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レトロ・フューチャーズ・フォレスト  作者: 花黒子


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自分軸で生きるためのステップ



 銀行からの融資で、マイクロ水力発電機を買い、船で送ってもらっている間、俺たちはプールの掃除を始めた。

 水を抜いて、一通り藻やカビを洗い流していった。屋内プールで、施設はどこもカビだらけ。おそらく、配管なども取り替えないといけないだろう。

 基礎工事の会社が来て、見積もりを訂正していった。また1万ドルほど余計にかかってしまうらしい。


「本当に金がねぇよ」

 借りた金は飛ぶように消えていく。


「なんか、した方がいいんじゃない?」

 キャスも心配し始めた。


「いや、スケジュール通り行こう。ベンチも売れているだろ?」

「一応、今まで作ったのは売れているよ」


 廃材から作ったベンチが、ちゃんと売れている。ネットラジオもやっているからか意外と近くの町の人たちも聞いてくれていて、ベンチを買ってくれる人もいる。実際、キャスのベンチは使い心地がいいのだろう。のん気に夕涼みをしながら酒を飲むのにぴったりだ。

 配送も自分たちでできる距離なのも良かった。


 キャスのベンチがここ一ヶ月の会社の最も売れた商品だ。山のデータや教育プログラムの作成では、まったく売れる見込みはない。近くの山のデータなんか誰も欲しいなんて思わないし、教育プログラムは大手のAI会社が手掛けているので競争が激しく埋もれている。

 それでも、俺たちは自分たちに合ったカリキュラムを作り、実行していった。


 プールの掃除を終えれば解体業者の手伝いに向かい、改装工事をしている工務店に繋いでもらって、壁紙や床の張替え作業を教えてもらう。資金的に基礎工事だけしかプロに任せられないので、俺たちがすべてやることになる。


「3Dのソフトを使って、内装を組むんだよ。そこから素材や家具を決めていくといい」

「なるほど……」


 完成形から逆算していったほうが、結局コストは掛からないという。

 荷運びを手伝い、邪魔にならないように手伝っていただけでも、筋肉痛になった。


「ああ、疲れたね」

 家に戻り、外にあるベンチに座ると根が生えたように動けなくなる。

「ビール飲みたい。シャワー浴びたい!」

 キャスは願望をそのまま口に出していた。


「明日牛の世話がないなら、そこのベッドを使っていいよ。俺は明日、枯れ葉拾いで山に行かないといけないから」

「いいの? じゃあ、借りるわ。シャワーも借りるからね」

「うん。暖かくなるのに時間はかかるから、出しっぱなしにしてから着替えたほうがいいよ」

「わかった」

 キャスはすでに自分の家のように使っている。


「金にならない仕事ばかりだな」

「お、モチベーションが下がっているのか?」

 レトロが充電をしながら聞いてきた。


「モチベーションは下がらないけど、なかなか進まないからさ。焦っているのかもしれない」

「そういう時期はあるさ。電力があれば、一気に加工業も手を出せるようになる」

「ああ、チーズ工房も再開していけるといい。それまでは、『ベンアンドモリー』の家でどうにか食いつないでいかないとね」

 小型火力発電を断ったのは、失敗だったかもしれない。ただ、補助金ばかりを頼りにしていても、他の地域に繋がらないのも確かだ。未だに都会と田舎の格差はあるが、何もない田舎でもちゃんと稼げることを示していけば変わってくるだろう。

 とにかく毎日体を動かす仕事がある。

明日も午前と午後で違うことをするので準備だ。ドローンとリュックをパッキングしていたらいびきが聞こえてきた。


 クカー。


 いつの間にか、キャスはシャワーから上がって、ビールを飲んで眠ってしまったようだ。

 明らかにキャスは痩せてきている。動いているのもそうだが、それほど食べていないのかもしれない。サンドイッチを大量に作って、冷蔵庫に入れておいた。パンとハムなら買える。

 自分のできることをやっていくしかないという状況がある。

 休めばいいのだが、じっとしている自分を楽観的に見れない。中年の危機というやつだろうか。人生の半ばに来て、自分のできることやりたいことを見据えると、まだできるんじゃないかと無理をしてしまう。


「明日は寝坊してみるか」

 子供の頃から時間に厳しい親に育てられたから、そんな事を思ったことがなかった。資産形成の本を読んでも、お金を稼ぐ理由はそのカネで時間を買うことだと言われている。

 多くの本で言われているから、確かにそうなのだろう。ただ、田舎に来た時点で、そういう思想から離れている。現に、お金は溶けるようになくなっている。

 今の自分は、充足感を求めているはずなので、日々のスケジュールを達成できていけばいいはずだ。

 俺はスマホの目覚ましアラーム機能を切って、寝袋で寝た。疲れもあって、目をつぶった瞬間には意識が飛んでいた。


 翌朝、小鳥のさえずりとともに起きてみると、身体はものすごく軽くなって疲れも感じていない。関節が固まっていたが、伸ばしてみれば、それほど痛くもない。

 時間を見れば、アラームの30分前だ。

 不思議だ。酒も夜食も食べないで寝たのに、身体が回復している。おそらく消化に使うエネルギーをすべて修復に使ったからだろう。


 冷蔵庫のサンドイッチを温めて、コーヒーを入れているとキャスが起きてきた。


「ああ、寝てた! おはよう」

「おはよう。サンドイッチが冷蔵庫に入っている。いくらでも食べていいし、ランチに持っていくといい。俺もこれを食べたら、山に行くから」

「早いね」

「なんでか知らないけど、寝坊しようと思ったら早起きしてしまったんだ。自分に時間によるストレスを掛けるのを止めるよ」

「そんなことできるの? 私もそうしよう」

「たぶん、個人的な条件があるはずだから、それを元に一日のスケジュールを決めたほうがいいよ」

「確かに……。レトロも行くの?」

「行くよ。キャスはベンチの依頼を片付ける予定になっているけど?」

「じゃあ、サンドイッチ食べたら、そっちをやるよ。もし、山でなにかあったらドローンを飛ばすから連絡して」

「わかった」


 シャワーを浴びて、空の麻袋や背負子など準備していたものを持って、レトロと一緒に山へと向かう。

 トレッキングコースもあるのでそこを登っていくが、枯れ葉を回収するのは道から外れた場所だ。それでも一応、消防署へ行き、挨拶をしておく。


「データを送っていると思うんですけど、今日、枯れ葉の回収に行きます。最近、雨降ってないし気温も上がってきているんで、予防のために行ってきますので、危険なことはしませんので」

「わかりました。登山客も結構来ているので、動物に気をつけて行ってきてください。火の不始末なんかもあるかもしれませんから注意してあげてください」

「了解です」

「あ、これ、虫よけね。持っていって」

「ありがとうございます」


 虫よけのスプレーをもらい、登山客用の駐車場からゆっくり登っていく。平日なこともあり、人はまばらだ。


「年齢層は高いな」

 レトロが正直に言っていた。

「こんな田舎まで来るなんて、金持ちばっかりかもしれないよ」

「会社の宣伝をしよう。ラジオでもつけておくか」

 レトロは実用的なことを恥ずかしげもなく言うので、こちらとしてはありがたい存在だ。


 風は緑の匂いが強く、日差しは厳しかった。


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