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第3話

 春はどこの町でも必ず祭りが行われる。秋に蒔いた作物の収穫祭で神への感謝の気持ちをあらわし、これから蒔く種への豊穣の祈りをささげる。春は始まりと終わりが交差する。時の終わりと新しい命の循環。人々にとって春は一年の中で一番重要な季節だ。そして旅の一座にとっても稼ぎ時だ。この時期はどこの一座も祭りのある町を渡り歩く。



(今日からまた新たな任務が始まるな)



 ラシルは昨日災難に巻き込まれたコヨルテ馬を曳き一座に合流した。



 後ろではジンが青い顔をして吐き気と戦いながら自分の馬を連れている。



「二日酔いみたいですよ」


 ミルテが頭でジンを指した。


 ジンはあまり飲めない方なのだが、昨晩はシリアに付き合い濃い麦芽酒を少なくとも七、八杯は飲み、途中からテーブルと一体になっていた。


 一方のシリアは昨晩、顔色一つ変えずに最後まで飲み倒していたのだが、今朝も元気に出発の準備をこなしている。


 ふらふらしているジンの様子にラシルは軽くため息をついた。


「おさまるまでモスの馬車に乗ってろ」


 ジンは力なく首を横にふる。


「俺はナナの警護がありますから…」


 仕事はきっちりするようだ。ジンは自分の馬の頭をナナのいる馬車へ向けた。


「後でアクアかメノウに薬草を煎じてもらえ」


 ラシルの言葉にジンは弱々しく頷いた。



「これからジンはオコサマと同じテーブルに付けてやりましょうね」


 ミルテはそう鼻で笑ったが、彼は全く酒と言うものを飲まない。ラシルはジンの味方についてやることにした。


「ジンもミルテにだけは言われたくないと思うぞ」


「自分の限界がわからない所がまだまだ子供なんです。俺は飲めないことがわかってますからね、無理はしないんです。その違いがわかりますか?」


「分るが、まだそこまで枯れたくないね」


 まだ出来ないことは無いと思いたい。自分でも青臭いとは思うが、色々なことに立ち向かうのは嫌いではないのだ。


「若いですね」


「同じ年だろ」


「そうでしたっけ」


 ミルテはさも今まで知らなかったように答えた。



「もうそろそろ出発するってシリアが言ってたけど、大丈夫? 仲いいんだね、二人は」



 気づけばイリスが笑いをこらえながら傍らに立っていた。


「仲良くみえるそうですよ」


 ミルテは眉間に皺をつくり、首を振った。


「違った?」


 こっそりラシルに尋ねるイリスにラシルは苦笑する。


「こっちはいつでも出発できるぞ。それに心配しなくていい。ミルテは心内を言い当てられるとああいう態度をとるんだ。ある意味分りやすいだろ?」


 ますます嫌そうな顔をするミルテを笑ってから、ラシルはイリスの長い睫へ視線を移した。彼の思慮深そうな濃い瞳はコヨルテ馬にむけられている。



「馬が好きなのか?」


 ラシルはイリスの隣に立ち、コヨルテ馬の首筋を撫でた。甘えたように馬が息をはいた。


「コヨルテ馬が好きなんだ。名前は?」


「リス」



『復活』の象徴を表す花の名前だ。



 そっとイリスはリスの長い鼻の頭を撫でる。


「いい名前だね。疲れ知らずで走り続ける様にあってるよ。まるで走りながら復活しているみたいだものね」


「詳しいな」 


 感心するラシルとイリスの間にメノウが割って入ってきた。


「そりゃイリスはさあ…」


 話し続けようとするメノウをイリスは軽く彼の腕を押さえて黙らせる。メノウはイリスを見て、次にラシルを見て笑ってごまかした。


 昨日からうすうす気づいていたが、ラシルは二人の様子から昨日のコヨルテ馬の件にイリスと双子が関わっていることを確信した。


「悪い奴らではないから仲良くしてやってくれ。メノウもアクアも同じ年頃の友達ができて喜んでいるんだ」



 イリスも同じ気持ちなのか、夜明けに花が香るようにふわりと微笑む。



「そうやって双子を甘やかさないでくださいよ。図に乗りますから」


 ミルテは隣にいたアクアの頬をつねった。


「かわりにこうやってミルテにいじめられているんだ」


「こんなの、いじめているうちにはいりませんよ。どういうのが『いじめる』にあてはまるか知りたいですか?」


 にやりと笑うミルテの手を邪険に払ったアクアは、つねられた頬に手をそっと当てた。代わりにメノウが参戦する。


「おー、やってもらおうじゃん。倍返しにしてくれるわ」


 そのままミルテと言い合いをはじめた。






 ラシルは呆れ顔で三人から顔をそらす。


「いつものことだから。それより」


 イリスを見て、リスに目を移した。


「乗ってみるか?」


 リスは気に入らない相手は絶対乗せないが、これだけ彼が触っても嫌がらないので多分大丈夫だろう。


「うん! あ、でも遠慮する」


 一瞬目を輝かせたイリスだが、直ぐに首を横に振った。


「どうして?」


「日焼けしたらシリアに怒られる。どっちかといえば肌が赤くなるだけで焼けない方なんだけどね」


 確かに健康的な小麦色の肌では『乙女の舞』も興がそがれてしまうだろう。


「長いこと乗らなければいい。それに焼けなければいいんだろ?」


 ラシルは馬車から一枚大きな布を取りにいき、イリスの頭からすっぽりかぶせた。



 布からもがいて顔をだすイリスの笑顔につられ、ラシルは一緒に微笑みたくなる気持ちをグッと抑えた。ミルテに見られたら何を言われるか分らない。そこまで分っていたのにラシルの手はイリスの乱れた髪を直していた。


「ありがと」


 イリスの言葉に我に返ったラシルは、もう一度今度はきれいに布を頭に被せ、照れ隠しにイリスの頭を軽く叩いた。


「これならシリアに怒られないだろ」


「うん」


 頷いて早速馬に跨ろうとするイリスの細い腰を掴み手助けをする。ほのかに花の甘い香りがラシルの鼻を掠めた。


「よろしくね、リス」


 イリスはリスの長く白い鬣を優しく撫ぜた。リスはおとなしくそばの草を食んでいる。イリスを乗り手として許したようだ。



「では、出発」



 抜けるような青空の下、シリアの低いがよく通る声と共に首都への旅が始まった。






「ラシルはどこでリスに出会ったの?」


 清々しい春の風に吹かれながら列の先頭で馬を曳くラシルに馬上からイリスは尋ねた。


「こいつか?」


 ラシルは目を細めリスを眺める。自然と沸く笑みを素直に表せる数少ない相手だ。


「トシスの市場だ。目が合った時からこいつとは運命を感じたな」


 後方にいたミルテが馬の足を速め、イリスに並ぶように横についた。


「誰も近づけず、馬主さえ手をこまねいていたリスに選ばれたのがよっぽど嬉しいんです。街の娘達にはつれないのに、あの馬の可愛がりようは異常だと噂されてましたよ」



 面と向かっては言われていないが、『ラシルは人が愛せない』とまで言われていたようだ。




「私と暮らしたら、いつでも天国にいるような気分にしてあげる」




 言い寄る街の娘達の自信に満ちた言動には正直驚かされ、辟易さえもする。調子のいい事を言っておきながら脈がなければ違う相手に同じ事を言うからだ。彼女達にとって根無し草の多い傭兵との恋などゲームの一つくらいにしか考えていないのだろう。



(もう十六、七の何でもやりたい年頃でもあるまいし)



 それよりも心のつながりが欲しい。それは若い頃よりも年をとるにつれ強くなっていく願望であった。それは人でなくてもいい。冗談でなくリスを一目見た時から目が離せなくなったのだ。自分の直感を信じることにしているラシルは早速交渉し、リスを手に入れた。


 リスはラシル以外、他の仲間たちの世話を受けても背に乗せようとはしない。それは口に出して言わないものの、ラシルの心の中でかなりの優越感を満たしていた。



(だが、不思議とイリスが乗るのは許せるな)



 きっとイリスが本当にコヨルテ馬を好きな気持ちがリスに伝わったのだろうが、ラシルは世界で二人だけに許された特権の様にさえ思えてきた。



「…そうですよ」


 物思いに浸りこんでいたラシルは、ミルテの言葉の最後しか聞き取ることが出来なかった。


「すまん、よく聞こえなかった」


 ミルテは肩を軽く竦めて再び言った。


「シリアが次の町で休憩をとりたいそうですよ、と言いました。今度はしっかり聞き取れましたか?」


「分った」

 

 ラシルは頷いたが、ミルテは定位置である列の最後へ戻ろうとしない。


「どうした?」


 ミルテはラシルの問いには答えず、イリスの顔をじっくりと見ている。



「シリアはイリスの母親ですか?」



 ミルテの問いにイリスは驚いたように目を見開いた。だが、確かに髪の色といい意志の強そうな瞳といい、二人の容姿は似ているとラシルも思っていた。それに同じ小さな袋を首から提げている。


 イリスはちらっと後ろを振り向いてから小声で言った。


「そんなことシリアが聞いたら怒るよ。彼女まだ独身だし、見た目より若いからね」


「それを聞いて喜ぶ奴が一人いますよ」


 ミルテもイリスと同じようにちらりと後ろを見た。ジンはまだ青い顔をしながらもナナと意気投合して笑いあっていた。




「母親じゃないけど血は繋がっているから似ているかもね。あとは皆ばらばら」



 それ以上は聞かれたくないのか、イリスは俯いて口を堅く閉ざした。



「もうすぐ陽も真上に来る時間だ。日焼けしないように今日はもう降りたほうがいいんじゃないか」


 ラシルは軽く助け舟を出してやる。


「うん、そうする」


 ほっとしたような表情をイリスは見せた。


 馬を止め、ラシルはイリスが降りるのを手伝う。



「リスはイリスが気に入ったようだ。また乗ってやってくれ」


 イリスは白い歯をみせて微笑んだ。


「ありがと」


 そういってイリスはシリアが手綱を捌く馬車へ向かったが、途中双子に呼び止められ、モスの馬車へ入っていった。



 イリスの落ち着き先を確認してから、ラシルは馬上の人となる。



「優しいですね」


 ミルテはからかうように目を細めた。


「俺はミルテにも優しいぞ。リスに乗りたければいつでも言ってくれ。なんなら一緒に乗ってもいいぞ」


 リスがミルテを絶対乗せないことはわかっているので、ミルテは嫌そうに呟いた。



「それはご親切にどうも」




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