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LOVE

 零紫が少し伸びた黒髪を靡かせながら白い髪に色を落としている琴乃の前をエアシューズで滑空していく。琴乃はそのすぐ後ろを同じ位の速度で進んでいた。数か月前に施行された荒神の大規模改修以来、都市の形態や主要な道路が大幅に区画化され彼らの通学路にも変化が起きている。高いビルが立ち並ぶ都心区、昔は名古屋と呼ばれていたエリア。その中で円柱型のビルの壁面を回り込み着地してエアトレインのレール沿いに足を進め、浄水場と濾過施設が併設された施設の屋上で矛と篠の二人と落ち合い学校に向かう。いつもならば琴乃が話題を作るのだが……今日は彼女の様子がおかしく、そうならず心配になったらしい矛が零紫の隣につき話しかけた。この四人は外部の任務も、もちろん内部の任務も一緒に協力することが多く、その点でお互いの役割やリンクのしかたが暗黙の了解として形になっている。しかし、その形態が今日は歪なのだ。琴乃の存在……それはこのメンバーでのムードメーカーである。それが上手く機能しないと皆の波長がバラバラで上手くかみ合わないのだ。


「おい、零紫。お前ら……何かあったのか?」

「いいや、……あると言えばあったが……それまででしかないことだ」

「ならいいが……」


 矛が零紫の横に付いたように琴乃の所には篠がついた。元々が無口で無表情、人付き合いの苦手な篠はあまり積極的に話しかけるなどと言う行為自体をしない。……が今回ばかりは心配になったようだ。少し先に進むと道がつながり更にそこから更に夜井兄妹が加わり学校に近づく。最近は学校の近くに近づくにつれて学生の往来が増え始めるようになった。目の隅に入れただけの例をあげれば忘れ物をしたのだろうか……あわただしく血相かいてエアシューズで滑空する生徒、付き合っているのだろうイチャイチャしながら普通に歩く生徒、柄の悪そうなたむろしている生徒など様々だが……、こういう事は少ない。今が平和だからみられる光景なのだ。空中要塞都市に平和な事は少ない。なぜなら回遊都市や海底都市のように隠してくれる一定の自然事象が無いからだ。少し空に出れば丸見え……しかも雲に隠れることすらエネルギーの供給の関係から不可能で狙われやすい。……暗い話になったが、そんな『空中要塞愛知』にも今は平和な時間が訪れている。それを肌で感じるのも悪くはないだろう。もちろん、彼ら若き『ガイア』の新星達もまたしかり。彼らもまだ高校生だ。普通に生活を送って何が悪い。彼らもまた、悩み苦悩しながら生きているのだ。


「琴乃……大丈夫?」

「な、何で?」

「だって……、いつもは零紫と楽しそうに話してる。だけど、今日は全然話さないから……。喧嘩でもした?」

「え、喧嘩なんかしないよ」

「なら、零紫に……酷いことされた?」

「ち、違うよ! うぅ、知りたい?」

「うん。知りたい」

「教室についたら教えてあげるよ……」


 途中で加わった夜井兄妹は再び途中で別れ中等部の校舎が近い校門の方向へ向かっていく。改修後、高校や中学は区画に応じて再び分けられ彼らは『ガイア』本部に近い中、高等部が連立された学校に移っていた。今、その高等部にほど近いエリアに来ている。門はもうすぐそこに見えていた。あと少し、……そんな時、高等部の門の前で篠は核心に近づいたようだ。矛は何気なく門の近くで止まった篠や他のメンバーを遠巻きに呼んでいる。何が起きたのかと言えば……琴乃が一向にスピードを落とさないことに零紫が気づいて門の手前で彼女を受け止めたのだ。琴乃の頭はカクンと前に押されたように慣性が働き零紫の胸に衝撃を受け止められる。最初、琴乃自身は何が起きているかわからなかったらしいが零紫の手が肩に触れるとスイッチが切り替わったかのように、すぐに後退りして顔を真っ赤にさせた。


「大丈夫なのか? 本当に……」

「大丈夫! うん、大丈夫だってば……」

「俺の顔を見て言えるか?」

「うう゛……、は、速く行かないと遅刻するよ!」

「一時間前だがな」

「う゛……あの……その……」

「零紫……その辺りにしてあげて」


 その時は篠が救いの手を差し伸べて今回は男女の組に別れて教室に入る。その後、篠は『ガイア』に出入りしていて友好の深い君枝も混ぜてそれに関する話を始めた。もちろん、琴乃に対する配慮をし、零紫とそれにつながりのある男子生徒や他の生徒に触れないようにだ。まぁ……篠は天然というか少し風変りな感受性と趣向をもっていておよそ相談する相手に向いているとは言えない。いや、普通に見ても口下手な相手には相談しないし、たいていそういう人物はできるような人には見えないのだが……。まぁ……そこは気にしない方向でいこう。今更気にしても仕方ない。


「二人とも……恋ってわかる?」

「魚?」

「篠ちゃん……下手なボケは止めてあげてね。でも、零紫君にしてるんだ」

「うん……」

「『LOVE』の方ね……。うん、零紫は鈍いから……」

「うん……」


 担任教師である水無月が教室に入ってきたことで生徒が皆、急いで席に付き委員長の挨拶でホームルームが始まる。零紫も指定の席に着き琴乃は彼の二つ後の席のため三人は心おきなく文通できた。琴乃はノートの切れ端を……篠はいらなくなった書類を……君枝はいつも持ち歩いているメモ紙を使い手紙を回している。内容としてはガールズトークなども含めつつ琴乃と零紫の日常などから始まり生活環境などかなり入り込んだところまで聞かれたようだ。琴乃はその話題が続いた間、終始顔が赤い。水無月は三人が文通していたことをとうに気付いていたが『ガイア』関係者であることもあり三人にはそこまで深く干渉はしに行かないらしい。『ガイア』の関係者として名を広めて居るのは若い世代の零紫達だけで水無月や夢路などは実質的には明らかにしていない状態だった。彼ら文官組は荒神のように戦闘力が高くない。そのため暗殺や拉致などから身を守るには身を隠すしかないのだ。


『で、琴乃は零紫に何かしたの?』

『してないよ』

『意外と奥てなんだね』

『失礼な……アタシだって女の子なんだから』

『いや、琴乃はお父さんにそっくりな手腕を持っているからね。私も少しは手を尽くしたのかと思っていたんだけど』

『手、ねぇ。有ればやってるわよ』


 昼の休み時間。いつも5人で行動する『ガイア』の女性陣三人と男性陣二人。だが、今回は零紫と矛を輪の外にはじき出したため零紫と矛は屋上にいる。彼らは今や荒神の遺言もあり一気に上官クラスに昇格していた。そのため『ガイア』関係の実務や戦闘訓練などもかなりある。今は自主的なトレーニングだろうか……木刀を振る零紫の横では矛が握力を鍛えながら話しかけていた。


「しかし、琴乃はどうしたんだかねぇ」

「ん? まぁな」

「なかなかドライな反応だな」

「何がだ?」

「巖磨主任と琴乃の姉さんが結婚するんだろ? それに触発されて誰かに恋心でも抱いたのかもな」


 零紫の振るっていた腕が一瞬止まりまた素振りを始めた。矛もその後、その話題には触れずにダンベルに切り替えてトレーニングを再開する。昼休みが終わり五限の体育の時間を迎えていた。内容として無難に跳び箱と体操の授業だ。男子は跳び箱で女子が体操の授業である。女子の専らの行動は零紫に集ることだ。高い跳び箱であっても軽々と飛び越える彼のジャンプが成功する度に女子は明るい声援とラブコールを送る。しかし、零紫はそれを眼中に入れていないのか普通に男子の方に歩いていく。実は女子生徒達の間ではクールでカッコいいと言うのが定評らしい。だが、零紫自体は全く飾らずありのままを見せ普通に過ごしている。……と言うよりは素っ気なくして鬱陶しいらしい女子を引き剥がしたいようだが……明らかに逆効果になりつつあった。広い近代型のシェルター式体育館に跳び箱の踏切台の音やマットに尻餅をついたりキャイキャイ騒ぐ声が響いている。


「凄い人気だね。零紫君」

「うん、そだね」

「露骨にがっかりしてる。確かに競争率は高いだろうし……大変ね」


 その時、実技の順番が回り琴乃が教師に名前を呼ばれ構えに入る。マット運動系の体操で体の柔らかい彼女にはお手のものだ。荒神との訓練の賜物でもあった。マット上で技を素早く……しかも美しく決め男子からも女子からも脚光を浴びている。琴乃も零紫に負けず劣らず周りぬ生徒から人気が高い。元『ガイア』軍事機関の中のトップ3の一人だった荒神の娘だと言うことも関係してくるが彼女が綺麗なのもある。この半年……最近になって成長が著しく、容姿端麗でスタイルはモデル並、白い美髪を靡かせる姿など優美という言葉がよく似合うほどだ。そんな彼女は零紫の視線に気づくと顔が真っ赤になっているのを見せないために俯いたように見える。矛はそこでピンときたのか篠に話しかけていた。


「なぁ、篠……」

「やっぱり気づいた?」

「気づかない方が不自然だと思うぜ……」


 放課後は男女の組に別れて帰る。矛に招待され思世邸に入った零紫は職務関係で呼び出されていたのだった。思世は日中も夜も業務を『ガイア』本部でしているため、この豪邸には誰もいない。強いて言えば全自動の掃除ロボットと同じく全自動で防水、エネルギー自動吸入式の監視カメラ付き侵入者撃退ロボットなどが動いてはいる。それ以外は見当たらず思世の書斎の目の前を通り抜け応接間に入り彼からの任務や現状の報告などがなされた。その頃……女性陣は……。


「フーン……矛君も気付いたんだ」

「私に申告して来た。でも、当たり障りない返事をしておいたから」

「……アタシってそんなに解りやすいのかな?」

「うん……」

「篠ちゃんは少し正直すぎ……」

「でも、気持ちは伝えた方がいいと思う」


 そこに用事終えた零紫が現れオープンカフェにいる三人を見つけると近づいていく。篠と君枝は気付いたようだが琴乃は死角になるのと軽い怒りから気付かずに零紫の事を口にしながらケーキを食べて続けていた。零紫は不思議そうにその話を聞いていたのだが……途中で気になるワードが出たらしく……琴乃に一度呼びかけるが普通に流されている。篠と君枝が琴乃の背後を指さすと……。


「零紫は……はむ、鈍いから……モグモグ……気付かないのよ」

「ちょっと……」

「いつも、いつも……もく……あらひは……まっへるのに!」

「琴乃……」

「やんなっちゃうわよ!」

「琴乃……」

「あーあ、……お父さんも昔はそうだったんだろうなぁ。あの人、恋愛には疎そうだし……」

「おい、琴乃」

「ん?」

「後……」

「背後……」


 琴乃が振り向き咥えていたフォークから手を離して落ちた。零紫の困ったような顔が間近に迫っていたのだから……当然と言えば当然だろう。口をパクパクさせ顔を真っ赤にさせていた。零紫は琴乃に会話をする前に琴乃の口についていたクリームを指でとり舐めてから琴乃を問いただす。オープンカフェでは零紫と琴乃の行動に皆の目線が映り数分間だけ時間が停止しているようだ。何故ここまで彼女に零紫が干渉するかと言えばただ、心配しているだけである。零紫が心配しているのは『コア』の格納室に入ってから琴乃の行動や感情表現が以前の琴乃と比べるとおかしい事だった。付き添いの二人も顔を見合わせるようなことになり……かなり驚いている。時々、零紫は行動に歯止めがかからないことがあるのだ。


「ほら、クリーム……」

「んん……」

「甘いな……。で? 俺がどうのこうの言ってたが……俺がどうかしたのか?」

「え、いや、その、……零紫こそこんなところでどうしたのよ」

「俺は矛の家に寄った帰りだ」

「そうなんだ」

「で? 何なんだ?」


 琴乃が言いくるめることができず君枝が助け舟を出した。それから零紫は思世の指示で例の生体コンピューター、『コア』と呼ばれたあの不気味な機械の解析を始めている。琴乃より先に帰宅し机の上に広げた父親のレポートを見比べてデータの変化や彼の見解を参考に擬似的な『コア』の作成に入ったのだ。思世曰わく……『恐ろしい故にアイツは解析を急いでいたんだ。俺達にアイツが残した課題なのかもしれん』と言うことだ。零紫の中ではその通りだと答えが既に出ている。荒神がいかに高名な学者に近い技師でも解明すらできなかった異物……。それを自らの手で切り開きその姿を突き止めなければ『ガイア』、いや、人類に未来が残されていない可能性すらあり得るからだ。地下のラボでそれに没頭していると……琴乃が帰宅したことを示すドアの開く知らせがあった。ドアにつけられている鈴が高い音を響かせながら歌ったのだ。零紫が作業台の椅子から腰を上げて梯子を使いダクトのような細い管を体をぶつけないように通って地下から荒神家宅の一階に足をつける。


「ただいまぁ……」

「お帰り」

「零紫……」

「どうした?」

「え、あ、いや、そのね……。アタシって変かな……最近」

「最近少し変化が見られるな。だが、変ではないと思う」

「そう、ありがとう……先にお風呂入るね」


 零紫は応答するように頷き片付いた部屋の中を歩いて行った。キッチンにむかったようだ。琴乃は宣言通りに浴室の前にある脱衣所のようなスペースに入っていく。零紫は何でもできるため万能の才気がうかがえる。料理を始め自炊などお手の物らしく琴乃が出てくるまでに食事の支度などは殆どをこなしていた。そして、その時……彼の心の中で何かが引っかかっる。それは琴乃が起こしたあるトラブルが元だ。だが、核心には近づけない何かまだ、足りない要素があるらしい。


「修羅……」


 ヒタヒタと水がまだ滴る足音がし零紫は不振に思っていた……。そして、琴乃の細く白い腕が自分の胸の辺りに巻きついたことに明らかに動揺している。しかも、名前が……父である『修羅』だったのだ。零紫は動揺から少し乱暴ではあったが腕を振りほどきキョトンとしたような琴乃に振り返り目を見た……。だが、そこには琴乃の優しい光が強い生き生きとした目はなく魂が抜けたような暗い瞳があったのだ。零紫は更に驚き肩を掴んで体を揺さぶりながら琴乃の名を何度も繰り返し呼びかけた。その後、彼女が急に意識を取り戻したのを確認するとエプロンを取り琴乃に被せるて彼女の部屋まで抱き上げて運んでいく。琴乃もパニック状態らしく全く抵抗をしていなかった。零紫としてはそれも不振に感じていたのだが……。


「修羅……アタシ……ずっと待ってたんだよ」

「琴乃? 琴乃! 大丈夫か? おい、琴乃……」

「あ……た……しは……美麗……」

「しっかりしろ! 琴乃! おい!! 琴乃! 琴乃!」

「はへ!? あ、アタシ……何でこんな所……零紫? キャッ!!」


 零紫が琴乃が着替え終えたのをノックで確認して部屋の戸を開けた。零紫の手には暖かいココアがありそれはまだ、湯気が出ている。彼はそれをスプーンでもう一度かき混ぜて琴乃に差し出すと琴乃はゆっくりと両手で掴み黙って俯く。彼女が先程の出来事に整理がついていないとわかると零紫は何も言わずに部屋を出ようとする。しかし、琴乃は急に前を向いて……。


「い、行かないで」

「前にも聞いたが……本当に大丈夫なのか?」

「怖いの……」

「だろうな。俺もそれは解る」

「うん……」

「心配するな……俺が付いてる。言っただろう。俺とお前が会った時に……。俺の近くに居てくれた方が……守りやすい」


 琴乃は零紫の服の袖を掴み彼を引き止める。彼もそれに応じ椅にかけた状態で琴乃の近くにいる様子だ。ただし、お互いに視線は逸らしあっている。零紫の見立てでは彼女の部屋は普通に女の子の部屋といった感じだろうか……。飾りもそこそこでその年頃にも多い何らかのポスターなども見受けられる。それ以外には荒神の残した写真や小物などがあった。時間がゆっくり流れ二人がだんだんと口を開き始めたころに大学から帰って来た美琴が階段を上がる音がして琴乃はその音を聞いた瞬間だけ体を震わせている。無駄な恐怖を煽っているらしい。とうの美琴は帰宅時に琴乃がいつもは明るく出迎えてくれるのだが、出迎えに来ないことを不振に思い琴乃の部屋に入る。そこですぐに琴乃の様子がおかしい事に気付いたようだ。零紫は琴乃に許可を得たうえで美琴にことの起こりから落ち着いて今の時点に当てはまるまでを語っている。その内に琴乃はココアが体を温め疲れと何らかの影響から深い眠りに誘われ零紫が抱き上げてベッドに寝かせてから一階に降り美琴との話し合いになった。


「そう……そんなことが……」

「はい。俺も驚きました」

「こんなことは私も初めてだから解らないわね。でも、何か琴乃に関係した事があるのよ。最近何かおかしかったもの、あの子」


 それに関して零紫が断片的な事象に触れたが『ガイア』の機密であることを思い出し美琴に言うのをそこまでで打ち切った。美琴も荒神の仕事の内容などから機密情報が多いことはわかっていたためその先には進まない。


「『コア』って知ってますか?」

「えぇ、一応は伝承として知ってるわ。でも、それが関係するの?」

「琴乃は俺を生き返らせるまでに収束された何かの力を保持しています。恐らく『コア』も他の事象も何かしら関係しているんでしょう」


 次の日、琴乃は零紫の勧めで学校を休んだ。篠と君枝はそれを不振に思い零紫を問い詰めるが彼もそう簡単に口を割らない。その日は零紫について二人が彼らの家に来た。零紫も風邪などの病気ではないから移ることもないだろうといい来るのはよいと言ったのだ。だが、彼から昨夜のことについて彼女らに説明されることはなかった。琴乃の部屋に二人が通されると零紫は早足にそこから居なくなる……。その日は彼に『ガイア』の仕事が有ったのだ。思世に疑似体の『コア』を提出しに行ったらしい。荒神のバイクにまたがり空いている中層の普通車道を走り『ガイア』の本部の中にバイクを格納して思世の執務室に入り椅子に座ると十センチほどの立方体のケースに納められたそれを零紫が開き机の上に置いたがそれについていい顔はしなかった。


「これは未完成です」

「……そうか、やはり無理だったか」

「いえ、手に入る材料はこれで終わりです。ですから……言ってしまえばこれで完成です」

「どういう事だ?」

「思世主任……隠していることは有りませんか?」

「何をだ?」

「俺は気付いたんです。父さんが俺達に話してくれた過去の皆さんの伝説的な過去にはいくつかの穴が有りますよね」

「ほお……で?」

「父さんの腕は確かに自分で切りおとしたと言っています……。ですが……。おかしくないですか? だとしたら、彼はどうやって戦っていたんですか?」


 他にも零紫の疑問点が幾つか思世にぶつけられた。最初の荒神の武勇に関してもそうだが彼はどのように戦ったのだろうか……元々腕があった人間が腕を失えば簡単には感覚を合わせられない。しかも、『ガイア』の基地の前身である軍の本部のエネルギーをどこから吸入したのだろうか……細かい荒神の話ではエネルギー系統は最初に大破していたらしい。まだまだある、銃弾に対しこちらは無抵抗に等しい……どのように彼らは生き抜いたねだろうか……。


「それは残った右腕で……」


 零紫の顔が厳しくなっていく……。彼の心の中には絶対的な確信のもと今、思世にそれを聞いているというような重い決心が有ったのだ。零紫の視線が更に強くなっていき遂に思世が折れた。彼の口からは恐ろしい事が放たれることとなる。零紫の覚悟などとうに超えるようなことだったのだ。荒神自身も彼の心の奥底に封印する忌むべき過去ともう一人の英雄の存在だった。


「わかった……。矛! 盗み聞きするくらいならここで聞け!」

「親父……」

「いや、気にはしない。お前の定時報告の事も考えていなかったからな」


 思世が後の棚からアルバムを取り出しクラス写真のような物を見せてくる。赤い革張りのその本は黄ばんでいて少し焦げていた。思世もこれを話すのには相当の覚悟を有するらしく一度目を瞑り深く考えるように俯く。零紫は開かれてから瞬時に荒神の物を見つけ、彼ら『ガイア』のメンバーは数十秒とかからずに見つけ出した。そのアルバムの一番後ろのページには『memory of GAEA』と筆記体の文字が書かれその下に『ガイアの前身』と記され創設者の名前が書かれていた。荒神、思世、絵藤、夢路、空雅、水無月、琴鈴……琴鈴? その名を見た瞬間に零紫も矛も顔を見合わせた。これまでの物語には現れない登場人物の出現に驚いていたのだ。


「琴鈴とは誰ですか?」

「荒神の当時、交際していた少女だ。あの事変で犠牲になり『ガイア』の保護の下、語られない歴史として葬られた少女……」

「何でなんだよ。別にそんなこと……今更……」

「まずいことなんだ……。いいか、これは絶対に他言無用だ。絶対に……荒神とこの琴鈴(ことすず) 美麗(みれい)は『創世主』の血統だったんだ」


 零紫と矛の顔が一瞬で氷ついた。『創世主』……それは過去の世の中でただ一つの一族。神をも超えようかという有り得ない事象をやってのけた人類史上最初の超人だ。『鑑 章介』の血統……それは皆、銃処刑されたはずだった。しかし、思世はそれすらを覆すことを口にした。そして、そこからは事実と彼の見解を含んだ事柄で零紫の運命すら大きく変えてしまう内容を含んでいたのだ。荒神や思世が何故それを隠していたのかはすぐに解る。『ガイア』……『空中要塞愛知』の大組織の創設者に反逆者が近い創世主だったなどと言うことは……絶対に口外できない。だが、思世にはそのことについて彼らの誰もが恐怖や畏怖の念など覚えなかったらしい。そこは荒神と彼らの大戦以前の過去に遡る話だ。


「そして、零紫……。お前は荒神のクローンであり希望の子だった。もう一つ……お前の父、荒神は『創世主』を裏切った『創世主』だったんだ。アイツは自らの父親の所業が許せず年幼いころからこの『空中要塞愛知』の軍に志願、所属し彼ら『創世主』を根絶やしにすることを考えていた」

「ということは……。俺は『荒神 修羅』で……『創世主』だと言いたいんですか?」

「それは違う」

 零紫の言葉に思世が断言している。彼は生命工学のことはさっぱりだと前置きして説明をし始めた。零紫と荒神は違うと言うことは断言できると彼は言う。絶対的に……違うらしい。第一に体の違いで言えば零紫は髪が黒いが荒神は白い。そして、骨格が違いそうすると体格も変わっていた。クローンにも個人差はあるがコピーを作るなら荒神はそんなミスなどする男ではない。第二に精神的に言えばクローンと言えど性格はばらつきが出る。思世も言うが零紫と過ごして荒神とは違うと『ガイア』の皆が口を揃えた。最後に荒神は零紫を零紫という一人の人間として軍から拾い上げて、その時に思世に告げたという。『零紫が俺と違って良かった』……と。


「俺から言える違いは以上だ」


 次々に思世から明かされる事実に零紫ではなく矛が思世に食いついた。矛も自分の出生を知らずに育っているため知りたいに違いない。それについても思世は答えている。この頃の科学はDNAの改変などお手の物で上手く特徴を発現し易く組み替えることも容易にできたという。そのため、資金力のある人間であれば自分と全く同じクローンも作れたし少し改変がくわえられたクローンを子供として作ることすらしていた。彼らもその一人なのだ。『ガイア』の武官クラスのメンバーは誰一人として子供を残していない。それも関係していた。


「おい! 親父! なら俺は!」

「お前は俺と空雅のDNAを掛け合わせて荒神によって作られたクローンだった。ただし、お前の場合は少し特殊でな。静岡のお偉いさんが孤児院に居たお前さんを引き取って改造人間に仕立て上げるなんて事態が起きた……」

「主任……琴乃は?」

「琴乃は……琴鈴のクローンだ。あの女は……すうきな運命を代名詞にしたような死に方をしたんだよ。俺や絵藤はあの女を守れなかった。……そして、荒神はあの女の棺に地下の『コア』を使い彼女の遺体を隠した。だから、恐らく彼女と荒神はあの世で幸せに暮らしている。ここからは俺の想像だが……琴乃は最近変に色気づいてないか?」


 零紫は首をかしげるも矛は頷いた。零紫がそちらに驚く……。零紫の手に思世が手渡したのは本来、荒神が絶対に表ざたにしてはならないと言って思世に保管を依頼した品の数々だった。これで零紫の辻褄が合ったようで零紫の顔は解決したようにまっすぐな目をしている。思世はそれでも話の続きをしてくれた。琴鈴という女性も荒神も幼少時を苦難の連続で心は荒み同じ境遇の者どうしで引き合っていたらしい。特に、琴鈴は差別を受けて虐めを受けていたらしいが荒神の出現でそれも変わったという。夢路や絵藤は荒神の幼なじみとは言うが所詮は小学生頃からの付き合いだと彼は告げた。その辺りでも色々な問題点が浮上したが零紫はそれには触れない。恐らくは荒神が非行に走っていたのはその琴鈴を守るためだったのかも知れなかった。


「俺達があの女……美麗を守れず荒神も無念の内を心の奥底に秘めた状態でいた。正に滑走路から逃げようとした時……最後の一瞬だった。俺は意識があったが荒神はもう、目も開かないような状態だったよ。生きていられたのは『創世主』の血統で少しばかり回復する速さが人並み外れていたからか……いや、最後にあの女……美麗が力を移したのかもしれない」


  鮮血が飛び散りその少女は崩れ落ちる……。それを水無月と夢路が離陸時に引き上げたが……弾は心臓を打ち抜きほぼ即死状態だった。うわごとのように彼のその名を呼び続け彼女の手は荒神の無い左手を掴もうと震えながら……。そして、息絶えた……。血は滴り荒神の体にも少なからず染みていた。瞳孔が開いた彼女の目を閉じたのは彼女の幼なじみでもある水無月である。彼女は安らかに永久の旅に出たのだ。


『琴鈴!』

『琴鈴さん!』

『しゅ、修羅ぁ……修羅ぁ……修羅ぁ……どこなの? 寒いよ……怖いよぉ』

『荒神……おい、……』

『しゅ……ら……ぁ。しゅ、ら……』


  他の空中要塞軍の援軍でなんとか難を乗り切った彼らではあるが……その援軍も自らの利権しか考えない。戦争とはそんなものだ。そんな中、絵藤や文官達は立ち上がる。彼らがいたからここは成り立つような物なのだ。


「そう、だから、そろそろだな。あの女と琴乃の年齢が被るのは」

「でも、何で琴乃だけにその兆候が現れたんだ?」

「俺にも……天文学的にわずかな確立……それこそ、はるか彼方の銀河から来た流れ星がこの地球にたどり着くかのような確立で琴乃と零紫が出あったとしか言えない。俺はそう信じている。運命というのはな。確実な糸の集まりなんだよ。絶対に最初から丸く収まるように手繰られるんだ」

「そんなもんかな……」

「お前は……そう思わないか? 荒神と琴鈴は婚約していた……だが、アイツの苦しみは計り知れなかったよ。それでもアイツは素晴らしい子供達に恵まれたんだ。そう……思わないか?」


 零紫はそこで家に帰された。矛と思世がその続きを『ガイア』の執務室で話している。矛はその話については半信半疑というような心境だろう。自らにあまり関係がないのと出来すぎていることが彼にはあまり信じるに値しないらしい。静かな執務室で思世が腕を組んで矛の疑問を次々に消していった。思世の表情は沈痛で固いものだ。あまりにも顔が固いため矛すらそういった重い質問しかしない。


「荒神主任は……零紫に何を託したんだろうな。琴乃と結ばれることか?」

「託してなどいない。アイツはアイツで零紫の生きる道を途中まで引いただけのこと」

「俺には……そうは思えない。だったら、何故俺たちは生み出されたんだ?」

「それに関してだけは俺もお前の意見に同意するよ。だがな、さっきも言ったが……荒神には荒神の意志がある。アイツはクローンを二体作っていた……。俺にはアイツが人の人生を束縛するなんて思えないな」

「確かに……あの人はそんな人だな。『修羅道にこの身ささげた生を持ち、我が剣の一欠けの傷も見当たらず……。赤き血の華咲かせ、己の死を決めるも己の刃なり……』か。この詩もあの人のためにあるようなもんなんだな」

「そうだな。俺も何かを残しておこう。俺だって永遠に生きれる訳じゃないんだ」

「おいおい、縁起でもない。今すぐは死なないだろう……」


 零紫が帰宅すると丁度、篠と君枝が帰宅するというタイミングだった。玄関で鉢合わせし零紫が道を空けると二人が出て行く。琴乃の顔立ちも幾分か落ち着いていて零紫も安心したような顔をする。黒い髪を撫でつけると琴乃が零紫に向って小さく出迎えの言葉を放った。玄関は広いのだが琴乃はもじもじしながら隅っこの方で控えめにその言葉を告げる。少し二人と話せて前進したらしく前が向けるようになっていた。髪をくるくる巻ながらはにかみながらチラチラ零紫の表情を見ている。


「お、お帰り……零紫」

「ただいま」


 零紫が奥に入って行くと琴乃が背中に手を突いて体を寄せてくる。今度は琴乃が零紫の変化に気付いたのだ。零紫も荒神と琴乃との生活を通して薄かった感情の起伏が感じ取りやすくなり琴乃でも感じ取れるくらいになっていた。そのため零紫の表情の微妙な変化も感じ取れている。いや、他にも原因があるのかも知れない。零紫が複雑な顔をするが後ろを振り向かず背中に額を付けた琴乃に声をかけている。


「琴乃は俺のことをどう思ってる?」

「え?」

「俺は自分のことがよくわからないんだ。父さんは俺を大切に育ててくれた。だけど、俺の存在は……」

「アタシは零紫は零紫だから……零紫のことが……大好き……」


 琴乃がハッとしたように自分の言葉の意味に気づき……体が零紫の背中から離れた。琴乃の手が恐る恐る零紫の方に向けられ……。急に零紫が彼女の手を掴みいつかの返事だと言って言葉を告いだ。手首に細い指が絡み琴乃は呆然とそれを見ている。彼らの出会いの時とは違う安定した感情……いや、いろいろな意味で違うが、落ち着いたタッチの感覚だった。


「先にちゃんと言わせてもらう。俺は……お前のことが好きなんだろうな」

「……零紫?」

「俺は感情をプログラムされずに生体兵器として育てられ……父さんに拾われた。その七年後にお前に出会ったんだよ」

「……ねぇ」

「一目惚れだった……俺から声かけただろ?」


 二人の出会いはある日の朝、突然の邂逅から始まったのだ。その日、彼らはある意味で一線を越え『ガイア』に身を寄せ幾つかの死線を超えて今にいたる。彼らの出会いは数ヶ月前……それから大きな変化が出ているのだ。


「零紫?」

「どうかしたのか?」

「アタシも好き……」


 お決まりの展開に発展しその動作に入る。零紫の右手に手を重ね唇を重ねようと……。


「ごっめ~ん! 忘れ物し……ぁ、あぁ……ごめんなさい……ホント……」

「どうした? あ……良かったな。琴乃。グッジョブ」


 嵐のような二人組に阻害されはしたものの……二人の思いは無事に通じた。全てが解決した訳ではないが……今はそれでもいいだろう。彼らは……まだ、先があるのだから。まだ、見守って行こう。

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