理解への時間
田舎はヒューマロイドに対して、横暴になるということはないが、不具合が起きた時にかなり心配する。介護や荷運び、料理や掃除の補助、品物の送付などまでやるのだから、不具合があっては困るのだから当たり前だ。もちろん、家庭用のヒューマロイドはだいぶ丁寧に扱っている家が多いが、酒場などで働くバーテンダーロボやコンビニで働く棚出し会計ロボに関しては都会と同じで、不意に蹴られたりして転び、パーツが歪んだりしていることがあるようだ。
一度メンテナンスの仕事をすれば、一気に広まるのも田舎のいいところで、「大きな街に持っていくよりも家に来てもらってもそれほど価格が変わらないなら」と、ここ5日ほどヒューマロイドのメンテナンス仕事はひっきりなしに来る。
その間に、レトロは近くの山のマッピングをドローンで済ませていた。熱源や地中の窒素量なんかも計測できるので、できるだけ現地調査してもらっている。大体が動物の糞や死体だ。糞に群がる虫やバクテリアによって分解されて多少熱が発生するが、もちろん山火事になるような温度にはならない。それでもレトロは確かめに行っているようだ。
結構、動物もいるらしく、アライグマ、キツネ、シカ、ヤマアラシやリスまでいる豊かな森が広がっている。ヘラジカは大きいのでレトロも近づかないように気をつけていると言っていた。
いずれ獣害対策も必要になってくるだろう。
「そんなことよりも役所から連絡ないか?」
「広告のメールしかないんじゃないか。ああ、また仕事のメールが来ている。これはでも都会からだな」
メールフォルダを共有しているので、レトロは俺の秘書のように動いてくれることもある。
「山のデータをたくさん取っていたから、データがほしいんだと思う」
「レトロの仕事か。MaaSなら、データ送って通信料を無料にしてもらおう」
「了解。あ、役所からメールが来た。1ドルでいいって」
「やったぜ!」
パットでメールを確認して、書類関係にサインをしておく。
準備していた改修施工業者に見積書を頼むのも忘れない。
「ええ? なんか、一旦役所に来てくれって言ってるんだけど、行かないといけないかな?」
「行けよ。企画書の不備があったんじゃないか?」
「メールで済ませてほしいよな」
「対面の方が人間の礼節には合ってるんじゃないの?」
「レトロ、帽子と服を着て行ってくれよ」
「構わないぜ」
「いや、充電切れたら大変か。でも、どれだけバッテリーが持つか付いてくるか?」
「うん。行くよ。周辺地域の変化も更新したいし」
レトロはマッピングがしたいらしい。
とりあえずレトロと一緒に街へと向かう。
買い物もしようと思ったが。食料品は足りているし、仕事で使うパーツも3Dプリンターが届いているので必要なくなっている。電子系の部品は頼むしかないが、経年劣化するようなパーツは意外と強化プラスチックの方が素材の寿命を伸ばすこともある。
「結局、何が名産なんだ?」
「チーズとかクラフトビール、ワインなんかもあるはずだけど。アルは、ほとんど酒を飲まないだろ?」
「飲めないことはないし、好きではあるんけどな。機会がないと飲まないよ」
都会に住んでいた時は、毎日飲んでいた時期もあるけど、今はほとんど飲んでいない。単純に次の日の仕事に影響するからだろう。
「空き家だらけじゃないか」
山から下りて町並みを見ながらレトロが周辺の地図を更新していた。衛星やドローンから見る景色とは違うので、新鮮なのかもしれない。
「地方分散とか言っても、これが現状だ。資本とか成果とか追い求めても、理解できる者は少ないんだよ」
「じゃあ、ベンとモリーは間違ってなかったんだな」
「ああ。基本精神はあれでいくよ」
「うん。助けが欲しかったら言ってくれ。スリープしてなかったら、会議室までよじ登っていくから」
「レトロは来ないのか?」
「人間の話し合いには行かないよ」
古いしきたりを守るような事を言う。
レトロは叔父が買った中古品だ。いろんな工場や家族を経てきているから、ちょっと個性が宿っている。叔父も叔母もそこが気に入っていたようだが、俺もその感覚はわかる気がする。
役所に行くと、すぐに会議室へと通された。隣の銀行の銀行員や代議士とかいう人までいる。
「なんですか? 一応、業者に見積もりを出してもらっているところですけど」
「ああ、そのことなんだけどね。この計画書の二年目の小型火力発電所も同時に作ったほうがいいんじゃないかと思って。それなら、市の事業としても補助金は多く出るよ」
代議士が喋り始めた。誰なんだよ。
要は、市の運営にして中央の言うことを聞けということだろう。
「別にそんなに急いでいないというか……」
「でも、その方が一気に借金は返せるし、市としても協力もできるんだ。どうかね?」
スーツを着て、人生で何も考えてこなかったような顔をしている。こんなために俺を呼んだのか。バカバカしいので、とっとと帰してもらおう。
「これ、提案書に書いてあるとおり、モーテルでの高齢者雇用も考えています。これは別に地方の老人に活力を持ってもらい長生きしてもらおうってことではなくて、長い人生を歩んできた人たちに仕事を通して充足感を持ってもらい、地域の伝統や歴史を残してほしいからです。街の様子を見ればわかりますけど、空き家だらけじゃないですか。要するに人が来ていないんですよ。理解しないまま都会の論理を押し付けられて、わけわからない仕事をさせられるような場所へ誰が来るんですか。それでなんの活気になるんですか」
まくし立てるように言うと、押し黙ってしまった。
「人間、理解には時間がかかるんです。ましてや、それまでの主義とは違う事を言われても、脳が追いつかない。俺が作ろうとしているのは、別に失敗してもいいからやってみようと何も考えずに動くのではなく、ちゃんと考えて試してみること、その上で失敗してもまた挑戦しようという精神を醸造できる場を作ることです。田舎者だから物を知らないとか、地方には財源がないとか言われていますが、ネットがこれだけ広がっているのに、そんなわけないでしょう? 全世界の大学が講義を配信しているんですから。書類に書いてあるとおり、いずれはデータセンターを置くつもりです。地域教育の場として、微生物学や宇宙工学の場としても、モーテルにはラボを作って、学生の合宿所として使ってもらえるように発信していくつもりです。急ぐ必要はなく、地域社会の理解を得られてから徐々に進めたほうがいいと思いませんか。目先の利益に飛びついていたら、何十年も成長しないなんてことになりますよ」
「理解か?」
俺を担当した銀行員が聞いてきた。
「ええ。誰もが理解したほうが成果は出るし、民主主義として真っ当だと思いますけどね。それでも市が金を出すというなら、ありがたく受け取ります。ただ、職員のためにバキュームカーを買ってあげてください。夏場の牛糞はキツいので」
「わかった……」
「じゃあ、いいですか。ありがとうございました」
俺は会議室を出た。権力を追いかけるような人間の臭いはどうも好きになれない。
どんよりとしている心とは裏腹に、窓の外は快晴だ。
俺は軽トラまで戻った。
「補助金でないかもしれない」
「かまし過ぎたんじゃないか?」
「聞こえた?」
「いや。そういうところはベンに似ているよ」
「なら、いい。とりあえず廃校は5年は借りれる。ババアを探そう」
「うん。クソババアなら、なおいいな」
ベン叔父さんがモリー叔母さんを「クソババア」と言ったことはおそらく一度もない。ただ、モリー叔母さん本人が「ああ、嫌だ! クソババアになった気分!」と言うことはある。
レトロが言っているのは、そう言う人のことだろう。