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レトロ・フューチャーズ・フォレスト  作者: 花黒子


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18/28

新しい清掃員は……

 3日後、ツアー客として参加していた元アルコール中毒者のエイミーが俺の家に来ていた。パトリシアが連れてきて、モーテルの清掃員として雇えとのこと。


「それは構わないけど、そんなに給料は出ないよ」

「うん。私は大丈夫。仕事があればいいから」

 単純に従業員は必要なので、断る理由もない。


「スキルとか資格とかはある?」

「いや、なにも……。高校も途中で」

「なるほど」

 服は新しいものを着ているが、全身から疲労感が漂っている。


「とりあえず、元気に来てくれるなら、こちらは問題ない。あ、一応、試験とか勉強をしろとか、そういうことではまったくないんだけど、これをちょっとやってみてもらっていい?」

「なにこれ?」

 俺は教育カリキュラムの初めにやる知的なアプリをやらせてみることにした。


「理由のわからない単語が出てくるかもしれないけど、単純に自分が気になる単語をタップしていくだけでいいから。これで、雇わなくなるとかもないから安心して」

「わかったわ」

 実はアプリには単語がいくつか出てくるが、そこから興味のある専門性がわかるようになっている。要は体系化した学習方法が合わない人に向けたAI診断みたいなものだ。


「占いみたいな感じかしら?」

「あれは統計学だけど、こっちは個人探求みたいな感じかな。興味の赴くままに知識を得られるよ」


 体系化した知識は長い間、ずっと教育が担っていたことだけど、別に基礎から入らなくても現在は知識も広く知られているし、AIがあるので末端から広がっていくように学習することも可能だろうと思って、レトロと一緒に作っていたものだ。


「あ、『あなたの方位磁石は、発酵食品と微生物です』だって」

「じゃあ、やってみる? いや、うちのモーテルは10部屋しかないから、そんなに長時間働くことはないんだ。でも、BBQセットの貸出や電気がつかないとかがあるから、どうしてもバックヤードにいないといけない。まぁ、ドラマを見ていてもいいんだけど、疲れるからね。レトロがカリキュラムも作ってくれるし、自分がその日に知りたいことを教えてくれるんだよ」

「個人授業みたいな感じ? 勉強は得意じゃないんだけど……」

「勉強というより、自分が興味あることってこういうことなんだって知ると、ちょっと楽しいよ。暇つぶしがてらやってみたら。パトリシアもそれで資格をね」

「そうそう。私はレトロと一緒にやって、この年で資格を取れたよ。1ヶ月とかものすごい簡単だった。あると便利でしょ。ヒューマロイドって、何を考えているかわからないと思うかもしれないけど、レトロは見た目が古いロボットだから楽なのよね。きっと叩いてもそんなに壊れないでしょ?」

「壊れます。叩かないで」

 レトロが小さなパトリシアを怖がったので笑ってしまう。


「え? じゃあ、発酵食品と微生物に興味がある私に何を教えてくれるの?」

「ヨーグルトの作り方じゃないかな? あとはパンや調味料かな。お酒はダメなんだろ?」

「お酒はダメ。好きすぎてダメになったから。それでもいい?」

「オーケー。問題ないよ」

「とりあえず、モーテルに行って、仕事を覚えよう。必要なものがあったら言って」

「わかったわ」

 パトリシアとエイミーは自動運転のバスで、モーテルに向かった。

 俺とレトロは、軽トラで向かう。


「どこまでエイミーのカリキュラムを作ればいい? 発酵食品と微生物の興味の割合がちょうど50パーセントくらいなんだ」

「発酵食品じゃないか。ハムとか、チーズとか。キャスのチーズ工房を引き継いでくれるかもしれない」

「じゃあ、微生物の割合は少なめでいいかな? バイオミメティクスの産業は発達しているよ。ほら、この前もバイオセメントの会社が来ただろ?」

「うん。でも、中年女性だよ」

「そういう偏見を持たないってことで『知的ドラフティング』を作ったんだろ?」

「そうでした。じゃあ、興味の割合通りにやっていこう。それが彼女の『方位磁石』だから」

 現代社会は、あまりに情報量が多い。それだけに自分が何に興味があって、何を好きなのかわかりづらくなっている。都会にいると特に、他人の価値観に影響されるし、映像を見るとすぐに感化される人だっている。そういう経済圏もあるけど、この田舎はもっとゆっくりと自分で納得しながら進む時間がたっぷりある。

 せっかくなら、この時間を使わない手はない。人生の時間は有限であるがゆえに、自分で決めたほうが後悔は少ないだろう。


 儲けるために作ったわけではないアプリだが、先日も、ドローン講座に来てくれた消防士がアプリから消火剤に興味を持ってくれて、そのままうちの会社で作った教育カリキュラムを進めてくれている。月額制にしているので、どこまでモチベーションが続くかが肝だ。


 もちろん、今はDIYに全力で仕事を振っているキャスもチーズ工房を再開するかもしれない。その時に、ちゃんと会社で応援できるようにしておきたいと思っている。


「いろいろ考えていると、小型の火力発電所なんて先の話に思えるよな」

「そんなこともないんじゃないか。団体予約も入っているし、ラジオのリスナーやブログのPV数も増えているだろ? 成長率だけで言えば、それなりにいくと思うんだけどな」

「そんな順調に成長はしないだろ?」

「逆に今より急成長するかもしれない」

「楽観的なロボットだなぁ。レトロは」

「人生楽しまないと、だろ?」

「ベン叔父さんみたいなことを言うね」


 夢物語を話しながら、モーテルに到着。エイミーに洗濯機の使い方や、鍵の保管の仕方を教え、登山客が出た後の部屋の掃除を始める。


「別にお金のやりとりはないの?」

「ほとんどネット予約だから、鍵を渡すだけでいい。今のところ、カードの支払いだけだね。ほとんど現金はないよ」

「そうなんだ。楽だね」

「そうでしょ。団体さんは一気に払ってくれるから、なるべく合宿のお客さんが来てほしいんだよね」

「大学生とか?」

「そう。明後日から、学生の団体が来るから、ちょうどよかった。チップは期待できないけどね」


 一通り教えて、バックヤードでお茶にする。ベンチを届けに行っていたキャスもモーテルにやってきた。


「この仕事はいいよ。暇な時は暇だから、皆で映画見たりしてさ。好きなことをしてお金が入ってくるルートを教えてくれる感じ」

「へぇ、よかった。キツい仕事だったらどうしようと思っていたけど」

「大丈夫よ。私でもできるんだから」

 パトリシアがパンケーキを焼き始めた。ジャムは作ったばかりのベリージャムだ。香りも味もめちゃくちゃ美味い。ツアーの参加者たちがすべて買い取ってしまったので、ネットでの販売は先になった。


「美味しい!」

 こうして、エイミーという研究者がモーテルで働き始めた。


※実際に「知的ドリフティング」のアプリのひな型はほとんど出来ていて、あとは実装するのにAIを組み込むだけです。

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