第六夜
夏目漱石が近所の一軒家で小説を書いているという評判だから、散歩がてら行ってみると、自分より先に大勢集まっていた。漱石文学の愛好者らしい者も数人いるが、単なる野次馬(漱石にはどう見ても無縁な金髪の若者までいる。)が大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。
その家は木々の囲まれた平屋でだった。
門の上に松の枝が伸び、石畳の通路が弧を描いて玄関に伸びていた。右側は楓と榊、後は背の低い植木、左側には奥の方に松の木に金木犀が見えた。他にも数本の木が植えられているが、自分の家にも庭はあるが庭には何の興味もなくそれが何の木か分からない・・・。
あまり近頃では見かけない縁側、雨戸に濡れ縁がで囲まれた純日本家屋だ・・・。
そう言えば、この家は前からここに建っていたのだろうか?この辺りは自分の散歩コースで、しゅっちゅう通るが記憶がない・・・。
漱石(鼻の下に髭を生やしている。その顔は、漱石の文庫本の写真を見たことがある。本人に間違いない)は縁側に木製の座り机を出して、万年筆で何か書いている。その横には黒猫が丸まっている。尻尾がかすかに右・左に揺れている。
漱石は表でこんな騒ぎになっているのに、一向にきにせず何か書いている。
「流石に夏目漱石だね。こんだけ騒ぎになっていても、全然気にせず小説を書いている」と、いかにも小説好きそうな老人が言った。
見ている人達は明治時代の末か大正時代の人かなと思ったが、どう見ても現代、平成の人達だ。
「ところで漱石は今、何を書いているのだろうね?」と、先ほどの老人が言った。「やっぱり純文学だろうか?」
「それは、どう言う事だい?」誰かが言った。
「絶筆となった“明暗”の続きだろうか?それとも、全くの新作だろうか?」
「“新・吾輩は猫である”でないか?」と、漱石とは無縁と自分は思い込んでいた髪を金色に染めた若者が言った。「“吾輩は猫である”の新作ならおれも読んでみたい・・・。
“新・吾輩は猫である”・・・」
なかなか面白い意見だと、自分は思った。
漱石が生きていた時代の日本は極東の小さな島国に過ぎず、皆貧しかった。が、未来には夢・目的があった!西洋列国に追いつき、追い越す!一流国になる。
そのためには走らなければならない!休んでいたら、アジアやアフリカの国々のように植民地にされてしまう・・・。
あれから約百年、日本はずっと走り続けてきた。その結果、今、日本は経済大国になった。しかし、その実体は“富める者”何億円もする高層マンションに住む者がいる一方で、“貧しい者”仕事がなく路上生活する者が街にはあふれている。
治安も悪くなっている。
百年前、こんな日本を目指してはいなかったはずだ・・・。
世界第二位の経済大国も砂上の楼閣・・・。追う者が、追われる者になり、いつの間にか追い越される者になっている。
人々は先行きの見えない不安を抱えている。
漱石は高等学校(現大学)の講師をし、また国費でイギリス留学をしている。
漱石自身、走り始めた日本の一翼を担っていたのだ。
そんな漱石が、平成二十一年の年末の日本の現状を見たらどんな風に思うだろう?そして、どんな風に皮肉るだろう?
自分もぜひ、“新・吾輩は猫である”を読んでみたいと思った。
中から事務服の男が出てきたので「どうしたのだ」と尋ねると「万年筆と原稿用紙を届けたのだ」と答えた。
「特別な万年筆と原稿用紙で、それらを使うと自然に原稿に字が浮かんで来るのかも知れない」と、あの老人が言った。「漱石はそれを形ある物にしているだけかも知れない」
なるほどと思い「自分も同じ物を分けてくれないか」と言うと男は分けてくれたが、それはどう見ても普通の万年筆と原稿用紙だった。
自分の家に帰って机の上にそれを広げ万年筆を持っても、やはり原稿用紙にも、頭にも何も浮かんで来なかった。
通りをおばさんが「漱石の家が消えた」と言いながら通っていった。漱石は時空の向うに戻ったのだ、と自分は思った。
“新・吾輩は猫である”はやはり自分には書けないし、読めないなと思った・・・。




