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第12話

 ネリ村に入ってもシリアは舞台を作る気配は見せなかった。


「実は友人に会いに来たの」


 ラシル達と、イリスをはじめ不思議顔で落ち着かない団員にシリアはそう告げた。


「いつかの町での大捕り物にならないように今回は先に出かけるって言っておくわね。イリスには一緒に来て貰うけれど、他の人はゆっくり休んで貰っていいわ。ジンには悪いけれど、ナナの警護をよろしくね」


 ジンはシリアに頼りにされたことが嬉しいらしく、満面の笑みで頷く。


「今回は堅苦しいことは抜きにして友達に会いたいから、イリスの警護はいいわ。ラシルも羽を伸ばして結構よ」


 ナナは置いていかれる事に不満顔だったが、ラシルがイリスと行動を共にしないことが分った分だけ顔から険しさが取れた。


 告げるシリアは微笑んではいたが、瞳の奥は笑っていなかった。イリスは軽い緊張を覚える。


「どうせなら、もう少し街がよかったなあ」


 双子は文句を言いながらも村の散策に出かけた。


 シリアに言われた手前、仕方なく引き下がるしかないラシルの横をユリア、チファ、コリーが先程のイリスと同じ、緊張した面持ちで走り抜ける。


「私達も連れて行ってください」


「駄目よ。あなた達はナナの面倒をみていて」


 シリアはナナを呼び寄せると三人に引き渡そうとした。だが、コリーは首を振った。


「せめて一人だけでも連れて行ってください。いままで黙っていたけれど、私達にも知る権利はあると思います」 


 暫く駄目と言い続けたシリアだったが、食い下がる三人と真剣な瞳に押され、一人だけ連れて行くことを承諾させられた。


 イリス、そして三人中一番年上で落ち着いた性格を持つユリアがシリアの後ろについて歩き出す。


「何でしょうね?」


 ミルテが少し面白そうにシリア達の様子を眺めた。


「前もそうだったが、ただの友人に会いに行くには深刻そうだな」


 ラシルは表情を変えずに言ったつもりだったが、無意識のうちに組んだ右手の人差し指を小刻みに動かしていた。その様子に気づいたミルテは、今度はラシルを面白げに見た。


「本当は付いて行きたいって顔に書いてありますけど、付いてくるなと先に釘さされちゃいましたものねえ。ラシルの容貌はかなりめだちますから尾行するにも不向きですし」 


 仕事柄、依頼人の意思に反することはしない方がいいと分っているのだが、今回は何故か気になって仕方がない。だが、ミルテの言うとおり自分が動いては目立ってしまう。考えあぐねているとラシルの隣にそっと立っていたモスがラシルの腕を軽く叩いた。


「…申し訳ないが頼めるだろうか?」


 モスは分ったとばかりに頷いて、何気なくひょうひょうと歩き出した。情報収集にかけて彼の右に出るものはいないので安心して任せられる。


「さて、何が出てくるやら…」


 平穏な旅に少し飽き始めたミルテは楽しげに呟いた。






 日差しはまだ強いが、道端で草を食む牛や今が盛りと咲く真っ赤な花を見るにつけ、風景そのものはのどかである。だが、三人はあまり景色を楽しむ余裕は持ち合わせていなかった。


 村の外れに近い小屋の前に立ったシリアは軽くドアをノックする。少しだけドアが開けられ、名を尋ねられた。


「シリアよ。今日はイリスとユリアを連れてきたわ」


 シリアがそう告げると、奥で慌しい音が聞こえ、若い男が転がり出るように外へ飛び出して来た。


「ユリア?」


「バジ兄さん!」


 思わぬ出会いだったらしく、二人は名前を呼び合った後、なかなか動けずにいた。


「お兄さんなの?」


 シリアの問いにやっと我に返ったユリアは、バジと呼ばれた青年に抱きついた。


「そう、兄です。よかった、生きていたのね」


 今ではユリアの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。バジもユリアと兄妹だけあって細く優面の所が似ており、特に似ている真っ黒な瞳から伝う涙を隠そうとはしなかった。


 コヨルテ=ラグドの生き残りが集う小さな町での会合は、同じ国の出身といえども初対面の場合が多く、一種の緊張をお互いに抱かざるを得なかったが、この二人の再会のおかげで張り詰めていたその場の十人すべての心はあたたかい雰囲気に包まれた。神官長の一人娘であるナナが生きている事を告げるとさらに活気づく。だが、暫く続いた和やかな空気もシリアの言葉で脆くも崩れ去った。


「本気か? 正気とは思えない」


 ジュネルと名乗った元議員の背の低く黒髪のまばらな男は、必要以上の大きな動作で天を仰いだ。一方のシリアもピンと背筋を伸ばし威厳を保つ。


「ええ、本気よ。あのスカトルの神殿にベチベル神をおろします」


「もう一度聞くが、そんな突拍子もないことを本気でやるつもりだったのか?」


 だまって聴いていたイリスだが、ジュネルが、いや、他の人々も彼と同じように思うのは当然だと思った。普通の常識ある人ならば自然の成り行きだ。


 シリアはキッとジュネルを見据える。


「私達は各地を周り、コヨルテの生き残りを探しては会ってきたわ。何か事を起すのであれば参加したいと言ってくれた人もいたし、もう面倒ごとに巻き込まれたくないという人もいた。先の暴動をスカトル軍に叩かれて以来、今の時点であなたたちの集めてくれた人を合わせても六十人程。こんな少人数でただ決起したとしても前回同様直ぐ鎮圧されるわ。相手はコヨルテを無慈悲に殲滅させたサンデラ・クロブよ。今度こそ本当に全滅だわ。そして忘れ去られる」


 昂奮してきたシリアは、冷静になるために少しの間を置いた。


「私もコヨルテの民として命を差し出すことは恐れていません。ただ恐ろしいのは勇敢で心優しいコヨルテ=ラグドの人間がこの世にいたことが忘れられてしまうこと。復讐にしても鮮烈に敵の心に残るようにしたい」


 きゅっと鮮やかに赤いシリアの唇が結ばれると、部屋は静寂に包まれた。シリアの気迫に飲み込まれてしまったようだ。


「いや、でも、選ばれる自信はあるのか?」


 ユリアの隣に座って黙って聞いていたバジは聞きにくそうに尋ねた。周りの人も同じ疑問を持っていたのであろう、お互いに頷きあう。ユリアはそっとバジの手に自分の手を重ねた。


「それは大丈夫だと思う」 


 優しくやんわりと答え、イリスを見た。


「彼は天性の踊りの才能を持っている。きっと、いえ、必ず選ばれるわ。それにナナ様の神託にも上手くいくって出たの」


 真綿の様にふんわりとした声のユリアは、シリアが持つ気迫こそないが、ナナの神託の話は人々の心を掴んだらしい。一気に部屋の中がざわめき始めた。その中でイリスは自然と立ち上がっていた。人々は口をつぐみ、瞳はイリス一点に注がれる。


「明日、僕の舞を見てください。それから決めても遅くないでしょう。ただ、もし舞を認めてくださったら決して神おろしの日まで何も行動は起さないと約束してください。これ以上大切な人が亡くなったり悲しんだりするのは見たくないんです。生きていたらユリアのように家族に会えるかもしれない。皆さんにもいるでしょう? 会いたい人や大切な人が。悪戯に命を落とすことは無意味です。僕は皆さんの期待に答えます。だから…」


 説得だけをしたかったのに、イリスの瞳から勝手に一粒の涙がこぼれ出し、自分が感情的になっていることに初めて気づいた。シリアは立ち上がるとイリスを抱きしめてくれた。皆の前で恥ずかしかったが、嬉しくもあった。


 再び室内は静寂に包まれる。途端に夕暮れと共に出始めた風が木々の葉の間を遊ぶように吹き抜ける外の音まで聞こえるようになった。


「分った。明日君の舞を見せて貰おう。全てはそれからだ。今日は兄妹の再会と我々の出会いを祝い合おうじゃないか」


 ジュネルはぶどう酒の入ったグラスを皆に配るように指示する。他の人も緊張を解き、次々にグラスを手に取って宴を始めた。


 途中、酒の香りに当てられたイリスは一人外へ出た。近くの適当な石を見つけて座り、今では空いっぱいに広がった星空を見上げた。


(ラシルと一緒に見た星空、綺麗だったな)


 あの頃は自分の舞も気持ちも素直になれなかった頃だった。それは最近のような気もするし、ずっと前のような気もする。


 背後からドアの開く音がし、振り向くとユリアがこちらに向かって歩いてきた。


「イリス、隣いいかしら?」


 一つ頷き、イリスは場を空けた。ラシルと出会う前でも、いつも彼女はチファやコリーと一緒におり、イリスはナナと共に行動していたので、こうして二人になるのは初めてかもしれない。


「こうしてイリスと二人で話すのは初めてになるのかしらね。一緒に旅をするようになってから大分経つのに、不思議ね」


 イリスの心を読んだようにユリアは笑った。


 ユリアはシリアの次に年長だ。亜麻色の緩やかなカールが細面だか整った顔にかかり、最近は色っぽささえ感じるまでになっている。


「お兄さん、見つかってよかったね」


 今回ここに来て一番良かったことはユリアとお兄さんとが出会えたことだ。ユリアは微笑んだが、それは力のないものだった。


「でもね、チファやコリーの家族について聞いてみたのだけれど消息がつかめなかったの。一人だけ肉親が見つかって、なんだか申し訳ないわ」


 イリスは驚いて目を見開いた。


「そんなことないよ! 皆喜ぶに決まってるじゃん。僕もすごく嬉しかったよ。だから素直に喜んでいいんだよ」


 真剣なイリスを見たユリアは、今度は心から微笑んだ。


「ありがとう。イリスは優しい子ね。だからかな、私、あなたが一番心配なの」


「…僕が?」


 戸惑いをみせるイリスの手をユリアはぎゅっと握った。


「あなたがさっき皆に言った言葉、本心から出たものよね。あれが言えたのはあなたにも大切な人がいるからでしょう?」


 ユリアの言葉にさらに戸惑ったイリスは何も言えず、顔を伏せる事しかできなかった。


「私、シリアの手前黙っていたけれど、本音を言えばどんな復讐もやめて欲しいの。本当に亡くなった人は私達の復讐を望んでいるのかしら。もし兄が、そうね、スカトルの兵を五千人切り伏せて死んだって聞いてもちっとも嬉しくなんかない。生きて会えたからすごく嬉しかったのよ。そんなに生き延びることって悪いことなのかしら!」


 珍しく声を荒げるユリアはおっとりとした普段からは想像出来ないものだ。だが、彼女の言うこともイリスには理解できる。それは彼の心にも浮かんでいた気持ちだったから。 


 憎しみを自ら求め生きるシリアと憎しみを忘れて生きたいユリア。


 考え方がまったく正反対の二人がこの場に来てしまったようだ。イリスは今では綺麗な瞳から涙を流すユリアの手を優しく握り返した。黙っていたことをユリアには話してもいい気がしたのだ。


「大丈夫、僕がちゃんと成功させるから。ユリアも最近の僕の舞を見てくれていれば大丈夫だって思うだろ? それに、これはユリアの心の中だけに留めておいて欲しいんだけれど、神殿の件はシリアと僕だけでやった事にするって二人で決めているんだ。だから他のコヨルテの人たちには関係ないことになるから安心して。勿論もう少しユリア達の協力は必要だし、上手くいった後もコヨルテの人たちへの風当たりは変わらないかもしれない。ただ、このことで溜飲を下げて、どこか首都の遠くででも、鄙びた所でもいい、幸せに暮らしてくれたらいいんだ」


 ユリアは呆気にとられたように口をあけたが、とんでもないと言うように首を振った。


「でも、それではイリスとシリアは幸せじゃないじゃない。嫌よ、私。シリアにもイリスにも幸せになってほしいの」


 イリスは心の赴くまま、ユリアの頬に口付けた。少しだけ塩辛い味がしたが、心はさらに温まった。


「ありがとう、ユリア。その気持ちだけで十分だから。今の話は誰にもいわないで」


 さて、とイリスは立ち上がると背伸びをした。小屋からはまだ彼らの祖国の思い出話が尽きないのだろう、楽しげな笑い声とざわめきが風に乗り微かに聞こえてくる。


「いつまでもここにいるとシリアが心配するから、戻ろ?」


 イリスはユリアにそう言い、ゆったりとドアへ向かう。ユリアは納得いかない顔をしながらも黙ってイリスの後をついていった。





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