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第十夜

 庄太郎が女に攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出て、床に就いていると言って健さんが知らせてきた。

 フリーターの庄太郎は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。カウ・ボーイハットを被って、夕方になって涼しくなると近所の公園のベンチに座って、モバイル・ノートパソコンを膝の上に乗せて座っている。それでいながら、通りを歩く女の顔を眺めている。そしてしきりに感心している。そのほかにこれというほどの特色もない。

 あまり女が通らない時は、パソコンのディスプレイを見ながら何か打っている。「何を打っているのか」と聞くと、「ブログの記事を書いているのだ。毎日、更新しているからこれでも結構忙しいのだ」と言った。「何というブログだ。ブログ・アドレスを教えてくれ」と言うと「秘密だ」と答えた。「一日の平均訪問者は何人くらいだ」と聞くとただ笑っているだけだった。「作家でも目指しているのか」と聞いても、ますます笑っているだけだった。

 ある夕方一人の女が、不意に庄太郎の前に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その上庄太郎は大変女の顔に関心してしまった。女は肩に掛けたショルダー・バックが「大変重い」と言った。「それに長い旅をしてきたので大変疲れている」と続けた。

 庄太郎は元来暇人のうえ、気さくな男なのでお宅まで持って行きましょうと、女と一緒に公園を出て行った。

 それぎり帰った来なかった。

 いかなる、庄太郎でも呑気過ぎる。只事では無かろうと言って、親戚や友達が騒ぎ出していると、七日目の晩になって、ふらりと帰って来た。そこで大勢寄ってたかって、庄さんどこへ行ったのだと聞くと、庄太郎は宇宙艦に乗ってきたのだと言った。宇宙艦はよほど速く航宙しているのだろう。宇宙艦の窓から見える星が幾つも幾つも光の筋を引いて後ろに流れていった。この船は何処へ行くのだと乗組員(明らかに彼は人間ではなかった。)に聞いても黙って笑うだけだった。

 庄太郎を乗せた宇宙艦は三日間程、宇宙空間を飛んだ後ある惑星に着いた。

 そこは大きな競技場で五・六万人の観客(宇宙艦の乗組員と同じ種族だった。)のあふれていた。

 庄太郎はそんな競技場のフィールドに降り立った。既にそこには三匹の異星の獣がいた。そして、次から次と宇宙艦が着き、三匹の異星の獣が降りてきた。

 庄太郎にも自分は今から何かここでさせられるのが分かった。ここへ攫われてきたのだと実感した。

 制服姿の異星人が言った。

「これから君達には、ここで走ってもらう。走る時間は二宇宙標準時間だ。

 経過時間はフィールド中央のあの時計(異星人はフィールド中央のデジタル時計塔を指さした。それは時間が流れるように表示されるので、トラックのどこにいても見る事ができるようになっていた。)が示している。ただし時速六キロメートル以下が十秒間以上下回ると、その者はその時点で失格になる。君達にはこのベルトをして貰う。時速六キロメートル以下になると光と音で警告を発するように設定されている」

 そう言うと異星人は庄太郎達にベルトを渡した。異星人は話を続けた。

「ただ走って貰うだけでは、走るのが早い者が有利に決まっていて面白くない。

 ゴールはスタートから二宇宙標準時間後、コンピュータがトラックの脇に五十メートル間隔に建っているポールの一本を選択し、そのポールからレーザー光線が発射される。それがゴールでそれを切った者が勝者だ。

 コンピュータが今選択しているポールは、ポールの頭のランプが点滅する。スタート二時間後に、コンピュータがどのポールを選択しているかが問題だ。二時間後までにトラックを何周しているかは全く関係ない。

 出場者は体力・知力の限りを尽くして戦ったもらいたい。勝者の願い事はどんなものでも叶えられる」

「敗者はどうなるのだ」と、やたらと頭の大きな異星の獣が言った。

「いい質問だ」と、異星人が答えた。しかし、異星人はにやりと笑うだけで何も答えなかった。

「それでは、スタートだ」と制服姿の異星人がいきなり言った。「拒否はできない。そうすれば、この惑星で住民の慈悲にすがりながら一生を終えるだけだ」

 異星人が右手を挙げると、今まで比較的静かだった観客が一斉に沸いた。凄い歓声だ。

「よーい」異星人がいきなり言った。庄太郎と六匹の獣は慌ててスタート・ラインについた。途端に「ピッー」と電子音がした。

 庄太郎と六匹の獣達は走り始めた。庄太郎は何も考えなかった。ただ、走った。他の六匹の獣達は適当に走っていたが、庄太郎は体力の限り全力で走った。庄太郎は体力には自信があった。

 庄太郎は六匹の獣をすぐに周回遅れにした。やがて、二周遅れにした。そんな庄太郎を見て、観客達は沸いた。観客達が自分を応援してくれるのが庄太郎には嬉しかった。庄太郎はますます頑張り、観客はますます沸いた。

 ・・・。

 二時間が経過しようとしていた。目の前に、あのやたらと頭の大きな獣が走っていたが、急に速度を落としたので庄太郎がその脇を通り過ぎた。獣が「あっ」と叫んだのが聞こえたと同時に、庄太郎はレーザー光線のゴールを切っていた。

 庄太郎が勝者になったのだ。競技場が割れんばかりの歓声に沸いた。


 庄太郎が帰りの宇宙艦で聞いた乗組員の話によると(来る時と違って異星人の乗務員達は勝者の庄太郎にとても親切だった。)、庄太郎が全く出鱈目に付いていると思っていたゴールを示すポールのランプには一定の決まりがあった。そう言えば制服姿の異星人は「体力・知力の限りを尽くして戦ってもらいたい」と言っていた。あの頭の大きな獣はレース途中でそれに気づき走っていて、ゴール寸前で減速し調整したのを何も考えないでひたすら走っていた庄太郎が追い越し、勝利をかっさらったのだ。

 庄太郎が「自分以外の者はどうしたのだ」と聞くと、「宇宙には知らない方が良い事がある」とその異星人は言って笑うだけだった。

 庄太郎はそう言うと五日程深い眠りに落ちた後、ブログを再開した。目覚めた庄太郎の頭に物語が次から次へと浮かんできて、それをブログに投稿した。すると庄太郎のブログに変化が起きた。ブログの訪問者が一日千人近くになり、出版社から幾つも原稿依頼が舞い込んできた。今では庄太郎、いや、庄太郎氏は人気流行作家だ。テレビでもよく見かけるようになった。庄太郎氏は良い男なのでますます人気だ。それでも庄太郎氏は相変わらず公園のベンチで女を見ながら、モバイル・ノートブックに膝に乗せて小説を書いている。


 自分は近頃、夕方になると庄太郎氏の公園とは別の公園でモバイル・ノートブックを膝に置いて、立派な服装をして重そうなショルダー・バックを持った女が現れるのを待っている。


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