分の状況が普通ではない、異常な出来事だと実感し、それが恐怖を決定的なものとしたのだろう。


どうすることも出来ず、男に拘束されながら、ひっく、ひっくとしゃくりあげる。


「¢%**#£、о?」


男の言葉が、何となく疑問系だと感じる。


「ご、ごめん、なさい。こ、言葉が、わからない、です。」


尚もしゃくりあげながら、それでも必死にあこは言葉を発する。すると、ふっと、男のあこを拘束する手が緩めらるた。震える足で何とか立っていた状態のあこはそのままずるずると床に座り込む。床といっても、そこはこの上ない上質な手触りの絨毯の上なのだが。


手の拘束がとかれ、自由になった両手で、震えながら自分で自分を抱き締める。そうでもしないと、このまま自分が消えてしまうか、狂ってしまうような、そんな確信めいた思いがあった。


ふわっ、と、急にあこの身体が宙に浮く、否、どうやら男に抱き抱えられているようだ。所謂お姫様抱っこ、というものだ。

男はあこを抱き上げ、あこが初めにいた、というか入ったリビングルームのソファーへと向かい、そこであこをおろし、座らせる。その動作は先程の冷えた声とは真逆で、終始丁寧かつ、優しい。


「∀∂∧∠∂¥&%£*@¥。」


座らされたあこに、男は再び何かを話し掛ける。言葉の意味は相変わらず分からないが、その声音はひたすら優しく、それに釣られてあこはおそるおそる俯いて泣いていた顔を上げる。


そこには、銀髪の美青年がいた。


年の頃は20代後半、髪と同じ切れ長の銀色の瞳、すうっと筋のと通った程好い高さの鼻、薄い唇。絵に描いたような、とは、彼のための形容詞かもしれない、と思うほどの、美しい顔の男が、あこの前で膝まづき、あこの顔を覗き込んでいる。あこも思わず現状を忘れ、ぽー、と見惚れた程だ。


「*∧%ееи∂∠¢#оо∧£*。」


男がまた何か言い、ポンポン、とあこの頭をあやすように叩き、

立ち上がる。そして、あのひ広い廊下への扉を開け、何か大きめの声で言うと、パタパタと誰かが小走りで向かってくる音が聞こえた。すると、扉の向こうでおそらく女性と思われる声が聞こえると、男がその声の主に何かを言う。それが数度繰り返され、男が再びあこへ目を向けると同時に、扉から40代くらいの、所謂メイド服の様なものを着た女性が表れた。男もそうだが、明らかに日本人では、ない。赤茶色の髪に、深い藍色の瞳をした、優しげな 女性が、あこに優しく何かを話し掛ける。そして、そっと近付き、優しく女性の手が背中に添えられる。





あこはその後、その女性に男の部屋のすぐ隣にある部屋へと案内された。そして、女性に色々と話し掛けられたり、お茶やサンドイッチという軽食を勧められるも、無論、食欲もないし、そもそも夕食は家で既に食べていたため、首を振って辞退した後、またしても女性に勧められるままに、天蓋つきのキングサイズであろうベットで眠ったのだった。




翌日、あんな状況で寝れるか!と思ったあこだったが、そう思った5分後の記憶がない。


「何処でも寝れるのは、特技だったけど…まさかこの状況で熟睡って、あたし…」


自分で自分に呆れながら、身体を起こす。昨夜は混乱と恐怖でよく見ていなかったが、あこの寝ているベットのあるその部屋は、薄い桃色と白で統一された、まるで、そう、まるでお姫様のお部屋、だった。


「…ほんと、ここ、どこなのよ…。」


思わずそう呟いた時、あこが起きたのを見計らったようにノックの音が聞こえる。音の方に目を向けるとドアがあり、ゆっくりとそのドアが開いて、昨夜のメイド服の女性が入ってきた。


「∂ЁДВБπψτκιηοЯШЮФЩЙ£%?」


優しく、そう、何かをとわれるも、勿論、意味は分からない。いや、少しばかり冷静になった今、分かったことが一つ。それは、その言葉が日本語はおろか、英語でも、フランス語でも、ドイツ語でもない、あこが今まで聞いたことのない言葉だったのだ。勿論、あこは馬鹿でもないが、天才でもない。地球上にあこの知らない言語など山程あるだろうが。


「ここは、本当に、どこ…?」


思わずそう呟いて俯くあこの手に、そっと暖かいものが触れる。少しばかり顔を上げると、女性が目尻に優しく皺をよせ、こちらを見詰めていた。その瞳は、大丈夫、怖がらないで、と言っているようで、あこの瞳からポロポロと大粒の雫が溢れる。あこがおそるおそる女性手を握ると、優しく握り返される。


ここが、何処なのか分からない。日本なのか、外国なのか、何なのか。この女性も、明らかに日本人では、ない。怖い、怖い、怖い。此処は何処?そんな、真っ暗闇に放り出された子供のような思考で、あこの頭が支配されそうな、この時、見ず知らずの、この優しげな女性に抱き付き、子供のようにわんわんと泣く事は、仕方のない、当然とも言える事だった。


ひとしきり泣いたあこに、女性は、ゆっくりと、あこには理解出来ないはずの言葉を紡ぐ。


「り、り、あ、ん、ぬ。」


あこが涙でぐちゃぐちゃの顔をゆっくりと女性に向ける。


「り、り、あ、ん、ぬ。」


女性は尚もそう言う。


「り、り…?」


あこが、何なのか?と、復唱しようと、試みると、女性の顔がパァッと明るくなり、もう一度、


「り、り、あ、ん、ぬ。」


と、今度は自分を指差しながら、言う。


「り、り、あ、ん、ぬ?」


あこが小さな声で、しかしはっきりとそう言うと、女性は満面の笑みで自分を指差し、


「リリアンヌ。」


と言う。


「あなたは、リリアンヌ、さん?」


あこがリリアンヌを指差して確認すると、それはそれは嬉しそうに、女性は頷いた。


「リリアンヌ、さん。」


あこが噛み締めるようにリリアンヌを呼ぶと、リリアンヌは、コテン、と首を傾げる。


「あたしは、あこ。」


あこは、自分を指差しながら、ゆっくりと、リリアンヌにそう教える。


「アコ、πο?」


ποは、さんとか、ちゃん、の類だろう。だが、しっかりと、あこには聞こえた。


「アコπο。」


リリアンヌが再びあこの名前を呼ぶ。あこが微かに笑ったように、リリアンヌには見えた。


橘あこ、異世界に紛れ込んで、初めて、ほんの少しだけ、心を開いた瞬間だった。






あこはそれからリリアンヌに手伝ってもらい着替えを済ませる。リリアンヌがあこにと持ってきた服は、服、というより、ドレスだ。リリアンヌのメイド服といい、このドレスといい、やはり、ここは日本ではないのか、あこはそう思わずにはいられなかった。薄い桃色、いや、紅色のドレスで、スカート部分はふんわりとしており、嫌味なく、しかしふんだんにレースやフリルがあしらわれている。あこの外見は、黒髪の腰までストレートに伸ばされた髪に、黒曜石を思わせる瞳。その瞳は、くりっ、という擬音がぴったりな愛らしい瞳で、年齢の割にはあこを幼く見せている。そして、その瞳とバランスのとれた鼻に、ぷっくりとした唇。童顔であることをいたく気にしているあこであったが、かなり人目を引く可憐な少女である。


リリアンヌはとても楽し気にあこにドレスを着せ、そして髪をすいている。丁寧にすかれたその髪は艶やかで、光に当たるとキラキラと光る。そんな髪を結ってしまうのは勿体なかったのだろうか、リリアンヌはあこの両サイドの髪を編み込みにして肩ほどで真珠の髪飾りで止めただけにとどめた。


身支度が整うと、そのままあこに与えられた部屋のリビングルームにて朝食となった。


白いふわふわのパンに、野菜と鶏肉のスープ、スクランブルエッグに果物、と朝食にしては多少豪華だか日本の朝食のメニューとさして変わらない。


(やっぱり、ここ日本なのかな…何故か分からないけど、外国のお金持ちのお家に紛れ込んだ?)


あこがそんな事を思い、朝食の席に着くと同時にリビングルームの扉のノックがなる。リリアンヌが扉を開けると、昨夜の男が入ってきた。


「あ…」


(そうか、きっとこの人のお家なのよね。最初は少し怖かったけど、結果的にはお部屋を貸してくれて、泊めてくれたのよね。)


そう考えてあこは立ち上がり、


「あ、あの、ありがとうございました。」


通じないとは思いつつも、礼を述べ、頭を下げる。

言葉は通じずとも想いは通じたのか、男は手で、大丈夫、というニュアンスの動作をとる。そして、


「い、る、ば、に、す。」


と、先程のリリアンヌと同様に、おそらく自己紹介を始めた。


「い、いる…」


あこは復唱しようとするも馴染みのない横文字、一度だけだは上手く言えない。男は苦笑いをしながらもう一度、


「い、る、ば、に、す。」


と、優しく、言う。


「いる、ばにす、イルバニス、さ、ま?イルバニス、様。」


リリアンヌは、その服装から見て分かるように、この家のメイドだろう。そうなると、このイルバニスという男はおそらくその主。そう考え、あこはイルバニスに敬称を付けて、拙いながらも呼んでみる。すると、イルバニスの銀色の瞳が細められ、そして、今度はあこを指差す。


(あ、あたしの自己紹介)


あこは思い、これもまたリリアンヌの時と同じく、自分を指差しながら、


「あ、こ。あこ、と申します。」


と言う。すると、


「あ、こ。アコ。κЙ£ЯππЙФψκ。」


イルバニスもあこの名を復唱し、そして、微笑みながら椅子を指す。朝食がやたらとボリューム大だと思ったら、どうやらイルバニスと共に摂るらしい。


そこからは、言葉が通じないため会話はないが、たまに、あことイルバニスは目を合わせ、微笑み合いながら食事を済ました。


(…ここ、本当に、何処なんだろう…。)


そんな切実なあこの疑問は朝食と共に飲み込まれたようだった。











あこがこの世界、地球ではない所謂異世界であるトラスト王国に紛れ込んで早くも3ヶ月が過ぎた。あこはあれからほぼリリアンヌに付きっきりでこちらの言葉を教わった。

それしか方法がなかったのだ、自分の現状を知るためには。

初めは、外に出して貰った。勿論、リリアンヌが付き添い、この家、いや、邸と言った方が良いだろう

、この邸はそれこそテレビや雑誌などでたまに見掛ける、豪華な洋館だった。庭も広く手入れが行き届いており、まるで中世ヨーロッパの庭園のようだった。そう、中世ヨーロッパ。この表現が一番しっくりくる。

あこは、そう遠くにこそ行かなかったが、この邸の門の外には出てみた。そこは、電信柱やビル、日本の一般的な建物は皆無で、道は石畳、か、土が剥き出し、建物も石造りのもの。行ったことも、見たこともないが、中世ヨーロッパの世界、そのものにあこは思えた。そして、何とか、日本では、ない、という事実を自分に納得はできなくても、理解はさせ、その他の詳しい事を知るために、言語の習得に食事と寝る時間以外費やした。…リリアンヌには頭が上がらない。


その猛勉強と、元々の飲み込みの早さから、3ヶ月経った現在では、片言ながらも簡単な意志疎通は出来るようになっていた。


ーここから、会話は主に異世界の言語となりますー


「おかえり、ませ、イル様!」


パタパタと、小走りで仕事を終え帰宅したイルバニスを出迎えに行くあこ。淑女としては、何とも言い難いが、この邸には、このあこの行動を微笑ましく見る者はおれど、注意する者はいない。


「ただいま、あこ。」


そう言って、クスクス笑いながらあこを抱き留めるイルバニスも、そんなあこに甘い人間の一人、いや、代表だった。


「今日は何をしていたんだい?」


夕食を済ませ、ソファに二人で腰掛けながらのティータイムは、最早、この邸での習慣だ。イルバニスは隣にちょこんと座るあこの艶やな髪を優しく撫でながら、そう聞くことも、また習慣だった。


「今日、リリアンヌさん、いしょに、クッキーつくたのです!」


どうやら、この紅茶のお供がそのクッキーのようだ。イルバニスは一つ手に取り、それを口に運ぶ。その様子を、黒曜石の瞳をキラキラ輝かせて見ているあこの事は、無論、理解している。


「これは、美味しいですね。甘さが丁度良い。」


「ほんと?おしい?良かった。」


あこの満面の笑みに、イルバニスも控えているリリアンヌも顔が緩む。


「ところであこ、明日私は仕事が休みです。何処かに出掛けませんか?」


イルバニスの、本来なら喜びそうなこの提案に、あこの笑みは途端に引っ込み、影がさす。


「でかける、ないです。…言葉、国、教えて?」


「…分かりました。勉強も勿論、教えましょう。けど、お昼は庭でピクニックですよ?いいですか?」


「!?ピクニック!やる!ピクニック、おいし!」


ピクニックと言う、イルバニスの言葉に嬉しさで片言に拍車がかかるあこだが、それも、庭園、でのピクニックだからだ。

あこは、決して邸の外に出ようとはしない。それこそ、初めのあの一度きりだ。


(外は、怖いの…私が消えちゃいそう。)


あこは、理解していた。この世界が日本どころか、地球ですらないことを。そして、自分が“女神の客人”という、この世界では異世界の人間と位置付けられていることも。

“女神の客人”とは、この世界では、たまに、あるという異世界からの迷い人。この世界の守護する女神が、この世界をより良い道へと導くために、その道標と成りうる人間を呼び寄せた、という神話が始まりらしい。ただ、これは現在では迷信のようなもので、実際には世界と世界の狭間の歪みが生じて、たまたま世界同士が一時的に繋がり、その拍子に偶然迷い込んでしまった、あこの様な人間のことをそう呼ぶのだ。勿論、女神への信仰は宗教として存在し、そのお蔭で“女神の客人”であるあこはこうしてイルバニスの邸で保護されている。“女神の客人”の特徴は、黒目、黒髪なのだ。

元々、“女神の客人”は国で保護される法律があり、住居と仕事、主に王宮で、と当面の資金は保障されているが、あこが迷い込んだのは、イルバニス.サウラージ、このトラスト王国の若き宰相の邸、その私室だったのだから、という、良く分からない理由でそのまま保護されている。

実際、その事にあこはひどく安堵していた。イルバニスの邸で世話になっている間は、働きに出なくてもいいらしい、というか、必要がない。だがしかし、これは何もあこが怠け者のニート予備軍だったなどというわけではない。あこはどちかというと、小さい頃から真面目で、何事もコツコツと確実に行う、勤勉な日本人という枠から外れることのない、そんな子だったし、今もそれは変わらない。だが、怖いのだ。この邸から出て、外の世界をその黒曜石の瞳に写し、現実を、ここが地球ですらないことを、理解、ではなく、突きつけられ、認めなくてはいけないのが。

世界の歪みは、極たまに起こる奇跡の様なもの。実際、ここ50年は迷い人は来ていない。奇跡は、そうそう起こり得ないから奇跡というわけで、そして何より、“女神の客人”の歴史を見てみると、皆、この世界で一生を終えていた。何とか現実を受け止め、働き、結婚し、生涯を終えた者。この国ではないが、国王の妃となり、偉業を成し遂げた者。そして、現実を、受け止められず、狂い、発狂し、自ら命を絶った者。

あこは、頭では、理解していた。だが、心が拒絶してきたのだ、もう、二度と、家族にも、友達も、会うことどころか、声を聞くことも叶わないという現実を。その事を、この邸から出て、地球上ではないこの世界を見ることで突きつけられることで、自分が自分でいられる自信がなかった。



翌日、厨房の調理人たちがあこが好きなものだけをバスケットにつめ、庭園でのイルバニスとのピクニックが開催された。今は春。頬を撫でる風が気持ちの良い、ピクニック日和だった。


「イル様、これ、おいし!」


ご満悦でお弁当を頬張るあこ。イルバニスはそれを微笑ましく見詰めている。宮廷では、氷の宰相と呼ばれ、老若男女、国王までが恐れおののく彼は、ここにはいない。


「あこ。」


名を呼び、風になびく黒髪をすく。


「ずっと、ここに、この邸にいてください。」


「イル、様…」


あこを包み込むような、イルバニスの銀色の瞳。だがあこはその瞳から目をそらす。


「わたし、ここ、ちがう。」


「あこ…」


「あち、桃色の花、キレー。イル様、見るね。」


あこがイルバニスの腕を引く。イルバニスは逆らうことなくあことその花のもとへ向かう。桜のもとへ。

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