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第13話

 珍しい旅芸人の来村に、小さなネリの村は涌きかえっていた。開演が夕方からということもあり、近くの村からも観客がつめかけ、春祭りと秋の収穫祭とが一度に来たような賑わいとなっている。


「こんなに人がいたのね」


「本当、ミルテが家畜の方が多いって話すからどんな所かと思ったけれど、まあ、普通よね。ある意味がっかりだわ」


 チファとコリーが笑いあいながら幕の袖から客席を覗いた。あまり舞台を見慣れていない観客の雰囲気から、二人は気が緩みがちなようだ。


「いつも以上にがんばりましょう」


 見かねたユリアが二人にそういった。昨日の事は話せる範囲で一応二人にも伝えたが、実際見たのと聞き伝えでは、やはり心の持ち様が違ってしまうのかもしれない。ユリアとしては復讐など成功しない方が良いのだが、イリスの並々ならぬ決意を打ち明けられた以上、自分達にできることはやらなければならないとも思っていた。普段ならシリアが言うべき台詞をいつもとは違う厳しい顔をしてユリアが言ったことに、チファとコリーは少なからず驚いた様だ。


 イリスはいつも以上に緊張すると思いきや、意外にも凪のように穏やかな心持で鏡に向かっていた。


(昨日言葉にしたことで、覚悟が決まったのかもしれない)


 イリスがこのように舞の才能を与えられたのは、きっとコヨルテの生き残りを生かすためだ。大勢を救えるのであれば少数の犠牲は仕方のないことだろう。その少数の役割を担うのが他ならぬ自分の定めなのだ。 


「イリス、もうすぐ出番よ」


 シリアの声にイリスはもう一度鏡を見つめた。


(うん、気負いもないし、緊張もない)


 ついでに頭に戴く百合の冠や衣装にズレがないか確認してからシリアの側へ寄った。


「ちゃんと来てる?」


「観客に紛れてジュネルたちが座っているのをさっき確認したわ」


「よかった」


 カシスの町を出て以来、シリアは全くイリスの舞に関して心配はしていなかった。だが、にっこりと微笑むイリスを見て、シリアは心中複雑な顔をした。


「ごめんね。愛しているわ、イリス」


 シリアは驚いたイリスの肩をそっと押して舞台へと送り出した。






 イリスが舞い終わっても暫くは静寂に包まれていた。


 ジュネルやバジ達も口をあけて、傍から見れば呆けているように見える。我に返った観客の一人が拍手をはじめると、皆立ち上がって天地がひっくり返るような拍手と歓声をあげた。近くの森にいた渡り鳥が驚いて、一斉にけたたましい羽音と共に飛び立った。


「カシスで見た時よりもさらに良かった」


「ここの村の人はかわいそうだよ。イリスの舞を見たばっかりに、ただでさえ回ってくる旅芸人が少ないのに、それらが全てつまらなく見えちゃうんだから」


 舞が終った直後に客席から走りこんできた双子は、控えの部屋でイリスを囲み、それぞれ代わる代わる最大級の賛辞をくれた。


「本当よ」


 二人が全てを言ってしまったので、イリスの元にやってきたナナはその一言しか言うことができなかった。


「アクア、メノウ。悪いけれど少し席を外してくれるかしら」 


 シリアの後ろにはジュネルが立っている。


「じゃあ、また後で」


 イリスもやんわりと双子が部屋から出るように促した。


 反対できる雰囲気でないことを肌で悟った双子は、何も言わず部屋をでていく。


 しっかりドアが閉められるのを確認してから、ジュネルはナナに向かって一礼し、イリスの手を取った。


「君なら出来るかもしれない。いや絶対成功するだろう。いまやシリアの提案も突拍子のないものではないと確信できたよ」


「では、約束どおり…」


 皆まで言うなとばかり、ジュネルは手でイリスの言葉を制した。


「分っている。神おろしの日までは表立った行動はすまい。しかし何か困ったことが出来たら遠慮なくいってくれよ」


「はい、その時はお願いします」


 多分その時はこないと思いながらも、イリスは笑顔で返事をした。






 舞台の片づけを全て終え、ナナとジンと双子と共に宿に帰ったイリスは、入り口でシリアに呼び止められた。


「ジン、ナナを私の部屋へ連れて行って、私が戻る間相手をして下さらないかしら」


「分りました」


 ジンは素直にシリアの言うことを聞き、ナナの手を引こうとしたが、ナナはその場を動きたがらなかった。


「ナナもイリスと一緒にいたら駄目?」


「今日はイリスに頼みたいことがあるから。たまには私とも一緒に寝ましょうよ。最近さみしいわ。ナナは私が嫌いになったの?」


「…そんなことは無いわ」


 シリアの絶妙な演技にナナは陥落し、大人しくジンと共にシリアの部屋へ向かった。


「頼みって何?」


 真面目に聞くイリスの表情に、シリアは思わず笑ってしまう。


「?」


 シリアが笑い続ける意味が分らず、イリスは双子と顔を見合わせる。シリアは目じりに溜まった涙を袖でふき取った。


「違うわ。最近ナナがあなたにべったりだったから、たまには子守から解放してあげようと思ったのよ。今日のご褒美としてね」


 途端に、メノウは思いついたように軽く声をあげ、アクアに耳打ちした。


「先に部屋へ戻っていて。俺たちからも渡したいものがあるんだ」


 にっこり笑うアクアに、イリスは曖昧に頷いた。今まで双子には足が三本あるトカゲとか、虫を食べる植物など、珍しくて双子には宝物かもしれないが、『いいもの』を貰った記憶が殆どない。イリスにとっては手に負えないものばかりだった。


 脱兎のごとく走り去る双子の背中を、イリスは不安げに見送った。


「いい友達ね」


 シリアの言葉にも、心からは頷けなかった。


 



 部屋に戻り、ベッドに腰をかけて、足をぶらぶらさせながら双子を暫く待っていると、ようやくドアをたたく音がした。


(今度は何を持ってきてくれたのかな)


 いつもは騒がしく入ってくるくせに、驚かせたい時はいたって静かな二人なのだ。双子は偶に想像外な行動を起すので楽しい半面、油断すると酷い目にあいかねない。イリスは心の準備をしてからドアに手をかけた。


 目の前にはアクアでもメノウでもなく、ましてや虫や爬虫類でもない、この世でイリスが一番綺麗に思う髪と瞳を持つ人物が立っていた。


「ラシル」


「何か用があると聞いたが…?」


 そう言いつつも、ラシルは大体の状況を察したようだ。


「やられたな」


「そのようだね」


 双子にしては気のきいたプレゼントだと思う。ただ、二人だけで対面するのは久しぶりなので気恥ずかしい。照れ笑いを浮かべるイリスにラシルはそっと近づき、イリスを抱きしめようとした。


「ちょっと待って」


「何故だ?」


 お預けを食らわされたラシルは少し不満声で聞いた。それをイリスはかわいく思いつつも、廊下の隅を指差した。


「アクアとメノウ…」


 二人は物陰からこちらの様子をうかがっていたのだが、イリスとラシルに見つかると笑いながらも一目散に走り去った。


「礼がわりにじっくり見せ付けてやっても良かったのだが」


 不敵に笑うラシルを今度はイリスから抱きしめた。彼こそ神が自分に与えてくれたご褒美だ。イリスが役目を果たし、この世からいなくなった時は自分のことを忘れてくれても構わない。でも、一緒にいる時だけはラシルに自分だけを見ていて欲しい。


「イリス」


 暖かいイリスの体温に、ラシルはもう双子のことは忘れたようだ。待ちわびた自分を呼ぶ声にイリスは瞳を閉じる。ラシルはさらさらしたイリスの濃いブラウンの髪に手を絡めると、躰をかがめ、ゆっくりと顔を近づけていった。


 





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