第七夜
何でもおおきな宇宙艦に乗っている。
この宇宙艦が毎日毎夜少しの絶え間なく星を追い越し進んでいく。あまたの星が後方に流れていく。けれどもどこへ行くんだか分からない。たまに前方に七色の大きな星雲が現れ、それに飲みこまれるのかと思うといつの間にか右舷か左舷の窓から見えるようになり、やがて後方に消え去った。それが何度も、何度も繰り返された。
ある時自分は、宇宙艦の乗組員を捕まえて聞いてみた。
「この船はアンドロメダ銀河へ行くのですか」
宇宙艦の男は怪訝な顔をして、しばらく自分を見つめていたが、やがて、
「なぜ」と問い返した。
自分は肩を竦めて「“アンドロメダ”しか知らない」と言った。「それも、名前だけだけれど・・・」
宇宙艦の男はからからと笑った。そうして向こうの方に行ってしまった。
「自分の知っている事が全てか。この宇宙の全てか。
それだけか。身は艦の中。梶枕。流せ流せ」と囃している。メイン・ブリッジへ行ってみたら、コンピュータの前のひどく若い子どものような乗組員が一人こっくりこっくりやっているだけだ。
自分は大変心細くなった。いつ地上に降りられるのか分からない。そしてどこへ行くのだかも知れない。自分を囃した乗組員も、ブリッジで居眠りしている乗組員もどこへ行くのか分かっていないのかも知れない。この宇宙艦のコンピュータ自身が分かっているのかも怪しい。ただ船窓の外には無数の星が後方に流れていく。遠くの星、すぐ近くの星、ぶつかるのではないかと思うくらい近くを通り過ぎて行く星もある。
そこは際限もなく広い宇宙だ。
真っ暗な空間に、数多の蛍のように星が流れ去る。か、と思うと何日も星も何も全く見えない真っ暗な宇宙空間を飛び続ける事がある。か、と思うと突然眼前に火の球が現れる。自分は大変心細かった。こんな艦にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。
乗合はたくさんいた。ただ、それは人間の形をした機械だ。その証拠にみんな頭に小さな発光ダイオードを付けそれが発光してている。
艦のだだっ広い食堂で実際に食事をするのは自分だけで、他の者は顔も出さない。何時も自分に食事を出してくれる男は「ついこの間まであんたの仲間が沢山いたのだけれどね。あんたがいなくなったら、失業だ」と笑った。
船窓に何も見えない事が何日も何日も続いたある日、自分のお気に入りの船窓から真っ暗な宇宙空間を見つめて一体の女型機械人間が、しきりに泣いていた。頭の発光ダイオードが激しく点滅していた。目をふくハンカチが白く見えた。しかし体には更紗のような洋服を着ていた。その機械女を見た時、機械人間は立派に感情を持っているのだと気がついた。
ある時舳先の船窓から、一人で星を眺めていたら、一体の機械人間が来て、天文学を知っているかと尋ねた。自分はつまらないから死のうとさえ思っている。天文学など知る必要がない。黙っていた。すると機械人間が銀河の数は「約一万、いや不明だ」と言われていると話をして聞かせた。そしてこの宇宙の全て、銀河、星も惑星の海も人間もみんな神が作った。そして、機械人間は人間がつくった。
と、言う事は機械人間も神がつくった、という事だとその機械人間は言った。
最後に自分に神を信仰するかと尋ねた。自分は流れる星を見て黙っていた。
ある時、サロンに入ったら乗組員達が一つのテーブルに集まって帽子を脱いでくつろいでいた。全員の頭に発光ダイオードがゆっくりと点滅していた。乗組員は全員制服・制帽だったので迂闊にも今まで気づかなかったが、彼等も機械人間だったのだ。今まで乗組員等は人間だと思い込んでいた。そう言えば、食堂で彼等を見かけた事がなかった。自分は勝手に乗組員は人間だと思い込んでいただけなのだ。
食堂の男が“ついこの間まであんたの仲間も沢山いたのだけれどね”と言っていた事を思い出した。食堂の男も人間ではないのだ。機械人間なのだ。
この広い宇宙で人間は自分独りなのだ。人間は自分一人おいて皆死んでしまったのだ。後はみんな機械人間だ。
自分はますますつまらなくなった。この宇宙でたった独りぼっちの人間で、神の存在を信じられず、あの機械人間ほどの感情も持てず、これ以上生きていてもつまらないと思った。とうとう死ぬ事に決心した。それである時、あたりに機械人間がいない時分、思い切って脱出口から目の前の太陽に目がけて飛び出した。ところが、自分の足が脱出口を離れて、宇宙艦と縁が切れたその刹那に、急に命が惜しくなった。心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い。自分は嫌で応でも息が出来なくなり、太陽に落ちていかなければならないのだ。ただ、どういう訳か何時までも息ができ、太陽の暑さも感じない。しかし捕まるものがないから、しだいに太陽が近づいて来る。いくら足を縮めても近づいてくる。
そのうち宇宙艦は通り過ぎてしまった。自分はどこへいくのだか分からない宇宙艦でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟った。
自分は神を信じられず無感情・無感動で、妻も子も自分自身すらも愛せなかった。そして、生きる目的も無かった。それでもやはり生きていたかった。
無限の後悔と恐怖を抱いて、自分は白い太陽に静かに吸い込まれて行った。




