道なき道を進む効能
朝、まだ日の出前にモーテルまで行くと、すでにパトリシアが学生たちの朝食を作っていた。ついでに俺もその朝食を頂き、ランチのサンドイッチを作っておく。
「アルは意外と真面目だよね」
「自分でランチくらい作るよ」
学生たちが朝食を食べている間に、山に行く準備を整えておく。教師はプリンターをロビーに持ち込み、学生たちが思考ツリーで作った画像をプリントアウトしている。電力は十分足りているので、使い放題だ。
教師と学生たちは、モーテルから歩きで山の入口へと向う。バスはなしだ。途中ガソリンスタンドで、ランチを買っていた。
山に行っている間に、キャスたちが来て部屋の掃除だ。10部屋しかないので、そんなに時間はかからないだろう。
「いつ遭難するかわからないから、ちゃんと自分のカロリーを買っておくように」
教師がちゃんと計画的にお金を使うように言っていた。
山道に入りしばらく登り、休憩してから山道を外れていく。
「ここから先は道がない道を行くので、できるだけ先に行っている人の後を追いかけてきてください」
「宿の主の言うとおりだ。ここから先は自分で考えて進むように。危険な道かもしれないが、山火事を防ぐ仕事をしていると考えて、行動してくれ。野生動物もいるのでゴミを捨てないように。自分の責任で進んでくれ」
教師は引き返す選択肢も学生に与えていた。ただ、引き返す学生たちはいない。
俺はドローンで確認した場所へと向かう。山用のビーコンを持ってきており、レトロはあとから来る予定だ。遭難者がいた場合、ちゃんとヒューマロイドが駆けつけられるのか、という想定実験も兼ねている。
ローカルメッシュネットワークが機能していれば、山でもほとんどネットは繋がっているが、障害物などで通信の範囲外になってしまう箇所があるかもしれない。要は、先日見つけた山小屋が機能しているかどうかの確認だ。
「別に急ぐ必要はないから、日が暮れる前までに帰れるように、自分の体力と相談しながら、付いてきてね~」
俺はゆるく学生たちを誘っておいた。
この時点で、ほとんどの学生がスマホをポケットにしまっている。ただ、小型のカメラで動画を撮影している学生もいるから記録は残るだろう。
「この授業は情報工学だから、もちろんデバイスは持ち込んでいい。でも、ちゃんと自分の足で感じた情報が、新しい問いを作る源泉だと思ってほしい」
教師はそれだけ言って、学生たちを励ましていた。
「アルさんは都会でヒューマロイドのエンジニアをしていたんですよね?」
学生のひとりが歩きながら聞いてきた。
「ああ、していた。大学では情報工学の授業も取っていたよ。でも、ほとんど都会にあるサービスって大企業が実装して広げているだろ? あんまりそこを狙っても意味はないと言うか、結局中央集権的なサービスになったりしないか? SNSとかがいい例だけど、『いいね』の量とかサブスクの量とかって、どこまで価値があるのかわからないと言うか。宣伝を出す企業もインフルエンサーによって価格を変えているだろ?」
「ああ、確かに……。インパクトがあることをすればいいと思われていた時代があった反省ですかね?」
「ん~、迷惑系の配信者もいたけど、結構捕まっただろ? そこにサービスを提供している企業が価値を与えてはいけないってなったんだろうな。でも、面白さもどんどん変わっていくし、時代によって人気も変わるからな。時代を追いかけていくのも、その人の人生設計の一つだろ。ただ、俺としては大企業がデザインした消耗戦に参加しなくていいんじゃないかとは思う」
「消耗ですか?」
「時間は有限だろ。お、ここ危ないから気をつけて~!」
沢や小さな窪みは、率先して全員に注意を促していく。地図では見えにくい箇所だ。
「登山用のポールが合った方がよかったですかね?」
別の学生が聞いてきた。
「そうだね。リアルな道具のほうが役に立つよな? たぶん、あんまり皆こういう道を歩いたことがないだろうから、意外な自分の筋肉の発見につながるかもしれないよ」
「それがこの仕事の面白さですか?」
冷めた顔した女学生が、汗を拭きながら聞いてくる。教師と話さず、なぜか学生たちは俺に聞いてくる。田舎の人と話すのが珍しい行動なのかな。
「これはローカルなインフラ整備だよ。災害予防で消防署と連携して少ない補助金を貰っているだけ。だから、お金を稼いだり、数字が増えることよりも、小さい社会の信用を得て、町の人たちとつながる面白さを選んでる」
「ん~、ちょっと、わからないですけど」
「例えば、都会には金も仕事もあると思われているけど、ほとんどが欲望だろ。日々、情報工学で触れているAIは、欲望のデザインに長けているけれど、その欲望を分析するソフトはすでに開発済みで、新規参入はできなくなってないか? むしろ、これから情報工学でやるべきは、新しい視点、まだ見えていない評価基準を作ることだろ? 先生、違いますか?」
「いや、その通りだ。このままいくと、皆、就職が決まらないまま卒業することになる」
学校もそれなりに焦っているはずだ。そもそも、情報工学という学科自体がほとんどなくなっている。
「SNSにいる限り、その新しい基準が見えにくい。もっと自分を新しい環境において、『もしAIに機械学習させるなら』という視点を作っていくと、変なサービスを思いつくかもしれない。それに、ほとんどの大学が授業を公開しているから、こういう実地で思考力を鍛える授業をするのは、かなり優秀なカリキュラムだと思うよ」
「その新しい基準って儲かるんですか?」
「いや、だから、アルさんはそれが都会の基準だって言ってるんじゃないの?」
学生が他の学生にツッコまれていた。
「俺も『思考ツリー』にも書いたけど、お金って突き詰めていくと都会で生きていくための安心感でしかないんじゃないかということにたどり着いたんですけど……」
学生たちは議論好きなのか。
「それは人それぞれの価値観じゃないか。俺は普通に今、お金がほしいよ。小型の火力発電機がほしいんだ」
「必要なんですか? 水力発電はしているんですよね?」
「うん。火力発電機があるといろいろ便利というか……。ちゃんと一年を通して回っていくと思うんだよね」
「アルさんはローカルの起業家だから、都会にいるアルバイト先の人たちとは違う視点を持ってるだろ? 私とも違う」
教師は最後尾にいるのに、ちゃんと話を聞いていたらしい。
「ああ、それはそうだと思います。学校は結構、政治とか見えない権力があるけど、うちは60代以上も働いているし、元アル中もいればヒューマロイドもいるし、格差なんて作っている場合じゃないんですよね。自分の好きなことを自覚して、そこに向かっていけるように、仕事を作っている感じです。電力とかモーテルはやらないといけない会社の仕事なんですけどね。だから、皆も就職できなくても、うちに来れば、別のことはできるよ。自分の好きなことがわからなくなったり、都会の時間の使い方に飽きたら、こっちに来るといい」
そんな雑談をしながら枯葉を集めて圧縮して、籠に入れていく。学生たちも手伝ってくれた。スマホを見ながら、『思考ツリー』を起動して、問いを作っている学生もいる。
山は情報量も限られているから、考えることが自然と深くなっていく。
昼過ぎにレトロがやってきて合流。ベリージュースとパイをおやつに持ってきてくれたので、全員で食べてから、下山した。
「これ昨日皆が書いていた『思考ツリー』だ」
教師がプリントアウトした学生たちの問いを見せた。
「必要なくなったと思ったら、BBQの火に入れて焼いてくれ。新しい問いが出てきたら提出するように」
昨日、学生たちが作った問いは、すべて火に焚べられていた。




