占い師に「婚約者に赤い薔薇が見える」と言われて。
「お願い!一緒に今流行りの占いに行って!」
親友にそう頼まれて、王都の奥まったところにある怪しげな場所までついていった。
「私の婚約者は、浮気しますか…!?」
訊くことはそれでいいのかしら、と思いながら、口を挟まずにただやり取りを見ていた。
「あなたの婚約者はフラフラしているように見えるかもしれませんが、浮気には至りませんよ」
「そうですか…、よかったあ〜!」
それでいいのかしら、とやっぱり思ったけれど、親友のホッとした顔が嬉しかったから、何も言わなかった。
占い師と親友のやり取りをぼんやり見ているうちに話が終わって、そろそろ帰るかと立ち上がろうとした時、私にも声がかかった。
「お嬢ちゃんは、見なくていいのかい?」
「私はただの付き添いなので」
「そうかい。では、一言だけ」
占い師はベールで顔は見えなかったけれど、口元がニヤリとしたのがわかった。
「あなたの婚約者に、赤い薔薇が見えるよ」
赤い薔薇…?
「お嬢ちゃんたちに、幸あらんことを」
最後にそう言われて、モヤっとした何かを残しながら、私たちはその場をあとにしたのだった。
「リルロッテ、ここにいたのかい?」
「あら、ライナス。今日は来る日だったかしら?」
「いいや、近くまで来ていたから寄っただけ」
家の庭に出ていると、婚約者のライナスがやってきた。
「相変わらず、おばあさまの庭はすごいね」
「おじいさまが婚約の際に、おばあさまの好きなピンクの薔薇に植え替えた区画だからね」
「リルロッテにも似合うよ、ピンクの薔薇」
「あら、思っていないお世辞が上手」
「くくくっ、そういう返しは本当に好きだよ」
ライナスは、肩を震わせて笑った。
ライナスは縁戚であり、幼馴染のようなものだ。
長女の私しか生まれなかったこの家に婿に来て、一緒に家を支えてくれる予定だ。
恋人のような甘い関係ではないが、一番気兼ねのない相手だと思っている。
このライナスに、赤い薔薇が見えるってどういうことかしらね。
私が何かもらっても反応がいまいちで、喜びを伝えるのが上手ではないことをライナスは知っているから、ライナスから花をもらったことはない。
私が喜ぶのは、領地をどうしていくのかといった現実的な話を一緒にしてくれること、意見が言い合えることだから、ライナスとはそういう面でも気が合う。
だから、この友達の延長みたいな関係でいいと思っているのだけれど。
ライナスに、赤い薔薇がどうにもしっくりこない。
誰かにプレゼントする、とか…?
「リルロッテ、僕しばらくここに寄れなそうなんだよね」
「あら、何かあるの?」
「国境付近の貿易が少しゴタついたらしいから、顔を出してくるよ」
「ああ、ご実家の仕事の方なのね」
「そう。僕は家を出る人間なのに、最後までこき使おうっていう遠慮のなさね」
「ライナスは有能だから、仕方ないわね」
だからこそ、私の婿として選ばれたのもある。
「というわけで、経験値を上げてくるから、帰りを待っててくれると嬉しいな」
「仕事の土産話を待っているわ」
「それは大いに期待して」
ライナスは、手にキスを落としたりしない。
それはいつものことなのに、なぜか際立って見えるような感覚がした。
あの占い師の言葉が、消えていかなかった。
占い師のところへ行ってからの近況報告ということで、息抜きも兼ねて親友とカフェに来ていた。
ライナスからは帰ってくるという手紙は、まだ届いていない。
「あの占い師、すごいわ!私が浮気を疑っていた相手、ドレスのデザイナーだったの!」
「へえ〜」
「新進気鋭のデザイナーで、彼がこれから育てようとしていたみたい。それで、その子が作ったドレスをこの前プレゼントされたの!」
「よかったじゃない」
「うん!すごく素敵なドレスだったから、次の夜会にきていくわ」
ニコニコしている親友を嬉しく思う自分と、ライナスは今頃どうしているんだろうと今まで気にならなかったことが頭の半分を占めている自分がいる。
こんな気持ち、はじめてだわ。
「リルロッテは、最近どう?」
「んー?特に変わらないけれど」
「占い師に言われていたことは?なんだっけ、薔薇だったかしら?」
親友が思い出すように首を傾げたのを見て、またモヤっとしてくる。
ライナスはただの婚約者で、将来をともに頑張っていく相手で、それだけだったのに。
「そうだったかしら。あまり気に留めてなかったから、覚えてないわ」
「あら、そうなの?もったいない」
晴れやかな表情の親友のカラッとした声が、余計に湿った気持ちを広げていくような。
カフェを出ていく時、店員の若い男性に声をかけられた。
「お姉様方、またよかったらぜひお越しくださいませ」
「あら、ありがとう」
「お姉さんには、また会えたら嬉しいです」
気安く手を取られて、爪先にキスを落とされた。
なんだか、じんわりした。
「きゃあっ、口説かれてる!」
「あなたが喜ぶの?」
親友がきゃっきゃするから、呆れた声が出てしまうのだった。
ライナスなら、こんなことしないのに。
「ただいま、リルロッテぇ…って、あれ?どうかしたの?」
カフェから戻ると、ライナスがなんでもないようにうちの庭にいた。
そんなことしたことがないのに、抱きつきたくなって、変な表情になっている気がする。
「あなたこそ、帰るなんて連絡なかったじゃない」
「たまには驚かせようかと思ったんだけど。…驚かせすぎた?」
ライナスは珍しく困った顔をしながら、私の顔を覗き込んだ。
「ライナス、私さっきカフェで男の人に声をかけられたの」
「うん?」
「手を取られてキスされた時に、私の頭に浮かんだのはライナスだったの」
「うん」
「あの人と例えば恋仲になったとしても、将来そばにいるのは絶対ライナスだと確信が持てたわ」
「その前に、恋仲にならないでくれる?」
「例えばの話よ。未来を想像した時に、自分の隣にいるのはライナスしか浮かべられなかったの」
私はライナスの服の裾を掴んで、顔を上げた。
「だから、おかえり。ライナス」
そう心から言えた時、積もっていたモヤモヤが晴れていった。
ああ、そうか。私、思っているよりライナスが大事なんだわ。
こうなるまで、気づいていなかった。
「僕の帰りたい場所は、リルロッテのいるところだよ」
ライナスはへにゃあと締まりのない顔で笑うと、一輪の赤い薔薇を出してきた。
赤い薔薇だわ…。
「これ、お土産ね。国境付近で見つけた、枯れない加工をされた薔薇だよ」
「へえ…、面白い加工ね」
「僕の中でリルロッテは枯れるわけないから、花って感じはしなくて、贈ったことなかったんだけど。この花は、リルロッテだなって」
手渡されたパキパキの薔薇を見て、生物感を感じなくて複雑な気持ちがしてくる。
「ライナスの中で、私はどうなっているの」
「いつまでも一緒にいてくれる人だと思っているからさ。他の誰かと恋仲になられたら困るな」
「そういう感情あったのね」
「リルロッテは、初恋みたいなものだから」
「それは、はじめて聞いたわ…」
「くくくっ、口説かなくても一緒にいられると思っていたのは、どうも傲慢だったみたい。これからは気をつけるよ」
ニカッと笑ったライナスを見て、すとんと腑に落ちる感触がした。
私も、何も言わずとも、一緒にいられるものだと思い込んでいたわ。
「ライナス、これまで一緒にいてくれてありがとう」
「え、お別れみたいな言葉、怖いよ」
「これからもよろしくね」
「ああ、枯れることなく一緒にいようね」
そう言って、私の手を握ってきたライナスに安心したし、手を取るのはライナスじゃなきゃ嫌なんだとわかって、照れてしまいそうになるのだった。
占い師の言っていたこと、当たっていたわね。
了
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(追記)誤字報告ありがとうございました!修正いたしました!(2026.5.29)




