GENESIS GIRL
科学都市日本を構成する『愛知』は母なる大地をそのままパズルのピースのように切り離し空中に浮かべた空中群島の一つである。今日も住民たちはいつもどおりの生活を始めようとしていた。ただ一つ、十二年前に終結した巨大な動乱が再びその頭角を現わさなければ……。しかし、平時のように朝は訪れ発端は隠れた場所で現れる。科学を駆使し日光を一点の増幅炉に集める鏡のようなビルや他の都市から物資を運んでくる輸送機が集まる貿易センタービル、その近くには学校のような建物がある。高いビル群の外側には小さな家々が連なる普通居住区やアパート型の高層ビルを含む開発居住区などの居住区。地区によっては正規の兵器工場や『愛知』保有の軍関連の施設もある。現在は自然保護などの両立も図りつつ開発を続けているこの都市は誰も思いもよらない波乱を起こす引き金になって行くのだ。ただ……誰もそのことを知らないだけなのだ。
「行ってきます!」
「気をつけなさいよ! 最近人攫いが増えてるんだから!」
「大丈夫! アタシはそんな可愛くないし身体も……」
「そういう事じゃないの!」
この少女がこの物語のカギを握る少女だ。本人ですら気が付いていない力を持つ少女は地元の普通科の高校に通う普通の学歴で普通の顔立ち全てが普通の女子高生。飛びぬけて運動が出来るとか頭が良いとかスタイルが良いわけではない。本人もそれを気にしているようだから今、それについては触れないでおこう。玄関を勢いよく閉めて姉の言葉を聞くとなしに路地を曲がって行った。
「おはようございます!」
「あぁ! おはよう! 今日も元気だね!」
彼女の唯一のとりえは元気なことのようだ。朝から賑やかな商店街の道を全速力で滑空していく。靴底に仕込まれた小型のエンジンと空気からのエネルギー吸入で高速かつ機敏な動きを可能にした空中都市『愛知』の科学研究機関が開発、販売している機種で一番一般的なジェットシューズという移動用機器だ。操作の仕方はスケートというスポーツに近いが陸上で使用するため少しニュアンスがずれるだろう。それに慣れるまでは難しいが慣れれば簡単で適当な例としては遠い過去にローラースケートなどと言うものがあった。制御の仕方や移動の要領はそれに近い。違うところは別売りの吸着イオングローブを使用すれば壁面を走ることも可能だということと空中を走るため高く飛ぶこともできる。
「やばっ! 遅刻だっ!」
その時、不意に後ろから男の声がした。
「君……。一校の子?」
少女と同じデザインの制服を着た平均身長程の少年が同じ道を滑空する。道といってもビルの壁面で少々首が痛くなりそうな光景なのだが……。彼のシューズは少女のものと違いかなり速いように見える。理由は簡単だ。少女の物と形態も違い少々無骨だが機能性は高く最新式で軍事用の強力なシューズだという事だろう。性能が違えば条件も違う。軍関係の機器を使用していることからどうやら彼は何か少し一般人とは違う経歴があるようだ。そんな彼らは大きなビル群が密集した中枢都市の中心地であるセンターシティにさしかかった。ビルがより大きく迷いやすい地区でその分制御力やいろいろな技量を問われる。
「あんた誰? 見ない顔だけど……」
「俺は剣刃 零紫、軍事特務機関の兵士の一人さ。人攫いの捜索及び殲滅が任務」
「そんなこと言って……信じられるとでも思ってるの?」
「信じなくてもいいよ。そっちの名前は?」
「鈴音 琴乃」
「じゃ、とりあえず。君が遅刻しないように送ってあげるよ。鈴音 琴乃」
零紫という少年はいきなり琴乃の右手を掴み琴乃のシューズのエンジンの力を利用して抱き上げた。ぞくに言うお姫様だっこを先ほど説明したとおり壁面で行っている構図になろう、だがよくよく考えてみた上で素直に思ったことを言えばおかしな現象だ。なぜなら零紫は軽々と頭一つ違うだけの琴乃を抱き上げ手を使わずにビルの壁面をさっきよりも早いスピードで滑って行く。しかも、彼の腕はどちらかと言うと華奢に見えるほど細い。二人の通う高校はこのビル群の奥にあり彼は入り組んだ高層ビルの隙間をスムーズに抜けていく。
「ちょっと! 何してんのよ!」
「近道だけど?」
「そう言う事じゃないわよ! それにそっちは貿易センタービルとシステム中枢のサーバーホールビルがあって抜けられないはずでしょ!」
「大丈夫……。少し目を閉じてな」
さらにスピードを上げていく零紫はよく見ると綺麗な顔立ちをしている少し異様なところがあるがそこはあえて触れずに進む先を見ながら何やら考えている琴乃。零紫の右頬にエネルギー伝達組織細胞と呼ばれる医療的、科学的に使用されている物が、そして首筋には識別番号らしきものが書いてあり違和感がある。そうは言っても最近は普通の人間にも病院のカルテなどの識別番号が体に書かれている人も少なくないようだ。大概の患者は消す物だがお金がかかるので消さない人もいると聞く。先ほど琴乃が言っていたビル群のさらに中心部にある巨大なビルの数百メートル手前で屈み始めた。
「何する気よ! まさか!」
「もちろん……。飛び越えるつもりさ」
「やめて! アタシの体がもたない!」
ビルの高さは800メートルほど普通の人間ではよう言わない発言を口にした零紫はさらに力を足に込め、遂にビルの百メートール手前で殆ど垂直に飛びあがった。恐怖の中体にさして変化が起きていない。空気の圧力がかかり体の各部が悲鳴を上げ始めるはずの高度・400メートル付近で琴乃は不思議に思い目を開いた。空中都市は元々高度・4000メートル以上の空に浮いている要塞都市だ。その中で食糧自給や鉱産、エネルギー供給の情勢の均衡を保つためにこの世界、日本には主に三種の要塞都市がある。まずこの世界に存在する人が住める施設を一通り説明しておこう。一種類目はこの空中都市『愛知』も技術を取り入れた空中要塞都市だ。太陽のエネルギーを最大限に取り入れ活用するシステムで半永久的に空中に浮き続けるのだ、別名をメタルクラウという空中に大地をそのまま浮かべた島だ。二種類目は海底都市でこちらは海水によって腐食しない金属、オリハルコンと空気の中に新しく発見された物質であるアルマジェムを利用した強力なバリアを使って海水を遮断した都市。こちらも別名がありポセイドンと呼ばれる。三種類目は回遊都市。海面に浮かんでおり海流に影響されやすいが食糧は安定してとれる。自然も豊かで人間が暮らす上ではこの上ない場所だ。例により別名ネバーランドだ。
「へ?」
「大丈夫……。俺を信じてもう一度目を閉じて」
「嘘……。キャ――!」
ビルを超えるために急上昇すれば必ず急降下が待っている。零紫の右頬からは金色に輝く光の筋が放たれているのに加えて羽の形をした刺青が現れていることが印象的だ。そして、背中からは同じ色の光が基体として構成されている翼が開き急加速を抑えている。これらの人としての摂理を超越した人、これこそ正に最高の人間兵器だ。彼はそのうちの一人……。すうきな運命をたどることが決まっている少年だ。琴乃はすでに気を失っているが零紫は気にせずに急降下を抑えるのに集中している。
「到着したぞ。あれ? こりゃだめかな……気絶しちまってるし……。一応、教室まで運んでおくかな」
声をかけたが返事のないことに気付きすぐにさっきの容量で空いていた窓から校舎に入って行った零紫。それから数分経過し。
「う……。ここは?」
「琴乃! 大丈夫?」
「あれ? 君枝? ……アイツは!」
「剣刃君のこと?」
「なんで君枝が知ってるの?」
「琴乃が芸能に疎すぎるだけだと思うよ」
六階建ての高層ビルのような真新しい建物がこの『愛知』地区第一高校だ。第一と言ってもこの地区には現時点では高校はここしかない。総合学科の多学部式選別制を採用し希望進路とその生徒の力を図り最終的な進路が決まる仕組みだ。琴乃たちはその高校の一年生で今は季節があるならば六月あたりだろう。第一次時緊張崩壊世界戦争はこの母なる大地である『地球』の自転すら歪め現在の一年は綺麗に400日となっている。そして十二ヵ月ではなく二十ヵ月となりこれまで顕著にみられていたらしい季節も今は無い……。あるとすれば数十年に一度氷河期が訪れる程度の変化しかないのだ。そのような大地の中で彼らはとても過酷な運命を生きていかなくてはならない、理由付けをするとすれば過去の文明人によってその宿命を自分たちに圧しつけられたと言えよう。
「私さ、さっき窓から彼が入ってきて失神してる琴乃見たときにね。正直、私がショック死するかと思ったよ」
「は? 窓から入ってきた?」
「よし! ホームルームを始めよう!皆席についてくれ」
「この話は後でね……」
このクラスの担任は水無月 鋭牙教諭だ。この高校の卒業生のなかで理系学科に在学中18歳にして博士号を取得した天才人だ。大学からの推薦でこの高校の教諭になったらしい。現在も研究を続けながら教師という職務を全うしている。水無月は淡々と一日の連絡事項を済ませ扉の方向に声をかけた。
「入っていいぞ」
「はい」
静かなはずのホームルーム中に転入生の紹介があり琴乃は絶句し他の女子生徒はキャイキャイと声を上げはしゃぎ始めた。それもそのはず、来た転入生はその名も剣刃 零紫で席順は琴乃のとなりなのだから。確かによく見ればルックスはいい。そして君枝からメモが回って来た。
『さっきの続きね……。剣刃君は芸能界に彗星のように現れた今をときめく大スターなのよ。歌って踊れてルックスも良いの』
ホームルームが終わり琴乃は先ほどの手紙のことを考え一時間目に返事をノートの一ページを切り抜いた紙に書き隣を見た。転入してそうそう居るはずの席に彼は居ないのだ。普通に! 堂々と! サボり……。“そのどこがいいのだろうか”という顔をしながら後ろの席に座る君枝に手紙を回す。
『ルックスがいいのは解るけどさ……。授業をサボるような奴のどこが良いのよ』
『話は最後まで聞く?……読むものよ。噂だけど彼には裏の顔があるの。今やどこの自治組織でも所有しているらしい改造人間っていう噂』
『そんなことあるわけないよ。だってあれは長くて15歳が寿命でしょ?』
『うんそうだけど……彼には空白の時間帯があるらしいの』
「俺の授業中に手紙で文通とはいい度胸だな! 大原! 鈴音!」
遂に二人が手紙を回していたのが物理の教科担任でクラスの担任でもある担任の水無月にバレてしまった。二人とも立たされ問題を解かされている。その後、罰として科せられた任務が零紫の捜索だった。午前中の授業を全てサボっている零紫がどこにいるかは誰にもわからない。情報はあらかた聞きまわったが成果は無、あらゆる教室や女子の入れない場所以外を探したが居ない。昼休みの終わりに屋上に通じている階段の方向に向っていく零紫をみつけた二人。
「あれ、鈴音 琴乃だ」
「!っ。アンタどこに居たのよ!」
「ずっと学校に居たけど?」
「どこにです?」
「君は確か大原 君枝……だったかな? 答えは屋上だよ。まぁ、昼休みは購買に昼飯を買いに行ってたけどね」
「入れ違いだったみたいね」
「ぐぬぬぬ…………」
午後の授業は零紫も琴乃に引っぱられる形で教室に連れていかれ参加している。おとなしく座っているので先生とも波風立たず比較的穏やかに過ぎていった。少し寒いくらいの校舎内は空調が完備されているようだ。完備されていると言ってもここは上空4000メートルのエリアなので元々外気との接触は無いに等しい。が……人も呼吸をするので一応空気の入れ替えはしている。そして噂通り零紫の頭が良いのは確かだ。寒そうに制服の袖に手を隠しながらペンを握っている。五時間目の授業は数学で六時間目は生物の授業になっている。どちらもかなり難しいはずの議題を講義している教授たちの話を聞くとなしにノートに何かを書いている。
「剣刃! さっそくだがここの数式答えてみろ」
「37分の19√3ですか?」
「せ…正解だ」
「おぉ……」
6時間目の生物など聞いてすらない。しかも寝ているようにも見える。角度を変えてみるとノートに数式をずらりと書いている。この時代の科学は恐ろしいほど進展しており特に進んでいるのは生物工学やバイオ科学などだ。それを提唱するのに必要な生物の証明式は数式と言葉の数の比が大体五分五分で均一になるのが普通だ。それを超えかなりの行の数式が並ぶ。
「剣刃くん? 君は何をしているのかな?」
「エネルギー伝達組織の伝達式と人体の合成率の比計算です。体内のエネルギーと外部供給エネルギーの増幅率は伝達率の割合によって作用することの証明ですかね。エネルギーの抵抗はその人間の体内の増幅倍率によって決まってきて我々の人間の完成論に近い不等式です。俺としては……」
「……そこの数式の計算はここをこれに代入して……それにそこ間違ってるわよ」
「いえ……。倍率計算式は最近のデータ―比が変化しているので……」
長い、長い教諭と零紫の論争を聞き流し空いた時間に他の生徒は溜まりにたまった課題を進めている。終了の合図とともに教室に居る生徒たちはみな用具を机に押し込み机に敷設されているパソコンの電源を落としていく、そして掃除機を係りの生徒が廊下にある棚から出して掃除を終わらせて次々に教室に集まってくる。朝のホームルームよりも淡々とした調子でそれを終えて放課後は階段を急ぎ足で降り下駄箱に抜けていくと再び零紫と琴乃は鉢合わせしていた。
「あ、鈴音 琴乃」
「そういう剣刃 零紫がアタシに何の用よ」
「いや、ただここで会っただけの奴が必ずしも用があるとは限らないとは思わないの?」
「ふ、ふん! まあいいわ。そんなことより朝のことはどうするつもりよ」
「どうするって? あれはあれで完結だよ。俺も抱き上げた時以外は手荒な事はしていないし」
零紫はそのまま靴を履き替えシューズを装着しポケットからグローブを取り出して急加速していく、シューズがエンジン音を立てながら零紫の指示どうり速度をさらに上げる。校庭には部活動をしている生徒が集まっていて前傾姿勢で地面を滑るように滑空していく零紫を目で追って憧れのまなざしを零紫に向けていた。高校の敷地外に出るとすぐに琴乃がそれを追跡していき、なぜか零紫の数十メートル後ろをシューズのエンジンをサイレントモードに切り替えてエンジン音を抑えた状態のまま街の中を滑る。だが、琴乃が思っているよりもそういった方面でも零紫はできるようだ。彼もまたエンジンをサイレントモードに切り替え人ごみの中に消えていった。急速に加速していた琴乃は商店街の手前で朝に零紫がしたようなそぶりを見せた。本来はビル群の中には交通区分があり上層を緊急車両や運搬車両、中層を普通車両、地上を歩行及び旧式のエンジン車両などが動いている。それを無視しビルの中層域へ飛びあがった。
「アイツはこんな感じで……! タァァ!」
上を見て飛び上がり空中の普通車両域から零紫の特徴的な銀髪を探した。彼も琴乃が空中に飛び出し自分を見つけたことに気付いたらしく細い路地へと姿を消した。その近く
に急降下し少し離れた場所でシューズのエンジンを切って零紫が居なくなった路地へと踏み込んだ。そこは薄暗く人気のない道だ。気になるのは琴乃以外は誰もその路地には見向きもしない。まるで気づいていないように……。周りを見回してよく見ると人が一人もいない上に生き物の気配すらしない。先ほど入ったはずの零紫すら見当たらず不安になって来たようだ。
「あれ? 今ここに……入って行ったはず。一つ間違えたかな……」
背後で靴音がしたが振り向く前に首筋に熱のような物を感じ身体から血の気が抜けていくような感覚を受けた琴乃、動けない彼女に零紫がささやくように声をかけてきた。そして、彼の爪には金色のエネルギーを固化したらしい武器が装着されておりそれは徐々に琴乃の首に近づいていく。触れるか触れないかのあたりで光が消え少々熱を帯びたままの手で細い指が巻きついていくように彼女の細い首を握った。
「お前さ、面白いね。そんなに死にたかったのか?」
「なっ……。何よ。脅そうたってそうは……。ひっ!」
「これを見れば本物の特務機関の兵士だとわかるかな?」
首を掴んだ状態で少し力を入れて向き直らせた。手に持っている手帳には空中に浮いている木の刻印の前に矛、剣、弓を派手にかつシンボル的に構えている翼の生えた少女の刻印が刻まれている。その下には黒に銀の鋳造で作られたシンボルが付けられている。上のマークは空中要塞愛知のもので下にあるのが特務機関『ガイア』のものらしい。それらはこの空中都市『愛知』の防衛機関として巨大な権力及び影響力を誇る特務機関『ガイア』の正式な隊員を示すものだ。それを見せるとすぐにベルトの後ろからエネルギー収束サーベルと呼ばれる先ほどのエネルギーを固化したものと同じ原理で作られている武器を取り出し再び琴乃の首元にかざしながら話しかけた。
「俺が君に求めるのはただ一つ。秘密の保持さ……。君が見つけて入って来たこの通路が変だと思わなかったか? 人が一人もいない……。ここは『ガイア』の秘密工作用の通路だ。そこに入って来たってことは殺されても文句なしっていう事になるんだけど」
「そ……そんなの知るわけ……、知ってるわけないでしょ! 一般人のアタシが!」
「いや、入ってくることができるのは普通の人間ではないんだけどね。安心してよ。今すぐにその綺麗な首筋にこのサーベルの刃が通るわけではないしね。君に約束してもらいたいことは二つだけだ。今からこの上で起こることに目をつぶることとここの秘密を守ること。それまではこいつを持っていてくれ、人攫いに襲われたらこれを作動させ逃げ続けるんだ。あ……、俺が下りてくるまではここに居てくれると助かるけどね。言ってる意味わかる?」
そう言って小さなボールを琴乃に投げサーベルの刃を一度しまいこみシューズのエンジンをブラストモードに切り替え路地の上空に消えて行った。そしてビルの屋上から断末魔の叫びとともに右腕が二本と左腕が一本、首が三個と分離した胴体が数体落ちてくる。どうやらビルの上で人攫いの一団と戦闘になっているようだ。しかも圧倒的に零紫の方が押しておりその零紫から声が聞こえてくる。
「そこから離れるなよ!」
しかし、琴乃はすぐにその場から離れてしまった。それもそうだ、人がバラバラになった死体を目にすれば誰でも気絶したり、その場から逃げたくなるだろう。それに人ごみにまぎれれば見つかりにくくなるのは必然と考えすぐに地上に広がる商店街に逃げ込んだのだ。だが、その考えも甘かった。人攫いは民衆に溶け込むことで人をだまし一人になっていたり、人との繋がりが薄い人間をさらい売り飛ばすのが生業でそれが血相かいて路地から現れた少女を見逃すはずがない。
「あんた達なんなのよ!」
「へっ! 上玉だぞ! 追いかけろ!」
零紫のシューズのようなブラストモードは琴乃のシューズには搭載されておらずスピードは普通のシューズ並にしか上がらない。彼女の身体能力が問われる。それに気が付いたらしい零紫がすぐに周りにいて武装している人攫いを殲滅し先ほど渡しておいたボールの発する電波を頼りに追いかける。
「何てこった……。女の子のことはよくわからん……。しかももう時間がない」
琴乃は人が多く目立つ中心街に逃げ込みビルの壁面や走行中の普通車両まで利用しなんとか逃げ切っていた。零紫はビルの壁面を滑空しながら持っていた携帯電話を使い誰かと連絡を取っているようだ。琴乃がビルの中心街に逃げ込んだせいで電波の受信度が悪くなり追跡が出来なくなっているように見える。
「もしもし……。親父?」
「いい加減その呼び方はやめろ。どうした?」
「人攫いと遭遇して現在の敵は少女を一人目標に追っています。救援お願いできますか?」
「わかった……。俺がいく」
「ありがとうございます」
零紫の上司らしい男との通話後、その男は何もない場所からバイクに乗っている状態で現れた。乗っている武装したバイクがエンジンを唸らせ普通車両域を滑空し零紫の持つ端末の電波を追っていく。街の外れからなので少々時間がかかりそうだ。
「おい! あの女はどこいった?」
「済まねえ兄貴……取り逃がしちまった」
「ちっ……顔は覚えたんだろうな?」
「へぇ……意外と可愛い顔でね。結構な上玉でさぁ」
琴乃は中心街の一番警備の厳しい場所である貿易センタービルに居るようだ。そこは一応の事、治安維持隊の警備員が常駐していて人攫いも容易には入って来られないのだ。そこで少し異様な現象が起きた。警備員が高校生ほどの少年に敬礼をしているのだ。琴乃はこのビルの真ん中の動力室に入り込んで体を丸めて俯いている。動力室は高温になり熱暴走を起すのを防ぐために空調で温度が低く設定されている。こうでもしていないと凍え死んでしまうのだ。そこに……
「鈴音 琴乃……。そろそろ出て来ても良いんじゃないか? 確かにここは安全だが下手すれば死ぬような所だぞ? まぁ、逃げ切っただけよしとするか」
「何よ……何よ! 何よ! 何よ! 何よ!。アンタ正義の味方みたいな顔して実はただの人殺しじゃない! そんな奴に助けられる道理は無いわよ!」
「まぁ、あぁ、俺は確かに人殺しだ……。だがな、これだけは言っておく。無益に殺したりはしないし理由や証拠、命令がなければそういう行為自体は嫌いだ。お前が俺をどう思おうと勝手だが俺は『ガイア』の『特別任務遂行鬼神隊』の最後の生き残りとして一般人を一人でも守るのが役目だと思ってる」
無理やり腕を掴んで立ちあがらせ動力室から引っぱりだした。センタービルの下層にある商業区の中に二人で向かい合って黙々と食事を取っている不自然な二人が居た。まだこの大地が地上にあったころに『ファミレス』などと呼ばれていた場所だ。比較的安い料金で飲食が出来る場所でそこは数人で集まって賑やかに食べるのが一般的な場所であるが相手の顔も見ず下を向いてただひたすら食べている。明るい店内にあわずそこだけ空気が重い。
「…………」
「…………」
「そろそろ何か言ったらどうよ。アンタ……左腕怪我してるでしょ? 隠すの下手すぎ。それにアンタ芸能人なんでしょ。アタシみたいなのといて噂にならないの?」
「してるが……もう痛みすら感じない。芸能は生活費を世話になってる親父に無理させたくないだけだ」
「は? まぁ……アタシには関係ないけどさ」
センタービルの食堂を出てビルの外部に出る。夜の十時を回っているため紫麗は彼の後ろをとぼとぼと付いてくる琴乃に注意しながらずっと腰につけている先ほどのサーベルよりも大きな機械の筒を握っている。センタービルの元にある区域は夜になると危険な区域になる。柄の悪い連中が集まり人身売買、違法な薬物取引、武器の闇市など聞くだけでおぞましい行為が平然と行われている。
「俺から離れるな……。離れるなよ」
「わ……解ってるわよ」
センタービルから延びる道をまっすぐに抜け危険地域の最後の区画を抜けようとした時に再び夕方の人攫いの一団が取り囲んでくる。そのエリアは悪人も一般人も近寄ってこない修羅の庭だ。周りには人っ子一人いない。
「よぉ……姉ちゃん」
「あ……あんた達!」
「ここで出くわすとは姉ちゃんも相当運がないね。さぁ、大人しく用心棒ともども奴隷になってもらおうか!」
「全くめんどくさい奴らだな……。しゃぁないか。鈴音 琴乃は下がりな」
街灯も破壊されておりビルの上層に住んでいる住民の放つかすかな光しかない。その中で特徴的な金色の光を放ち『特別任務遂行鬼神隊』のその体に与えられその命を削り続けた力を遂に一般人の前にさらしたのだ。彼の個体名は『零』。その攻撃性と彼自身が元々持ち合わせる反射神経と動体視力を駆使した『人間兵器』の最後の散り様を……。背中のあたりから高い風圧とともに巨大なエネルギーを放ち戦闘を開始するためにエネルギーを集中をしている。
「最後の鬼の大一番……人の世全てを守ろうと……、朽ちる我が体顧みず、散った仲間は数知れず……。そして今! 最後の鬼の大一番! 悔いを残さず散らせて見せよう! 死花を! 参る!」
抑揚の付いた言葉をひとくくりにまとめ零紫は人攫いの撃ち込んでくるレーザーガンを琴乃に当たらないように弾き返しながら次々にその手から延びる強靭な光の爪で切り刻んでいく。さらに腰から取り出したエネルギー収束サーベルを抜き放ち流れるような手つきで振り回すそれによりまわりの敵は絶命していく。腰が抜けてその場に座り込んでしまっている琴乃はただ呆然と零紫が『人の心をなくした人』を無きものにしていく様子を見続けていた。およそ十分後に早くも決着はついた。それまでの過程で首を切りおとされたり、前例のように腕をそぎ落とされ足を細切れにされ人とは思えない肉の塊へと姿を変えていく人攫い達。そこに武装したバイクが現れビームマシンガンを撃ち込みながら中心で敵を押し返している零紫の横に止まった。
「お前……。死ぬ覚悟はできてんのか? 零紫……」
「えぇ、できてますよ。最後にその子みたいな面白い女の子と話が出来て良かったです」
「え……。どういう……」
「そうか、お前の意志はこの子を守ることなんだな?」
「行ってください。そのバイクなら賊程度簡単に蹴散らせるでしょ? 荒神さん」
「わかった。せめて一人残らず殺せよ! お前の骨は俺が拾ってやるよ! 七年間だったがお前の技師が出来て良かったよ」
「嘘! ちょっ……待ってよ!」
バイクの主は荒神というようだ。顔に大きな傷があり厳つい割に小柄な男にバイクに無理やり乗せられた琴乃。そして、二人の乗ったバイクが急発進し人攫いの残りの半数がシューズのエンジンに火を入れ懸命に追いつこうとする。一直線の太い道を大型のバイクは速度を上げる。荒神は一般人の被害を出さないためにわざとセンタービルのもとに戻って行った。そこでバイクのミラー越しに追ってくる十名ほどの人攫いを構えた拳銃で寸分の狂いなしに狙撃していく。
「素人の雑魚どもはこれで十分だ!」
放たれた光を帯びた弾丸は人攫いの半数の命を一瞬にして奪った。それに加え残りの半数は別の男の遠距離射撃によって皆命を落とした。弾丸の放つ光の筋はほんの数秒で止まりビルからシューズのエンジンを絶妙に制御し細身な男がビルから降りてくる。
「流石は元化学機動体のメンバーってとこか……。腕は落ちちゃぁいないみたいだな……荒神少尉。残りは俺の獲物だ」
センタービルの近くにあるビルの屋上から生き残ってなお追いかけてくる無知な人攫いに眉間を打ち抜くという曲芸並の芸当で鉄槌を与えた男の姿があった。彼はバイクに寄りかかっている小柄な男に話しかけている。どうやら同じつながりがあるようだ。
「なんとか間に合ったか……。元陸軍中尉、思世 貴登。現在軍教官で腕は落ちたと聞いていたが。逆に上がってるな」
「そりゃどうも……。だが、世事を言ってもボーナスは出ないぞ?」
「残念だな。そりゃ」
その頃の零紫はと言うと。
「最後の一人か。大人しく死んでくれよ……。手間掛けさせやがって……」
「ヒィィィィ! お助けぇ! ギャァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
無慈悲にも程がある殺し方をしごろごろと転がる肉塊を定まらないらしい焦点で周りを見回した後すぐに気が抜けたように零紫本人も壁に手を突いた状態で下を向いてしまった。そこから数秒と持たず最後には壁にもたれかかった状態で倒れ呼吸の間隔が歪になり腕や足には力がないらしい。動こうともせずに目を閉じた。
「あ、あの荒神さん?」
「なんだ?」
「い……いや、その」
「零紫のことか?」
「はい……」
「アイツのことは忘れろ。俺も心残りだがもう手遅れだ」
「え……。それはその……」
「荒神……。時間だぞ」
絶句して下を向いた次の瞬間にバイクから飛び降りて足に手を当てた琴乃に向って声をかけずにそのまま行かせたようだ。バイクの上で何やらポケットを探り酒瓶のような物を取りだして口に運んでいる。荒神のもとに細身で長身の男が狙撃銃をかついだ男が少し離れた所から声をかけた。
「追いかけなくていいのか?」
「思か……行かせてやれよ。女は自由な方がいい、特にあのぐらいの年頃はな」
「このバツイチがよく言えたな」
「お前だって追わないんだろ? だったらお前も同類だろ? 思世教官?」
「馬鹿言うな。お前はただ愛想尽かされただけだ。俺はちゃんと愛する者の最期をみとったんだ。同じじゃない」
シューズの出力を最大にしてなんとか元のエリアにたどり着いた琴乃。だが、彼の放っていた巨大なエネルギーと光は見当たらない。おぼつかない足取りで歩いていく琴乃は進んで行くと零紫が切り刻んだらしい人の死体に蹴躓く。ピチャピチャと音を出しながら流れている血を踏みながらさらに進むとビルの壁面に手が触れた。光が無ければ視覚は意味をなさない。それが働かなければ感覚と聴覚、嗅覚に頼るしかない。しかし、嗅覚は血と肉の焼けた臭いで効かず感覚は近くに死体があるという恐怖からまったく作用しない。
「やっぱ変だよ。鈴音 琴乃」
「ヒッ! ……って剣刃! アンタ大丈夫なの?」
「こいつら殺してすぐに追っかけてない時点で大丈夫な訳ないでしょ? ちゃんと頭は働いてるのか?」
「しっ……失礼な! せっかく助けに来てやったのに」
「だったらこのまま荒神さんのとこに帰った方がいいよ。見たくない物を見ることになる。見たいなら別だけどな」
「アンタ懐中電灯持ってないの?」
「はぁ……。失神しても知らないからな。ベルトの左側のホルダーに入ってる一番小さい奴がそう……。そう……それだ」
琴乃がベルトと腕の間に手を通した時に不自然な湿り気があった。最初は帰り血かと思ったがライトを付けてこれまで零紫が拒んでいた理由とともに原因がわかった。彼の体の組織が流れ出ているのだ。水分は少し粘度があり触れた琴乃の腕にヌメヌメとしたたる。気づいた時には既に右腕は腐った枝のように一部の組織を残したまま崩れ落ち体内の水分との分離が著しく進み始めている。それでも彼は最後に立ちあがり琴乃に向って頬笑み掛けながら話している。
「アンタ! なんで……その体……」
「君の予想通り俺は『改造人間』だ。普通の奴らとは違ってシンクロ値が高くて少し長生きしたがな。だけど、君を守るために最後のリミッターを外したらこの通りさ。だからなるべく見てほしくなかったよ……」
「それじゃぁアタシのせいなの? そうなったのは……」
「いや、遅かれ早かれこうなったさ。それにその『せい』っていう言葉は気にいらないな。それはあくまで俺の意志だったんだから。それに俺は楽しかった。今日一日を琴乃みたいな子と過ごせてね。ありがとう。そしておやすみ」
「待ってよ! 何よそれ! ねぇ! アンタ!」
「バイ…………バ……………イ」
最後には砂のように崩れ落ち彼の着ていた服を残してその存在は消えた。後ろから先ほどの荒神とその荒神が運転するバイクの後ろに乗っていた見知らぬ男が近づいてきた。荒神が琴乃の肩に筋肉質で堅い手を乗せ見知らぬ男が砂の一部を持っていたビニル製の小袋に入れようとした。荒神はよく見ると人工皮膚を使ってはいたが明らかに左腕が丸々義手だ。そして屈んで袋をつかんでいる男は『愛知』のマークをかたどった眼帯を着けている。
「それ……どうするのよ?」
「火葬する。この空中都市『愛知』の治安を最後まで守り続けた同士として最後に皆で別れを告げたい」
「待ってよ! アンタ達『ガイア』の人間なんでしょ? なんとかしてよ! そんなアタシのせいで死んだようなものなのよ!」
「無理だ……。残念だが一度死んだ命は生き返せない」
その時、琴乃の背後からいきなり零紫が放っていた光と同じ光が放たれ琴乃を包んだ。だが彼女は『改造人間』ではない。唖然としながら目を見開いている後ろの荒神と思世に向って言葉を放ちながらさらにエネルギーを膨張させていく。
「アナタ方にできなくてもワタシにはできる。『創の三原理』を司る血を受け継いだ私になら!」
「おい! 荒神! 何が起きてるか解るか?」
「『創世主』だと……」
荒神が口にした直後に思世が持っていた拳銃を構え警戒態勢を取った。しかし、すぐに荒神に制止され銃口を地面に向け荒神に向けて声を荒げた。零紫の放つ巨大なオーラよりも大きなオーラが二人を含む半径十メートルのエリアを包み弱いが風が起きている。
「やめろ。 今の彼女は俺たちの同士を生き返そうとしてくれているんだ」
「馬鹿かお前は! 『創世主』と言えば第一次緊張崩壊戦争の引き金となった種族。皆、銃殺されたはずだぞ!」
「今は抑えろ! もしかすると彼女はあの忌まわしき一族の直径では無いかも知れない」
光が物体のように形を作り薄っぺらいコードのような物になった。それは人体エネルギーを最大限伝達するエネルギー体で総称されアマルガムと呼ばれる液体金属だ。それが砕け散り原型をとどめていない零紫の細胞を再び構成して体を再構築していく。美しいが恐ろしくもある光景が終わり再び命を得た零紫と力を使い過ぎ気絶した琴乃を荒神がとりあえず預かりバイクで自宅まで運んで行った。思世は荒神との話しあいの結果ここでの事実を胸の奥にしまう事に決め、その場を離れて行った。
「う……。う~~ん……。はっ! ここは!」
「おはよう。携帯借りたから。一応返しとくよ。いいお姉さんを持ったね」
「あっ……荒神さん! ここは?」
「俺の家」
その部屋には何やら大型の機械類から小さなパーツまでいろいろある。琴乃はあたりを見回し自分の置かれている状況を把握しようとしきりに考えるようなしぐさを取っていた。そこに零紫の声と知らない男の声が聞こえてくる。荒神も電話の着信音とともに受話器をとり琴乃に『待つように』というような意味合いのジェスチャーをしデスクの椅子にふんぞり返った。聞こえてくる声は疲労困憊といった様子の男の声だ。内容は仕事の依頼で荒神はそれを断りすぐに琴乃の方に向き直った。
「もしもし……。智基か? は? 書類整理? それぐらい自分でやれよ! ……おう、酒ならいくらでも付き合ってやるよ。おう……おう……。わかった。じゃあな」
電話を置くタイミングと合わせたように零紫がデスクの横に走って来て手を机に強くついた。荒神にいろいろ聞きたいなどと琴乃には見せたことのないような驚きを含んだ声でしきりに話しかけている。荒神がそれを制止し部屋の隅にあるベッドの上に座り込んでいる琴乃に視線を移し少し顎で『行け』という意味を持つであろう動きを取り『酒をとってくる』と言い残して部屋を出た。部屋はかなり広いが人がまともに住めるエリアはこの辺りだけだ。あとはほとんどが機械で埋まっている。
「あ……。えぇと。その」
「またあったね。鈴音 琴乃」
「いい加減フルネームで呼ぶのやめたら? 言いにくいでしょ?」
「いや、気にならないが……! そうだ! お前は俺に何が起きたか解るか?」
「それが解れば苦労しないわよ。アタシは今現在自分の置かれている状態すら解んないんだからさ……」
そこに先ほどの声の主と荒神が入って来た。そしてまず最初に琴乃に近づき本人も気が付いていなかった手錠を外して自分のポケットに入れた。そして、零紫の方に炭酸飲料を琴乃にはココアを手渡し口を開いた。今更ながら荒神はかなり酒臭い。部屋には沢山の酒瓶がある。それらはほとんどがアルコールの高い洋酒のようだ。
「自己紹介が遅れたな。鈴音 琴乃さん、俺の名前は荒神 修羅。『ガイア』所属の技術主任だ。知りたいなら過去も教えるが今は省略。で、こいつが巌磨 角っつうニートだ。一応おれの部下でこれまでは俺と組んで零紫のボディ形成プログラムやアーマータイプの作成なんかを担当していた。自己紹介はここまでにしてまずはお前らの昨日の出来事に付いて教えておく。正直なところ俺にも何が何だかわからんが断片的に解る事から推測した過程を述べるつもりだ」
荒神の顔が真剣に成り巌磨という男にパソコンを開かせある写真を見せた。痩せた細面の巌磨はノートパソコンのキーをはじき出し何やら画像を解析してこちらに見せてくる。
「これは?」
荒神が『まぁ待て』と言うように手をかざし説明を始めた。椅子にふんぞり返っているため人に話をするような態度には見えないが気にしないことにしよう。
「昨晩……。零紫の生体反応は完全に消失したはずだった。『改造人間』の宿命である短命さが現れた形だろう。だがここにお前は居る……。なぜだと思う?」
「荒神さんか巌磨さんがバックアップを用意していたとか?」「データならそれも可能だが『人体』においてそれは不可能だ。クローンは作れるが魂と言うべき感情は個体ごとにバラバラに現れるからな。先に答えを言っておこう。お前を生き返らせたのはそこに居る。鈴音 琴乃さんだ」
「へ? アタシ?」
「その通り。ここでさっき見せた画像が役立つ。二人とも『創世主』伝説は知っているよな?」
「えぇ、少しは……」
「あぁ、あのバカげた話ですか?」
「そう……。俺も軍にいなければその馬鹿げた話の本当の転機や結末が解らなかった。だが今、俺が手に入れた情報をここで全て君たち二人に伝えよう」
荒神の話すことはかなり昔にさかのぼることだった。一九九三年 二月二十九日にその子供は生まれた。体の各細胞に恐ろしい数のミトコンドリアと普通の人間には無い特徴を持ち生まれた人間の亜種とまで呼ばれた子供。彼は『鑑 章介』と名付けられ幼少期は平穏に子供として過ごしていたがある時ある出来事を境に彼の行動が世界を揺るがす事態に発展したのだ。どのようにしてその規模の軍隊を集めたのかは定かではないが彼は巨大な軍事力と既知、何より恐ろしかったのは彼の先を見る能力だ。それによって全ての作戦が見透かされ列強はなす術も無く次々に倒れ彼はこの母なる大地を併合、巨大な帝国を作り上げた。
「あの、それとこれのどこに関係があるんですか?」
琴乃が聞きたくてたまらなかったと言うようにたずねて来た。今度は荒神では無く巌磨が答えた。「まぁ、そう思うのもむりないは、情報を見つけたワイかて言葉が出んようになるくらいの事実やったし。アンタはんがまさかそれに該当するとは思いもよらんかったさかいなぁ」
「それ……どういう事ですか?」
「親父がいうように結論から言ってしまえばアンタは『創世主』なんや」
「…………………………は?」
彼女の一言を聞き終えさらに巌磨が説明を加えた。その『創世主』の異能は人を超越しておりそれは人類がどのようにしてもなしえない物が多々含まれていたらしい。まずは驚異的な回復能力、次に空間転移能力、三つ目に無い物をある物に変える力。
「親父の話しやとな。アンタはんの背中からごっつ綺麗な光が出たそうなんや。で、そういう現象を調べてみるとな? 『創世主』の力の一部やっちゅうことが解ったんや。それにアンタはんが眠りこけとる間にとった血液サンプルの検視結果から推測するとアンタはんは確実に『創世主』なんよ」
部屋に居る四人の中に沈黙が広がり荒神が焼酎の瓶を床に置いた音とともに口を開き話しかけた。
「『創世主』はな、『血』で生まれる物ではないらしい。人間の摂理、輪廻、世界の均衡状態と時期の重なりから百年に一度、十億人に一人の割合で生まれるのさ。で、俺は今、ものすごく安心してる。現代に生まれた『創世主』がこんな良い子でな。いずれ知ることだから今伝えておく。その後『創世主』の一族がどういう末路を歩んだかをな」
その後の『創世主』の一族は皆殺しになりその血は絶えたらしい。この時代になる前の数十年前に起きた第一次緊張崩壊戦争の小規模戦線はここ日本で行われていた。その頃は『創世主』の血も薄れ異能は無く既に巨大な帝国は崩壊を迎えていて支配勢力から分離し独自の自治を持った地域が多く現れた。勢力範囲は独立軍がユーラシア、北アメリカオーストラリアを含むエリアを軍事拠点として構え『創世主』の一族は太平洋に浮かぶ孤島や南アメリカ、アフリカを領有していた。そして、その戦争の名前の通り『創世主』の一族の総攻撃を境に緊張は一気に崩れ戦争は激化、独立軍は元日本や元オーストラリアに空中要塞都市を集結させ防戦を張る一方でアフリカの後方より陸軍を進行させていたらしい。戦争の決着はこの日本空中都市連合艦隊によりもたらされ敵の主力艦や兵器や兵士は海のそこに消えて行った。その後は防戦をも敷けなくなった『創世主』の軍が中立を保っていたヨーロッパに落ちのびようとしたがヨーロッパは独立軍の勝利が確実になると独立軍に味方したうえで『創世主』の一族を拿捕しその一族郎党の全てを銃処刑により殺害したのだ。
「ここ、『愛知』は戦時中の名残を残したまま空中に浮いてるのさ。多くの都市は海面に浮く回遊都市として機能を停止させているがいつなん時敵の襲撃に見舞われるか解らないからな武装はしてあるわけさ」
巌磨が話を元のラインにもどし話し始めた。巌磨の話し方はこの『愛知』には珍しい。過去にまだ日本が分離していない時代には関西弁と呼ばれていたしゃべり方らしい。
「親父。話しがながいで……。まぁ、要するにや。わいらはアンタはんに礼を言いたいんや大切な家族を救うてもろたしのう。ほんまおおきにな。見ての通りワイらは血のつながりは無いしはっきり言うて赤の他人や。だけど慣れると楽しいもんやで? まぁ、零紫と親父は親子同然やけどな……」
「水を差すようで悪いが業務連絡もしておく。早めに言っておかなくてはいけないのを忘れていたが明日からそいつをそっちに預けることになってるからよろしく頼むよ。琴乃さん」
「え? どういう事?」
「お姉さんの同意のもと零紫の身柄はそちらに預けると言うことさ。それなりの補償金付きでな。他にも『ガイア』の任務や情報操作の関係で付属が付くかも知れないが細かいことは後々……」
その時、不意に警報が鳴り響き管制室からの伝令が流れ基地内にいるらしい主任が中央会議室に召集された。その緊急放送と同時に荒神も立ちあがり部屋を出て行き巌磨はぶつくさ毒を吐きながら零紫を連れて部屋を出て行った。荒神は主任位の1人で巌磨は零紫の専属のシステムエンジニアだ。それぞれの仕事に向け足を運ぶ彼らは無言のままでいる。緊迫感は相当なものだ。そんな中、一人にされた琴乃がいささかかわいそうだが緊急事態につき誰も相手が出来ないのだ。
「思世管制主任兼指揮官よりの通達です。夢路班は通常のシフト通りに砲撃管制を受ける準備をした状態で待機、水無月班は第二緊急レベルシールドポットの展開用意をしたのちSEHシールドの展開用意をして待機、空雅航空大隊は敵機の撃墜を行い敵の数を削った後に輸送船館の警護、荒神氏には『特務機関特別高機動科学隠密部隊』OGREを指揮し敵の攻撃艦の主要管制室の制圧及び敵の指揮官の暗殺を行ってください。指示が通った班、大隊から行動を開始してください」