リフォーム詐欺と急速に進む計画
パトリシアについてはすぐに消防署に報告し、GPSについても共有しておいた。
翌日、パトリシアの息子から電話があり、「遭難した母親を助けてくれてありがとう」と連絡があったが、本人はうちのウッドデッキでレトロが淹れたハーブティーを飲んでいた。
「実際、感謝しているよ。家に帰ったら、随分痩せちゃっていたからね。それより、ジャム作りのスケジュールを決めておきたいんだけど、いいかい?」
「どうぞ。もし砂糖とか保存料とかがいるならこちらで買っておきますけど」
「ああ、アレルギーでなければあったほうがいいんだ。化学成分アレルギーなんて滅多にいないんだけどね。説明をしたほうが誠実だろうか?」
「そうですね。賞味期限も延びるから、あったほうがいいと思いますよ。自然由来のものにしておきますか」
「お願いするわ」
俺はアスコルビン酸500gをネットで買っておいた。砂糖は結構必要らしいので、3キロ頼んで、あとはツアーの参加者にあわせて買い足すことに。
「仕事が早いね」
「わかっていることなら早いんですよ。基礎工事の業者なんかはなかなか来ないから、ずっと待ち続けているんですけどね」
実はすでに一週間ほど遅れていて、音信不通になっている。こんな田舎の工事はどうでもいいのかもしれない。
「ちゃんと言ったほうがいいよ」
「言っているんですけどね。前金も半分くらい持っていかれているんで、訴えるとなると面倒なんですけど……」
「なんか繋ぎでもいいから、基礎だけやってくれる業者を見つけてはどうなんだい?」
「もう、アルは見つけてるのよ」
ベンチを組み立てていたキャスが俺の代わりに答えた。
「キャス、どうなるかわからないって言ったろ?」
「でも、工期も早いし、水力発電機だって来ちゃうって言ってたじゃない?」
「そうなんだよなぁ……。でも、キャンセル料だって取られるんじゃないか?」
「いや、前金払ってるのに、なにもしないほうがおかしいよ。こっちが連絡しているのに、音信不通になっているんだから、こっちが訴えたほうがいい」
「わかった。警察には通報しておく。代わりの業者を呼ぶよ。でも、新しい技術だから本当にどうなるかわからないよ」
「いいよ。パトリシアさん、別に新しかろうが古かろうがいいよね?」
「私は何でもいいよ。でも、早いほうがいいんじゃない? 安いの?」
「ん~、めちゃくちゃ安い。前金の十分の一くらい」
「失敗してもいいからやりなさい。あれ? 社員みたいなことを言っちゃったけど、いいの?」
「契約しておきますか。教育プログラムはこちらが払いますけど、儲かったら8パーセント貰いますからね。あとベッドメイキングは時給です」
「昨日、言ってたとおりね。やるわ」
「昨日まで遭難していた60代とは思えない体力……」
「年齢は関係ないって言ったのは社長じゃない?」
「そうです。本当に倒れないように、自分の体調管理はしっかりしてくださいね。レトロに診断してもらっていいですから」
「パトリシアはものすごく正常だよ。足の炎症があるから、なるべくペーパーワークを中心にやって欲しいけどね」
レトロは即座に診断してくれる。
「だそうだから、私が業者への訴訟はやっておくわ。リフォーム業者と経験があるから大丈夫。任せておいて」
やたら頼もしい事務方を雇ったかもしれない。
「じゃあ、俺はバイオセメントの業者に連絡するか」
「「バイオセメント!?」」
女性陣が首をひねっていた。
「結局基礎工事と言っても、鉄骨が錆びていなければ、ひび割れを修復する程度で済ませようと思ってね。バイオセメントなら工期も3日くらいでやってくれるし、3000ドルくらいで十分だってさ。本当かどうかわからないけど、メールを送っておくわ」
「へぇ~!」
「バイオセメントってなに?」
「あの、微生物を使って炭酸カルシウムを生成するんですよ。材料も牛糞とかでいいから、キャスの牧場から貰えばいいでしょ?」
「それは別に構わないよ。牛糞がセメントになるの?」
「企業のホームページにはなるって書いてあるね。牛糞で培養した微生物をセメント骨材と混ぜてひび割れに流し込むと、修復してくれるんだって」
「最高なんだけど、なんで流行ってないの?」
「匂うのかもしれない」
「じゃあ、ハーブの鉢植えでも置けばいいじゃない?」
「そう。あ、返信きた! 早い!」
メールと一緒に電話も来て、明日にでもすぐ来てくれるらしい。見積もりを出してもらったら、見立て通り3000ドルでちょっとお釣りが来るとのこと。
「工期はどれくらいですか? 一週間!? お願いします!」
俺が電話を切ると、女性二人がこちらを見ていた。
「一週間で、基礎工事は終わり!?」
「みたいだね。10年以上はもつってよ」
「なにそれ。ええ!? リフォームにお金をかけられるんじゃない?」
「そうだね。というか小型の火力発電機を買えるかもしれない」
「え? 水力発電機と一緒に火力発電機も買うの?」
「あ、パトリシアさんにも計画表を見せておくよ」
プリントアウトしていた計画表を見せた。
「オフグリッドの自立型発電システムで、だいたい賄えるんだよね。来る時に見たガソリンスタンドとか周辺の家の電力くらいなら余裕だし、電力を売れるからラボを作ったほうがいいと思ってるんだ。ジャム作りも調理場と言うか、ラボで作れるようにしようとしているよ」
「ベリーの旬は後一ヶ月くらいだけど……、大丈夫なの」
「今までの業者だったら間に合うか心配だったけど、基礎工事が72時間でよくなったから、客室より先にラボを作ればいけるんじゃないかと思っているよ」
「じゃあ、バイオセメントにするしかなかったんじゃない?」
「そうとも言う。よし。キャス、リフォームに必要な木材を選んでくれ」
「一応、3Dの設計図を書いてきたんだけど。レトロ。メールに送ったデータは開ける?」
「開けるよ。タブレットに出しておく」
「キャスさんってすごいのね。なんでも出来ちゃうのね!」
「いや、2週間前には出来ませんでしたよ。椅子の設計ができるなら便利だから教育カリキュラムで覚えたの。やっているうちに部屋の間取りも、すぐにレトロが出してくれるから、それでどんどんやっていった感じです。言ってみるとできることは多いから、ちょっと興味がある程度でも言ってみるといいですよ」
「60代でも!?」
「ええ、レトロはそんな瞬発力が必要なプログラムは組まないと思います。興味のある方向だけ言えばいいだけです」
「だったらハーブの育成法とかも協力してくれるってこと?」
「それ、結構大きい温室を作ります?」
「いや、そんな大掛かりなものじゃなくてもいいんだけど、温度管理ができる暖かい場所があると助かるわ」
「なにか育てたい植物があるんですか?」
「ええ。クコの実って呼ばれているのと、ミラクルフルーツっていう酸っぱいレモンが甘くなるっていう実を育ててみたいのよね。どちらもゴジベリーとミラクルベリーって言われているから、ベリーなんだけど興味があるのよね」
クコの実は中国料理の杏仁豆腐の上に乗っているドライフルーツだ。
「育てるのが目的ですか?」
「そうね。育ててみたいというのが一番ね。もちろん、売れるなら売りたいとも思っているけれど、売れるのかしら?」
検索してみると、ミラクルフルーツはそのままでも売れるし、クコの実はジュースにするといい値段で売れそうだ。ただ、ジュースは州の規則で許可されていないのか。
「ドライフルーツならいけるのか。食品取扱者証明書と、保健所のキッチン検査、食品加工施設登録が必要だから、それを元にラボとキッチン周りを作っていく?」
「そうしよう。今ならどうにでもできるから」
「いいの!? 私のちょっとした思いつきよ。育てる場所もまだ決まっていないのに」
「はじめは、この家の空いている部屋で育ててください。そのうち火力発電機が稼働し始めたら、温室を作りますから、そっちに移動しましょう」
「ええ? なんだか、どんどん進めちゃうのね」
「やりたいことはやったほうがいいですよ。意味のない時間ほど過ぎていくのは早いので、意味のある時間を濃密に使ったほうがいいです」
「確かに、そうなんだけどね」
「じゃあ、パトリシアさん、どの鉢植えにします?」
レトロがタブレットを持ってパトリシアに鉢植えを見せていた。とりあえずクコの実とミラクルフルーツの苗木を買っていた。
「お金はいいの?」
「必要経費です。先程も言いましたけど後から貰いますから。いやぁ、一気に進み始めたな」
「キッチンって作れるんだねぇ。常設であることが重要で、作業スペースと保管棚、冷蔵庫、水回りね。オッケー。冷蔵庫はうちの牧場に余っているのがある。チーズ工房で使おうとしていたやつなんだけど、持ってきていい?」
「もちろん、いいよ」
「じゃあ、それに合わせるか」
キャスはキッチンの設計図を書き始めていた。