誰が没落して、誰が生き延びるのか
当日は、朝からキャス一家が泊まりに来るということで、掃除をして各部屋をきれいにしておいた。一応、ホールのマットは前日に洗濯をしていたので掃除機をかけて敷けばいいだけ。
「飲み物はある?」
「ああ、お酒もソーダも冷蔵庫に入れてある。冷凍ピザもあるよ」
「余ったら貰おうね」
エイミーはちゃっかりしている。
「ピザはデリバリーするんじゃない?」
パトリシアは町に詳しい。
「町にあるの?」
「あるよ。あれ? 潰れちゃったかな?」
パトリシアが覚えていたピザ屋ではないが、ちゃんとピザ屋があるらしい。
「おいおい、田舎を舐め過ぎじゃないか?」
レトロに怒られた。
「すまん。俺はほとんど決まった場所にしか行かないから、知らないんだよ」
「でも、今日は行くんでしょ?」
「そうなんだよ。二人に任せていい?」
「レトロも入れて3人よ」
「レトロを置いていってくれるなら問題ないわ」
すっかりレトロが仕事仲間になっている。
「じゃあ、頼む」
俺はこんな時でも資金集めだ。
大学生が合宿で使ったアプリや学習方法を広めてくれたおかげで、資金提供をしたいという投資家が現れた。ネット環境が会ってデバイスさえあればすぐにできるのでメールでやり取りすればいいだけなのだが、誰でもできるのか研修をしてほしいとのことで、公民館に行くことになっている。
軽トラで公民館へ行き、AIベンチャー社員や投資家の前でプレゼン。そもそも俺が作ったというよりも、前から外国ではあったものだが、アメリカや中国が遅れていた分野の話だ。10年以上前なら考えられないことだが、大国は資本を追いかけすぎた結果、責任や制限、さらに重役への忖度などによってAIリテラシーは大きく出遅れている。巨大資本が足かせとなり、足を引っ張ったのだ。
逆に、小国のほうが制度を変える速度もあって、医療や教育、国際法などで影響のある国が増えた。クラウドAIが登場した当初は考えられなかったが、いつのまにかパーソナルAIやエッジAIが浸透して以降、データ量も電力も適切に判断する国々が出てきた。
あまりにも皮肉だが、加速主義が資本によって速度を制限され、資本のない国がAIによって発展した。
俺はその部分もしっかり投資家たちに話をした。誰も自分たちが間違っているなんて言われたくないだろう。でも、事実は事実だ。彼らはシンギュラリティーを追いかけすぎた結果、自分たちでAIをわけのわからないものにしてしまい、依存するか消耗するかのどちらかにしかできなかった。AIと共に生きる選択肢が見えなかった。
ヒューマロイドのエンジニアをしていたから、俺は彼らより先に気づいただけだ。
「でも、アメリカでこれをやったのは、君が最初だ。だから我々は投資する。この発電とデータセンターのユニットはどこでも作れるのだろう?」
「しかも、低価格で?」
ベンチャー企業の社員も投資家もTシャツにサマーパンツというラフな格好だった。格好だけ余裕そうだが、内心は焦っているのかエアコンでキンキンに冷えた部屋でも汗が止まらない。
3ヶ月毎に結果を出さないといけない仕事は、どんどん古くなっているというのに。
「あなた方からすれば、低価格でしょうね。俺にとっては退職金と叔父叔母の遺産でどうにかやりくりしながら、進めています。でも、効果は出ているでしょう?」
「そうだな。情報工学に新たな指標が生まれた。失業者も一気に職場に戻せる」
部屋の奥に座っていたスーツ姿の政府関係者が言った。
「でしょうね。でも、別に俺は広めたいとも思っていないし、広めてくれとも言っていません。お金をくれるというから説明しに来ただけです」
「いくら必要だ」
この時点で、前列に座っていたラフな格好の人たちは蚊帳の外になる。
「このユニットはまだ完成していません。冬になると水が凍結するかもしれませんから。メタンガスのタンク3基と小型の火力発電機、それから送風のための工事費が必要です。だいたい30万ドルもあれば十分」
「わかった。すぐに用意する。早いところ成功事例がほしい。こっちは頭の固い老人たちを説得するので大変だ」
「いいんですか?」
俺は、ベンチャー企業の社員と投資家を見た。
「彼らに聞く必要はない。何千億ドルもかけて、なにも発展できなかった金食い虫だ。契約書のドラフトを送ってくれ」
さらに政府関係者は、俺が作った紙の資料をデジタルでほしいと言っていた。末端の人間でも数十万ドルなら即決だそうだ。
「送っておきます」
「頼む。発電機の資料は送っておく。補助金で安くできると思うから、資料の中から選んでくれると助かる」
「わかりました」
送られてきた資料をタブレットで確認。プレゼンはあっさり終わっていった。
俺は部屋から出て、公民館の近くの酒場へと向かう。開いていなかったのに、前にヒューマロイドを修理したエンジニアとわかると開けてくれた。
「なんかモーテルが繁盛しているみたいだな」
「おかげさまで。それで今、政府関係者に公民館で詰められていたんです」
「そうか。飲むか?」
「いや、車なんで……」
「自動バスで帰ればいいじゃないか。家の駐車場に置いといても問題ないぞ」
「なら、一杯だけ」
キンキンに冷えたビールを飲み、炭酸が喉を通過した瞬間。一気に認められたような気分になった。ヒューマロイドと向き合った時間も山で枯れ葉を集めた時間も、社員たちに渡してきた給料もすべてが報われたような気持ちが溢れた。
タブレットから契約書を送ると、すぐに担当の政府関係者から返信が来た。
自動バスで帰ると、エイミーとパトリシアが外のベンチに座って待ってくれていた。すでにキャス一家はすでに玄関ホールで、恐竜の映画を第一作目から見ている。大音響でも、周囲からのクレームは来ない。
「どうだった?」
「投資家やベンチャー企業はダメだったけど、政府関係者がすぐに資金を送ってくれるって」
「よかった。これで冬も安心?」
計画はブログで発表しているので、皆、何が必要なのか知っている。
「たぶん、大丈夫だよ」
「ピザあるよ」
「ありがとう。ビールだけ飲んで、自動バスで帰ってきたから、お腹すいちゃって」
俺はピザを食べながら、今後の予定を二人と打ち合わせ。
夜になり、二人を送ってから、ソーダを冷蔵庫に入れにモーテルに入ると、ショーンのいびきが聞こえてきた。家族は寝てしまっているらしい。
『アル……』
おばあちゃんの声が聞こえてきた。
振り返ると、おばあちゃんのベッドの周りにキャスと両親が寝ている。
おばあちゃんはアームを操作してタブレットを見せてきた。
『こんな嬉しいことはないよ』
自分の周りで家族が眠っていることが幸せなのだろう。
「なによりです」
俺は缶ビールを冷蔵庫から取り出して、外に出た。
報酬とは、こういうことなのかもしれない。




