出張とリテラシー
モーテルの親父であるはずの俺は、なぜか山脈を超えた田舎町へ来ていた。はっきり言えば、熊のほうが多いような地域と言われている場所で、かつてはゴールドラッシュがあったが今では自然しかない場所だ。空港を出ても、見上げれば高い建物は一つもなく、空が広がるばかり。
そこからさらにバスで市街地へ行き、またバスを乗り継いで荒野を進んでいく。
法整備もまだままならない状態だが、ここにユニットを作ってくれと依頼された。つまり再エネ電力供給システムとデータセンターを作れという。「無茶を言うな」と頭に浮かんだが、実入りがいい。メールでコンサルするくらいならいいかと思って引き受けてしまったが、そもそも現地の人たちがあまりヒューマロイドも受け入れていない状態だそうで、レトロと一緒に行くことになった。航空券も相手が持つと言うので、のこのこやってきたというわけだ。
住民たちは農業系にはAIを使っているものの、実生活ではほとんど使っていないとか。
「別に必要ないなら、使う必要もないですよ」
公民館に集まってくれた住民たちに説明した。
「ただ、災害とか予防医療には効果があることが実証されています。だから、スマートフォンを持っているなら、入れておけばいいというだけです。しかも、どのAIでも使えるという指標群です」
「セキュリティはどうなんだ?」
髭の爺さんが聞いてきた。
「もし、データを盗まれても、各指標の割合を見られるだけで、大して支障は出ません。初めからそういう設計になっているんですよ。データセンターと言っても、コンテナサイズのものが3つもあれば、都会の人たちまで全部導入できるんですよね。だから、雪が多ければ冷却もそんなに難しくないので楽に導入できますよ」
「電力はどうなんだい?」
レストランで働いているという中年女性が聞いてきた。人種も白人が多く、混血は少ない。
「水力発電と太陽光発電で十分賄えると思いますよ。水が凍ってしまう場合を考えて、うちの地域ではメタンガスの火力発電機を導入しようとしているところです」
「そうか。実際、そんなにいいのか、AIってのは?」
「農業はどうです? 入れている農家さんが多いと聞いていますが、売上は悪くないんじゃないですか?」
「悪くはないけど、別に良くなったっていう実感はないよ。ああ、でも、自動でできることは増えたかな」
「ドローンで地中を調べたりはしないですか?」
「するよ。ああ、肥料とか農薬を使う回数は増えたかな」
「そんな感じです。ちょっと便利、ちょっと楽、一緒に生活していると助けてくれるような感じですね」
「それで、なんで人を集められているんだ?」
家のモーテルは半年以上先まで、予約で埋まっている。しかもネットラジオを放送する度に増えていく。補助金もたくさん出ているから、注目されているだけだ。
「学生とか、AI系企業の新人教育に使ってもらっているだけで、そんなに部屋数は多くはないですよ。だから埋まっているように見えているんです」
「本当か? ここでもそれができないかな?」
「だから、モノは作れますよ。お金もたぶん州から補助金も出るでしょうし。あとは皆さんが理解するだけです」
「勉強は嫌いだ」
「勉強も教えてくれるんだろ?」
中年女性が聞いてきた。
「そうですね。自分の興味のあることだけですけど、普通の勉強は学校に行けばいいし、ネット上にもたくさん転がっています。AIの学習はその人の興味にあったことを教えてくれるはずなので、なんというか自己理解が深まりますよ」
「ちょっと待ってくれ。だとしたら、俺たち自身の素質によって、人が来るかどうかが変わるってことなんじゃないか?」
隅の方に座っていた壮年男性が聞いてきた。
「ああ、まぁ、そうですね。幸い、うちの地域は長年やりたかったけど、やれなかった事があるという人が数人いて、彼女たちがモーテルで働いてくれたおかげで人が来るようになりましたね。年齢も性別も人種も関係ないですよ」
「そうか……。資質を問われているような居心地の悪さを感じるな」
「それは、たぶん逆です」
座っていたレトロが急に話し始めた。
「資質を活かすことが目的ですから。パトリシアはベリー狩りやジャム作りという才能がありました。なにより他人に食事を作るということに喜びを見いだせる素質がありました。エイミーは、アルコール中毒者でしたが、発酵食品やバイオテクノロジーに興味があったことがわかり、その素質を上げるために、実験施設まで作ってます。忘れていた資質や隠れた素質をまず知る事ができるというのは、今後の人生でも役に立つでしょう」
「老い先短くてもか?」
「パトリシアはもうすぐ70代ですし、キャスの祖母は自分の力で歩けませんが、今でも映画を楽しんでいますよ」
「資質って、何が好きなのかってこと?」
別の中年女性が聞いてきた。
「そうですね。時間を忘れてできることなんかがいいと思うんですよね。もちろん、無理に体を動かすのはAIも進めませんが。基本的に休息から逆算してスケジュールを立てるようにできています」
「まぁ、とりあえずちょっとやってみよう。別にデータセンターがなくてもできるんだろ?」
「ええ、もうすでにありますから、クラウドAIでも十分使えます」
12人のスマホにアプリを導入して、実証実験(PoC)をすることにした。その親族たちも含めて大体30人くらいが参加するという。
「初めは、AIの言うことがちょっと変わったくらいだと思います。徐々に話しかけたり、相談したりしてみてください。自分のパーソナルAIになっていくはずですから」
これで本来の仕事は終わりのはずだが、発電やデータセンターの見積もりまで出してくれと、ホテルまで用意された。これも火力発電機代と思うと、出張しに来た意味も出てくる。
なにより、現状1年で初期費用を回収できる。投資家からすると破格の投資先だ。
「なんで、俺は悠々自適にならないんだろうな」
実証実験と本採用も含めれば、お金に困るようなことはなくなるはずなのに、なぜか再び別の地域からメールが来ていた。まだ、一週間はいないといけないのだけど。




