草刈りをしながら……
先に聞きにくいことを聞いておこうか。
俺は、草刈りの準備をしながらキャスの方を見た。すでに一度ショーンの牧場へ行き、草刈り機をピックアップしている。
「都会から戻ってきた理由って、はっきりこれだっていうのはある?」
「アルはどうなんです?」
「俺は……、なんとなくかな。俺から聞いておいて、それじゃあ納得しないか。えーっと、都会ってさ。なんかやりたくもないことをやって金稼ごうと思っている奴らが多すぎない? 結局、多くの人は褒められたいから何かをやっているのであって、褒められて優越感に浸りたいから、好きでもないことをしているっていうかさ」
「ああ、確かにそうかもしれませんね」
「その価値観にあんまり意味を感じなくなってしまったんだよ」
「その話面白いから、骨伝導のイヤホンで喋りながら草刈りをしよう」
レトロが軽トラの荷台からひょいと下りて、イヤホンを渡してきた。
「そんな重要な話でもないと思うんだけど……」
「いや、せっかく会社を作って最初の従業員なんだから、お互いに信頼し合うにはパーソナリティくらい知っておいたほうがいい」
「こういうAIの正論はあんまり好きじゃない」
「ああ、それは私もそうです」
二人ともイヤホンを耳にして胸ポケットにスマートフォンを入れた。ボタンで停めておけばノイズもキャンセルされるだろう。
ドゥルルルル……。
「聞こえる?」
『聞こえます。聞こえますか?』
「大丈夫。で、何の話だったっけな。価値観か」
「そうです。都会の価値観に合わないというか、それは誰しも思うんじゃないですか。いろんな価値観の集合体なので」
「そうなんだけど、俺はヒューマロイドの修理エンジニアだったんだけど、せっかく付いたロボットに付いた個性を消す仕事だったんだよね。AIが出てきたときも思ったんだけど、人間が標準化しようとするのは、倫理的には全体主義でしょ? 民主主義じゃないと言うか、面白さを切り捨てているように見えて合わなかったんだよね」
「要はロボットの変なところも認めろってことですよね?」
「そうだね。だからって、計測中に違うことされると困るんだけど、割合の問題かな。とにかく、人間の都合でロボットの人格が殺されるように見えて嫌になったんだ」
「優しいと言うか、ずっと続けているとそうなっちゃうんですかね。私の場合は逆というか……」
キャスは汗をタオルで拭っていた。昼過ぎの日向はとにかく暑い。運動場や駐車場は大きな木が生えていないので、直に日光が当たる。
二人とも帽子を被っているが、レトロは早々にオーバーヒートを考慮して、日陰の方で草を刈っていた。ドローンで除草剤でも撒くつもりなのか、低電力モードに切り替えている。
「標準化して他人と同じだと安心するタイプだったので、ぬるい現実をだらだら過ごしていけば、いつかいい男を見つけて、都会の暮らしに馴染めると思っていたんですよね。ところが、そんなことはなく、所謂ダメンズと多く暮らしてしまい、ただただ自分の人生を無駄にしてしまっていることに気づいて、起業したんですけど上手く行かず、そのまま実家に帰ってチーズ工房でもやろうと考えたんですけど、やっぱり見積もりが甘くて上手く行かずにだらだら過ごしてしまい、今はネットの動画を見続けてクダを巻きながら牛の世話をしながら、お菓子を作り、太り続ける毎日を過ごしていたんで、いい加減このままだと病気になりそうだったんです」
キャスはとめどなく喋る。
「だから、アルさんがこっちに引っ越してこなかったら、結構やばかったと思います。もっとダルダルになっていたと思います」
「でも、何かしら働きたいというのがモチベーションになっているのはいいことなんじゃないの?」
「いやぁ、どうでしょう。やりたくないことは無数に増えていくんですけど、やりたいことが見つからないと言うか。チーズ工房も実家で牛を飼っているからという理由だけですし」
「木工は?」
「木工はただ好きなだけというか。別にやらなくてもいいんですけど……、なにか組み立てたくて、なんでもいいんですけど。木材は柔らかくて加工しやすいじゃないですか。牧場が森の中にあるくらいですからね。馴染みがあるんです」
「キャスは馴染を作りたいのかな?」
「安心な方へ向かっていく修正はあります」
「それは誰でもあるさ。ベンチやベッドを作ったりするのもいいし、とにかく木材に触って組み立てられるのがいいってことでしょ?」
「まぁ、それだけで稼げないと思うんですけど」
「いや、それだと思うよ。とにかく充足感を大事にしよう。一応、この会社の戦略だから」
「『ダークホースで行こう』ですか?」
叔父さんと叔母さんの計画表に書いてあった言葉だ。俺も大学の頃に、叔母さんに本を送ってもらった。予想外の活躍をする人たちのことだが、彼らは皆一様に幸せそうだった。
「うん。もしなにか勉強したいとか、こういうのが出来ないか、ということは提案してみて、俺もレトロもできるだけ協力する」
「じゃあ、山で拾ってきた枝で椅子を作りたいとかでもいいんですか?」
「いいよ。廃材とかも揃えられるんじゃないかな?」
「え? 本当ですか? だったらそれもお願いしたいです。どうやるんです?」
「いや、町に空き家が多いでしょ? 結局駐車場にするしかなくなると、建物は解体するから解体屋に頼むはずなんだよ。俺たちもそこに行って解体屋が来る前にめぼしい木材をもらえないかと思ってね。それくらいだったら、ローカルなネットワークで教えてくれる人がいそうだろ?」
「確かに……。なんで気づかなかったんだろう」
「細かく考えていかないと、自分のやりたいことは見つからないみたいだから」
「アルさんはやりたいことがあるんですか?」
「さっき言ったとおりだよ。機能としての民主主義さ。都会から離れてよくわかる。他人と同じことをやっていても、それは他人と共感できるようになるだけで、自分の充足感はないんだよね。ひとりひとり違うということに戻って考えたほうがいい。俺たちが今考えているよりも、それほどお金はかからないはずなんだよね」
「そうなんですか?」
「たぶんね」
「よーし、いいラジオだった。作業は休憩してくれ。二人とも体温上昇が見られるから!」
レトロは俺たちをサーモグラフィーで見ていたらしい。確かに汗だくだ。水を浴びて、シショーンが家で作っていたレモネードをいただく。
「美味すぎない?」
「父さんは、牛の世話より料理がうまいんですよ」
人それぞれ意外な特技がある。「好きこそものの上手なれ」「情熱は習得の鍵」などことわざがあるが、少し好き程度でいいから、自分の動くきっかけがあることはやり続けたほうがいいだろう。「やらなかった後悔は長く続く」というのがベン叔父さんの言葉だ。