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レトロ・フューチャーズ・フォレスト  作者: 花黒子


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変わらぬ日常にジョークを


翌日、学生たちが職業診断ではなく、俺が昔作った職能分類表を見たいと言ってきた。普通にウェブ上に載せてあるから、勝手に見ればいいとURLを共有して、どんな職能があるのか見ていた。


「実装されてないんだから、マネタイズはできないよ」

「いいんです。これがあるってだけで」

「そうそう。これも自己理解のヒントですから」


 職業と職能とは違うという思いから作った分類だが、まだ自分が何者になるか決まっていない学生には刺さるのかもしれない。価値の翻訳者とか失敗の記録係なんて職業は成り立たないが、いつか世の中の価値観が変わったら、案外いけるんじゃないかと思って作ったが、いける未来はまだ来ない。


 学生たちはプリントアウトまでしてスマホを手放し、ベンチでアイスを食べながら話し合っている。これぞ青春という感じで羨ましい。


 俺はトイレ掃除をして、元プールの清掃をしておく。いずれ小型火力発電機が導入されたら、ここも使えるようにしておかないといけない。なのに、今は蜘蛛が巣を作っていて、大変だ。蜘蛛用の防虫剤を買ってきた。余計な出費だ。レトロもちゃんと蜘蛛の巣をきれいに取っていた。


「喉の痰を取る準備か」

「微調節が大事なんだろ? 俺ができても、アームができるかどうか……」

「流石に従業員の祖母を死なせるわけにはいかない。都会から取り寄せたよ」

「ああ、古くても可動域が広くても、制御しやすいもののほうがこういう時は良いんだろ?」

「そう。ぐるぐる回らないほうがいいから」

「アルがエンジニアで助かった」


 徐々に外は、本当にここは地球かと思えるほど暑さを増している。パトリシアには、そろそろベリー狩りの休止を告げなくてはいけない。従業員が熱中症で死んだら困るなんてもんじゃない。こんなほとんど従業員がいないモーテルで、貴重な戦力が抜けることになるし、パトリシアのベリージャムはネットでも好評だ。


「数が作れないからね。美味しいって言ってくれても届けられないのが……」

「仕方ないよ。そればっかりは。パトリシアが無理して来年から届けられないほうが問題でしょ?」

こういう時はエイミーがちゃんと言ってくれるから助かる。

「それは、そうなんだけどさ……」


 キャスは黙々とベッドメイキングを続けていた。

 俺とレトロは痰吸引機の準備を始める。吸引器自体もそれほど大きくないし、エッジAIは手のひらサイズだ。ロボットのアームも当たり前だが腕と同じ大きさ。実際、これで十分。後は簡単に掃除できるタンクを取り付けるだけ。なんでこれをまとめると10万ドル近くするのか医療業界の闇だ。認可料なのか、欲の皮が突っ張った医療器具メーカーのせいか。


 昼は、パトリシアが作ってきたミートソースグラタンを食べて、食後にキャスの実家・ショーン牧場に向かう。

 キャスの両親には挨拶をして、奥の部屋に通された。映画のポスターが貼られた廊下の先に、おばあちゃんの部屋があった。大きなベッドは牧場がよく見えるように窓際に設置され、花瓶に花も生けられている。

 キャスのおばあちゃんは、キャスによく似ている。なにより、サイドテーブルにある若い頃の写真が、まんまキャスだったので、思わずキャスを見ていた。


「似てるって言いたいんでしょ?」

「おばあちゃんに寄せてない?」

「一緒に暮らしていると似るのよ」

 キャスがおばあちゃんの眼の前にタブレットを見せると、『こんにちは。どなたですか?』とおばあちゃんの声が聞こえてきた。喋れなくなる前に、声を録り溜めて再現しているのだろう。視線で、ある程度会話ができるようにしている。こういうのもなかった時は大変だっただろう。

 

「どうも、こんにちは。キャスが働いているモーテルのオーナーです。あの坂を下ったところにある元学校の。今日は、自動の痰吸引装置を持ってきました」

「そう。別になくてもいいって言ったんだけどね。痛くない?」

「そのためにレトロを連れてきました。彼が調節して記憶した動きを、アームに覚えさせます」

「大丈夫かい?」

「大丈夫だよ。今日は繊細な動きを見て、学んできたから。それにシミュレーションは1000万回してから実装するから、バグが起こるのは500年先だと思って。それまで元気に生きててね」

 レトロが冗談を言うと、おばあちゃんは息を漏らして笑っていた。


「それじゃあ、セットしていきますので、いろいろ教えて下さい」


 キャスの母親がいつもどうやって痰を吸引しているのか説明をしてくれて、結局いつも使っている吸引器を採用することにした。レトロは動きを覚えて、反復練習をしていたが、こういう時に限ってなかなか痰は出ない。

 俺とキャスはアームを乗せる台を、牛舎の前で作っていく。


「固定されていないと怖いからね」

「ベッドに万力で固定するのか?」

「そうだね。どこが邪魔になるかおばあちゃんに決めてもらえるでしょ?」

「確かに」

 なぜか牧場にはいろんな電動工具がある。田舎は、都会に修理に出していたら半年かかってしまうこともあるから、なんでも直さないといけない。だからキャスもいつのまにか自分の机を作っていたのだとか。


「あんまり勉強はしなかったから、机なんていらないと思っていたんだけどね。帰ってきてからよく使ってるよ」

「そうなの?」

「パトリシアとエイミーが勉強しているでしょ? 私もベンチばっかり作っていても、いずれは顧客もいなくなると思って経営のカリキュラムをやっているんだ。レトロと繋げてさ」

「意外だな……」

「失敗している分、身にしみるよ」

「やり直したら、失敗じゃなくて通過点になる。チーズ工房も復活させるのか?」

「うん。でも、ネット販売がやりたいんだよね。パトリシアのジャムとか、もっと利益が出るような気がしているし」

「なるほどね」

「アルは?」

「俺はAIかな。レトロは個性的だろ? でも、ほとんどのヒューマロイドはあんな冗談も言えないから、どういうアルゴリズムなのか。ちょっと調べているところ。夜中はずっとレトロと会話しているよ」

「へぇ。レトロみたいなヒューマロイドならいいよね」

「きっと、キャスの家の眠っているヒューマロイドも本当は個性を作れるはずなんだけどな」


 喋りながらもキャスの作業は早く、あっという間に台を作ってしまった。

 ベッドに設置して、邪魔にならないようアームを取り付けた。細い透明の管を持つレトロをおばあちゃんが優しく見守っていた。


「おい、ロボット。失敗するんじゃないよ」

「だーいじょうぶさ。失敗したら、喉に3つほど穴ができるだけ。朝までにはパテで埋めてるよ」

 レトロがそう言うと、おばあちゃんは息を漏らして笑っていた。


「じゃあ、一晩レトロを預かるから」

「うん。頼む。喉の動きとかを覚えさせてくれ。後は、シミュレーションをさせまくるから」

「わかった」


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