第一話
「ふざけんな! 」
いきなりの盛大な怒号に、部屋にいた者が残らず振り返る。怒りの矛先を向けられた当の本人は全く気にもしない様子で、始まった、とでも言うように肩をすぼめる。
「ですからー、ふざけてなんていませんってば」
「いいや! ふざけてる! ポートアへの赴任を辞退だなど正気の沙汰とは思えん。そんなこと許可できるとでも思っているのか! 」
室内がざわつく。それもそのはず、首都ポートアへの赴任といったらエリート中のエリート、それだけで間違いなく将来は親戚一同、安全なところで山のような金に囲まれて暮らすことは約束されたようなものだ。こんな世の中だからこそ、そのために目指してこの職業、管理人を選ぶ者も少なくない。それを自ら蹴ろうというのだ。
「だから、俺はそのために管理人になったわけじゃないんすよ。なにを言われようが行く気はないんで。あ、ホーマーにでも行かせりゃいいじゃないすか。あいつ頭いいし、優秀だし、何より喜びそうだしさ」
妙案だ、と言わんばかりに声を弾ませるが、向かいでは眉間のシワが増えるだけだった。
「何がなんでも行ってもらう! お前のような逸材はそう簡単には見つからん。お前なら立派にその責務をはたせるはずだ! 」
「おだてたって無駄ですよ。てか、こんな近くにいるんですから、大声出さなくてもきこえますから」
「……とにかく認めんぞ。さっさと実習にもどれ! 」
これ以上粘っても無駄だと判断したユアンは軽く、はいはい、と応えて出て行った。
( ったく。頑固おやじが…… )
ユアンが心の中で悪態をついていると、ディランが廊下に出て行ったユアンの肩をぽんと叩く。
「よ! 随分盛り上がってたな」
にやにやと楽しそうに笑う顔は、野次馬根性丸出しだ。
「本当になぁ。全く、なんで俺なんだか……」
ユアンははぁと溜息をつく。
「そりゃお前、戦闘能力と動物の知識に関しちゃ、ユアンの上を行くやつはいないだろ? まぁ、学業はからっきしだけどな」
「だからさぁ。学業のできる奴にいかせりゃいいじゃねぇか」
「首席入学のくせによく言うよ」
「入学しちまえばこっちのもんだろ? 」
悪戯っ子のような無邪気な笑顔でユアンは笑った。
「あはは、そりゃそうだ。で、お前はなんでポートアにいかねぇの? 」
「俺はスリルがほしいんだよ。ストレスばっかで面倒だし、つまんねぇし、何よりまず似合わねえだろ?」
冗談混じりにおどけてみせたユアンに、それでこそユアンだな、といってディランは去って行った。
実習中のマンションに戻り屋上の管理人室へ入る。
「お、おかえり。どうだった? 」
白髪混じりの人の良さそうなおじさんが椅子を回転させてユアンのほうを向く。
「だめですね。全く聞き入れてくれないですよ」
そういいながらユアンな折りたたみテーブルをたてて、仮眠用ソファーに腰を降ろし、書類の整理を始める。
「そうか。もう実習期間も2週間程度しか残ってないんだから、さっさと方つけなきゃ本当に行くことになっちゃうよ。仕事放棄したら資格剥奪されちゃうしね。うん、私からも言ってみるよ」
ユアンはばっと顔をあげ、目を輝かせる。
「まじっすか! ヴィニーさん、ありが……」
感謝の言葉を途中でブザーが遮った。街に動物が入り込んできた合図だ。
「どこですか? 」
先ほどの笑みから一変、ユアンが真剣な顔でヴィニーのパソコン画面を覗きこむ。
「近いよ。2本隣の通りだね。行くかい? 」
隣で場所を確認しているユアンに一応訊ねる。ユアンが断ったことなどないのだが。
「もちろん! 」
ヴィニーがエンターキーを押す。こうして、清掃ーーつまり討伐に向かうということを街全体に知らせるのだ。
ユアンは入口の傘差しにいれてある剃りのない短めの刀を背負い、飛び出していった。
屋上から屋上へとつたい、地に降りることなく目的地に向かう。近道をしたおかげで1番乗りだった。巨大なうさぎのような動物が道の真ん中でキョロキョロと周りを見回し、餌ーーつまり人間を探していた。
( みっけ! 脚力進化型うさぎか……あいつら名前のまんま脚力あるからなぁ。飛び越えて来たんだろうな )
街をぐるっと一周囲んでいる、そこらのマンションよりも高い壁をちらりと確認する。
( うん、崩されてはないな )
ユアンが屋上から飛び降りると、その音にうさぎの耳が敏感に反応した。うさぎはぐっと腰を沈め、一直線に向かって来た。
( 知能は発達してないらしいな…… )
進化した脚力を持つだけあり、電車と同等かそれ以上のスピードにのって駆けてくる。ユアンはすっと刀を抜き、その場から動かずに刀をつき出す。心臓を一突き。そして、躊躇うことなく刀を抜いた。ユアンが血をはらう。うさぎはしばらく藻掻いていたが、他の管理人達が辿り着くころにはすでに息絶えていた。
「またかよぉ。ユアン早過ぎ。俺たちにも獲物とっとけよぉ」
ぶすっとした顔で管理人達が口々に文句を言う。しかし、悪意など欠片もない。これがお決まりとなっていた。
「ご馳走様でした」
返り血を浴び、赤を点々とつけた顔でにこっと笑った。
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