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第27話

 神殿の神おろしの日から一夜が明けた。


 まだ朝靄の残る中、手筈どおりの合図を確認したラシルは注意深くドアを開けた。


「イリスは大丈夫だった?」

 

 その隙間を抜けて風の様に入り込んできたのは手筈どおりのアクア、ではなくメノウだった。


「アクアはどうした?」


「同じ顔なんだからいいじゃん」

 

 そう言って取り合わず、メノウはイリスのいる部屋に入った。


「メノウ! よかった、無事だったんだね」

 

 イリスはメノウの姿を見るや、ぱっと立ち上がる。


「うん、モスが付いててくれたし。まあ、一人でも余裕だったけどね」


 お互いの無事を確かめ合い、喜び合った。ラシルは二人の喜びに割り込むのを悪いと思いつつも一歩前に進みでる。


「他の皆はどうだ?」


「外は昨日の事件で持ちきりだよ。やっぱ『雨』が効いてるね。鬼神かもしれないってイリスのことを街の人は恐れているカンジ」


 ラシルの問いには答えず、被せるようにメノウはいつも以上に明るく言う。ラシルは不自然さを感じた。


「メノウ、アクアは何故来なかった?」


 ラシルはこの計画の責任者として、手筈通りに物事が進んでいないのではないかと危惧しはじめた。


「なんだよ、アクア、アクアって。俺じゃ不満なわけ? イリスに会いたかったから代わってもらったんだよ」


 強気な発言のわりにメノウはラシルと目を合わそうとしない。こういう場面で普段のメノウなら率先して目を合わせてくるはずだ。


「隠し事はなしだ」


 何か予期せぬ事が起こっているのであれば、早急に立て直さなくてはならない。


 ラシルに腕を捕まれ、メノウは舌打ちをした。


「ミルテから守ってくれるのなら話す」


「ミルテ? 彼がどうした」


 出てくると思っていなかった名前だけにラシルは不安になる。メノウは掴まれたままの腕を振った。


「守るの? 守らないの?」


「分った」


 約束を取り付けて、ようやくメノウは話し始めた。


「だから、ミルテが昨日逃げる途中でちょっとやられちゃって怪我したんだよ。でもそれはアクアを庇ってのことだったから、アクアは責任感じちゃって側を離れたがらないわけよ。で、俺が代わりに来る事になったんだけど、その時にミルテから『ラシルに話したら殺す』って口止めされたんだよね」

 

 弱みを見せたがらないミルテらしいものの言い様だ。


「…ごめん」


 イリスは元を糺せば自分のせいだと思ったのか、落ち込んだ声で謝った。メノウは非難するようにラシルを見る。


「ほらー、だから言いたくなかったんだよね。でも他の人は皆元気だから心配しないで。もちろんシリアもね」


 話さない理由はイリスのためだけじゃないだろう、とラシルは言いたかったが、イリスを励ますメノウの姿に免じてやめた。 


「でも、それは心配だな」


 ミルテは嫌がるだろうが、出来る事なら今すぐにでも様子を見に行きたかった。だが、今はまだ自由に動けない。


「じゃ、イリスの無事を皆に知らせなくちゃいけないから俺帰るわ。ミルテの件はちゃんと守ってよ」


 ラシルに釘をさすメノウにミルテの病状報告を頼み、ラシルはメノウを出口まで見送る。ドアを開けると出会い頭にジンがいた。


「今度はジンか」


 また計画外の人物が現れた。彼の顔は真っ青で、大きな体さえ小さく見える。


(今日は、厄日か?)


 ラシルは天を見上げた。


「急に伝えなくてはならないことが出来て、他の人に任せられなかったから」


 ジンの言葉にラシルは彼を招き入れた。帰るはずのメノウも一緒についてきた。


「なにがあった?」


 今日は聞いてばかりだ、と思いながらもジンが話しやすいように冷静に努めた。


「サンデラ将軍が、その…」


 ジンは言いづらそうに口ごもる。


「将軍が?」


 ラシルが辛抱強く聞きなおすと、ジンは一気に続けた。


「ラシルがイリスを連れて、すぐ王宮まで来て欲しいって」


 思いがけない言葉にラシルは眩暈がした。当初の手筈ではこのままイリスをインセンから遠ざける筈だった。今日は本当に厄日かもしれない。


 メノウは気色ばんでジンに食ってかかる。


「なんでイリスが王宮に行かなきゃならないんだ? 捕まりに行くようなもんじゃないか!」


「そうだけどさ」


 ジンも苦しそうな顔を見せた。


「ねえ、ラシル。もう今からインセンを出た方がいいんじゃないの」


 メノウはラシルの腕を掴んだ。


(メノウの案も一理あるが、父が裏切るとは考えられない。だが、冷徹といわれた将軍でも有るし…どっちだ)


 ラシルが思案に暮れていると、隣の部屋にいたイリスがこちらにやってきた。


「話は聞こえた。僕、いくよ」


「駄目に決まっているじゃん」


 メノウは驚いてイリスを振り返った。イリスは淡く微笑む。


「このまま逃げたらまた皆に迷惑かけちゃうし、かといって一人で逃げ切れる自信もない。初めは捕まるつもりでいたわけだし、どうせなら堂々と王宮に行きたい。コヨルテ人として卑怯者になりたくないんだ。連れてってくれるよね、ラシル」


「ラシル、駄目だよ」


 イリスとメノウに同時に見つめられる。ラシルは目を閉じて暫く思案し、答えを出した。


「行こう、王宮へ。だが、捕まりには行かない。何が何でも二人でまた戻ってこよう」


 ラシルは瞳を開け、イリスを見た。彼もラシルを見返す。


「出来る限りがんばるよ」


「出来る限りじゃなくて、絶対戻ってくると約束しろよ」


 メノウはイリスの手を掴み、暫く離そうとしなかった。





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