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第15話

 首都インセンは、もう明日に控えた秋祭りでいつもより華やかさを増している。石畳に跳ね返る馬車の音さえ人々の喧騒に掻き消されてしまう程だ。



 昨晩インセン入りを果たしたイリス達は、今朝カシスの街長カロンに貰った推薦状に書かれた貴族のもとを訪れることにし、ラシル達は彼らを屋敷の門の前まで送った。


「契約では首都インセンまでだったけれど、よければ、いえ、是非ともイリスが神殿の舞手に決まるまで一緒にいてくれないかしら」


 シリアの願ってもない提案があったのも昨夜のことだった。彼女が言わなければこちらから頼もうかとも思っていたところだったので一も二もなく快諾した。これで暫くは堂々と彼らの行動も見守れるし、イリスとも一緒にいられると言うものだ。



 ジンはシリア達が完全に屋敷の中へ入るのを見届けると、立派な石垣で周囲を囲まれた広い屋敷を眩しそうに見上げた。


「この大きな邸宅に住むマグリア・ナリシとはどういう人ですか?」


 シリアの前で知らないとは言えなかったらしい。ラシルはジンの健気さを好ましく思った。


「スカトル国の税務長官だ」


「うらまれる役職なのに、街の中心にこんなに恥ずかしげもなく立派な家を建てて、人の恨みの怖さを知らないとは、…阿呆ですね」 


 本人の家の前ではっきりとミルテは言い切った。


「天下の税務長官もミルテに言わせると阿呆扱いか」


 ラシルは苦笑をうかべ、直ぐ真面目な顔に戻した。


「さてと、俺たちも始めるか」


 双子は待っていましたとばかりに意気込む。


「神殿のことなら洩らさず仕入れてくるから任せて!」


 駆け出そうとする二人の襟首をラシルは掴み、引き寄せた。


「なんだよ」


「せっかくのそっくりな顔を無駄に使うことはない。別々に行動してくれ」


 あまりに似ている彼らの容姿は何かの時に役立つかもしれない。


「それもそうだね」


 ラシルの言葉に双子は声を揃えて納得した。


「一人はジンと共に行動して、神殿の周りの地の利を把握してきて欲しい」


「もう一人は?」


「ミルテだ」


 すぐさまメノウはアクアへにっこり笑いかけると、走りざまにジンの腕を取った。


「俺はジンにする。ミルテはすぐケンカをふっかけてくるからな。精神年齢が低いんじゃないの?」


「それは言いがかりですね。そっくりその言葉お返ししますよ」


 腰に手をあて、ミルテはにやりと笑ってみせる。メノウもそのケンカを買ったとばかりに一歩前へ進み出る。


「もういい。ジン、メノウ、頼んだぞ」


 ラシルは二人の間に入った。日常茶飯事で見られる普通の光景で珍しくもなんとも無いが、続きは今ここでやらなくてもいい。


「わかりました。じゃ、いこうか」


「うん、また後でね」


 メノウはひらひらと手を振ってジンと共に立ち去った。


「ミルテとアクアは神殿建築に当たっている出入りの業者から内部の様子等、神殿に関係することを何でも聞き出してきて来て欲しい」


「了解。そういうことならアクアの方が適していますから結果的に良かったですよ」


「双子だからどっちでも同じだよ」


 思いかけず誉められたからか、アクアは照れてぶっきらぼうに答えた。


「素直じゃないところは確かにメノウと似ていますね」


 アクアの髪をくしゃくしゃにして楽しむミルテの手をアクアが邪険に払う様子を眺め、似たもの同士はミルテとアクアの方かも知れない、とラシルは思った。二人はなんだかんだ言い合いながら出発し、笑顔でその二人を見送っているモスの隣へラシルは歩み寄った。


「モスは俺と一緒に来てくれ。…俺の母の家に」








 こぢんまりとしているが安らぎを感じさせるその家は街の少し外れに建っている。


 思い出とひとつも変わらず、庭先には秋のバラが今を盛りに咲き誇っているが、ラシルが一番好きな甘い香りを漂わせる白い花は時期ではないので咲いていない。だが、花の変わりに葉先を黄色に染めはじめさせていた。


「ラシル…」


 呼び鈴を鳴らす前に庭から声をかけられた。ここの家を出てからもう十年以上経つが、母のマリーナは昼の太陽の元でも相変わらず優しげでたおやかだった。ラシルが受け継いだ彼女の濃い青の瞳には、じんわりと涙が盛り上がっていた。


「お久しぶりです」


 ラシルが頭を下げると、母は側に寄り、軽く腕に触れた。それだけで暖かい気がする。


「モスもずっとラシルの側にいてくれてありがとう。さ、立っていないで家に入ってちょうだい」


 長い指先で涙を拭い、微笑んで母はいそいそと二人を中へ勧めた。


 出された手料理は美味しいと言う感想よりも懐かしい思いの方が先にたった。モスは他の使用人から話を聞くために席を外しているが、久しぶりの対面を親子水入らずで過ごせるように気を利かせてくれているのも多分にあるのだろう。


「あの人はここに来ますか?」


 食後のお茶を出して席につく母にラシルは本題を切り出した。


「父様の事をあの人、だなんで」


 母は悲しそうな顔をするが、ラシルには今のところ父と呼ぶつもりは全くない。


「今は首都にいらっしゃるから二日もおかずに会いに来てくださるわ。一昨日もちょうどあなたの事を話したのよ。会いたいとおっしゃっていたわ」


 また母に悲しい顔をさせてしまうと思いつつも、ラシルはきっぱりと答えた。


「会うつもりはありません。ただ今日は先ごろ完成した神殿について何か聞いていれば教えていただきたいのです。今、神おろし候補に上がっている一座を警護しながら首都へ連れてくる仕事をしているのですが、話を聞いているうちに…」


「その一座の人達を応援したくなったのね?」


 本当はもう少し事情は込み入っているのだが、にっこり笑う母に合わせて頷いた。


「今度うちに連れてきて頂戴。あなたが応援したくなるような人たちなら私も何かご馳走したいわ。それにモス以外のお友達もね」


 母は女らしく心優しい人だ。だから本妻に子供が出来た途端に街の外れに追いやった父を許してしまったのだろう。確かに本妻は有力者の娘で、母は後ろ盾のない妾にすぎない。


 父に捨てられた、と幼心にラシルは感じた。だが成長と共に、妾にしては家も貰え、一般的よりかなり手厚い経済援助が受けられる恵まれた家庭だということは分ってきた。そして諸々の大人の事情も。町の外れで母を暮らさせるのは彼女の為でもあったのだ。心の優しい母では本妻の嫌がらせには耐え切れないだろう。だが、ラシルは理性では納得できても、子供の頃に芽生えた恨みにも似た感情を未だになかなか消す事が出来ないでいた。


「カルート王と一緒に神殿を見に行ったそうよ。細部まで彫刻をこらして、よく短期間で出来上がったものだとおっしゃっていたわ。今、各貴族が舞手を推薦するため素晴らしい舞手を捜しているのだけれど、お父様はまったくご興味がないみたいで探すつもりはないようよ。もともと派手な行事は苦手な方だから仕方がないわね」


 父に宮殿へ連れられ、共に良く遊んだカルート王ともこちらに住まいを移してからは会いに行かなくなった。カルートからの誘いもあったし、会おうと思えば会えたと思う。カルートと会えなくなるのはつまらなく寂しかったが、父に反抗して子供心に意地でも行かないと心に決めた。ただ、今思えば本妻の息子を差し置いて脇腹の息子が王に会いに行く事は母の立場を悪くするだけなので、結果的にはよかったのかもしれない。


 実家にいると気持ちも昔に戻ってしまうようで、カルート王との楽しかった思い出に浸る前にラシルは気持ちを引き戻した。母だけの話では心もとない。やはり父に会わずして詳しい情報を得るのは無理なようだ。今話題の神殿についてならきっと怪しまれずに聞き出すことができるだろう。ただ、自分の頑なな心を開けるかどうかが心配だ。


(いや、イリスのためだ)


 そう腹を括ると母に向き直った。


「やはり、…父に会いたいのですが」


 久しぶりに父という言葉をラシルから聞き、母は思いがけない贈り物を貰ったかのような笑みをひらめかせた。


「きっとお父様も喜んでくださるわ」


「ただ、仕事の関係上、できるだけ早めにお願いしたいのですが」


「もちろん。直ぐにお知らせするわ。あなたの気が変わらないうちにね」


 少女のようにウインクを一つする。ここまで喜ばれると思っていなかったラシルは後ろめたい気持ちに襲われたが、同時に母を喜ばせる事が出来た安心感も心に涌いた。






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