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叔父と叔母の計画


 翌日、小鳥のさえずりで目を覚ました。都会にいると小鳥の鳴き声など聞こえないかと思っていたが、公園が多い都会では案外聞こえるもので、夕方のカラスはうるさいくらいだった。田舎に来ても、それは変わらない。

 未だレトロは起動していない。

 

 焚き火の種火が残っているので、ガソリンスタンドで買ってきた食パンを焼き、フライパンで卵を焼いた。ヤカンもちゃんとモリーおばさんが戸棚に用意してくれていたので、水道水でコーヒーを入れた。


 コーヒーを入れただけなのに、丁寧な暮らしをしているような気分になるから不思議だ。パンに塗ったバターすらいつもより美味しく感じる。


 朝食を食べ終えて、脚立を物置から取り出し、屋根の上にあるソーラーパネルの掃除をする。枯れ葉と雨の汚れで、ちゃんと機能しているのか怪しい。軍手をして枯れ葉を取り除き、水洗いをして棒の先につけた雑巾で拭いていく。雑巾も用意してあっておばさん用意してくれたマイクロファイバーの良い物を使った。ソーラーパネル用と書かれていた棚にあったものだ。死んでからも世話になる。


 PCを起動し、通信環境を確認。田舎だから遅いということもなく速度も問題はなさそうだ。これで、AI系の仕事は請けられる。ただ、あまり仕事をするつもりはない。せっかく引っ越してきたのに、家に籠もってばかりもいられないだろう。

 畑をやるつもりはないが、おじさんたちの家庭菜園が雑草だらけなのは気になる。レトロと一緒に草むしりくらいはしよう。


 午前中に電気屋が来て、工事をしてくれた。


「都会から来たのか?」

 電気屋は一人で、俺と同世代くらい。

「そうだよ。ロボット技師だった」

「こんなところ、なにもないのに……」

「都会はありすぎるから、目移りして疲れちゃうんだ」

「なるほど。こっちでも仕事をするんだろ?」

「一応はするつもりだけど、フリーだから高く付くよ」

「なんだよ……。坂を降りていったところの街でも、結構ロボットがいるんだ。ほとんど型落ちした中古ばかりで、結構メンテナンスが足りてないんだよ。気が向いたら整備してくれ」

「わかった」


 電線をつなげてくれたお礼を言って、バンを見送った。契約書はすべてクラウド上なので、記録が全部残っている。引っ越し作業もこれで落ち着いた。


 荷物は都会で捨ててきてしまったので、期間限定のミニマリスト生活だ。消耗品のリストは、ネットスーパーで定期購入しているので、登録してある住所を変えるだけ。届くのにちょっと時間は掛かりそうだが配達はしてくれるだろう。


 特別欲しいものもない。タブレットさえあれば、本も漫画も映画も見るのは問題ない。人間の生活は意外とシンプルにできている。このまま、少しの仕事をして、DIYをしながら生きていくのもいいだろう。


「あのー……、充電が100%になったんだが、動いてもいいかい?」

 コーヒーを飲みながらぼ~っとしていたら、レトロが起きた。

「あ、忘れていた。いいよ。口調はそのまま、足りないものは補充して、あと、ベンおじさんとモリーおばさんからなにか言伝がないか検索をかけてほしい」

「実はあるんだ。なにかデバイスはある?」

「タブレットがあるブルートゥースで共有できるか?」

「いや、それがUSBなんだけど……」

 レトロが鉄の胸当ての中から、古いUSBスティックを取り出した。

「随分大事な情報なのか」

 通常、どんな情報でもクラウド上に共有されているようなものだけれど、わざわざ外部記憶装置に残すということは、二人にとって重要な計画なのかもしれない。

 

 タブレットのWi-Fiを一旦切ってから、二人の遺した情報を見た。それはただの計画書ではあったのだけれど、町の人達のパーソナリティや周辺地域のことが詳しく書かれていた。


「レトロはこの計画を知っているのか?」

「もちろん。二人と一緒に考えたからね」

 レトロのAIは独自で動いているのか。

「レトロは、定期検診を受けているのか?」

「いや、ここに来てからは一度もないね。アルはメンテナンスのエンジニアと聞いているけど……」

「後でやるよ。摩耗しているところがわかるなら教えてくれ」

「ありがとう。助かるよ」

「この計画って、どこまで進んでいるんだ?」

「資金繰りで頓挫していると思う。株は買ってあるみたいだけどね」

「なるほど……。あ! そういえばベンおじさんがパスワードを送ってきたことがあったな。もらっていいの?」

「もちろん。そのための投資だからね。上がってる?」

 俺はベンおじさんの口座にアクセスしてみると、2倍にはなっているもののそれほど資金は多くない。

「上がってるけど、会社の業績が伸びなかったな」

「うう……、ダメか」

 ロボットだからかレトロがくよくよしている姿はコミカルに見える。

「まぁ、AIバブルの崩壊があったから仕方ない。二年前なら10倍だった。俺が来るのがちょっと遅かったな」

「そんな……」

「大丈夫。俺の退職金が出てるし、上手くやれば補助金も出ると思う」

「本当?」

「どっちにしろ、人が必要だよ。あと牧場は近くにあるのか?」

「あるよ。むしろ牧場くらいしかないと言っていいね」

 家族経営の小さい牧場がいくつもあるらしい。

「じゃあ、あとはやる気だけじゃないか」

「アル、本当にやってくれるのか?」

「うん。まぁ、暇だし、町の人達も何をやっている奴なのかくらいは知っておいてもらったほうがいいんじゃないか。おっかないだろ? 急に都会から引っ越してきた奴が変なことしていたらさ」

「聞いていたとおりだ。アル、ここは興奮するところだぜ?」

「だろうな。遺言通りのことをするなんて、推理小説の世界なら殺人事件に巻き込まれそうだけど、ベンおじさんもモリーおばさんも普通に老衰で亡くなって事件性はないからな。あとは俺が計画的にはぴったりだったってことだろ?」

「そうなんだ! 引き継いでくれそうだと思っていたよ」

「ただ、あんまり期待しないでくれよ。対人関係は苦手なんだ。ロボットと話していたほうが性に合う」

「わかってる。その辺は聞いているからさ」


 レトロは俺よりも人間らしいかもしれない。


 俺は物置から自転車を出して、町へと向かった。ボロボロでパンクでもしないかと思っていたが、結構頑丈だ。


 消防署の前に自転車を止めて、のんびりテレビを見ながら書類仕事をしている消防士に挨拶する。消防団はベンモリー計画についてはどうしても必要なインフラだ。


「こんにちは。近くに引っ越してきたものなんですけど……」

「ああ、どうした? なにか燃えていたか?」

「いや、そうじゃなくて……」

 俺は、拙いながらも計画を話し、森にドローンを飛ばすことになるかもしれないから、許可が必要なのかどうかなどを聞いた。


「それは役所に聞いてもらうといい。へぇ、都会から越してきたのか?」

「そうです。もともとロボットのエンジニアで、道具があれば修理できるので、もし必要だったら言ってください。ガソリンスタンドの向こうにあるモリーとベンの家にいますから」

「ああ! あそこか!」

「甥っ子なんですよ」

「言われてみれば、雰囲気が似てるよ」

 対応してくれた消防士だけでなく、書類仕事をしていた職員も声をかけてくれた。


「アルです。よろしく」

「ああ、なにかやる時は声をかけてくれ。危なくなければ、たぶん許可は下りるから」

「ありがとうございます」


 とりあえず新しく住む土地で顔だけでも覚えてもらったら、少しは気が楽だ。電話番号だけ教えてもらい、自転車で街に向かった。

 ローカルだと無理に仲良くなろうとしなくていい。

 

 食料品と工具を買い込み、ネジなんかも揃える。役所に行って、リサイクルやゴミについても聞いておいた。森にドローンを飛ばせるかなどの許可もしっかり確認しておく。

 

「意外と屋外なら、何でもできるんですね?」

「もちろん。なにかやるつもり?」

「ああ、俺はロボットのエンジニアをしていたんですけど、こっちに来ても別に仕事ないから、暇なうちにドローンで遭難者の捜索をしたり、山火事の予防をしようかと思って。システムだけ作ってしまえば、定期的なメンテナンスだけでずっと使えるじゃないですか?」

 これも計画の一部だ。


「ああ……、それは助かるけど。遭難なんて1年に数回程度だよ。山火事は一気に広がるときもあるから、定期的に飛ばしてもらうのはありがたいんだけどね」

 役所のおばさんも儲からない事はわかっているらしい。


「儲けるつもりはないですよ。単純に、うちが森に近いので安全のためです。あとは、農地の窒素量とか計れるから、データを残しておけますし。一々、衛星で撮らなくても安く請け負うだけです」

「わかった。個人事業主としてやっていくんですね」

「今のところは。ちなみに牛糞からメタンガスを生成して発電しているところってないですか?」

「そんな、西海岸みたいなことはしていないね。なに? 作るつもり?」

「小型のユニットごと買えば、それほどコストはかからないみたいだから」

 計画書に細かく書かれていたが、意外と設備自体は難しくはない。集めるのが大変なだけで。


「かかるよ。そんなものを運用する人がいないわ」

「いや、ほとんどAIに任せるつもりです。ただ、人の手がないといけないところはやりますけどね」

「本当に?」

 おばさんは笑っている。


「AIは結局電力勝負じゃないですか。でも、常時発電できる施設があれば、データセンターとかまで運用できないかと思って。別にそれでビットコインのマイニングをしようっていうんじゃないんです。ローカルコインで回せれば、決算の面倒がなくなるんじゃないかって」

「私にはわからないわ。ビットコインを扱うのは、一応、政府からも推奨されているからね。もし会社作るときは申請だけ出しておいて」

「はい」


 とりあえず、計画は役所の人にも話したので、既成事実だけはできた。


 あとは、すでに土地を買っているはずなので、中規模のメタンガス生成所と小型の火力発電所を建てる申請を出すだけか。


 一旦、家に戻ってレトロと計画表のタスクを処理していく。


「購入前に、計画を詰めていかないと、工費も時間もかかりすぎるって話だろ?」

「まさにそのとおりだね」

「結局、人も雇わないといけないだろうから、そこのユーザビリティを考えたほうがいいよな?」

「牛糞を集めるんだから、それはそうだよ」

「でも、どこのサイトを見ても、バキュームカーなんてもうないぜ」

「外国のサイトを見てみろよ。設計図だけはあるんだ」

 PCを前に、俺は翻訳ソフトを使って、設計図を翻訳。そのままデータをプリントアウトした。


「これは作らないといけないな。日本車でいいトラックがあるはずなんだ」

「中古だと安いはずだから……。いや、あるぞ! 普通に吸引車として売ってる! でも、高いな!」

「本当だ……」

 AIでも見つけられなかったが、今でもバキュームカーは売っている。ただ、高級なだけだ。

「中古車は?」

「ある!」


 ガンッ!


 俺はレトロと前腕をぶつけた。


「総コスト算出しておくか」

「50万ドルくらいじゃない?」

「ええ……」

 銀行から借りれば、どうにかなる。むしろ、ちゃんと計算してみると50万ドル以下でいけそうだった。むしろ、電力供給だけなら、3分の1程度でいいかもしれない。


「削れるところは削って、ランニングコスト考えて……」

「やっぱり、ベンとモリーの計画はやる気だけでしょ?」

「うん。田舎でゆっくり過ごそうと思ってたんだけどな」

 障壁は制度と利権だ。こんな田舎の制度なんてないようなものだろう。犯罪を侵さなければ自由だ。こんな田舎の利権なんて、誰も目をつけてないだろう。


「なんで、モリーおばさんはこんな土地を選んだんだろう?」

「『水が綺麗だし、自然が豊かだからねぇ』という発言をしていたね」

「完璧だな」

 州の規約を見ながら、起業するのには全く問題なく、むしろ新規で会社を作るなら補助金が出ることも書いてあった。



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