表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

地域事業の提案書


 山の中は広大で、信号もなければ、目印になるはずの元学校は草木に埋もれている。教職員のためのアパートが完全に崩れているのも見た。ナビの地図がなければ、本当にこんな場所に価値があるのか信じられなかった。


 ただ、昨日も来た道だ。ショーンの農場の近くに、小型火力発電所、建設予定地はあった。

「叔母さんたちの夢も草に埋もれちゃってるな」

 道脇に軽トラを止めて、帽子とサングラスをして長袖を着る。日光は本当に目を焼くのでアイプロテクトは必須だ

 蚊取り線香を点けて、腰からぶら下げて、いざ敷地内に入っていく。

 

 バッテリー式の草刈り機なので、それほど運転時間は長くない。刃も古いのでなかなか草が刈れなかった。もっとちゃんと準備をするんだったと思いながら、刃を交換してひたすら草刈りだ。


 こんな田舎で何をしているんだろうとか、仕事をやめてやりたかったのはこんなことだったのか、とか頭をよぎるが、刈り取られていく草を見ていると、そんな考えはなくなっていく。イヤホンをつけて音楽を聞こうと思ったが、そもそも草刈り音で爆音にしても聞こえない。骨伝導イヤホンを買うべきか、本気で悩んだ。


「いや、もっと本気になるべきことがあるな……」


 1時間ほどでバッテリーが切れ、充電していたバッテリーで昼前まで草刈りをしてから、家に戻った。


「全然終わらないよ。石も結構飛んできているんだ」

 軽トラを降りるなり、レトロに話しかけると、ウッドデッキで近所の猫を膝の上に乗せていたレトロが起きた。


「お、全然ダメだったか。とりあえず、その草刈り機は洗っておけよ。メンテナンスに時間がかかるらしいから」

「ベンおじさんも苦労していたか?」

「うん。『嫌になるくらいならやらなきゃいいと思ってるんだろ?』って言っていたよ」

 やりたいことだけやっていても未来は開けない、か。


 シャワーを浴びてシャツを着てから、企画書を揃え、足りていない資料をプリントアウト。融資と廃校の賃貸が目的だ。世の中、どれだけ発展しても資本主義は捨てられない。全部、デジタルでできるのに、なぜか資金繰りをする時は対面したほうがいい気がする。もしかしたら、その空気が人間に残された職場なのかもしれない。

 結局、書類は分厚くなってしまった。それをファイルに挟んで、役所と銀行へ向かう。

 一応レトロのAIとは、スマホで繋がっているのでダメそうな時は対応策は考えてもらおう。


 軽トラで街の銀行に行くなんて恥ずかしい、と思うかもしれないが、そもそも街自体が小さいし、駐車場には軽トラ人気も相まって結構停まっている。事業者とはそういうものだろう。


 銀行の駐車場に停めてから、隣の役所へ向かう。

 廃小学校の設備をすべて借りるとなると、かなり面倒だ。地方学区が所有者なので、公共性のある提案書を提出しないといけない。財務計画書なども合わせて揃えてはいるが、おそらく担当者次第だろう。

 単純に、今でも山火事の際の貯水槽としてプールを管理しているようだが、雑草だらけで今のままだと消防車が来ても、すぐに水を汲み上げられない危険性なども書類には書いてある。


 廃小学校の改修工事をして、モーテルにすることでリネン(シーツの替え)担当の高齢者雇用を考えていること。プールに関してはマイクロ水力発電の循環運用を考えていることなどを盛り込んであるので、SDGsにも配慮してある。実際、これがどれくらい効果があるのかはわからないが、担当の金髪メガネ女性は驚いてくれたみたいだ。


「あそこはほとんど人がいないんで貸し出すことは可能なんですけど、改修工事をするんですか?」

「設備が壊れているとか建物として土台が崩れてしまうと貯水槽としての役割もできなくなりますから。もちろん、基礎工事はプロに任せて、モーテルの部屋として区切ったりする工事やベッドの管理等をこちらでやろうとしているんです」

「人が来るんですか?」

「一応、山があって、周りに一軒もホテルもないから、一軒くらいあったほうがいいんじゃないかと思って」

「なるほど……。アルフレッドさんの会社は電力会社なんですよね?」

「そうです。だから、事業としては水力発電がメインなんですよ。うるさいんですけど、温水プールだったみたいなんでボイラー室があるはずなので、そこに置いて防音対策をすれば、いい発電量になるんですよね」

「どれくらいの発電ができるんです?」

「一般家庭の40軒くらいを賄えるくらい」

 俺は日本製のマイクロ水力発電機を売っているサイトのコピーを見せた。


「ええっ!?」

 すでに村としては合併してしまっているが、廃校周辺には数軒あるだけなので、十分賄えてしまえる。

「あの廃校は山から水を引いていると思うんですけど、高低差があるから水力発電をしないともったいないんですよね」

「ああ、そうなんですか……」

 金髪の女性職員は、メガネを外して信じられないような顔をしている。電力については知られていないのが現状だろう。


「もちろん、1年目は、改修工事もあるので、それほど発電量は伸びないと思いますが、2年目、3年目で初期費用も回収できると思うんですよね。5年あれば、十分に運用が可能かと」

「わかりました。ちょっとこちらでも調べてみますので、回答をお待ちいただいていいですか?」

「頼みます。ちなみに、借りるとなると、年間いくらくらいになりそうですか?」

「えっと……、1ドルの場合もありますけど、せいぜい年間5000ドル程度だと思います」

「1ドルの場合があるの?」

「ありますし、アルフレッドさんの事業はエコロジーの観点からも、高齢者を雇用しようとしている点でも、かなりポイントは高いと思いますよ」

「わかりました。ありがとうございます。じゃ、連絡を待っています」


 役所を出て、すぐに銀行へと向かう。

 銀行は結構並んでいるかと思ったら、そうでもなく新規融資の話をしたいと言ったら、事業提案書をとっとと見せろと言ってきた。

 堅物そうな銀行マンと言った感じの中年男性だったが、読み進めていくうちに「資料があるならください」と丁寧な対応になっていった。やはり持つべきものは思考深度が深いAIか。


「なるほど、なるほど、アルフレッドさんはずっと都会でヒューマロイドとドローンの整備をやっていたと。こちらでもやるんですか?」

「もちろん、やりますよ。ただ、毎日あるわけじゃないと思うので、亡くなった叔父と叔母がやっていた電力事業を引き継いでやろうとしているんです」

「あ、もう、発電設備はあるんですか?」

「家の太陽光パネルと、裏山からの水力発電があるんですよね。枯れ葉とか枝が詰まっていたんですが、ちゃんと取り除いてやったらちゃんと発電機が動いて、残されていたヒューマロイドも充電されていました」

「なるほど。それで事業を拡大するために、近くの廃校を借りる予定で、改修工事もすると。まだ、申請して許可は下りていない?」

「そうです。だから、まだ仮なんですけどね。もし、借りられなかったら、メタンガスのタンクと小型火力発電所を作って、温室やチーズ工房に向けた熱管理事業とともに発電するということです」

「逆に、借りられた場合は、この事業計画書に則ってやっていくんですか? いや、ちょっと待って、メタンの火力発電って、熱利用をしないとこんなに発電の割合が低いんですか?」

 小型の火力発電所だと発電の割合は40%くらい。だったら、発電時の熱を利用したほうがいい。しかも、メタンガスの供給量を考えると、日に4時間ほどしか発電できないだろう。

 大きくすれば、もちろん毎時可能になるが、そんな資金はないし、こんな田舎で大規模な火力発電所を作ったら、反対運動が起きるかもしれない。補助金獲得も難しいだろう。


「そうなんですよ。でも、火力発電があれば、温室や温水プール事業もできるじゃないですか。地図を見ればわかると思いますが、場所が近いので……」

「あ、本当だ」

「だから、パイプを繋げればいいんですよ。で、廃校と火力発電所は高低差があるので水力発電も十分できるということなんですよね」

「地域丸ごと発電所みたいにするのか」

「場所が高低差のある山の中だから、それを使わない手はないというだけですよ。場所だけはあるし、これだけ電力があれば、エッジAIの運用は十分なんですよね」

「エッジAIというのは、専門のものだよな?」

 少しは知識があるらしい。

「そうです。総合的なAIじゃなくて、山火事の防災とか、温度管理とか水力管理だけなので。もちろん、メタンガスの発酵管理にも使います。もし、酒蔵とかハーブの温室とかが誘致できれば、3年目以降はいいんじゃないかと思ってますよ」

「エッジAIの運用が7000ドル以下でカメラとかまで十分買えるなら、その方がいいな。どの製品にするかは決めているのか?」

「もちろんです」

 持ってきた資料を提出。すでに使っているドローンの機種のパンフレットも持ってきた。


「これは所有しているドローンですね。で、ヒューマロイドがいるのでAI関係もそれほど高価なものを買わなくてもいいので楽ですよ」

「なるほどね。これ、融資額を引き上げて2年目の事業を1年目からやるのは出来ないのか?」

「一気に水力発電も火力発電も作るってことですよね? それも考えたんですけど、地域に理解されないと上手くいかないと思うんですよね。使い方もわからないデータセンターを置いて、総合AIを置いても、何も生成するものがないっていう失敗を都会でたくさん見てきたんですよね。だから、モーテルで雇用した高齢者の方と一緒に地域教育のイベントを年に何回か出来れば、山火事の防災にもなるし、地域の理解も得られるんじゃないかと思うんですよ」

「でも、データセンターを運用するなら、暗号資産のマイニング事業をすればいいんじゃないか?」

「儲けるならBaaSをやって、地域コインを暗号通貨市場に上場したほうが利益率は高いと思うんですよ。まぁ、それは従業員の給料とは別に、保険みたいにしようとしています。健康保険とか学費保険とかのように地域コインで支払っていければなという感じです」

「そうか。あんまり自分が儲けたいというわけでもないんだな」

「儲けるというか、無駄に疲弊したくないだけなんですけどね」

「偉くなりたくないのか?」

「別に偉業を成し遂げたいわけじゃないですからね。疲れないで地域貢献がしていったほうが、気は楽なんですよ」

「わからなくはないが、5年で余裕で返せるって……。儲かるぞ、これは」

「それはわからないですよ。まだ、廃校も借りられていないんですから」

「ん~、まぁ、でも地域で使い道がないから、廃校になっているんだから、メンテナンスしてくれるなら借りられるだろう。というか、金を借りに来ておいて、自分の事業を否定するんじゃない。まぁ、でもわかった。準備だけはしておく」

「お願いします」


 結局、励まされてしまった。

 俺はひとまず汗を拭いて、軽トラックで家へと帰った。レトロはウッドデッキで、お茶を入れて待っていてくれた。


「聞いてた?」

 スマホのリアルタイム録音アプリを入れて、共有しておいた。充電して寝ていなければ聞いているかもしれない。

「ああ。まぁ、伝わったとは思う。とりあえず、仕事のメールが来ているぞ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ