どうか傍にいる人達のために
翌日から学生たちは自分たちで、山に行ったり、町まで自動運転のバスに乗って行ったりとアクティブに動き始めた。自分から能動的に動かないと、稼げるチャンスは見つからないと気づいたのだろう。どうせ自分の道は誰も教えてはくれない。
「気づいてくれただけ、この合宿の意味はあったかな? BBQセットの中が紙だらけだ。すまんね」
教師はBBQセットを洗う俺に謝っていた。
「これが俺の仕事です。でも、今日の夕飯は、町に食べに行ってもいいかもしれませんよ」
「そうだな。自動運転のバスも早めに出れば間に合うかな?」
「ええ、21時まで大丈夫です。遅れそうなら、軽トラで迎えに行きます」
「荷台に乗る経験もしておかないとね」
教師は笑って、山の写真をSNSに載せていた。
モーテルの新人ことエイミーは、発酵食品というより本当に微生物や虫が好きらしく、ずっと顕微鏡を見ながら、レトロが作ったカリキュラムをこなしていた。もちろん、皆と一緒にベッドメイキングもする。
「早々に人の名前の暗記は無理だと気づいて、どういう虫なのか、いや微生物なのかを知れば頭に入ってくるんじゃないかと思って。だから、ワインの酵母をメーカーが作っているなんて思ってなかったのね。お酒は飲まなくなったんだけど、酵母自体が面白くなっちゃって……」
「チーズの種類が違うのもよくわかってなかったの?」
「そうそう。ブルーチーズとかは流石に知ってたよ。でも、カマンベールチーズが白カビなんて知らなかったし、モッツァレラチーズが乳酸菌って言われて、そういうことだったんだ! って、初めて気づいて……」
「で、今はコンポストの中身が気になる?」
掃除が終わったら、うちにあるコンポストを見に来るという。
「肥料って作るのに時間がかかりすぎているような気がしてさ。しかも調べるとよく失敗するって書いてあって、結局それも菌でしょ? アルはいずれメタンガスで火力発電をするっていうけど、一番メタンガスが発生する菌ってあるのかとか。残りカスに光合成できる細菌を入れたら良い肥料になるとか本当かな、とか……」
「全部実験してみたいってことか?」
「そうなんだけど、そもそも見ることができるのかどうか。小学生のフリして、大学にメールを送ってみたりしているのよ」
こういうところは大人のズルさを使っている。
「普通に、研究をしているものなんですけどって言えばいいじゃないか」
「レトロにも言われたから、きっとそうなんだけどね……。大人が勉強してるなんて本気で捉えられないじゃない?」
「確かに。学問への信用ってあるよな。やっぱりラボみたいなところがあるといいんだよなぁ。でも、記録は取っておいてくれよ」
「もちろん、してるわ。それをしないと意味がないみたいだから」
大人になってから、自分にあう勉強を始める人たちは、なぜか急に明るくなっていく傾向がある。隠れていた自分の才能に気づくからだろうか。とにかくマインドがポジティブになるなら、自分は協力するつもりだ。
結局、人を新たに雇うのが時間的コストも掛かると思っている。
「キャスが言っている『おばあちゃん担当だから』ってなに?」
「ん? ああ、介護じゃないか?」
確かに、キャスは「今日はおばあちゃん担当だから早めに帰る」と言って、夕方早くに帰ることがある。
「どこか悪いの? キャスのおばあちゃん」
「わからない。そんな他人の家のことを詮索しても仕方がないだろ? 責任も取れない」
「そうかしら……。まぁ、そうね。助けてほしかったら自分で言うわね」
そこまで聞いて、俺は都会で働いていた時に何も言わずに辞めていった先輩を思い出した。
「いや、本当に助けないといけない人は、苦しい顔を見せないかもしれない……。エイミーはどうだった?」
「私? 喋る前に飲んでいたから……」
「やっぱり聞いておこうか。次、キャスが眠そうにしていたら、どれくらい続けているのか聞いてみるよ」
そう言って、タブレットで長期介護について調べ始めていた。
「アルはすぐに調べるのね?」
「癖みたいなものさ。いろんな準備だけしていたら選択肢が増えるだろ? それだけ可能性が広がる。やるだけやってダメだったら諦めも付くけど、何もしないで時間だけ過ぎていくのを待っていたら後悔だけが残る。俺は自分の後悔を許せるほど、出来た人間じゃないんだ。エイミーも自分で決めて、自分で進んでくれ」
「わかった。困ったら、アルに頼めばいいのか……」
「年取るとどんどんズルくなるね。パトリシアの真似をしないように」
「パトリシアは逆に動きたがっているけど。旦那さんを待ちすぎて疲れちゃったんですって。海兵隊だったみたいよ」
「へぇ……」
エイミーは噂好きなのか、俺の知らないことまで知っていた。
翌日、目の下にクマを作ってきたキャスに、おばあちゃんの様子を聞いてみた。
「ん? 元気は元気なんだけどね。憎たらしいことも言ってくるけど、動けないから……」
「筋肉の病気?」
「そう。もう口も回らなくなっちゃったけど、タブレットで会話はできるから」
予想していたより、結構深刻だ。
「嫌なことだったら答えなくていいんだけど、家族で交代しながら痰の吸引をしていない?」
「そ、そうだけど……。よくわかるね。同じ病気の人を知ってるの?」
「いや、昨日調べてたんだ……」
「昨日?」
「エイミーと喋っていてね。どんな様子なんだろうってさ。俺は気になったら調べてしまう癖があるから……。それより、自動痰吸引器は認可が降りないんだろ?」
「そう。そもそも医療費は高いでしょ? 諦めて、私たち家族はおばあちゃんを長生きさせることにしたの。本人はこんなクソ家族の元から早く去りたいって言ってるけどね」
キャスはそう言って笑って、掃除機をかけていた。
俺は汚れたシーツをまとめて、地下の洗濯機に放り込んでから、もう一度ネットで調べてみた。レトロとも相談して、うちの会社の財政状況も確認して、再びキャスに声をかけた。
「できるよ。売れないんだけど、できる」
「なにが?」
「キャスのおばあちゃん専用の自動痰吸引器。1000ドルくらいかかるけど」
「ふっ、払えないよ」
「ああ、だから俺が勝手に医療補助器具として作ってみてもいいか?」
「え? へへっ……、いや、なんで?」
キャスは俺になんの得があるんだと、手を広げて聞いてきた。
「アルはやるだけやって後悔したくないんだってさ」
エイミーが背後の部屋から顔だけ出して言った。
「そうだ。だから、キャスの家族が嫌だって言えば止める。これ医療器具として認可できていないから売れていないだけで、必要な人は結構いるだろ? で、しかもたぶん価格も高くなる。はっきり言えば、AIがあるのにデータが取得できない現状はただの医療界の損失だよ」
「私のおばあちゃんで実験したいってこと!?」
「ん~、そうかな。医療の未来に貢献できる。もちろん、今まで使っていた吸引機でいいし、データも取れていないうちに出来ないから、始めのうちは余計な手間がかかると思うけどね」
「……5年よ。5年前からママはおばあちゃんの側を離れられない。この前、映画を見に来たでしょ? 本当に……、本当に……」
キャスはそれ以上話せなくなって、バックヤードに行ってしまった。
「アル! 女の子泣かすんじゃないよ!」
パトリシアが学生が泊まっている部屋から出てきた。
「ごめんよ」
「何やったの?」
パトリシアはエイミーに聞いていた。




