LOST MAD KNIGHT
ある大事変的な出来事が起きた。その事に動揺したのは思世以外のガイアの関係者の全員だった。特に憤怒に近い状態で思世に掴みかかったのは零紫と夢路である。零紫は父親の急変を知らされず亡くなってからその事実を伝えられたことからだ。もう一人のつかみかかった人物である夢路は彼も絵藤と同様の存在だと言うことが深く関係している。彼も幼なじみでかなり親密な関係だったためそういったことはちゃんと連絡して欲しかったらしい。目の前で別れをしたかったと、その時の夢路は小さく呟いていた。しかし、つかみかかった二人も思世の鞄から取り出されたディスクを見てから表情が一変したようだ。何が言いたいのかは彼らにはすぐにわかる。広い会議室の暗幕が下ろされ大きなモニターの下に設置されているパソコンに思世が近づいて行く。
「おい!! 何でそんな重要なことを隠してたんだ!」
「そうですよ。何でですか! 主任!」
思世が取り出したディスクは三枚。そして、小さく言葉を告ぎディスクについての説明をした。一枚がガイアの重官に見せるための物だという……。二枚目は驚いて口が開きっぱなしの零紫に手渡されていた。三枚目は思世によってその部屋のパソコンに挿入される。その数秒後、モニターに映像が映った瞬間にそこにいる全員が凍りついた。モニターには信じられない光景が映し出されていたからだ。屈強で見るからに筋肉質な荒神の顔はやせ細り目は落ち窪んで肌は荒れ、見る影もない姿でベッドに横になっていたのだ。しかも、力なく上体を上げることまでもができないかのように横たわったまま……。その彼が口を開くと彼が深刻な理由もなく口にしない謝罪の言葉が飛び出す……。皆が驚き誰も口を開こうとはしなかった。それに彼の声は弱々しく彼らしい強く男らしい声ではない。まるで……この数日の間で一気に何十歳も年を取ったように感じられる……。そんな様態なのだ。
『このディスクを見ていると言うことは俺は既にこの世にはいないと言うことだ。だが、今はここに俺がまだ存在していると思って聞いて欲しい。集まってくれた皆、こんな醜い姿を見せてすまない……。俺はここでお前たち『ガイア』の皆や家族、部下の鬼神隊の皆に謝らなくてはならないと思っている。すまない』
厳かだが力のないその声……。それを聞いてまず泣き崩れるのは彼と共に幾つもの死線をくぐり抜けた『特務機関特別高機動科学隠密部隊』、別名を『鬼神部隊』の兵士達だ……。皆が一様に涙を流し、声を上げじと歯を食いしばる者や上を向いて口を噤む者、下を向き机に拳を打ちつけた者、手で口を覆う女性の兵士、背中を向けて泣いていることを隠す者。誰もが痛ましい彼の姿を見ていた。酷くやせ細っていたのは病気の影響らしい。それでも、屈強だった荒神の面影はあり精神は病にむしばまれることなく保っている。
『零紫……琴乃、美琴、巖……俺は短い間しかお前らに尽くしてやれなかった。すまない』
彼も涙を幾筋も流している。だが、笑顔を崩さないようにしているらしい。眉間と頬が小刻みに震えていたのだ。そんな荒神を涙を流しながら四人は見ている。今頃気づいたがシンボルのような左腕の義手は外されたらしく元の位置には見当たらない。そんな状態である荒神の右腕には大きな切り傷や火傷、縫った痕が多数ある。それが丸見えだが本人は気にはしないらしい。いや、違うのだろう……。そんなことを気にしていられるような体調ではないということなのだろうか……。いつもはつなぎを着ている荒神が肌を見せることはないため、その歴戦の傷跡が初めて多くの人の目にさらされたようなものだ。その傷に関してはガイアの重鎮や改造人間、鬼神隊ですら息を飲む。それほどまでして彼はこの生まれ育った大地を守りたかったようだ。そういう強い意志が見とれるから……。そう、彼の意志が……。
『謝るだけでは進まないな。言葉も残しておこう。そう……、俺はお前たちに言葉しか残してやることができなかった。命もあと少しでつきるだろう。俺の病は既に治らない域に達していたようだからな。最後にこのディスクにはこの言葉を残しておく。
ありがとう、これまでの事は感謝している
』
荒神の言葉が終わり荒神が疲れたように溜め息を弱くした直後だ。すぐに画面が黒くなりディスクがパソコンから出てきた。最後にディスクを取り出した思世が机を思い切り拳で殴りつけだまって目を閉じてから一度椅子に座るような動作を取ったが思い止まったように立ち上がり……座ろうとせずもう一度上を向いた。彼は右目が眼帯である。上を向いた彼は健康な左目から大粒の涙をこぼしながらもう一度だけ溜め息をついて落ち着かせた後、大きく叫び……椅子に腰から崩れるように座った。そのような思世はこれまで誰も見たことが無かったろう。彼は荒れることが少ない人物だけにガイアの重鎮も驚いている場面だ。だが、誰もが彼の心中を察していた。彼は荒神本人から死のタイムリミットを知らされていたのだ。だが、その時には彼の病状は回復の兆しがないところまで進行していたという。
「主任?」
「思世?」
「貴登……どうした?」
「……俺も心残りだ。今でも生き残ってる軍友は既に俺達三人だった……。それがまた一人……あの世に旅立ったんだ。貴登の気持ちは痛いほど解る。それに、何かしてやりたくても荒神は自ら運命を受け入れてそれを拒んだろうからな。ヤツはそう言う奴さ」
空雅の言葉が挟まれた後、二度目になるが叫ぶように不本意な先立ち方をした親友の名を叫んだ。本当に悔しそうに……。天にも届かんばかりに喉笛が張り裂けそうな叫び声をあげた。本当に悔しかったに違いない。
「荒神ーーーーーーーー!!!!」
今、このように周りの目をはばからずに思世 貴登管制主任が大粒の涙を流したのはこれが最初で最後となっただろう。残りの渡されたディスクには見る人間が指定されていたため誰も無理に食いついたり野暮などはしない。荒神がそう言ったことを最も嫌ったからだった。『鬼神部隊』や他の荒神に深く関係し指定されていない人物達が潔くその部屋から出ていったようだ。そして今、部屋に残ったのは……、まずはガイアの文官と武官、改造人間の少年少女、琴乃他数名の一般人だった。ここからは親しい人間にしか明かされない事実が待っているという事だろう。
『二枚目に移ったか……。俺の命が短かったことは誰一人知らなかったと思う。途中で思世にバレたのは誤算だったが……今の俺はそれでよかったと思っている。俺の弟と部下として巌磨 角は成人し今はガイアの重鎮になった……。それに零紫は琴乃との出会いを受けて完全な特殊な力を持った人へと進化して命が繋がれ、俺の人間としての任務は終わったわけだが……』
「お、おやじぃ……、お、俺……」
「……」
「お父さん……」
解りきったことだが顔色や血色は良くない。やせ細ったその姿は痛々しい以外の何ものでもなかった。あのしっかりとした腕と首はやせ細り骨や血管が妙に目立ち……肌はしわが濃くなって先ほども様子としては語ったが目が落ち窪み鼻が際立っている。そんな彼は前までの健康だった彼ではない。皮と骨と薄い筋肉だけになったその体は既に人とも思えなかった。……そうすると、こうも考えられないだろうか。荒神のような超人的な体力と精神力がなければ既にこの世にはいなかった……とは。思世以下『ガイア』のメンバーで戦闘に関与し長い間彼と共に『愛知を』守り抜いた重官たちは皆そう思っていただろう。
『お前らには生きるための志をもらった。俺の人間としての人生はここで幕を閉じるが……心配ない。旅出の燃料補給は十分だ。俺の意志は息子である零紫と弟のような角が受け継いでくれるんだ。これほど嬉しい事はないからな。残りの気がかりなのは……琴乃、自分の気持ちには素直になってくれ。俺のように手遅れになる前にな……。それと己を恐れるな。自分が信じられなくなればそれは憎悪や悪感が襲う原因になる。零紫……お前もだ。それから、矛、篠、皇太、紫神、君枝、お前達にもそれぞれに期待を持っている。お前達が俺たちからガイアを受け継ぎ大きな地位を占める立場になったら……このガイアの創設に立ち返れ……俺と俺の同士達の誓いの地へ。俺はお前たちを信じている』
夢路は既に俯き、前のモニターを見れず、『ガイア』のマークがついたスーツのズボンには大きな涙の染みが出来ている。絵藤は泣くことはないが厳しい面持ちでその言葉をかみしめていた。幼なじみの二人は彼の性格をよく知っている。だから彼がどんな思いをしているかすぐに理解できるのだ。その二人以外にも水無月と空雅の二人共、自分の服に付けられた『ガイア』のマークを手につかみ眺める。空雅の場合は軍隊式に胸に勲章のようにつけられた『ガイア』のマークを握りしめているが……。彼らのそんな動作の中、ディスクから荒神の最期の意志を『ガイア』の上官達に伝える言葉が厳しく飛んだ。荒神もその時だけは全く笑顔を作らず低く厳しい声を放つ……。
『俺の今の感覚だとな……。お前達は俺のことを悼んで『ガイア』をあげて追悼しようなんて古臭いこと考えてるんだろう。そんな無駄な事を考える暇があれば前を向け。人はいずれ死に土に、空に、海に……各々の帰る所に帰っていく。早いか遅いかだ。お前らには俺の意志を告ぐ義務がある。よって、最後にこう残そう……。
我らが『ガイア』に末代まで……永久に栄光があらんことを……。
』
その映像が止まりディスクが出てくると『ガイア』の重鎮と改造人間達が角と零紫以外、全員出て行く……。その数分後には荒神の『家族』と呼べる人物達だけがその部屋に残った。琴乃は零紫の胸に頭をうずめ泣いているのを隠している。美琴は大っぴらに巌磨に泣きつきわんわん泣き続けているようだ。零紫が立ち上がり三枚目のディスクを中に入れる。すぐに画面が先ほどまでと同じになり白いガイアの医療機関によくみられる病室が背景に映る。
『ここまでくればもう解るだろう。これからはお前らの時代だ。俺が古い時代を引っ張っていた昔の仲間の世代交代の中で最初になっただけの事……。まぁ、お前らが泣くのは止めはしない。お前達はまだ幼く子供だ。角、これから美琴や琴乃、零紫の事を頼むぞ……。そうそう、頼みたい事がある。以前から俺は死期を悟っていた。だから、俺は心残りにならないようにお前らにはいつも最高の手を差し伸べた。特に……零紫と琴乃……角、美琴とは仕事や家族のふれあいの中でも……ゴホッ……すまない』
血飛沫に近い咳をして顔をしかめる荒神の顔を零紫が真剣に見据え出した。既に彼には腕を動かす力すら残っていないようだ。画面の中の彼はそれを気にして欲しくないように真剣にこちらを見てきている。零紫はそれに答えていたようだ。その間も角はずっとその状態だった。彼はこの中で一番、荒神と過ごした時間が長いという事も関係しているのか思い出や時事が多い。だから、荒神の性格も熟知している。そんな彼は荒神が最後に残してくれたこの映像を彼の望んだであろう姿勢で見定めようと決めていたのだ。
『俺も人間だからな死ぬのは怖い。だがな、俺はお前らと居れたことで救われ、これまでの苦痛を振りきれた。だから、未練ややり残しはない。そして、俺が居なくなってお前らがどんな感情を覚えたとしても俺はここでお前達に正式に別れの言葉を告げたかったんだ。こんなダメな親父ですまなかった。余談だが角と美琴の関係には気付いている。結婚するなり何なりしろ、お前らの自由だ。だが、これだけは約束してくれ。ラボに……ゴホッ……残した……『命』を必ず育ててくれ』
角がいきなり……ハッとしたように立ち上がり部屋を出て行った。それを追うように美琴も走る。琴乃と零紫は二人でまだ告がれ続けている父親の声に耳を傾けている。彼の声は朝顔の花が時間を追うごとにしなびて行くがごとく……どんどん弱くなり聞こえづらくなって行く。口から血の筋が流れカメラが揺れている。誰かが荒神に頼まれてカメラを回しているのだ。
『俺の経歴に……関わらず零紫……お前が荒れるのは……解る。だが、覚えて……おけ。お前は……うっく……俺の生き……移しに近い。『暴力は無限の憎悪の根源』だ。絶ち切……れない輪を……はぁ、はぁ……作るならお前が……それを止めるんだ。いいな……』
「父さん!」
「お父さん……」
『最後だ。お前たちには……この後、思世に案内を受け『ガイア』の最下部中央動力炉に向ってくれ……お前達には期待している。……俺の……ぐふっ……じ、自慢の子供……はぁはぁ……だった。これまで……ありがとう。じゃぁな……はぁ……我が子たちの永久なる……ピ――――――――――――――――――――ッ』
言葉は最後まで告がれることなく荒神の死を告げるアラームが病室に鳴り響く。それでも稼働し続けるビデオカメラと思われる物の前に細身で長身の男性が写り荒神にかけ寄って叫んでいる。声と体形からすると思世だろう。だらんとベッドから垂れた荒神の右腕が目立ち琴乃が遂に映像から目をそらし最後にプツンと音を立てて映像が切れても泣き続けていた。零紫ですら琴乃を抱きしめながら声は出さないが大粒の涙をこぼし泣いている。……それから数時間後に零紫は思世に呼び出されていた。琴乃もついでにそこに招かれ机の上に置かれていた荒神の遺物の数々を彼ら家族に引き渡す作業がなされている。荒神は自分に死が近いことを既に知っていたと映像の中でも告げていた。そのため、彼らが生きていけるだけの備えをしておいてくれたのだ。そして、その中の一つを思世が取り上げ零紫に近づき彼の学生服に留めた。『ガイア』の正式なマークの裏側に何かが描かれたまた違うバッチだ。零紫はこれを荒神の部屋で見たことがあるらしい。
「こ、これは……父さんの」
「『ガイア』の戦闘特殊部隊の総管轄を行う者の証……と荒神は言っていた。お前にやるつもりでいたらしい。アイツらしいな。それから、ラボの鍵はお前ら兄弟に預ける……いや、やる。上手く使え。それと、荒神の病名と症状などを伝えておく。『細菌性人分解食バクテリア』……弱い菌であまり繁殖もしないし飛沫で飛んだ瞬間に死滅するような菌だ。しかし、アイツの体には体内の各機能とリンクする義手などの金属パーツが付いていた。医者はそこからの感染だと断言している。腐食の始まりも左腕からだと言っていたしな。痛みも相当だったらしい……ただ、これは初期に発見できれば治った病だった。だが、荒神はあえて自分を犠牲にしたんだよ。何故かは解らないが……」
「父さん……、何でそこまで……」
「それから、琴乃。君にも荒神からメッセージがある。君だけにだ」
「え……アタシですか?」
「ああ、『不安に煽られず自らを芯にもって己の意志で守りたい物を守れ。力は……そのためにある』とさ」
琴乃の表情が凛とするのを確認し部屋の隅に有った台車に乗せて遺物を元荒神のラボに運ぶと……。そこでは琴乃の姉である美琴が赤ん坊を抱いているではないか……。零紫は何のことか解っていたが琴乃は状況が読めずに尻もちを突いた。白い髪で……どことなく荒神に似ているその赤ん坊は……。
「お、お姉ちゃん……。隠し子なんて居たの?」
「ち、違うわよ! あぁぁぁ……ごめんなさいねぇ……よしよし……。この子はお父さんのクローンよ」
「やはり……」
「あぁ、親父はわいにようクローンメーカーの機動を言い付けとったんや。今回はそれが上手く作動してこの子が出てきよったんよ。まぁ、普通は上手くいくんがな」
「じゃ、じゃぁ……」
「そう、お父さんよ」
「あ、でもなぁ……流石にその呼び方はキツイでハニー」
巌磨が痛そうな肘打ちを美琴から横っ腹にもらい呻くなか零紫が口にした。荒神 修羅。その名を持つ子を再びこの世に生きさせてもよいのではないかと……。白い髪と瞳の赤ん坊は零紫の手が頭に触れるとその細い指を小さな手で掴み笑っている。あまり笑わない零紫すらその笑顔には和むらしくまだ産毛のみの頭を軽く撫でると手を引いた。その赤ん坊は少し美琴が怒鳴ったくらいでは泣かず逆に笑いながら美琴や他のメンバーを見ている。特に零紫へは何かを感じたのかしきりに両手を向けていた。可愛らしい赤ん坊は彼らの新たな家族になったのだ。
「そのまま……荒神 修羅でいいんじゃないのか? 兄さん」
「お、おま……今、兄さんって」
「そうね、うん。そうしましょう。でも、この子女の子なのよね……」
「へ?」
「どういうこっちゃねん。クローンは言わば人間のコピーやぞ?」
「どうもこうも無いわよ……」
零紫が奥のクローンメイカーを調べに行った。どうやら荒神からもう一つメッセージがあったようだ。付箋のようなメモ紙には走り書きの言葉がかかれていたらしい。彼は幼少時から争いに関連する生き方をしてきた。そのため彼が一番感じこれからその赤ん坊の未来を想像した時、その子のため何をすべきかを荒神はわかっていたのだ。昔の彼には無く、今の赤ん坊にはある暖かな家族が彼の生き写しを守ってくれると信じて……。現世にいる最後の彼が残した……その子のこの後を……。守ってくれると。
『戦いに身を置く事なかれ……この魂は平穏にあれ……また、望むのであらば……背を押せ』
零紫がそれを説明しつつ三人にその紙切れを見せる。この子には争いに関与して欲しくないという現れと見られたようだ。それ以外にもいろいろ意味はあるのだろうが今はそれだけを胸にしまい生まれてきたその子を皆で慈しむことを決めたらしい。それから2、3日したがこのような地下のラボの中での出来事は大きく公表されることはなかった。しかし、荒神の病死は『愛知』や他の空中要塞都市などの大型都市へ大きな衝撃を与えた。その弔いの儀式には過去に荒神と交友のあった諸外国や地域の重鎮的人物が幾万人と集まって盛大な葬儀が行われた。そんな中、ただ一人……その男は違う所に居た。いや、『ガイア』の重役達は誰一人として……形式的に参加する遺族の角以外は誰も参加していない。思世は荒神が未だに生きているような不思議な感覚さえ覚えていた。それを振り払うために荒神も言い残した『ガイア』の誕生した場所にいたのだ。
「荒神……お前が最初になっちまったな。ここに名を連ねた俺達の最初の遺体はここに葬られる。だが、何故かお前で良かったような気がするんだ。ここに来るとそう感じられる。この……生命の起源に触れるとな……荒神」
そして、また変わらぬ……毎日が始まった。朝の日の出とともに巨大な増幅炉に陽光があつめられ、彼ら『愛知』の住民達が生活していくうえで必要なエネルギーを供給していく。他の場所では空気中の水分を集めてろ過し飲み水を作り出す施設が稼働していた。そんな街の一角にある浄水施設の上を抜け、貿易センタービル街の中央にあるサーバーホールタワーのど真中を颯爽と通りぬける少年がいる。その横には白く髪の毛を脱色した少女がいた。学校に入るとすぐに教室に居る彼らに集る他の生徒達……。茶色の髪がいきなり真っ白になっていたのだから確かに驚くのが当然だ。緩い天然パーマがかかったその髪は陽光が撫でるとキラキラと輝く……。その後ろからそれを心配したような零紫が現れた。頭一つ身長差があるためすこし目立つようだ。彼にも表立っては解らないが髪を伸ばし始める決意をしたらしい。
「こ、琴乃ちゃん?」
「ん? どうかした?」
「え、やぁ……、その髪の毛。確かに御父さんが亡くなったって聞いたけど……」
「うん、どうかな、お父さんの真似なんだ。かっこいいでしょ? 白い髪」
「俺は止めろと言ったんだがな……父さんと琴乃は違うんだから……」
「剣刃君……」
「いいじゃない。お姉ちゃんも結婚するんだしさ」
そう、美琴と巌磨も婚約をし美琴が大学を卒業後に結婚するという話だ。まぁ、脈絡も話題の趣旨も吹っ飛ばした話題だが……。零紫は呆れながら伸ばし始めた髪を撫でつける。そこに矛と驚いた顔の篠が入って来た。篠は目を丸くして琴乃髪を眺めている。驚く理由は琴乃の髪だろう。矛はそれに賛同していたが水無月も驚いたくらいのことである。……それでも、事が事だけにあまり深く触れずに軽く流す方向で行くようだ。荒神の死後は巌磨……今後は角と呼ぼう……。その零紫と角が戦闘系部門と建築系、開発系部門を分割して受け持つことで同意し、管理するらしい。そんな中……弱まったと見れば付け入る者は居るのだ。敵の部隊は戦闘系空中旗艦が多数、潜水系の軍艦、旧式の海面戦艦が出動して後方には空中要塞とそれを守るマザーシップが五機、敵はその大軍団で攻撃を加えて来た。恐らく……他の日本分割系都市の連合軍だろう。世界の全体にみられる情勢として緊張崩壊戦争後は各都市ごとに食糧自給が深刻な問題になりつつある。そのため表沙汰にならない小規模な戦争は数多く起こっていたがこのような多数侵略などは見られなかった。それに『空中要塞愛知』は特別な位置に居る。エネルギーを太陽光からより円滑に吸入し水を空気から得て濾過する革新的な技があるのだ。しかもその中で『空中要塞愛知』は数少ない自給自足のできる都市である。そこを植民地にしようという魂胆だろう。荒神の力がそれだけ大きかったという話だが、零紫達も黙ってやられる訳にはいかない。『空中要塞愛知』は緊張崩壊戦争後急激な人口低下を受け今何とか人口を保ち始めた島だ。そんな状態のここを攻撃される訳にはいかないと言うのもある。荒神の資料にはそう残されていた。零紫は角と協力し『荒神』の名を継ぐ決意をしこれから新たな力として『ガイア』の新星になると決意もしている。その彼に初めての大きな波が現れたのだ。
「俺が行く」
「零紫?」
「父さんを失ったからと言って……この『愛知』は負けない!」
「それならアタシも行く!」
「……解った、無理だけはしないでくれ」
零紫は思世の許可を経て琴乃と共に出撃。他の部隊としては『静岡海中戦闘機団』の指揮を執るのは矛だ。彼も一応の事、静岡の『改造人間』である。だからその地域的な観点や慣れから海中戦闘には慣れているのだ。そして、空雅の飛行大隊が今回は全部隊出撃する。敵の数が恐ろしく多いらしい。そこに警護として付くのは篠。彼女の力で彼らを弾幕から守ることも可能なのであるからだ。夜井兄妹と共に『鬼神部隊』も参戦し荒神へ自立したことを見れるため海面に浮かんでいる戦艦に殴り込む。水無月や夢路も今回は全ての部下を動員し荒神を失って弱まったと思われたガイアのイメージを覆すために本気で行くらしい。他の部隊を振り切るように先陣を切って急降下していくのは荒神兄弟の兄と妹。零紫と琴乃だ。戦闘訓練のたまもので琴乃もそれなりに戦えるようになっている。敵の戦闘機編隊をハエを落とすように構えた双拳銃の弾丸を的確にエンジンタンクに打ち込んでいく琴乃。荒神が作り上げてくれた高機能な彼女の力を最大限引き出せる双拳銃に撃ち抜かれる戦闘機は数知れない。黒煙を上げて次々に落ちていく戦闘機の間を縫うようにエネルギー収束サーベルを両手に持った零紫が飛んでいく。彼が通り過ぎるとたちどころに五機ごとに編隊を組んだ戦闘機団は切り込みが生まれ爆破していく。敵の後方に見えるマザーシップ……空中要塞……形状からすれば恐らく青森だろうが大きさがおかしい。……非人道的な施行に転換したとすれば多数の空中要塞を撃破し吸収したと考えるのが普通だろう。破壊行動に出れば『空中要塞愛知』もそう言う路線に乗ることができる。だが、『ガイア』の流儀ではそんな征服思想は湧かないらしい。あくまで征服者への鉄槌が目的だ。それに『空中要塞愛知』の現状ではできれば戦闘をしたくないと言うところもある。
「零紫!」
「琴乃、大丈夫か!」
「こっちは大丈夫。一緒にいこう!」
「あぁ!」
篠と矛の二分された戦闘機団が敵の“驚いて完全に浮足立った”旗艦群に牙をむく。空雅『黒燕』戦闘機大隊が五機編隊を組み機関砲やレーザーバルカンを乱射し続ける敵の旗艦の間を縫うように飛びぬけ旗艦群の後方あるマザーシップを狙う。すると敵の攻撃旗艦は向きを変えて転進しようと動き出す。そのタイミングをはかって篠が力を解放する手はずだ。強烈にして曲げることの適わない一筋の氷のラインが敵の大型旗艦を打ち抜いた。旗艦群の一機は爆発し機首が傾いて落下していく。その周りで転進しようとした旗艦はエンジンが停止し側面の方向転換用の小型エンジンすら篠の完璧な制弓によって撃ち抜かれ凍結していき次々に海面に浮いている戦艦に衝突していく。ミサイルを放って空中要塞本島下部を狙っていた戦艦は上から降ってくる敵の砲弾ではなく味方の撃墜された旗艦によって沈められていった。皇太以下数十名の『鬼神部隊』は既にその現状に気付き空雅空軍の輸送機『蒼燕』によって回収され今、現在は本土の防衛に回っている。
「氷は全てを終わらせる……。貴方達は私達を舐めすぎた……」
空雅空軍『黒燕』大編隊が敵のマザーシップ数機に接触し敵の自動操縦式の戦闘機を撃破し始めた。既に零紫と琴乃が触れていたためかなり敵の編隊はダメージを受けている。そこから応援を受けて力を徐々に上げ始めた零紫の攻撃が初期の彼を思わせない強力さになって敵の攻撃などを寄せ付けないのだ。零紫の力は明らかに琴乃と生活し始めて強大に膨れ上がっている。その力が今、敵のマザーシップに向けられているようだ。
「夢路君! 的が下から弾を撃ってるよ! 流石にあの数だとまずいよ!」
「了解! 下方側面砲操作班稼働! 座標軸セット!」
「A班完了!」
「B班完了!」
「他一同機動制御完了。セット不能位置の砲台制御班は他の班の補助にまわります」
『愛知』の下部にある比較的小型の砲台が口を開く。それが篠の落とした旗艦に運よく当たらなかった空母や戦艦が飛行機を飛ばしたり主砲をこちらに向けて来ていた物へ狙いを定めた。次々に砲火の雨が敵の船に当たり大破もしくは爆沈させていく。これも荒神の遺産が働いていた。レーザーバルカン系の破装兵器を乱射しているのだ。その頃の海中では矛の指揮する海中戦闘機団が退却を始めていた。敵の旗艦に敵の機関が衝突……そして、味方の雨あられが降って来るのを新型の空中と水中の両方を確認できるレーダーが感知しためだ。今のところ彼らに未機関は出ず、次々に小型の空中輸送型の空母に入って『愛知』に帰還。その後、篠と矛の二人が完全武装の状態で琴乃と零紫を追跡し途中で本土警備から外された夜井兄妹を加えて空中を滑空していく。矛の紅く見える波長のエネルギーや篠の蒼い物、皇太の黒、紫神の紫が空にラインを描きながら敵の空中要塞の周りを囲むマザーシップに向った。
「琴乃! 荒療治では有るがらちがあかない! ここで一発やるから空雅さんに一度退避してもらってくれ!」
「わかった!」
琴乃からの無線連絡を受け空雅隊が次々に上下に分かれて編隊を組んだまま退避行動を取り始めた。零紫が背負っていた大剣を抜き払い頬から金色のエネルギー波を噴出させる。金色のエネルギー派が渦を巻ながら体中に纏わりついた。もちろん剣もそれを纏い……。
「喰らえ! オウガソウルスラッシャー!」
敵のマザーシップ二機が金色の斬撃を受けて数秒後にいきなり爆炎を纏って落ちていく……。いや、三機だ。下方に居たもう一機が上層で制御を失って落ちたマザーシップに食われたのだ。そこにさらなる追い打ちをかけたのが……後から到着した矛と紫神だ。皇太の見たてに合わせた位置に二人が移動し各々の武器を構えて……振り抜く。
「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
矛の槍、ハルバートが海面すれすれから投げられマザーシップの中心にある動力炉を貫く。さらに敵の空中要塞の下部を突き崩し空中要塞が爆炎に包まれた。もう一機のマザーシップは怒涛の勢いでアックスを振り回す紫神に切り崩され落ちていく。その奥には爆発が止まらない空中要塞がみえた。一言に空中要塞とは言うがそれらにも形状や組み立てられた形はいろいろあり弱点も異なる。もちろん『空中要塞愛知』にもそれが無いわけではないがそんな部分を荒神が外面に露出させる訳が無い。確かに高度を取っていればミサイルでもない限りなかなか届かないだろう。だが、相手が改造人間だという事を考えなくてはいけない。矛は特徴を言えば腕力や脚力などの爆発的な筋力に特化した改造人間だ。それの投げた槍が弱点だったらしい下部を貫いたのだからひとたまりもない。そこから琴乃と零紫が内部に侵入し終止符を打とうと上層に向うが……。
「なんだここ……」
「行き止まり……かなぁ」
「う……」
「零紫? 急にどうしたのよ!」
「石? だと……前にも似た感覚を受けた。こいつは……」
琴乃がその石に触れるとその石が彼女に吸収された。直後にいきなり……要塞自体が揺れ始める……。琴乃が肩を貸し後から出くわした矛と共に脱出してなんとか『愛知』に帰還した。青森は緊急措置らしい海面不時着をしたようだ。『空中要塞愛知』本島の滑走路では思世以下数名の『ガイア』の隊員が彼らの出迎えをしてくれた。その後……。彼らは思世の案内で荒神の遺言にもあった『ある』場所に案内されて行く……。エレベーターが地下の知られざる階層に入ったエリアから零紫の顔色がどんどん悪くなる中、琴乃は不思議な感覚を覚えていた。懐かしいような……温かいような……そんな長年帰らなかった故郷にたどり着いたような感覚だ。そして、零紫に似た学生服の少年の後ろ姿と……荒神? 若い頃の彼のビジョンが頭の中に流れ込んで来る。
「ここが……荒神がお前達に残した最後の未完成な……遺物だ」
「こ、これは?」
「解らない……アイツは『コア』と呼んでいたがな」
紫色とも桃色ともつかない光が包んでいる部屋の中で金属光沢のある六角形の物体が浮遊している。その中心部に人間をかたどった機械が起動していた。18対の翼と左右に掲げられた武具……翼を除けばは『ガイア』マークそのままではないか……。琴乃がそれへ惹かれるように近づいていく……。
「コア……」
「なんでこんなところに機械因子疑似生命が……」
「零紫……お前は解るのか?」
「父さんの研究だったからわかります。俺も手伝っていたので……。まさか……現物がこんなところに……おい、琴乃! おい!」
琴乃の体に零紫を復活させた時と同じ金色のラインが幾筋も現れ先ほどの空中要塞で急に彼女の体内に吸い込まれた正八面体が現れる。それが空中で分解され二重の螺旋構造を描きながら気味の悪い赤に近い色をした桃色の光を放つ部屋の中で白く強い光を放った……。その後、真ん中の女性の形をした機械に組み込まれていく。それが何なのかは今は、誰にもわからない。
「で、零紫……これは何なんだ?」
「これは上手く使えば究極の生体コンピュータのコアになるものです。しかし、父さんが言うには悪しき意志の有る者が使えば……これは恐ろしい兵器になり世界の終焉を迎えるというものと言うことでした」
「何だと?」
「恐らく、父さんは前者を作成するためにこれを組み立てた……。しかし、原理までは解明しきれなかった……」
「なんでそこまで解るんだ? 零紫」
「俺達、改造人間の遺伝子改造にはこの『コア』のナノメートルバージョンが使用されているんです。これは恐ろしい程のエネルギーを生体内で生み出す代わりに使用者の肉体にとても大きな負荷をかける……。だから、俺達は皆……短命だった。それを覆したのが……無限生体理論の最期の形である『創世主』なんです」
失神していた琴乃が起き出した。それまでは耐えていたらしいがこの部屋の空気が好ましくないらしい零紫の青ざめた顔をみると琴乃が驚いて三人で再びエレベータを上り始める。零紫の体調が回復し琴乃も安心して最近、力の断片が見え始めた彼女は零紫に肩を貸しつつ帰宅していた。帰宅後は一度休憩しそれからは……。
「ねぇ、零紫」
「どうした」
「ん……、ここ教えて」
「あぁ」
「ねぇ……零紫……」
「どうしたんだ?」
「零紫はアタシのこと……どう思ってるの?」
「最高のパートナーだが……」
「そうなんだ」
「それがどうしたか?」
「う、うん。何でもないよ」
平穏な日々が再び訪れようとしていた。彼ら『ガイア』の記す年代記のような記録には荒神 修羅の死が刻まれ同時に新たな転機を迎えた『ガイア』の新たな姿も記されている。そしてまた、新たな出来事が『空中要塞愛知』で刻まれようとしていたのだ。