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刺繍の魔法は奪えない  作者: 片山絢森
本編

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3/11

3.不可解な出来事


    ***

    ***



 団長の部屋へ行くと、誰かが出てくるところだった。


「――失礼」


 目の前にいたレイリに気づき、するりと身をかわす。まったく無駄のない動作だった。

 ふわりとひるがえったマントが揺れて、内側の刺繍が見える。


(あ)


 その刺繍には見覚えがあった。


「獣除け……」


 ふと呟いた声が耳に入ったらしい。相手は目を瞬いた。


「知っているのか?」

「はい。古代の刺繍、ですよね? 本物を見たのは初めてですが」


 そこにいたのは、二十代初めくらいの青年だった。

 黒い髪、黒い瞳。驚くほどの長身で、肩幅が広い。

 ひどく整った顔立ちだが、見覚えはない。深い青を基調にした騎士服は、確か王都の騎士団のものだった。


「よく知っているな。あまり一般的な柄ではないはずだが」

「以前に見たことがあるんです。刺すのはまだ無理ですけど……」


 簡単そうに見えてややこしく、魔力もたくさん消費する。

 なぜそんなものをと思ったのが伝わったのか、男は端的に教えてくれた。


「ひとりで森を抜けるので、必要だった。なければなくても構わないが、この柄が気に入っている」

「なるほど……」


 確かに、木々の葉を差し交わすような連なりは美しかった。

 騎士なら戦いに使えるものを選ぶと思っていたので、彼の選択は珍しい。ただし、その柄が好きだという発言は好ましかった。


(変わった人)


 でも、嫌いじゃない。


「付与師か」

「はい、一応は」

「私も世話になっている。とてもありがたい」


 そう言うと、わずかに目元を和ませる。厳しい顔つきが一転して、驚くほど柔らかな印象になる。思わず見とれ、レイリははっと我に返った。


「こ、これからも頑張ります」

「そうしてくれ」


 彼は王都の騎士団に所属しており、増え続ける魔獣を討伐するため呼ばれたという。ひとりで? と思わなくもないけれど、指揮官なのかもしれない。


 今日から数日ほど滞在し、魔獣を討伐した後王都に戻る。

 簡単に自分の身元を明かした彼は、「では」と告げて背を向けた。


 あの見事な刺繍を見れば、自分の出る幕はなさそうだ。

 首を振り、レイリは気持ちを切り替えた。



    ***



「――ああ、そうなのか。ふぅん」


 報告を終えると、団長は気のない顔で頷いた。


「まぁ、君の気持ちも分からないではないが……。うん、まぁ、事情は分かった。君の主張も理解したよ」

「あの、騎士の方々への通達は――」

「ああ、それはこっちでやっておく。君は心配しなくていい」


 言葉とは裏腹に、その声には面倒だという内心が透けて見えた。


「それにしても……うん、まぁ、思った通りだな」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 こっちの話だと首を振る。

 行っていいと言われ、レイリは首をかしげつつ部屋を辞去した。

 なんとなく肩透かし、というよりも、相手にやる気がまるでなかった。


 ララや他の騎士達の批判にならないよう、言葉を選んで話したが、もしかして伝わっていなかっただろうか。

 けれど、これ以上は悪口になってしまう。それはやっぱり、ちょっと避けたい。


 ふと目をやると、木陰にララの姿が見えた。

 休憩時間には早いが、ララが出歩くのはいつもの事だ。

 彼女は別の騎士と一緒にいる。どうやら刺繍を手渡しているところのようだった。


 ララが刺したものではなく、先日レイリが仕上げたものだ。

 近くにいるレイリには気づかないらしく、ぴったりと寄り添っている。

 彼女はそれを両手で渡し、可愛らしく微笑んだ。


「どうぞ、使ってね」

「ありがとう、ララ」


 彼が照れくさそうに受け取る。


「いいのよ。これがあたしたちの仕事ですもの、気にしないでちょうだい」

「忙しいのに……助かったよ」

「どういたしまして。力になれてよかったわ」


 またいつでも言ってねとララが笑う。彼は嬉しそうに頷いた。


「そうするよ。ありがとう、ララ」


 やり取りに不思議なところはない。ただしそれは、ララが刺繍をしていた場合だ。

 礼を言ってほしいわけではないけれど、なんとなくモヤモヤする。


 だが別に、文句を言うほどではない。

 私って心狭いのかしらと思いつつ、レイリは無言で背を向けた。



    ***



 結局ララは午後いっぱい帰ってこず、その間レイリはひとりで仕事をこなした。

 途中で糸が足りなくなり、保管庫へ向かう。


 以前、ララに頼もうとしたところ、「あそこ、暗くて怖いんですもの」と怯えた顔をされた。結局、レイリがすべて準備している。糸の場所や在庫など、ララは把握さえしていないだろう。それどころか、付与する図案もおぼつかないに違いない。


 この一年で、レイリの刺繍はかなり上達した。今では難しい付与も楽々こなせる。

 その逆に、ララの付与率は徐々に下がり、今では覚えたての新人程度になっていた。


 だが、一方で。


 レイリの技術が磨かれていくほど、騎士達の態度は冷ややかになった。

 新人の分際で生意気だとでも思っているのか、彼らの視線は常に冷たい。刺繍の使い心地について聞きたくても、彼らは嫌そうな顔でレイリを見て、舌打ちして去っていくだけだった。

「白々しい…」と言われたが、意味が分からない。


 中のひとりをつかまえて聞いたが、何も答えてくれなかった。

「自分の胸に聞いてみろよ」と言われ、乱暴に手を払われる。


 そんな事を言われても、心当たりなんてない。

 いつの間にか、レイリは彼らと会話するのをあきらめてしまった。

 部屋に戻ると、ララはお菓子をつまんでいた。


「刺繍、やらなくていいの?」

「だって、疲れたんだもの」

「さっさとやらないと終わらないわよ。その刺繍、急ぎなんでしょう?」


 あれだけ言ったのに割り込ませてきた仕事だ。終わらないと困るだろう。そう言うと、ララは目をうるませた。


「あたしじゃとても無理よ。ねえ、レイリ、お願い……」

「私も無理よ。言ったでしょう」

「意地悪言わないで……」


 誰が意地悪だ、と言いたいのをこらえ、努めて穏やかな口調で言う。


「意地悪じゃなくて、無理なのよ。いい加減に分かってちょうだい」


 本音を言えば、「怠けてないでさっさとやれ」と言いたいところだ。だがそれを口にすれば、ララは目に涙をためてうつむくだろう。そして、しくしくと泣き出す。その間、仕事はしない。

 ただでさえほとんど働かないのに、それ以上なんて耐えられない。


「お菓子を食べてる時間があれば終わるわよ。悪いけど、私はできないから」

「そんな……」


 ララが傷ついた顔になる。

 そんな顔をされても、無理なものは無理だ。

 ララの視線に気づかないふりをして、レイリは次の布を手に取った。


 今日は本当に忙しい。

 その日レイリが仕上げた刺繍は二十五。ララはひとつも終わらなかった。

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