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【おまけ2】刺繍の魔法は奪えない  作者: 片山絢森
本編

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6.形勢逆転、からの逆転


「ブライアン……っ!」


 わあああっとララがブライアンに泣きつく。


「レイリが、レイリが、あたし……っ」

「大丈夫だ、ララ。もう心配しなくていい」


 そう言うと、彼はレイリをにらみつけた。


「どういうことだ。場合によってはただじゃおかない」

「構わないわ。私はただ――」

「聞かないで、ブライアン!」


 悲鳴のようなララの声が遮った。


「レイリは嘘つきよ。ひどいわ、ひどい! ひどすぎる……!」

「あなた、この期に及んで何を……」

「黙れ、レイリ!!」


 ブライアンがレイリを怒鳴りつけた。


「ララ、ララ、大丈夫だ。泣かなくていい。もう心配いらないからな」

「ブライアン、あたし、あたしっ……」


 ララがブライアンにすがりつく。その華奢な肩を抱きしめて、ブライアンはふたたびレイリをにらんだ。


「もう我慢できない。出て行け、レイリ。お前はこの騎士団に必要ない」

「何言って……」

「他の皆も同じ意見だ。これ以上ララに近づくことは許さない。今日限り、お前はクビだ」


 信じられない言葉に唖然としたが、彼は大真面目だった。


「お前はララに嫉妬して、くだらない嫌がらせをしていたそうだな。仕事を押しつけて、毎日遊び回ってるあげく、ララの刺繍を自分のだと言い張って。そんなやつ、この騎士団には不要だ。これ以上ララを傷つける前に、さっさと出て行け」


「冗談じゃないわ。ちゃんと話を聞いてちょうだい」

「お前の話なんて、聞く価値を感じない」

「な――」


 唖然としたレイリに、ブライアンは憎々しげに言った。


「俺たちに必要なのはララだけだ。お前じゃない、レイリ」

「聞いて。刺繍に関することよ。すごく大切なの」

「だから必要ないと言ってる。そもそも、お前の刺繍なんて誰も欲しがらない。調子に乗るなよ、嘘つきが」

「私は嘘なんかついてないわ!」


 思わずレイリは叫んでいた。


 ――どうして。


 声にならない思いが胸に広がる。


 悔しかった。

 騎士団で働くようになってから、数え切れないほど刺繍した。彼らの事を知るたびに、より使いやすくなるよう考えた。


 得意な戦い方、付与の組み合わせ、ちょっとした癖なども考慮して。

 今の騎士団において、レイリの刺繍は欠かせなくなっている。


 ブライアンのしているマントだって、刺したのはレイリだ。今は複雑な模様ではなく、ごくシンプルなものを身に着けているが、それだってレイリが仕上げたものだ。


 別に、特別扱いしろと言っているわけではない。ただ「ありがとう」と言ってほしかった。

 喜んでもらえたら嬉しいし、役に立ったらもっと嬉しい。最初はただそれだけだった。

 彼らの任務を知り、その危険さを感じるにつれ、上手くなりたいという思いが強くなった。



 彼らが無事でいますように。



 何事もなく帰ってきてほしい。大怪我なんてしないでほしい。どうか無事でいてほしい。


 ――本当に、それだけだったのに。


 うつむいたレイリの正面で、ララが勝ち誇ったように笑うのが見えた。

 ブライアンからは決して見えない位置だ。

 それを見て、レイリの胸に炎が点った。


(このままじゃ終わらせない)


「だったら、刺してるところを見せてもいいわ。それならどう?」

「は? 何を……」

「ララの言うことが本当なら、私は刺繍ができないはずよ。そうでしょう?」


 その逆に、ララはレイリと同じ付与ができる。少なくとも、本人はそう言っている。

 二人同時に目の前で刺せば、さすがの彼も分かるだろう。


「どっちが嘘をついているのか、それで判断してちょうだい。そうすれば――」

「痛いいぃぃっ!」


 その時、ララが悲鳴を上げた。


「痛い、痛い、痛いっ! 指が痛い……!」

「ララ!?」

「さっき、レイリにやられたの。あたし、これじゃ、針を持てない……っ」


 いつの間にか指を押さえたララが、指をかばうようにうずくまった。

 なんともお粗末な理由だが、芝居だけは神がかり的に上手い。さすが、彼らを騙し続けていただけの事はある。案の定、それを聞いたブライアンが顔色を変えた。


「なんてことを、レイリ!」

「そんなことしてないわよ……」


 思わず答えたが、彼は聞いていなかった。


「ララ、大丈夫か? そんなに痛むのか。骨は?」

「あたし、当分針は持てないわ。だから刺繍もできない……」


 ララが悲しげにまつげを伏せる。その姿はいっそあっぱれだったが、それで済むはずがない。


「だったら私が刺すわ。それならいいわよね」

「はぁっ?」


 思わずといったようにララが言い、直後にはっと口を押さえた。


「何も問題ないでしょう。この人に見てもらうだけよ」


 いいでしょう? と彼に問う。ブライアンはうろたえつつも頷いた。


「あ、ああ。だが……」

「レイリの口車に乗らないで!」


 ララが手を押さえたまま叫んだ。


「騙されないで。レイリは嘘をついてるのよ!」

「ララ……」

「あたしの手を傷つけた人を信じるの? あたしを信じてくれないの、ブライアン……?」


 ララがぽろぽろと涙をこぼす。

 本性を知っているレイリでも、思わず手を差し伸べてしまいそうな頼りなさだった。

 ブライアンはそれ以上だったらしく、慌てて首を振る。


「しっ、信じるぞ、ララ!」

「ほんとに、ブライアン?」


 途端に泣きやんだララが、雫のたまった目でブライアンを見上げる。


「ああ、本当だ。危うく騙されるところだった。お前の言うことなんて信じるか、レイリ」

「あなたねぇ……」


 その変わり身の早さは尊敬するが、いくらなんでもあんまりだ。


「ララが嘘をつくはずない。嘘つきはお前だ」

「何言って――」

「うるさい、黙れ!!」


 騒ぎを聞きつけて、他の騎士達もやってきた。

 泣きじゃくるララと、それをかばうように抱くブライアン、そして対峙するレイリを見て、彼らも一様に視線を険しくする。


「何をしてるんだ、レイリ」

「それは――」


 レイリが説明しようとしたが、「聞いて、みんな!」とララが遮る。そばにいたブライアンから話を聞き、彼らはレイリの前に立ちはだかった。


「これ以上ララに近づくな。厄介者の嘘つきめ」

「お前の刺繍なんか必要ない。さっさと出て行け」

「ララは俺たちの天使で、大切な仲間だ。お前なんかとは違う」


 彼らはレイリをにらんでいた。その目には少しの躊躇もない。ほぼ全員がララを守り、レイリに敵意を向けている。何か言いかけ、レイリはぐっと唇を噛んだ。


 ――どんなに頑張っても、彼らが認めてくれる事はない。


 ララの嘘を真に受けて、彼らはレイリを糾弾する。真実を確かめようとさえしてくれない。

 気づかなかった自分が間抜けなのだ。

 だけど、たったひとりでも確認してくれたら、ちゃんと分かったはずなのに。


「――もういい」


 噛みしめた唇から声が漏れた。


「信じてもらえないなら、もういい。あなたたちには期待しない」

「はぁ? それはこっちのセリフ――」

「ララ! いいわよね」


 それを遮るように聞くと、ララはびくりと身じろいだ。


「あなたも私がいなくなることを望んでるのよね? そうでしょう?」

「え、あの……えっと」

「明日から大変だと思うけど、頑張ってちょうだい。仕事を押しつける相手も、代わりに刺繍してくれる人もいないけど、全部自分でやるのよね?」


 そう告げると、ララの顔がこわばった。


 彼女が押しつけていた大量の仕事は、ほとんどレイリが引き受けていた。いくら簡単な付与でも、あれだけあったら手が回らない。

 それに加えて、三種の付与に、複雑な模様。レイリがしていた多くの付与は、ララには理解すらできないだろう。


 まして、「レイリは何もしていない」と言ってしまった。そう口にした手前、レイリの不在を理由にはできない。ララの言葉を借りるなら、三種の付与など、彼女レイリは手掛けた事がないのだから。


 けれど実際は、何もできないのはララの方だ。

 だから。


「今までとは段違いに難しいけど、頑張ってね」


 ララの顔がさあっと青ざめる。

 やっぱりな、とレイリは思った。


 ララはずる賢いわりに、物事をあまり深く考えられないタチだ。

 レイリの手柄を奪い、ちやほやされる事を楽しんでいただけで、それがどんな結果を生むか分かっていない。


 理由も分からず嫌われ続ければ、レイリだって疲弊する。いつまでも我慢する事はできない。どうにかならないかと努力したが、それが実を結ぶ事はなかった。当然だ。すぐ身近に、その元凶がいたのだから。

 元凶を倒せればよし、そうでなければ。


「この状況で、どこまでできるか見ものだわ」

「ま、待ってレイリ、あの……っ」


 呼び止めようとしたララに、レイリはにっこりと笑った。


「邪魔者は去るわ。いいでしょう?」


 遠からず、彼らは真実を知るだろう。


 ララの怪我は真っ赤な嘘で、どこにも傷はついていない。それなのに、いつまでも刺繍のできないララを見て、彼らは何を思うだろう。

 最初は同情心だけでも、やがて疑問を抱くはずだ。


 ララの刺繍は初心者レベルで止まっている。練習さえしなかった分、下手になっているのだ。

 刺繍の他に、縫い物や繕い物を任される事もあった。それをしていたのもレイリだ。刺繍はまだしも、そちらまでできなかったら、彼らはどう思うのか。


 どちらにしても、今までのようには暮らせない。


「少し前に、『あなたがしたことはとんでもないことだ』って言ったの、覚えてる?」


 その本当の意味を、彼女は理解しているのか。


「刺繍の付与は、ただ刺すだけじゃない。それぞれに合った形があるの。一応書き留めてあるけど、あなたには理解できないわ。それをすべて覚えて、一針も間違えずに刺すこと、果たしてあなたにできるかしら?」


 それだけではない。

 詳しい使い心地を聞く事で、より正確な対応ができた。騎士という危険な任務において、それは命を守る事にもつながったはずだ。


 レイリの手柄を奪うだけならまだよかった。けれど、ララは彼らの安全まで犠牲にした。レイリの口から真実がばれるのを恐れ、その後の確認をさせなかったのだ。それだけはどうしても許せなかった。


「レイリ、考え直して。あなたは大切な友達よ。だから、これからも一緒に――」

「お断りするわ」

「そんなこと言わないで。また一緒に働きましょう? レイリがいてくれないと、あたし、困るわ。だから……」

「断るって言ってるの」

「レイリったら、意地張らないで。どうしたら残ってくれるの? そうじゃないと、あたしは――……っ」


 断り続けるレイリにめげず、ララが懸命に食い下がる。それはそうだろう。今ここでレイリがいなくなったら、ララは窮地に立たされるのだ。


「ラ……ララ? どうしたんだ、一体?」


 必死にレイリを引き留めるララに、彼らが戸惑った顔になる。


 彼らにとって、レイリは怠け者の嘘つきだ。その上、ララを虐げた存在でもある。それなのに、なりふり構わず留めようとする理由が分からないのだろう。彼らは困惑した様子だった。


「せっかくレイリが出ていくんだぞ。なんで引き留めようとするんだ?」

「ララはやさしいから……でも、ほんとになんで?」

「もしかして、何か理由でもあるのか?」

「ないわよ!! でも!!」


 ララが叫んだ時だった。


「――失礼。取り込み中だろうか」


 落ち着いた声が、場の雰囲気を断ち切った。

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